老人

守 秀斗

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老人

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 七十歳になった。
 人生百年時代とは言え、もう老人だな。

 私は独身でアパートで一人暮らし。
 孤独な生活だ。

 結婚していた時期もあるが、すぐに離婚してしまった。
 親に無理に勧められて、なんとなく結婚。

 うまくいかなかった。
 子供も無し。
 相手が、今、何をしているか知らない。

 まあ、そのおかげで何とか暮らしていけるという気もする。
 子育てにはお金がかかるみたいだからな。
 わりと貯金はある。

 ただ、年金の支給が七十歳まで延びるとは思っていなかった。
 やっと今年から貰える。
 但し、金額は当初の予定から三割も低くなるとは。

 国民は政府の政策に怒らない。
 大人しい国民なのか、もう怒る気もしないのか。
 
 両親は、もうこの世にはいない。
 兄弟も無し。
 遠くに親戚はいるが、全く交流が無い。

 仕事は中小企業で六十歳まで働いた。
 そして、再雇用、六十五歳で退職。
 一応、七十歳まで雇用してくれるみたいだったが、給与が安すぎるので退職した。

 退職した時は嬉しかった。
 つまらない仕事だったからな。

 しかし、わずか退職後、十か月ほどで退屈になってしまった。
 私には友人がいない。

 趣味も映画鑑賞とか読書だ。
 しかし、目が悪くなってしまって、最近は目が痛いのでしていない。
 せいぜい音楽を聴くくらいだな。

 現役の頃は、友人がいなくても、別に平気だった。
 仕事で忙しかったし、もともと一人が好きな性格だったからな。

 人間関係なんて、うっとおしいだけと思っていた。
 それに、職場の同僚と何気に世間話をするだけで満足していた。
 
 それが退職すると、いっぺんに人間関係が無くなってしまった。
 すっかり孤独になった。

 今はその仕事をしていた時が懐かしい。
 あんなつまらなくて、そして、つらい仕事。

 しかし、今は仕事をしている夢をよく見る。
 失敗して焦っていたり、上司に文句を言われて内心怒っていたりと。

 ただ、懐かしい。
 不思議なものだ。

 仕事をしている時は、つらくて辞めたくてしかたがなくて、仕事のパソコンに後何日で退職できるか、または早期退職できるかをエクセルで表を作って毎日確認していたものだ。

 その仕事が懐かしくなるとは夢にも思わなかった。
 退職した時は、二度とこんな仕事するもんかと思ったものだがなあ。

 毎日、退屈で仕方がない。
 ただ、私はお酒が嫌いだ。

 だからアル中になることはない。
 退職後は退屈でそうなる人が多いようだが。

 それにしても、暇だ。
 退職後、あっという間に五年が経った。

 あんまり退屈なんで、午後に散歩に行くことにした。
 近くの公園に行ってみる。

 人が全然いない。
 この時間帯なら、私の小学生時代なら子供がそこら中で遊んでいたものだがなあ。
 ベンチに座る。

 少子化時代だもんな。
 家でゲームで遊んでいるのか、それとも塾にでも行っているのか。

 私が子供の頃、塾に行く子供は少なかった。
 そろばん塾は流行っていたが。

 子供がいない。
 もうこの国には未来が無いのじゃないか。

 あの頃の幻影が見える。
 
 私の子供の頃は、だいたい野球をやることが多かった。
 野球の黄金時代だな。

 子供が多すぎて、先に公園のいい場所を取られてしまい、仕方がなく近くのビジネスホテルの駐車場で野球のゲームをやったりしたもんだ。
 そして、停めてあった自動車の表面をバットで傷をつけてしまい、持ち主の見知らぬおじさんに説教をくらったり。

 あのおじさんは四十代くらいだったかなあ。
 そうすると、もう百歳は超えているのは確実だ。

 もう、この世にはいないんだろうなあ。
 すごく怒られたが、別に弁償しろとは言われなかった。

 案外、いい人だったかもしれない。
 しかし、今はもうこの世にはいないだろう。

 あの頃、遊んだ仲間たちも、全員七十歳か。
 仲のいい奴から、嫌な奴までいろいろといた。

 けど、やはり、今となっては全てが懐かしい。
 顔は覚えているが、名前を忘れてしまった奴のほうが多いけど。

 子供の頃は友人が多かった。
 自然とできたものだった。

 しかし、今は全くいない。
 年賀状を取り交わすのが三人くらいいるが、全く会っていない。
 今時の若者は年賀状なんて知っているのかな。

 その後の中学や高校時代。
 あのエネルギーの固まりのようだった、同級生たち。

 あの連中が、もう、みんな七十歳か。
 信じられないな。

 脳裏に浮かぶのはクラスの連中が若々しくて、元気よくしているとこばかりだな。
 みんな七十歳の老人か。
 いや、もう死んでいる奴もいるかもしれない。

 そして、あの頃の先生方。
 もう、かなりの老人か、亡くなっているかだな。

 いろんな先生がいたなあ。
 怖い先生、いやな先生、誠実な先生、大人しい先生、変な先生。
 今は、ただ懐かしいだけだ。

 就職してからはつらいことが多かったな。
 けど、職場の旅行会とかけっこう面白かったなあ。

 嫌だなあと思いつつ、実際、行ってみると同僚の普段の違う顔が見られて愉快でもあった。
 今は職場の旅行会なんて無くなったな。

 私が新人の頃の、あの課長や部長も、もうこの世にはいないんだろうな。
 結局、誰しもがいつかはあの世か。

 寂しいもんだなあ。
 そんなことをぼんやりと考えていると、なんだか急に悲しくなってきた。

 目頭が熱くなって少し涙が出てきた。
 声を出して泣いてしまった。

 通りかかった人に変な人と思われたかもしれない。
 恥ずかしいな。

 でも、まあいいか。
 涙をハンカチで拭きながら思った。

 人間は死ぬために生きているのだろうか。
 人間なんて、どうせすぐに死んでしまう。
 もう、私はこの世界にいる意味はないのだろうか。

 とは言え、自殺とかする気は全くない。
 だから、こうして生きていくしかないのだろう。

 退屈ではあるが。
 それはきっと、この退屈こそが、今、私が生きている証なのだと思う。

 退屈な日常の繰り返しの中にこそ、私は生きている実感を得られるのだ。
 また、いつもの日常が始まる。

 そして、今日も一日が終わる。

〔END〕
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