6 / 9
よし、の合図
しおりを挟む
「あれ? お前携帯変えた?」
「うん」
「……前の携帯は」
「奏に預けてあるよ」
「は? なに……預け……? なんだって?」
「位置情報を入れてある。どこに居てもわかるようにね」
「……。あ、お前……まさか、この部屋に入れたんじゃねぇだろうな!」
「そうだよ。たまに来てる」
「ふざけんなよ、お前……」
「観察してろって言ったのはそっちだろ。俺は俺のすべきことをしてる。文句言われる筋合いはない」
「……はぁーっ。報告はするからな」
「勝手にすれば。それより早く出てって。学校に遅れる」
「チッ……」
「あ! あともうここには来ないで。用事があるなら俺から行くから。じゃあね」
「ただいま……」
だれもいない家。本当ならバスから降りるとアパート前で既に待っていてくれていた、今は無い姿。嘘つきの、この世界。
「あ……俺。今日……いや、週末にでも会えない? うん、うん……そう……。わかった。じゃあね」
相変わらず、ボスには会えない。でも留守電にならなかっただけ今日はマシだ。俺だって人恋しくなる時はあった。頻繁に会えないとわかっていても、兄ちゃんのことをはぐらかされ続けていても、それでも慕っていたボスにも会えないのは辛かった。
「ふう……」
どさりとバッグをテーブルに置く。いつも自分の部屋に置いてこいって言われてたっけ。のろりと足が動いて、また俺は兄ちゃんの部屋へと吸い寄せられた。もう明かりをつけなくとも、どの辺にベッドの縁があるのかわかるほど足を運んでいる。
「ただいま、兄ちゃん」
ボスン、と体を勢いよくベッドに預ける。綺麗好きだった兄ちゃんにはたまらないかもしれない。さぞかし部屋じゅうにたくさんの埃が舞っていることだろう。
「ただいま、って言ってんじゃんか……」
兄ちゃんが使っていた、折り畳まれた布団をぎゅうと握りしめる。枕に顔を埋めると、次第に肩が震えてきた。もう何度目かもわからない。
「っ。……うっ……」
あんなにいつも一緒にいたのだ。自分でも無理もないと思う。朝遅く起きてもテーブルにはパンケーキが焼かれて置いてあったし、アパートに近づくスクールバスの窓からはいつも兄ちゃんの姿があった。テストで良い点を取れば褒めてくれたし、俺が寂しさに耐えかねると部屋にいるのを許してくれた。恋しさから、体を何度も重ね合った夜も数えきれない。あの日常が当たり前じゃなかったと、今ようやく理解できる。俺の好きだった、兄ちゃんの微かな柔軟剤の匂いがこんなにも懐かしい。ここで俺一人でいるのがまるで夢みたいだ。
「兄ちゃん……兄ちゃん……」
ここへ来ると、俺はこうしていつも涙に誘われた。
「奏。ちゃんと携帯見てよ。何回もメッセージ送ったのに」
「あっ、そうだったんだ。ごめん。……あ、あれっ」
携帯、家に忘れてきてしまった。
「もう……なんのための携帯かわからないだろ」
「ごめん。昨日泥みたいに寝ちゃって」
携帯は昨日ボスに電話したきりだ。しかも俺は頻繁に携帯を見る習慣がない。他の人みたいに、食事中も相手がいる前で画面を見ているのを不思議に思っている。アレンが、心配で家まで行こうかと思ったんだから。と困ったように言った。
「気をつける。ごめん」
「そんなに謝らなくていいよ。……なんか疲れてる?」
「そう……かも」
「あーやっぱり! 俺の範囲も手伝ってくれてるから……」
手伝っている、というのはアレンの苦手な授業のことだけど、俺にとってはそれが原因ではなかった。自分でも自覚している。アレンを好意的な目で見ている俺、帰ってきてから兄ちゃんのことを思い出す俺、そのどちらが本当の俺かわからなくなる。二面性をもった自分が、これでいいのかと混乱させてくるのだ。特にアレンを目の前にすると、それが顕著に感じられた。
「違うよ、アレン。研究室にいる時間が長くなったからかもしれない」
「そう? 確かに、足腰にくるよなぁー」
