夜釣り

守 秀斗

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夜釣り

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 会社をクビになった。

 私は再就職活動をしたが、なかなかうまくいかず、故郷の田舎に帰り鬱々とした日々を過ごしていた。
 ある日、気分転換に、若い頃よくやった釣りに行こうと思い立った。

 今は夏だ。
 昼間は暑い。

 夜釣りにすることにした。
 夜になると魚の警戒心が薄くなり、よく釣れる。

 道具を揃え、車で近くの防波堤に行った。
 懐中電灯で照らし、適当な場所を探し電気ウキをたらす。

 折り畳み椅子に座り、魚が釣れるのを待つ。
 しかし、なかなか掛からない。

 昔、来た時は面白いように釣れたのだが。
 三時間経っても、ウキは波に揺れるだけだ。

 その間、会社勤めの時に上司からうけたパワハラなど嫌な事が次々と思い出されてきた。
 人生うまくいかなかった。

 さえない人生だった。
 もう若くない。

 憂鬱な気分になる。
 もう釣りのことなど、どうでもよくなった。

 ため息をつき、釣り道具を片付けようとした。
 その時、突然、海面が盛り上がり、平らな円状の怪物があらわれた。

「ウワッ!」

 驚いて私は尻もちをついた。
 体長は五メートルくらいあり、巨大な目を持っている。
 目がギラギラと光り、私をにらみつけてくる。
 その目に恐怖を覚えた私だったが、だんだんと催眠術にかかったような気分になった。

「……ついてこい。そうすれば楽になれるぞ……」

 その怪物の目はそう言ってるように思えてきた。

 私は人生もう楽にしたいという気持ちが沸き起こり、だんだん海面にひきずりこまれそうになった。

 海に飛び込もうとした瞬間、その生き物は海中に沈んでいった。

 私はそのまま、膝まづいて茫然としていた。

 後日、ネットで調べると、あれはマンボウではなかったのかと思った。海面にからだを横たえた姿がよく観察されることがあるそうだ。日光浴による寄生虫の殺菌が目的らしい。体長も大きくなると五メートルにもなる場合があるそうだ。

 しかし、なぜ夜に浮かび上がってきたのかはわからない。

 マンボウというとコミカルなイメージがある。
 しかし、私には、深夜に見たあの不気味な目は、冥界への案内人としか思えなかった。

〔END〕
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