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第六章
2.前世
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静かな口調だった。淡々と語った悠哉は、微苦笑をにじませたまま口をつぐむ。
克海もまた、無言だった。
二人ともきっと、胡桃の言葉を待っているのだと思う。
ただ、どう反応しろというのだろう。想像もしていなかった出来事に、混乱は禁じ得なかった。
自分の中に、違う誰かがいる。
それだけでも大きなことなのに、さらにその誰かが、自分として生まれる前の「自分」だなんて。
そもそも、前世の記憶なんて覚えているはずが――
「……あっ」
そこまで考えて、気づく。
「もしかしてあたしが見てたあの、別人になる夢って……全部、前世でのあたし……?」
「そう。烈が君の中に生まれた影響で、彼だけではなく、他の時代の記憶も思い出しかけていたのだと思う。烈自身が前世のことを覚えているかは定かじゃないけど」
色々な時代を見た。その中で特に多かったのはあの、モノトーンの森にいた男の子だった。
いつも寂しげで、断片的に見えた、病的なまでに白い手も物悲しさを助長するようで――
悠哉の話に出てきた「烈牙」の印象とは違うけれど、彼が烈牙なのだろうか。
否、それも気になる。気になるが、もっと確かめたいことがあった。
「あの、悠哉さんっ」
呼びかけると、ん、と首を傾げてくる顔が、優しい。
この顔を、何度も夢の中で見た。「胡桃」の恋人だ。
先ほどの話を聞いていると、悠哉自身、前世を思い出す前から不思議な感覚があったという。その上で「似ていて当然」と口走っていた。
理想の人を想像上で当てはめたのではないかと言っていたけれど、あの夢が過去の記憶で、なおかつ似ているのが当然というのなら。
「夢の中で見た、恋人――悠哉さんによく似てた、あの人は……」
あれは、悠哉さんだったんですか?
あなたは昔、あたしの恋人だったの?
はっきりと訊くには恥ずかしい。最後の方はごにょごにょと口ごもる。
質問の意図を察したのだろう。悠哉が、ああ、と苦く笑った。
「あれは僕じゃないよ」
残念ながらね、と言う割にはさらりと口にする。
内心では、「僕たちは生まれる前から恋人同士だったんだよ」的な言葉を期待していただけに、えっと声を上げてしまった。
「あの時代、君の恋人だった彼は、僕の双子の兄だった」
「――双子」
「今にして思うと、間違いなく一卵性のね。下手したら、自分たちでさえ見分けがつかないくらい似てたから」
だから「似ていて当然」なのか。納得すると同時、ふと、一つの可能性に気づく。
「じゃああれ、別人だったのかな。守ってくれた優しい人と、暴力を振るってきた人と。顔は同じだけど、やっていることも雰囲気も違ったから……」
悠哉の様子を見ていれば、とても女性に乱暴するとは思えない。
ならば守ってくれたのが悠哉で、後者はその双子の兄だったのではないか。
もっとも、そうなると恋人を暴行しているわけで、それはそれでおかしな話になるのだけれど。
悠哉が眉を歪め、悲しそうに笑う。
「それは両方とも、彼だね。あの人は――彼女を愛しすぎて、壊れてしまったから」
僕が、壊した。
小さく動いた口元がそう言ったように見えたけれど、気のせいだったのだろうか。
こちらを向いていた悠哉の顔が、正面に戻る。膝の上で組んだ手に視線を落とす横顔が、項垂れているようにも見えた。
「僕が覚えている限りでは、一番古い時代の話だ。あのときに出会って、拗れた四人は、生まれ変わってもずっと一緒だった」
「四人、ですか」
「そう、四人。いつの時代も、そうだな、胡桃ちゃんを主軸にすると話がわかりやすいと思うんだけど」
一昨日の出来事を話していた時よりもさらに、静かな語り口だった。
唇に滲んだ笑みは薄く、瞳には過去を懐かしむというより、罪を見つめるような光が浮いている。
「古代中国、夏王朝時代に僕たちは出会った」
