五年越しのきみは 2

Sai

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よし、の合図

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「あれ? お前携帯変えた?」
「うん」
「……前の携帯は」
「奏に預けてあるよ」
「は? なに……預け……? なんだって?」
「位置情報を入れてある。どこに居てもわかるようにね」
「……。あ、お前……まさか、この部屋に入れたんじゃねぇだろうな!」
「そうだよ。たまに来てる」
「ふざけんなよ、お前……」
「観察してろって言ったのはそっちだろ。俺は俺のすべきことをしてる。文句言われる筋合いはない」
「……はぁーっ。報告はするからな」
「勝手にすれば。それより早く出てって。学校に遅れる」
「チッ……」
「あ! あともうここには来ないで。用事があるなら俺から行くから。じゃあね」
 
 
 
 

 
 
「ただいま……」


 だれもいない家。本当ならバスから降りるとアパート前で既に待っていてくれていた、今は無い姿。嘘つきの、この世界。


「あ……俺。今日……いや、週末にでも会えない? うん、うん……そう……。わかった。じゃあね」


 相変わらず、ボスには会えない。でも留守電にならなかっただけ今日はマシだ。俺だって人恋しくなる時はあった。頻繁に会えないとわかっていても、兄ちゃんのことをはぐらかされ続けていても、それでも慕っていたボスにも会えないのは辛かった。


「ふう……」


 どさりとバッグをテーブルに置く。いつも自分の部屋に置いてこいって言われてたっけ。のろりと足が動いて、また俺は兄ちゃんの部屋へと吸い寄せられた。もう明かりをつけなくとも、どの辺にベッドの縁があるのかわかるほど足を運んでいる。


「ただいま、兄ちゃん」


 ボスン、と体を勢いよくベッドに預ける。綺麗好きだった兄ちゃんにはたまらないかもしれない。さぞかし部屋じゅうにたくさんの埃が舞っていることだろう。


「ただいま、って言ってんじゃんか……」


 兄ちゃんが使っていた、折り畳まれた布団をぎゅうと握りしめる。枕に顔を埋めると、次第に肩が震えてきた。もう何度目かもわからない。


「っ。……うっ……」


 あんなにいつも一緒にいたのだ。自分でも無理もないと思う。朝遅く起きてもテーブルにはパンケーキが焼かれて置いてあったし、アパートに近づくスクールバスの窓からはいつも兄ちゃんの姿があった。テストで良い点を取れば褒めてくれたし、俺が寂しさに耐えかねると部屋にいるのを許してくれた。恋しさから、体を何度も重ね合った夜も数えきれない。あの日常が当たり前じゃなかったと、今ようやく理解できる。俺の好きだった、兄ちゃんの微かな柔軟剤の匂いがこんなにも懐かしい。ここで俺一人でいるのがまるで夢みたいだ。


「兄ちゃん……兄ちゃん……」


 ここへ来ると、俺はこうしていつも涙に誘われた。
 
 
 
 
 
 
「奏。ちゃんと携帯見てよ。何回もメッセージ送ったのに」
「あっ、そうだったんだ。ごめん。……あ、あれっ」


 携帯、家に忘れてきてしまった。


「もう……なんのための携帯かわからないだろ」
「ごめん。昨日泥みたいに寝ちゃって」


 携帯は昨日ボスに電話したきりだ。しかも俺は頻繁に携帯を見る習慣がない。他の人みたいに、食事中も相手がいる前で画面を見ているのを不思議に思っている。アレンが、心配で家まで行こうかと思ったんだから。と困ったように言った。


「気をつける。ごめん」
「そんなに謝らなくていいよ。……なんか疲れてる?」
「そう……かも」
「あーやっぱり! 俺の範囲も手伝ってくれてるから……」


 手伝っている、というのはアレンの苦手な授業のことだけど、俺にとってはそれが原因ではなかった。自分でも自覚している。アレンを好意的な目で見ている俺、帰ってきてから兄ちゃんのことを思い出す俺、そのどちらが本当の俺かわからなくなる。二面性をもった自分が、これでいいのかと混乱させてくるのだ。特にアレンを目の前にすると、それが顕著に感じられた。