アレンが腰に手を当ててのけぞる格好をする。俺は、くす、とその姿を笑う。この日常だって、当たり前ではないとそろそろ学習しなければならない。
「あのさぁ……今日、うち来ない?」
少し照れたように言うアレン。断る理由なんて一つもない。俺はアレンのことが好きだからだ。今は、とても。
「行きたい。泊まってもいい?」
「もっ、もちろん!」
大袈裟に喜ぶアレンを、俺の心は離れて見ている。昨日あんなに兄ちゃんが恋しかったのに、この変わりようってなんなのだろう。アレンを好きだということはわかりきっているのに。兄ちゃん以上に、かどうかを決めかねている感じがする。
「もう奏のお泊まりセット、買わないとだよね~」
「あはは、そうだね」
「よーし、今日は奏の手を借りずに頑張るぞ!」
「うん。頑張って」
現実にいるアレンと記憶の中の兄ちゃん。そのどちらをも大事にしたいなんて、俺はわがままなんだろうか。
「アレンって料理上手だね。今日のもおいしい」
「そう? ありがと! 元はレトルトだけどね。うん、我ながらおいしいじゃん!」
目の前には真っ赤な色をしたミートソーススパゲッティと白いスープ。隣にはエプロン姿のまま胡座を組んでいるアレン。パスタはレトルトをアレンジしたものらしく、ひき肉多め、粉チーズもパセリも乗った、俺には到底作れそうにないものが皿に盛り付けられていた。アレンは玉ねぎも入れたとか、粉チーズを振るタイミングがどうとか、食べながら身振り手振りでペラペラと喋っている。俺はうんうんと頷き、そんなに忙しないとラグが汚れちゃうよ。と呆れ顔で言った。
「そうだね。冷めないうちに食べよっと」
「スープも。おいしい」
「へへーっ。そっちはちゃんと手作り。こうやって濾してー」
「えっ、すご……」
まん丸のスープ用スプーンで、おそらくジャガイモだったのだろう、塩気が効いたスープをもう一度口に運ぶ。温かいスープに、唾液がまたじわりと滲んだ。
「……おいしい」
あの硬いジャガイモがこんなに滑らかになるなんて不思議だ。
「もーっ。ほら。髪乾かしてから来ればよかったのに」
首に掛けていたタオルで髪をワシワシと拭かれ視界が遮られて、スプーンの手が止まる。滴るほどじゃないから別にいいのに。
「髪乾かすの面倒でさ。嫌いなんだ」
俺が風呂に入っている間に、すぐできるからと言って作ってくれたこの夕食だった。
「風邪引いちゃうよ? せっかくのお泊まりなのに」
「おいしそうな匂いがして、つい」
「あっ。あは。口にひき肉ついてるよ、奏」
「ほんと? うわ、恥ずかし……」
拭おうと口に手をやる前に、アレンがぱくりと口を動かした。俺の唇に、柔らかいそれを触れさせて。
「嘘。なにもついてない」
「は? なにそれ……」
二重の恥ずかしさが俺を襲った。思わずアレンから目を逸らしてしまう。心臓が、音を立て始める頃かもしれない。目線をあちこちに泳がせていると、隣からスッと大きな手が伸びてきて後ろ頭ごと引き寄せられた。
「んっ。……、……」
カチャ。と俺が持っていたフォークが皿に当たる音がした。あの真っ白いラグにミートソースが飛んでないといいけど。というか、なんで俺が何度もアレンの家の物が汚れる心配をしなきゃいけないんだろうか。
「……少しも待てないの」
「待てないよ」
「……! う……」
ほら、と言われて手首を掴まれ、アレンの興奮を示すそこに置かれた。エプロンの下から潜り込んで、ゆったりとした部屋着のズボンへ。手の平に感じる、むくりとアレンの肉が膨れ始めた感触に、多少は戸惑った。
「……全部食べたいんだけど。お腹空いてたし」
「んっ、あと、で、あっためる。よ……」
さわさわとそこを撫でる。アレンの白い頬がほんのり上気して、ぴくりと体を小さく震わせた。
「待てのできないデカい犬みたい」
「……っ。あっ……う、うん……」
すり、すり……と布越しに形を整えると次第にそれは上を向き、アレンは緩く唇を結んだ。俺は、唇を合わせて音を鳴らした。待て、ができたあとの合図のように。
「んっ。ん……」
コーヒーは、好きじゃない。タバコのにおいも、好きじゃない。
