バーミヤーン

守 秀斗

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バーミヤーン

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 鳥が遥か上空を飛んでいる。
 何の鳥かよく見えない。

 俺は矢を射った。
 外れた。

 だいたい、あんな高いところを飛んでいる鳥に当てるのなんて不可能だ。
 しかし、そういう命令が出てるんで仕方がない。

 部下に聞かれた。

「隊長、これは時間の無駄ではないでしょうか」
「俺もそう思うがしょうがないだろ。大ハーンの命令なんだからな」

 今、俺がいる土地はバーミヤーン。
 そこら中、血まみれだ。

 ゴール朝の都市として栄えていたが、今は人っ子一人いない。
 人だけでなく、動物も虫もいない。

 俺たちモンゴル軍が全て殺したからだ。

 戦闘中にチャガタイの子であるモエトゥケンが流れ矢に当たり落命した。
 モエトゥケンは我が大ハーンであるチンギスの孫だ。

 激怒したチンギス・ハーンは俺たちに命令した。

「人間から動物にいたるまで、生きとし生けるものはことごとく屠りつくせ。捕虜にするなかれ。母の胎内の子をも容赦するなかれ。城内に生命あるものを残すべからず」

 その命令に逆らうことはできない。
 逆らったら、俺たちが殺される。

 また部下に文句を言われた。

「敵の人間を殺すのはしょうがないとして、鳥、獣、虫に至るまで殺すなんて不可能ですよ。だいたい、鳥なんて城内にいなかったでしょ。空を飛んでいるんだから」
「じゃあ、お前、大ハーンのとこへ行って諫言してきたらどうだ」

「そんな恐ろしいことできませんよ」
「なら命令に従うしかないな」

 まあ、正直に言って、俺も動物まで殺すなんて馬鹿馬鹿しいとは思う。

 今までも何度か都市住民のほとんどを虐殺したことは何度かある。
 しかし、それはその行為の恐怖を周辺にわざと知らしめるのが目的だ。

 人間を大量に虐殺すればそれが周りに伝わって、降伏勧告に最初から素直に従う都市が多くなる。後は、税金だけ払ってもらえれば良い。我がモンゴル軍は数が少ないのでそうした方が楽だからだ。

 しかし、動物を殺してなにがどうなるんだ。
 鳥が他の鳥たちに我がモンゴル軍の恐ろしさを伝えるわけでもないしな。

 過酷な自然の中で生きてきた遊牧民族はみな冷酷だ。
 人の命なんて何とも思っていない。

 力こそ正義。

 しかし、やはり我が大ハーンはかなり変わった人物だと思う。
 部下の将軍たちに『幸福』とは何かと問うたことがあるそうだ。

「休日に鷹狩をして、自分の鷹が獲物を見事に捕まえるのを見ることです」

 部下の将軍が差しさわりのないことを言った。
 
 しかし、それを聞いて大ハーンは笑って答えたそうだ。

「違う。『幸福』とは敵を殺し、財産を奪い、その敵の妻と娘を乱暴して我が物にすることだ」

 このような人物だからこそ、我が大ハーンは大帝国を築けるのだろうな。
 あまり近くには寄りたくはないが。


 しかし、その帝国もすぐに歴史の彼方に消えてなくなってしまうかもしれない。


 鳥が大勢飛んできた。
 渡り鳥だろうか。

 あんなに飛んできたら射落とすのは無理だな。

 また部下が言った。

「もうこの辺でやめにしませんか」
「そうだな、鳥もすべて殺しましたと上の連中に報告だけしとくか」

 実際、今までの都市でも逃げる住民を見つけた時もあったが知らんぷりしたこともある。
 慈悲ではなく面倒くさかっただけだ。

 吹く風の音が、俺たちが殺した人々や動物の悲鳴に聞こえてきた。

〔END〕
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