出会ってしまった、とでも言いそうな口調も気になるが、そもそも夏王朝というのがいつなのかわからない。見た中では唯一女の子だったあの時代だろうとは思うがピンとこなくて、首を傾げる。
「すみません、夏王朝って……」
「一応、中国最古だと言われている王朝だよ。伝説では紀元前千五百年くらいから四百年ほど続いたとされている」
紀元前千五百年。予想以上に古い時代で、驚く。
「でも歴史なのに、伝説ではって言い方、おかしいような……」
「遺跡とか遺物とか、はっきりした物がないんだ。日本ではまだ、実在の王朝として扱われてなくて」
「世界史でやっただろ? 中国史。殷、周、東周……って続くけど、その殷王朝の前」
「あー……」
言われてみれば、習った気がする。悠哉に続いた克海の言葉を受けて、左斜め上へと視線を向けた。
「殷、だっけ。最後の王が酷かったって……」
「そう。殷の紂王。その紂王のエピソードと、夏王朝最後の桀王の話が、固有名詞が違うだけでほぼ同じ展開だから、焼き増しされた歴史――伝説じゃないかって」
さらさらと説明されて、純粋に感心する。胡桃が疎いのもあるのだろうが、たぶんそれほど有名な話ではないはずなのに。
「そもそも、夏朝を立ち上げた初代の禹王は神話の中の人物なんだ。――思い出すまでは僕も、実在は怪しいなと思ってたんだけど」
自分がそこにいた記憶があるのに、否定はできない。軽く竦められた肩に、自嘲を見る。
「夏王朝の、実質上では最後の王には、姪がいた。それが蓮――胡桃ちゃん、君の昔の姿だ」
蓮。出てきた名前に、ふと懐かしさを覚える。
――この、懐かしいという感情は自分のものなのか、それとも中で眠っているだろう「蓮」の感覚なのか。
「蓮には恋人がいてね。月龍という。彼は蓮のいとこ、第一皇子、亮亮と親友だった。亮殿下は蓮の幸せを願って身を引いたけど、月龍の双子の弟、蒼龍はそこまで無欲になれなかった。蓮を諦めきれなかったんだ。月龍は二人が蓮に寄せる想いを知っていたから、気が気じゃなかっただろうな」
語られる人間関係を、頭の中で図にでもしていたのか、右斜め上を見ていた克海が、げんなりした顔になる。
「なんか、すごく複雑でややこしいんだけど。そんな関係、うまくいくの?」
「いかないな」
返答は、さも当然といった風である。口の端に、自嘲が刻まれた。
「結局は酷く泥沼化してね。それでも月龍は、蓮のことが好きで好きで、どうしようもなかった。――もしかしたらそのせいかもしれないな。僕たちが生まれ変わる度に出会うのは」
どういうことだろう。首を傾げるのを見て、悠哉が続けた。
「死の間際、きっと自分でも無意識のうちに呪縛をかけたんだろう。何度生まれ変わっても、その度に二人が出会い、必ず恋に落ちるようにって」
「すごい、素敵なお話」
ほう、と感嘆してしまう。
酷く泥沼化したと、悠哉は言っていた。夢の中でも、月龍は蓮に手を上げ、首を絞める暴挙にも出た。
好きな相手への態度としては、到底理解できない。その心理を想像することさえ、難しかった。
それでも離れたくないと願う強い想いは、色恋に疎い胡桃でも憧れる。
悠哉が、困った顔で笑った。
「なんか今、なにが素敵だ、たまったもんじゃねぇってわめく烈の声が聞こえた気がする。烈は月龍のこと、嫌いそうだからなぁ……」
「あ! そのことでちょっと質問」
軽く手を挙げる克海に、二人の目が向かう。
「烈牙ってさ、一体どんなヤツなの? 話してても、全然キャラクターが掴めないんだけど」
ああ、そうか。
今日の昼休み、また、一昨日の帰り道。胡桃の記憶には穴がある。
その間は、先ほど話にあった烈牙が表に出ていたわけで、ならば当然克海とも話をしているはずだ。
「少し、難しい質問だな」
軽い苦笑のあと、口元に手を当て、考える仕草を見せる。
「多面的というか、けっこう複雑で。端的に言うのは、正直、難しい。口が悪くて乱暴で、でも意外な気遣いを見せることもあれば、自分より弱い者には無条件で優しくもなる。豪胆で気骨があり、その反面、繊細なところもあって――」