「奏……今日、俺がしてもいい?」
でも俺の肺を満たすアレンのこのにおいは、好きだ。
「うん。いいよ……」
向き合っているアレンの投げ出された足の上で腰を上げる。両肩に手を置くと、俺より大きな体格のアレンを実感する。肩幅だって、こんなに違う。
「んぅ」
「い、痛い?」
「ううん……痛く、ないよ」
アレンは、ほっとしたようなため息をついてまた俺の中を弄ってきた。
「んっ、んっ、う、うぅ」
ローションを纏わせた指が、たった一本なのにこんなにも存在を知らしめてくる。俺が顔をしかめる度に、薄目でアレンと何度も目が合って視界が徐々に潤んだ。
「み、見すぎ、だって……」
「そう……? いいとこ、早く探したくて」
じぃっと見られてるのが恥ずかしい。無意識にきゅうきゅう締めるのがやめられない。俺の性をアレンに暴かれているような気がして、肩が震えた。
「ん、んん……っ」
そんなに、見ないで。
「はあっ、はあっ……」
露骨にアレンを見ないでいると、アレンは俺の耳に唇を寄せ、かわいい、奏。とそっと低音で囁いた。
「あっ」
アレンの声帯から発せられたその声か、指の先の感触のせいなのかはわからなかった。でも俺の体は大きくひとつ、びくっと跳ねた。
「あ、あ、あ……」
「もっとして、いい?」
この先は、体で知っている。確認しなくても、もう俺の中心はしとどに濡れそぼっていた。
「そこ、きもち、い……っ!」
こくんと頷いて素直に声に出したら、アレンはじゅぶっと指を抜いてすぐに二本目を連れてきた。ぞわっとなにかが背を這った。迷いなく俺の中のあの場所を探し出す。ぷくりとしたそれをくにくにと指の腹で撫でられると、泣き出してしまいそうなぐらい気持ちよかった。
「あうぅ……ん、んぅっ。あっ、だめっ……!」
「えっ」
「あぁっ!」
ずるりと指を抜かれる。ふるふると余韻が体を巡って肩に置いていた指先に力が入り、なぜ止めたのかと涙目でアレンを責めた。
「だ、だって奏がだめって……」
「バカ……だめじゃないよ……」
「えっ、だって」
「はや、く、アレン……」
顔を寄せて、腰をはしたなく揺らめかせている。こんなふうに懇願したくない。バカなアレンのせいで、俺は口にもしたくないのに早くとねだってしまった。最悪な気分だ。
「んうっ」
ぬぷりとアレンの指が入ってくる感覚。また俺を見る視線。ぞくぞくする、背中のなにか。頭がぐるぐる回る。俺は内ももをぷるぷると震えさせながら、その快感に耐えた。
「ね……触ってもいい?」
「……はあ、はあっ」
ここでノーと言ったらアレンはまたやめるだろう。別にいちいち、いいかなんてきかなくてもいいのに。
「うん……。触って、いいよ。……んっ。んぅ、あっ、あっ」
くち、と先端の滑りをもう片方の指先に絡め、カリから上をぷりぷりと撫でられた。ぞくぞくが、ピリピリに変わる。もう我慢なんてせずに、早く達してしまいたい。
「あっ、あっ、だっ……。んうっ、アレン、いきそ……っ」
アレンの長くてきれいな指が俺の中で気持ちいいところを捏ねるように蠢いている。絶えず滴を垂らすそこも、全然強く扱かれてるんじゃない。中からじんわりと押し出されるような快感だった。
「うん。いいよ。イッて」
「あっ……!」
びく、びく、と体が揺れた。アレンがまた、かわいいね。と俺の耳元で言った。この優しく吐かれる低音も、俺は好きになりそうだった。
「好きだよ……奏」
なにもかも、気持ちよかった。
「うん」
「……前の携帯は」
「奏に預けてあるよ」
「は? なに……預け……? なんだって?」
「位置情報を入れてある。どこに居てもわかるようにね」
「……。あ、お前……まさか、この部屋に入れたんじゃねぇだろうな!」
「そうだよ。たまに来てる」
「ふざけんなよ、お前……」
「観察してろって言ったのはそっちだろ。俺は俺のすべきことをしてる。文句言われる筋合いはない」
「……はぁーっ。報告はするからな」
「勝手にすれば。それより早く出てって。学校に遅れる」
