もう生きてるだけだよ

守 秀斗

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もう生きてるだけだよ

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「もう生きてるだけだよ」

 正月に地方の田舎に帰省して、その後、自宅に帰る時に玄関で俺を見送る父がそう言った。
 少し笑って言った。
 なんとなく悲しくなった。

 父はもう八十代だ。
 緑内障で片目の視力を失った。
 
 もう片方も白内障だ。
 一応、まだ見えるが。

 体はすっかり弱ってしまった。
 母は元気だったのだが、去年、急性心不全で突然亡くなってしまった。

 そのこともあり、父は急に老けてしまったような感じもする。
 幸い父の住む家の近所に兄がいて、そして、しっかり者の嫁さんがいる。
 俺は父とは遠く離れた都内で一人で住んでいる。

 普段はこの嫁さんが父の食事を作ったり、家の中を掃除したりと面倒をちゃんと見ているのだが、彼女の親がこれまた突然倒れて入院してしまった。
 しかも、両親二人同時に。

 もう、てんてこ舞いの状態になった。
 兄の嫁さんは一人娘だ。
 仕方がないので、その看病で忙しく、兄も嫁さんについていった。

 それで、ちょうど正月の期間でもあったので、父を一人にするのはまずかろうと俺が帰省したのだ。
 普段はあまり近づかない。

 正月に一日帰省するだけって生活が何十年も続いていた。
 帰省してもほとんど話すことがない。

 母とはまだ話すことがあったのだが。
 父とは天気の話とかするだけだった。

 俺はずっと独身だ。
 一人で過ごすのが好きなんでな。

 兄貴の嫁さんの両親の健康状態が落ち着くまで、有給も使ったりして、二週間ほど俺は父と過ごすことになった。

 俺は料理なんてできない。
 適当にそこら辺のスーパーやコンビニでパンやら弁当を買ってくるだけだ。

 弁当を父と食べる。
 後はテレビを見るだけだ。

 会話はない。
 ただ、二人でぼんやりと居間でテレビを見るだけだ。

 テレビというものもすっかりつまらなくなったなあと俺は思う。
 ほんの小さい頃、白黒テレビからカラーテレビに代わったのを思い出した。
 確か、白黒テレビがあったとぼんやりと記憶している。

 そう、父と一緒に、近所の小さい電気屋でカラーテレビを買いに行ったのを思い出す。
 あの頃は、父といるのが楽しかった。
 いつの間にか、全然、話さなくなってしまった。

 それにしても、テレビとは魔法の箱だったなあ。
 いつもワクワクしながら見ていた。
 家族みんなで、父、母、兄と俺の四人、一緒に同じ番組を見ていたもんだ。

 画面は小さかったけどな。
 番組も面白かったし、それに家族全員でテレビを見るという、家族団欒というべきか。
 今となっては、なんとも言えない懐かしい雰囲気がよかったなあ。

 今は番組も面白くないし、俺も滅多に見なくなった。
 もう魔法の箱じゃなくて、ゴミ箱だな。

 そんなゴミ箱が映し出すつまらない番組をただ見続ける。
 父と会話も全然しないで、ただ、ぼんやりと見るだけ。
 正直、つまらないなと思う。

 父もつまらなそうにしている。
 ただ、時間が過ぎる。

 掃除でもしようかと思ったのだが、意外にも家の中はきれいだ。
 てっきり、兄貴の嫁さんが掃除してきれいにしたと思ったのだが。

 どうも、父は周りのものをどんどん捨てているらしい。
 死の用意をしているのだろうか。

 終活というやつだろうか。
 けど、なんか雰囲気が違うんだよな。

 終活というのは残された人たちが困らないように、遺産相続とか亡くなった時の葬儀のこととか、必要なものとかは残すものだ。自分が生きていた証を。
 しかし、父は片っ端から捨てているようだ。

 父は自分に関するものをほとんど捨ててしまった。
 そして母が大事にしていたものもほとんど捨ててしまったらしい。
 まるで、自分の人生が無かったことにしたいみたいに。

 父は人生とはつまらないものだったのか。
 しかし、父はまだ生きている。
 その結果があの発言なのだろうか。

「もう生きてるだけだよ」

 父が人生について、どう考えているのか話したことは一度もない。
 今さら、聞く気もしないけどな。

 さて、兄貴の嫁さんの方が落ち着いたので、俺は自宅に帰ることにした。
 もしかしたら、今度帰省する時は父の葬儀かもしれない。
  
 自宅に戻り会社に行く。
 仕事を終えて、家に帰る。
 一人ぽつんと自宅のアパートの机でコンビニ弁当を食べる。

 そして、呟いた。
 
「俺も生きてるだけだよ」

〔END〕
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