端的に言うのを諦めて、特徴を列挙することにしたのか。つらつらと並べながら、そうそう、と悠哉が続ける。
「その腕力は凄まじいものがあったな。容姿のせいもあって、幼い頃から鬼子ではないかと噂されたものだ」
「――なんか、ちょっと予想通りだったかも」
「どうかしたのか?」
「これ、見てくれる?」
百聞は一見に如かず。克海がバッグから取り出したのは、見事にひしゃげた缶だった。
「凄いな」
受け取り、悠哉は確かめるように何度も、色々な角度から眺める。横から覗きこみ、胡桃もホントだ、と目を丸くした。
まったく原形を留めていないそれは、どうやればこうなるのかすら想像できない。
「烈牙が、やったんだ。広瀬の手を使って、顔色一つ変えないで――まるで、紙でも丸める調子で、簡単に。……どう思う?」
気まずそうな視線を受けて、黙りこむ。
別人格とはいえ、「自分」がやったと言われても、到底信じられなかった。
「どう、と言われてもな」
潰れた缶を手の中で弄びながら、悠哉の顔が険しくなる。
「昔のあいつなら、確かにこれくらいは平気でやったと思う。一抱えはある大木すら、素手で叩き折る男だったから……でも、胡桃ちゃんの身体だしな」
胡桃ちゃん、と向き直られて、自然と畏まる。
はい、と神妙に返事をすると、悠哉も真面目そのものの表情で見つめてきた。
「まさかとは思うけど――君、握力が六十くらいあったり……しないよね?」
「な、ないですっ」
唐突な質問に驚いて、声がひっくり返る。
確か、成人男性の平均握力が、五十前後のはず。そんな中、胡桃が六十キロなどあるはずがない。その三分の一、二十もなかった。
だよね、ないよね、と言いながら、口の中でぶつぶつと呟いている。
「潜在能力とはいっても、限度がある。胡桃ちゃんがそもそも六十くらいあれば、不可能じゃないかもとは思ったけど……そうだな、他にも聞きたいことがあるし」
そろそろいいかな。首を傾げた悠哉が、笑みを刻んだ。
「たぶん、大体の状況はわかったと思う。少し実務的な話をしたいから、烈に代わってもらえると助かるんだけど」
「え、代わってって言われても……あたし、どうしたらいいのか」
「そうか、そうだよね。――じゃあ、烈牙くん。どうせ中で聞いているんだろう? そろそろ出てきてほしいんだけどな」
(わかったよ)
胡桃は耳の奥――否、頭の中から声を聞いた。
男の子の声だ。
考えられたのは、そこまでだった。
克海もまた、無言だった。
二人ともきっと、胡桃の言葉を待っているのだと思う。
ただ、どう反応しろというのだろう。想像もしていなかった出来事に、混乱は禁じ得なかった。
自分の中に、違う誰かがいる。
それだけでも大きなことなのに、さらにその誰かが、自分として生まれる前の「自分」だなんて。
そもそも、前世の記憶なんて覚えているはずが――
「……あっ」
そこまで考えて、気づく。
「もしかしてあたしが見てたあの、別人になる夢って……全部、前世でのあたし……?」
「そう。烈が君の中に生まれた影響で、彼だけではなく、他の時代の記憶も思い出しかけていたのだと思う。烈自身が前世のことを覚えているかは定かじゃないけど」
色々な時代を見た。その中で特に多かったのはあの、モノトーンの森にいた男の子だった。
いつも寂しげで、断片的に見えた、病的なまでに白い手も物悲しさを助長するようで――
悠哉の話に出てきた「烈牙」の印象とは違うけれど、彼が烈牙なのだろうか。
否、それも気になる。気になるが、もっと確かめたいことがあった。
「あの、悠哉さんっ」
呼びかけると、ん、と首を傾げてくる顔が、優しい。
この顔を、何度も夢の中で見た。「胡桃」の恋人だ。
先ほどの話を聞いていると、悠哉自身、前世を思い出す前から不思議な感覚があったという。その上で「似ていて当然」と口走っていた。
理想の人を想像上で当てはめたのではないかと言っていたけれど、あの夢が過去の記憶で、なおかつ似ているのが当然というのなら。
「夢の中で見た、恋人――悠哉さんによく似てた、あの人は……」
あれは、悠哉さんだったんですか?
あなたは昔、あたしの恋人だったの?