「チッ……」
「あ! あともうここには来ないで。用事があるなら俺から行くから。じゃあね」
「ただいま……」
だれもいない家。本当ならバスから降りるとアパート前で既に待っていてくれていた、今は無い姿。嘘つきの、この世界。
「あ……俺。今日……いや、週末にでも会えない? うん、うん……そう……。わかった。じゃあね」
相変わらず、ボスには会えない。でも留守電にならなかっただけ今日はマシだ。俺だって人恋しくなる時はあった。頻繁に会えないとわかっていても、兄ちゃんのことをはぐらかされ続けていても、それでも慕っていたボスにも会えないのは辛かった。
「ふう……」
どさりとバッグをテーブルに置く。いつも自分の部屋に置いてこいって言われてたっけ。のろりと足が動いて、また俺は兄ちゃんの部屋へと吸い寄せられた。もう明かりをつけなくとも、どの辺にベッドの縁があるのかわかるほど足を運んでいる。
「ただいま、兄ちゃん」
ボスン、と体を勢いよくベッドに預ける。綺麗好きだった兄ちゃんにはたまらないかもしれない。さぞかし部屋じゅうにたくさんの埃が舞っていることだろう。
「ただいま、って言ってんじゃんか……」
兄ちゃんが使っていた、折り畳まれた布団をぎゅうと握りしめる。枕に顔を埋めると、次第に肩が震えてきた。もう何度目かもわからない。
「っ。……うっ……」
あんなにいつも一緒にいたのだ。自分でも無理もないと思う。朝遅く起きてもテーブルにはパンケーキが焼かれて置いてあったし、アパートに近づくスクールバスの窓からはいつも兄ちゃんの姿があった。テストで良い点を取れば褒めてくれたし、俺が寂しさに耐えかねると部屋にいるのを許してくれた。恋しさから、体を何度も重ね合った夜も数えきれない。あの日常が当たり前じゃなかったと、今ようやく理解できる。俺の好きだった、兄ちゃんの微かな柔軟剤の匂いがこんなにも懐かしい。ここで俺一人でいるのがまるで夢みたいだ。
「兄ちゃん……兄ちゃん……」
ここへ来ると、俺はこうしていつも涙に誘われた。
「奏。ちゃんと携帯見てよ。何回もメッセージ送ったのに」
「あっ、そうだったんだ。ごめん。……あ、あれっ」
携帯、家に忘れてきてしまった。
「もう……なんのための携帯かわからないだろ」
「ごめん。昨日泥みたいに寝ちゃって」
携帯は昨日ボスに電話したきりだ。しかも俺は頻繁に携帯を見る習慣がない。他の人みたいに、食事中も相手がいる前で画面を見ているのを不思議に思っている。アレンが、心配で家まで行こうかと思ったんだから。と困ったように言った。
「気をつける。ごめん」
「そんなに謝らなくていいよ。……なんか疲れてる?」
「そう……かも」
「あーやっぱり! 俺の範囲も手伝ってくれてるから……」
手伝っている、というのはアレンの苦手な授業のことだけど、俺にとってはそれが原因ではなかった。自分でも自覚している。アレンを好意的な目で見ている俺、帰ってきてから兄ちゃんのことを思い出す俺、そのどちらが本当の俺かわからなくなる。二面性をもった自分が、これでいいのかと混乱させてくるのだ。特にアレンを目の前にすると、それが顕著に感じられた。
「違うよ、アレン。研究室にいる時間が長くなったからかもしれない」
「そう? 確かに、足腰にくるよなぁー」
アレンが腰に手を当ててのけぞる格好をする。俺は、くす、とその姿を笑う。この日常だって、当たり前ではないとそろそろ学習しなければならない。
「あのさぁ……今日、うち来ない?」
少し照れたように言うアレン。断る理由なんて一つもない。俺はアレンのことが好きだからだ。今は、とても。
「行きたい。泊まってもいい?」
「もっ、もちろん!」
大袈裟に喜ぶアレンを、俺の心は離れて見ている。昨日あんなに兄ちゃんが恋しかったのに、この変わりようってなんなのだろう。アレンを好きだということはわかりきっているのに。兄ちゃん以上に、かどうかを決めかねている感じがする。
