破壊神の終末救世記

シマフジ英

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31 引き返せぬ決別(ルーツ視点)

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「ルーツ、左手が使えないと、いくらあなたでもバランスが取れないんじゃないの?」
「左手? ああ……」
 俺は包帯まみれで固定してある左手を見た。そして、力を込めると、左手が触手に変貌して包帯や固定具を破壊した。さらに元の左手の形に擬態させる。

「そ、それは……?」
「俺の左手は3年前に失った。これはある魔物の身体から作った義手・・だ」
 サナ王女は辛そうな悲しそうな顔をした。誰でもそうだっただろう。俺自身、痛々しい姿だとは思う。

 サナ王女は、迷いを振り切るかのように、ニーズヘッグに手で合図をした。ニーズヘッグは咆哮を上げ、空を飛びながら俺に火魔法を仕掛けてくる。俺はそれを風魔法でやり過ごした。

「空を飛ぶのはお前の専売特許ではないぞ!」
 俺は風魔法を操作し、自分の身体を宙に浮かせた。右手に魔力を集中し、ニーズヘッグに直接攻撃を仕掛ける。

「グォオオオ!」
 直接攻撃を受けると思ってはいなかったのか、ニーズヘッグが叫ぶ。俺は間髪入れず、氷魔法と土魔法の連打を浴びせた。ニーズヘッグの身体は硬かったが、構わずに撃ち続ける。何発も当てていれば効いてくるからだ。

 それが分かっているニーズヘッグは防御のためにも魔法を使ったが、俺の連打が上回っており、何発かは確実に被弾している。

「ギャアアアム!」
 今度は防御を捨てて俺に突撃してきた。攻撃しなければ不利になると思ったのだろう。俺は右手を前に出し、闇魔法の障壁を展開した。その障壁でニーズヘッグの巨体を受け止める。

「ぬん!」
 俺はその障壁を変形させ、ニーズヘッグに絡みつかせた。翼の動きを邪魔され、空を飛べなくなったニーズヘッグは観客席に落ちる。地面が壊れることは無かったが、観客席が多数破損した。

「はぁぁ!」
 そのままニーズヘッグに絡みつかせた闇魔法から、別の闇魔法を発動させてニーズヘッグを攻撃する。

「ガァァアアア!!」
 ニーズヘッグが悲鳴を上げた。誰の目にも効いていることは明らかだった。

 闇魔法の紫色の光が輝く中、ニーズヘッグはもがいていたが、やがて動かなくなった。戦闘不能だ。

「う、嘘……。こんな一方的に……」
 サナ王女が膝から崩れ落ちたのが見えた。ニーズヘッグの姿が消え去る。召喚獣を殺すのは難しい。ある程度生命力を削ったら、このように幻界に戻ってしまうのだ。だが、無力化できればそれで良かった。

「3年前の俺とは違う。そんな召喚獣では止められない」
 俺は踵を返し、コロシアムの聖火に向かって歩き始めた。

「ルーツ、待って……。ルーツ……」
 サナ王女は俺に駆け寄り、俺の右手を取った。

「もうよせ。君には何もできない」
「憎いのは帝国じゃないの? どうして相手が世界なの?」
「帝国には復讐する。特に、あのドゥルナス皇帝や、ニーベ村虐殺事件の関係者たちには」
「ダメよ! 復讐なんてしても何も生まれない! あなたが苦しくなるだけよ!」
「君に何が分かる!!」
 そうだ。サナ王女はあのミストロア王の娘。王から愛されていなかったとはいえ、あの戦争でも危険からは遠いところにいた。その君が俺や同志たちの憎しみを語るなど、笑止千万!

「分からないわ! けど、進んで辛い道を歩もうとしているあなたは間違ってる!」
 苛立ちが募る。かつて恋していたが故に、散々バスティアンとのことで苦しめられた憤りも湧き上がってきてしまう。だが、そうではない! 君とバスティアンとのことなんか、俺の目的と関係ないんだ!

「バスティアンとのことであなたに酷い事をした! 謝るから行かないでよ!!」
「!? 君とバスティアンとのことなんか、関係ない!!」
 思っていた図星を言葉にされ、俺は激昂する。振り向いて左手を触手と化し、サナ王女の上半身に巻き付かせて持ち上げた。怒りに任せてその身体を締め上げる。

「ぅぁああああああ……!!」
「君がミストロア王の陰謀に加担していれば良かった! そうだったなら、このまま苦しめて殺してやったのに!!」
 うっかりミストロア王のことまで口にしてしまう。しかし、逆上した俺の口が止まらない。

「君が苦しんで死ねば、あの王も苦しむかと考えたこともある! だが、そうはならない! あの男の心は君には向いていないんだから!」
「が……あああああ……ああ!!」
 サナ王女は脚をバタつかせて苦しんでいる。そんな状態の彼女が俺の喋ったことを理解できるはずもないのに、俺は怒鳴り続けた。

「だから君に危害を加える選択肢など無かった! 俺はそれでホッとしてたんだ! なのに、どうして君は!?」
「うああああ…………がっ!?」
 サナ王女から一際大きな悲鳴が上がる。俺の義手触手に、骨が砕ける感触があった。俺は我に返り、締め上げを緩める。

「い、痛い……。ルー……ツ。やめて…………やめて……よぉ」
 サナ王女が弱々しい声を上げる。痛みのせいか、涙も流している。その姿を見て、俺は歯を食いしばった。

「……っ!! ……っ!!」
 今まで気づかなかったが、別の誰かが叫んでいる声も聞こえる。誰だ。

「ルーツ!! やめなさい!! ルーツ!!」
 リリィの叫び声だった。俺はハッとした。頭の中に記憶が蘇る。

 あれはそうだ、ニーベ村にいた頃だ。サナ王女がジャックとリリィも連れてきていた時に、俺が珍しくサナ王女とケンカしたんだ。サナ王女は泣いていた。あの時も、俺にやめろ、謝れと言ってくれたのはリリィだった。

 俺は左手を緩め、サナ王女の身体を解放した。サナ王女は仰向けに倒れ、ピクピクと痙攣している。

「多分、肋骨が何本か折れている。君はもう戦えない」
 大型の魔物でも締め殺せる触手だ。こんな華奢な身体を締め上げたら、それはそうなる。

「今度こそ……さよならだ。もう会うこともないだろう」
 俺は踵を返し、再び歩き始めた。

 リリィだけでなく、ジャックやバスティアンが何かを叫んでいるのが聞こえていたが、もう内容は頭に入ってこなかった。
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