アパートの毒虫

守 秀斗

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アパートの毒虫

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 アパートでひきこもる。
 何もする気がない。
 
 だるい。
 頭が痛い。

 頭が動かない。
 頭が気持ち悪い。

 万年床で蠢く一匹の毒虫になったようだ。

 体がだるい。
 体が気持ち悪い。

 体が動かない。
 目も耳もだめだ。

 疲れたよ、疲れた。
 精神薬も効かない。

 そして、ある朝、巨大な毒虫がアパートの部屋に現れた。

 ついに頭がおかしくなったかと眺めている。
 びっくりする気もしない。

 毒虫が語りかけてきた。

「お前の人生とはいったい何だったんだ」
「知らねーよ」

 俺は声が出たことに驚く。
 毒虫じゃなくて、俺の声の方。
 久々に声を出した。

 毒虫は続けた。

「人生には意味なんてない。だから、無駄に生きるな。さっさと死ね」
 
 人生の意味など確かにわからない。
 でも、死ぬのは怖いぞ。

 毒虫がさらに語りかける。

「この世に無理して生きていく必要はない。いずれは、ただ消えていくだけなのだ。そんなもののために苦しまなくてもよい。早く死ねば楽になるぞ」
「うるさい!」

 俺はわめく。
 なぜ生きているのか。

 そんなこと知るか!

 ただ、言えること。
 やい、毒虫。

 お前みたいな、「人生には意味なんてない」とか「無駄に生きるな」なんて言うやつが真っ先に死ね!
 お前なんか死んでしまえ。

 毒虫がせせら笑う。

「お前は、生まれてくるべきじゃなかったんだよ」
「うるせえ! 黙れ! 俺だって好きでこんなところにいるんじゃねえ! お前が言う通り、生まれてくるべきじゃなかったんだよ! わかってるよ! 知ってるよ! 俺はゴミだよ! カスだよ! クズ野郎だよ! どうしようもないクソ人間なんだよ! でも死にたくないんだ! 生きていたいんだ!」

 毒虫がまた言った。

「それなら生きろ。生きたくなければ、さっさと死ね!」
「うるせー! そう簡単に死ぬことができないから困ってんだよ。お前にわかるもんか。俺はずっとこのままなんだ。一生、寝て暮らすしかないんだ。もう疲れたよ。疲れ果てた……」

 すると、毒虫が言った。

「お前はまだ若いんだろう。これからいくらでもやり直しができるじゃないか」
「無理だよ」

「無理じゃない。お前やればできる。やってないだけじゃないか。そうだ、やってみようぜ。まずはこの部屋から出てみないか」
「出られるわけないだろう」

「大丈夫だ。ほら、ドアがあるぞ」

 ドアが開く。
 ドアの向こうから明るい光が入って来る。

 そして目が覚めた。
 部屋の天井が見える。

 夢か。
 しかし、いつも見る夢とは違う気がした。

 なんというか……。
 少しだけすがすがしい気分になっていた。

 何かが変わりそうな予感があった。
 次の日、布団から起き上がってみた。

 体が軽かった。
 その日の昼間に久しぶりにコンビニに行った。

 店に入ると店員があいさつしてくれた。

 次の日の朝、目覚めてみると体が軽く感じられた。
 試しに立ち上がってみると、以前よりもすっと立ち上がることができた。

 それから、少しずつ行動範囲を広げていった。
 たまに外出すると近所の人が声をかけてくれるようになった。
 昼間に出ることが多くなった。
 
 ある日のこと、コンビニに行こうと思って部屋を出た。
 雲ひとつない青空が広がっていた。

 アパートを出ると、道端に落ちているものに気づいた。

 変な虫の干上がった小さい死骸。
 なんの虫かわからない。
 
 アパートの部屋に出たので踏みつぶした。
 そして、ドアから死骸を捨てた。

 なぜかはわからないけど、すぐにわかった。
 そのとき、自分がどんな顔をしていたのかわからない。

 ただ、笑いたいような泣きたいような気持ちになった。
 しばらくして、部屋に戻って布団に横になって考えた。

 今までの人生はいったい何だったのだろうか。
 答えは出ない。

 これから自分はどうなっていくのだろうか。
 わからない。

 ただ、もう少し生きていこうと思った。
   
〔END〕
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