「違うよ、アレン。研究室にいる時間が長くなったからかもしれない」
「そう? 確かに、足腰にくるよなぁー」


 アレンが腰に手を当ててのけぞる格好をする。俺は、くす、とその姿を笑う。この日常だって、当たり前ではないとそろそろ学習しなければならない。


「あのさぁ……今日、うち来ない?」


 少し照れたように言うアレン。断る理由なんて一つもない。俺はアレンのことが好きだからだ。今は、とても。


「行きたい。泊まってもいい?」
「もっ、もちろん!」


 大袈裟に喜ぶアレンを、俺の心は離れて見ている。昨日あんなに兄ちゃんが恋しかったのに、この変わりようってなんなのだろう。アレンを好きだということはわかりきっているのに。兄ちゃん以上に、かどうかを決めかねている感じがする。


「もう奏のお泊まりセット、買わないとだよね~」
「あはは、そうだね」
「よーし、今日は奏の手を借りずに頑張るぞ!」
「うん。頑張って」


 現実にいるアレンと記憶の中の兄ちゃん。そのどちらをも大事にしたいなんて、俺はわがままなんだろうか。
 



 
「アレンって料理上手だね。今日のもおいしい」
「そう? ありがと! 元はレトルトだけどね。うん、我ながらおいしいじゃん!」


 目の前には真っ赤な色をしたミートソーススパゲッティと白いスープ。隣にはエプロン姿のまま胡座を組んでいるアレン。パスタはレトルトをアレンジしたものらしく、ひき肉多め、粉チーズもパセリも乗った、俺には到底作れそうにないものが皿に盛り付けられていた。アレンは玉ねぎも入れたとか、粉チーズを振るタイミングがどうとか、食べながら身振り手振りでペラペラと喋っている。俺はうんうんと頷き、そんなに忙しないとラグが汚れちゃうよ。と呆れ顔で言った。


「そうだね。冷めないうちに食べよっと」
「スープも。おいしい」
「へへーっ。そっちはちゃんと手作り。こうやって濾してー」
「えっ、すご……」


 まん丸のスープ用スプーンで、おそらくジャガイモだったのだろう、塩気が効いたスープをもう一度口に運ぶ。温かいスープに、唾液がまたじわりと滲んだ。


「……おいしい」


 あの硬いジャガイモがこんなに滑らかになるなんて不思議だ。


「もーっ。ほら。髪乾かしてから来ればよかったのに」


 首に掛けていたタオルで髪をワシワシと拭かれ視界が遮られて、スプーンの手が止まる。滴るほどじゃないから別にいいのに。


「髪乾かすの面倒でさ。嫌いなんだ」


 俺が風呂に入っている間に、すぐできるからと言って作ってくれたこの夕食だった。


「風邪引いちゃうよ? せっかくのお泊まりなのに」
「おいしそうな匂いがして、つい」
「あっ。あは。口にひき肉ついてるよ、奏」
「ほんと? うわ、恥ずかし……」


 拭おうと口に手をやる前に、アレンがぱくりと口を動かした。俺の唇に、柔らかいそれを触れさせて。


「嘘。なにもついてない」
「は? なにそれ……」


 二重の恥ずかしさが俺を襲った。思わずアレンから目を逸らしてしまう。心臓が、音を立て始める頃かもしれない。目線をあちこちに泳がせていると、隣からスッと大きな手が伸びてきて後ろ頭ごと引き寄せられた。


「んっ。……、……」


 カチャ。と俺が持っていたフォークが皿に当たる音がした。あの真っ白いラグにミートソースが飛んでないといいけど。というか、なんで俺が何度もアレンの家の物が汚れる心配をしなきゃいけないんだろうか。


「……少しも待てないの」
「待てないよ」
「……! う……」


 ほら、と言われて手首を掴まれ、アレンの興奮を示すそこに置かれた。エプロンの下から潜り込んで、ゆったりとした部屋着のズボンへ。手の平に感じる、むくりとアレンの肉が膨れ始めた感触に、多少は戸惑った。