はっきりと訊くには恥ずかしい。最後の方はごにょごにょと口ごもる。
質問の意図を察したのだろう。悠哉が、ああ、と苦く笑った。
「あれは僕じゃないよ」
残念ながらね、と言う割にはさらりと口にする。
内心では、「僕たちは生まれる前から恋人同士だったんだよ」的な言葉を期待していただけに、えっと声を上げてしまった。
「あの時代、君の恋人だった彼は、僕の双子の兄だった」
「――双子」
「今にして思うと、間違いなく一卵性のね。下手したら、自分たちでさえ見分けがつかないくらい似てたから」
だから「似ていて当然」なのか。納得すると同時、ふと、一つの可能性に気づく。
「じゃああれ、別人だったのかな。守ってくれた優しい人と、暴力を振るってきた人と。顔は同じだけど、やっていることも雰囲気も違ったから……」
悠哉の様子を見ていれば、とても女性に乱暴するとは思えない。
ならば守ってくれたのが悠哉で、後者はその双子の兄だったのではないか。
もっとも、そうなると恋人を暴行しているわけで、それはそれでおかしな話になるのだけれど。
悠哉が眉を歪め、悲しそうに笑う。
「それは両方とも、彼だね。あの人は――彼女を愛しすぎて、壊れてしまったから」
僕が、壊した。
小さく動いた口元がそう言ったように見えたけれど、気のせいだったのだろうか。
こちらを向いていた悠哉の顔が、正面に戻る。膝の上で組んだ手に視線を落とす横顔が、項垂れているようにも見えた。
「僕が覚えている限りでは、一番古い時代の話だ。あのときに出会って、拗れた四人は、生まれ変わってもずっと一緒だった」
「四人、ですか」
「そう、四人。いつの時代も、そうだな、胡桃ちゃんを主軸にすると話がわかりやすいと思うんだけど」
一昨日の出来事を話していた時よりもさらに、静かな語り口だった。
唇に滲んだ笑みは薄く、瞳には過去を懐かしむというより、罪を見つめるような光が浮いている。
「古代中国、夏王朝時代に僕たちは出会った」
出会ってしまった、とでも言いそうな口調も気になるが、そもそも夏王朝というのがいつなのかわからない。見た中では唯一女の子だったあの時代だろうとは思うがピンとこなくて、首を傾げる。
「すみません、夏王朝って……」
「一応、中国最古だと言われている王朝だよ。伝説では紀元前千五百年くらいから四百年ほど続いたとされている」
紀元前千五百年。予想以上に古い時代で、驚く。
「でも歴史なのに、伝説ではって言い方、おかしいような……」
「遺跡とか遺物とか、はっきりした物がないんだ。日本ではまだ、実在の王朝として扱われてなくて」
「世界史でやっただろ? 中国史。殷、周、東周……って続くけど、その殷王朝の前」
「あー……」
言われてみれば、習った気がする。悠哉に続いた克海の言葉を受けて、左斜め上へと視線を向けた。
「殷、だっけ。最後の王が酷かったって……」
「そう。殷の紂王。その紂王のエピソードと、夏王朝最後の桀王の話が、固有名詞が違うだけでほぼ同じ展開だから、焼き増しされた歴史――伝説じゃないかって」
さらさらと説明されて、純粋に感心する。胡桃が疎いのもあるのだろうが、たぶんそれほど有名な話ではないはずなのに。
「そもそも、夏朝を立ち上げた初代の禹王は神話の中の人物なんだ。――思い出すまでは僕も、実在は怪しいなと思ってたんだけど」
自分がそこにいた記憶があるのに、否定はできない。軽く竦められた肩に、自嘲を見る。
「夏王朝の、実質上では最後の王には、姪がいた。それが蓮――胡桃ちゃん、君の昔の姿だ」
蓮。出てきた名前に、ふと懐かしさを覚える。
――この、懐かしいという感情は自分のものなのか、それとも中で眠っているだろう「蓮」の感覚なのか。
「蓮には恋人がいてね。月龍という。彼は蓮のいとこ、第一皇子、亮亮と親友だった。亮殿下は蓮の幸せを願って身を引いたけど、月龍の双子の弟、蒼龍はそこまで無欲になれなかった。蓮を諦めきれなかったんだ。月龍は二人が蓮に寄せる想いを知っていたから、気が気じゃなかっただろうな」
語られる人間関係を、頭の中で図にでもしていたのか、右斜め上を見ていた克海が、げんなりした顔になる。
「なんか、すごく複雑でややこしいんだけど。そんな関係、うまくいくの?」
「いかないな」
返答は、さも当然といった風である。口の端に、自嘲が刻まれた。
