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第六章
第九話 覚悟
しおりを挟む蓮は一体、なにを考えているのか。
どういうつもりでいるのだろうか。
呆然と見つめる先で、蓮がふと顔を上げる。気まずさに、目もそらせない。眉間による皺を自覚する月龍とは対照的に、蓮はにっこりと笑いかけてくる。
笑い返すべきだろうか。思うのに、頬がこわばる。情けないと思うほどに、眉間の皺が深くなった。
険しい顔つきに気づいたのか、蓮がふっと笑みを消す。ほんのわずか、不安の色を滲ませて小首を傾げた。
「――もしかして、お口に合いませんか?」
今までと、味を変えたつもりはないけれど。
続けられた不安は、場違いなものにしか思えなかった。
否、渋面のまま動きを止めていれば、料理を作った者としてはおかしな不安ではないのかもしれない。
だが、根本的に問題が間違っている。
たとえば蓮が、未だ月龍の傍に居たいと思ってくれたとして、ならば受け入れられるか心配するのが普通ではないのか。
元のように戻ることができるかと不安になるのであれば、まだ理解もできるけれど。
浮かんだ考えは、やはり自分に都合がよすぎる気がして、動揺に襲われる。
「否、そのようなことは……」
もごもごと、口の中で小さく否定する。ようやく、視線を横へと流すことだけができた。
「よかった。どうせなら、美味しく召し上がって頂きたいから」
見なくても、笑顔なことがわかる柔らかな声音だった。
なんとしても別れなければ――血を吐く思いで下した決断が、揺らいでくる。蓮の笑みに乗せられて、何事もなかったかのように元に戻ればいい。
今まで幾度も繰り返してきた痴話喧嘩と同じだ。
――ああ、蓮はそう思っているのかもしれない。ふと、考える。
月龍はあのとき、これ以上はないほど真剣だった。本気で、蓮と別れるつもりだった。
けれど蓮は今までと同じ、月龍が彼女の愛情を試すための言動だったと思っているのかもしれない。
期待のために甘い考えに傾く中、蓮は果たして、そこまで鈍いだろうかと疑問が残る。
蓮はたしかに、自身に向けられる感情には好悪、どちらに対しても鈍いところがあった。
だが同時に、驚くべき鋭さも併せ持っている。月龍と蒼龍を見分けられることなどが、最たる例だ。
――もしかするとその鋭さを持って、月龍の真意を見抜いたのではないか。
本当は今でも傍に居てほしいと願っていることを――変わらず、蓮を愛していることを。
どくんどくんと、心臓が過剰な運動を始めた。
それならば、辻褄が合う。逆に、そうでなければ理解できない。月龍はあのとき、ひどい暴言を吐いた。なんの弁明もなしに許せるとは、到底思えない。
笑顔で訪ねて来てくれた、それがすべてを証明しているのではないか。
「――蓮」
期待と緊張のために、声が震える。強張り、引きつっているのを隠すために、片手で口元を覆った。
呼びかけに、首を傾げて待つ蓮の顔を見ることもできない。目線を少し下げ、喉元を見ているのが精いっぱいだった。
許してくれるのならば、元に戻りたい。
別れなければと思ったのは、蓮のためだった。長きに渡る蓮の幸せを、願ってのことに他ならない。決して、月龍の希望ではなかった。
蓮のために、耐えなければならない。覚悟はしていたはずなのに、蓮のいない絶望感は想像していたよりもずっと酷かった。
だから謝りたい。――おそらくは蓮のためではなく、月龍自身のために。
「そうだ、月龍。今日は、ここに泊めて下さいね」
名を呼ぶだけ呼んで、目も合わせず黙る月龍に焦れたのか。蓮が許可を得るというよりも、一方的な宣言をする。
思わず、はっ、と目を上げた。
「それは――亮の所に泊まっていることにして……?」
未だにそのような言い訳が通用するのか。我ながら、場違いな嫉妬だった。
いいえ、と蓮がゆっくりと頭を振る。
「嬋玉姉さまの所に、と言って来ました」
後宮にいる嬋玉に、本来であれば他者を呼び寄せる権限などはない。後宮に部外者が易々と立ち入れるわけがなかった。
ただ、昏君と化した王も蓮には甘い。王の許可というこれ以上はない特権を持つ蓮は、嬋玉の元へもよく通っていた。
亮よりはいいけれど、嬋玉ともあまり親しくしてほしくはない。渋面を、さらに険しくする。
「――いけませんでしたか……?」
「否――」
男だけではなく、女相手にまで嫉妬する狭量さを知られたくなくて、言葉を濁す。
濁して、ようやく気づいた。
蓮が嘘をついてまで、今日は月龍の傍を離れないと言ってくれたことに――最初から、そのつもりだったことに。
「だがおれたちは――別れたのではなかったか」
覚悟を決めて、言葉を舌に乗せた。
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