「……全部食べたいんだけど。お腹空いてたし」
「んっ、あと、で、あっためる。よ……」


 さわさわとそこを撫でる。アレンの白い頬がほんのり上気して、ぴくりと体を小さく震わせた。


「待てのできないデカい犬みたい」
「……っ。あっ……う、うん……」

 すり、すり……と布越しに形を整えると次第にそれは上を向き、アレンは緩く唇を結んだ。俺は、唇を合わせて音を鳴らした。待て、ができたあとの合図のように。
 




「んっ。ん……」


 コーヒーは、好きじゃない。タバコのにおいも、好きじゃない。


「奏……今日、俺がしてもいい?」


 でも俺の肺を満たすアレンのこのにおいは、好きだ。


「うん。いいよ……」


 向き合っているアレンの投げ出された足の上で腰を上げる。両肩に手を置くと、俺より大きな体格のアレンを実感する。肩幅だって、こんなに違う。


「んぅ」
「い、痛い?」
「ううん……痛く、ないよ」


 アレンは、ほっとしたようなため息をついてまた俺の中を弄ってきた。


「んっ、んっ、う、うぅ」


 ローションを纏わせた指が、たった一本なのにこんなにも存在を知らしめてくる。俺が顔をしかめる度に、薄目でアレンと何度も目が合って視界が徐々に潤んだ。


「み、見すぎ、だって……」
「そう……? いいとこ、早く探したくて」


 じぃっと見られてるのが恥ずかしい。無意識にきゅうきゅう締めるのがやめられない。俺の性をアレンに暴かれているような気がして、肩が震えた。


「ん、んん……っ」


 そんなに、見ないで。


「はあっ、はあっ……」


 露骨にアレンを見ないでいると、アレンは俺の耳に唇を寄せ、かわいい、奏。とそっと低音で囁いた。


「あっ」


 アレンの声帯から発せられたその声か、指の先の感触のせいなのかはわからなかった。でも俺の体は大きくひとつ、びくっと跳ねた。


「あ、あ、あ……」
「もっとして、いい?」


 この先は、体で知っている。確認しなくても、もう俺の中心はしとどに濡れそぼっていた。


「そこ、きもち、い……っ!」


 こくんと頷いて素直に声に出したら、アレンはじゅぶっと指を抜いてすぐに二本目を連れてきた。ぞわっとなにかが背を這った。迷いなく俺の中のあの場所を探し出す。ぷくりとしたそれをくにくにと指の腹で撫でられると、泣き出してしまいそうなぐらい気持ちよかった。


「あうぅ……ん、んぅっ。あっ、だめっ……!」
「えっ」
「あぁっ!」


 ずるりと指を抜かれる。ふるふると余韻が体を巡って肩に置いていた指先に力が入り、なぜ止めたのかと涙目でアレンを責めた。


「だ、だって奏がだめって……」
「バカ……だめじゃないよ……」
「えっ、だって」
「はや、く、アレン……」


 顔を寄せて、腰をはしたなく揺らめかせている。こんなふうに懇願したくない。バカなアレンのせいで、俺は口にもしたくないのに早くとねだってしまった。最悪な気分だ。


「んうっ」


 ぬぷりとアレンの指が入ってくる感覚。また俺を見る視線。ぞくぞくする、背中のなにか。頭がぐるぐる回る。俺は内ももをぷるぷると震えさせながら、その快感に耐えた。


「ね……触ってもいい?」
「……はあ、はあっ」


 ここでノーと言ったらアレンはまたやめるだろう。別にいちいち、いいかなんてきかなくてもいいのに。


「うん……。触って、いいよ。……んっ。んぅ、あっ、あっ」


 くち、と先端の滑りをもう片方の指先に絡め、カリから上をぷりぷりと撫でられた。ぞくぞくが、ピリピリに変わる。もう我慢なんてせずに、早く達してしまいたい。


「あっ、あっ、だっ……。んうっ、アレン、いきそ……っ」


 アレンの長くてきれいな指が俺の中で気持ちいいところを捏ねるように蠢いている。絶えず滴を垂らすそこも、全然強く扱かれてるんじゃない。中からじんわりと押し出されるような快感だった。


「うん。いいよ。イッて」
「あっ……!」


 びく、びく、と体が揺れた。アレンがまた、かわいいね。と俺の耳元で言った。この優しく吐かれる低音も、俺は好きになりそうだった。


「好きだよ……奏」


なにもかも、気持ちよかった。
 
 
 
 
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