「結局は酷く泥沼化してね。それでも月龍は、蓮のことが好きで好きで、どうしようもなかった。――もしかしたらそのせいかもしれないな。僕たちが生まれ変わる度に出会うのは」
どういうことだろう。首を傾げるのを見て、悠哉が続けた。
「死の間際、きっと自分でも無意識のうちに呪縛をかけたんだろう。何度生まれ変わっても、その度に二人が出会い、必ず恋に落ちるようにって」
「すごい、素敵なお話」
ほう、と感嘆してしまう。
酷く泥沼化したと、悠哉は言っていた。夢の中でも、月龍は蓮に手を上げ、首を絞める暴挙にも出た。
好きな相手への態度としては、到底理解できない。その心理を想像することさえ、難しかった。
それでも離れたくないと願う強い想いは、色恋に疎い胡桃でも憧れる。
悠哉が、困った顔で笑った。
「なんか今、なにが素敵だ、たまったもんじゃねぇってわめく烈の声が聞こえた気がする。烈は月龍のこと、嫌いそうだからなぁ……」
「あ! そのことでちょっと質問」
軽く手を挙げる克海に、二人の目が向かう。
「烈牙ってさ、一体どんなヤツなの? 話してても、全然キャラクターが掴めないんだけど」
ああ、そうか。
今日の昼休み、また、一昨日の帰り道。胡桃の記憶には穴がある。
その間は、先ほど話にあった烈牙が表に出ていたわけで、ならば当然克海とも話をしているはずだ。
「少し、難しい質問だな」
軽い苦笑のあと、口元に手を当て、考える仕草を見せる。
「多面的というか、けっこう複雑で。端的に言うのは、正直、難しい。口が悪くて乱暴で、でも意外な気遣いを見せることもあれば、自分より弱い者には無条件で優しくもなる。豪胆で気骨があり、その反面、繊細なところもあって――」
端的に言うのを諦めて、特徴を列挙することにしたのか。つらつらと並べながら、そうそう、と悠哉が続ける。
「その腕力は凄まじいものがあったな。容姿のせいもあって、幼い頃から鬼子ではないかと噂されたものだ」
「――なんか、ちょっと予想通りだったかも」
「どうかしたのか?」
「これ、見てくれる?」
百聞は一見に如かず。克海がバッグから取り出したのは、見事にひしゃげた缶だった。
「凄いな」
受け取り、悠哉は確かめるように何度も、色々な角度から眺める。横から覗きこみ、胡桃もホントだ、と目を丸くした。
まったく原形を留めていないそれは、どうやればこうなるのかすら想像できない。
「烈牙が、やったんだ。広瀬の手を使って、顔色一つ変えないで――まるで、紙でも丸める調子で、簡単に。……どう思う?」
気まずそうな視線を受けて、黙りこむ。
別人格とはいえ、「自分」がやったと言われても、到底信じられなかった。
「どう、と言われてもな」
潰れた缶を手の中で弄びながら、悠哉の顔が険しくなる。
「昔のあいつなら、確かにこれくらいは平気でやったと思う。一抱えはある大木すら、素手で叩き折る男だったから……でも、胡桃ちゃんの身体だしな」
胡桃ちゃん、と向き直られて、自然と畏まる。
はい、と神妙に返事をすると、悠哉も真面目そのものの表情で見つめてきた。
「まさかとは思うけど――君、握力が六十くらいあったり……しないよね?」
「な、ないですっ」
唐突な質問に驚いて、声がひっくり返る。
確か、成人男性の平均握力が、五十前後のはず。そんな中、胡桃が六十キロなどあるはずがない。その三分の一、二十もなかった。
だよね、ないよね、と言いながら、口の中でぶつぶつと呟いている。
「潜在能力とはいっても、限度がある。胡桃ちゃんがそもそも六十くらいあれば、不可能じゃないかもとは思ったけど……そうだな、他にも聞きたいことがあるし」
そろそろいいかな。首を傾げた悠哉が、笑みを刻んだ。
「たぶん、大体の状況はわかったと思う。少し実務的な話をしたいから、烈に代わってもらえると助かるんだけど」
「え、代わってって言われても……あたし、どうしたらいいのか」
「そうか、そうだよね。――じゃあ、烈牙くん。どうせ中で聞いているんだろう? そろそろ出てきてほしいんだけどな」
(わかったよ)
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男の子の声だ。
考えられたのは、そこまでだった。
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