「もう奏のお泊まりセット、買わないとだよね~」
「あはは、そうだね」
「よーし、今日は奏の手を借りずに頑張るぞ!」
「うん。頑張って」
現実にいるアレンと記憶の中の兄ちゃん。そのどちらをも大事にしたいなんて、俺はわがままなんだろうか。
「アレンって料理上手だね。今日のもおいしい」
「そう? ありがと! 元はレトルトだけどね。うん、我ながらおいしいじゃん!」
目の前には真っ赤な色をしたミートソーススパゲッティと白いスープ。隣にはエプロン姿のまま胡座を組んでいるアレン。パスタはレトルトをアレンジしたものらしく、ひき肉多め、粉チーズもパセリも乗った、俺には到底作れそうにないものが皿に盛り付けられていた。アレンは玉ねぎも入れたとか、粉チーズを振るタイミングがどうとか、食べながら身振り手振りでペラペラと喋っている。俺はうんうんと頷き、そんなに忙しないとラグが汚れちゃうよ。と呆れ顔で言った。
「そうだね。冷めないうちに食べよっと」
「スープも。おいしい」
「へへーっ。そっちはちゃんと手作り。こうやって濾してー」
「えっ、すご……」
まん丸のスープ用スプーンで、おそらくジャガイモだったのだろう、塩気が効いたスープをもう一度口に運ぶ。温かいスープに、唾液がまたじわりと滲んだ。
「……おいしい」
あの硬いジャガイモがこんなに滑らかになるなんて不思議だ。
「もーっ。ほら。髪乾かしてから来ればよかったのに」
首に掛けていたタオルで髪をワシワシと拭かれ視界が遮られて、スプーンの手が止まる。滴るほどじゃないから別にいいのに。
「髪乾かすの面倒でさ。嫌いなんだ」
俺が風呂に入っている間に、すぐできるからと言って作ってくれたこの夕食だった。
「風邪引いちゃうよ? せっかくのお泊まりなのに」
「おいしそうな匂いがして、つい」
「あっ。あは。口にひき肉ついてるよ、奏」
「ほんと? うわ、恥ずかし……」
拭おうと口に手をやる前に、アレンがぱくりと口を動かした。俺の唇に、柔らかいそれを触れさせて。
「嘘。なにもついてない」
「は? なにそれ……」
二重の恥ずかしさが俺を襲った。思わずアレンから目を逸らしてしまう。心臓が、音を立て始める頃かもしれない。目線をあちこちに泳がせていると、隣からスッと大きな手が伸びてきて後ろ頭ごと引き寄せられた。
「んっ。……、……」
カチャ。と俺が持っていたフォークが皿に当たる音がした。あの真っ白いラグにミートソースが飛んでないといいけど。というか、なんで俺が何度もアレンの家の物が汚れる心配をしなきゃいけないんだろうか。
「……少しも待てないの」
「待てないよ」
「……! う……」
ほら、と言われて手首を掴まれ、アレンの興奮を示すそこに置かれた。エプロンの下から潜り込んで、ゆったりとした部屋着のズボンへ。手の平に感じる、むくりとアレンの肉が膨れ始めた感触に、多少は戸惑った。
「……全部食べたいんだけど。お腹空いてたし」
「んっ、あと、で、あっためる。よ……」
さわさわとそこを撫でる。アレンの白い頬がほんのり上気して、ぴくりと体を小さく震わせた。
「待てのできないデカい犬みたい」
「……っ。あっ……う、うん……」
すり、すり……と布越しに形を整えると次第にそれは上を向き、アレンは緩く唇を結んだ。俺は、唇を合わせて音を鳴らした。待て、ができたあとの合図のように。
「んっ。ん……」
コーヒーは、好きじゃない。タバコのにおいも、好きじゃない。
「奏……今日、俺がしてもいい?」
でも俺の肺を満たすアレンのこのにおいは、好きだ。
「うん。いいよ……」
向き合っているアレンの投げ出された足の上で腰を上げる。両肩に手を置くと、俺より大きな体格のアレンを実感する。肩幅だって、こんなに違う。
「んぅ」
「い、痛い?」
「ううん……痛く、ないよ」
アレンは、ほっとしたようなため息をついてまた俺の中を弄ってきた。
「んっ、んっ、う、うぅ」
ローションを纏わせた指が、たった一本なのにこんなにも存在を知らしめてくる。俺が顔をしかめる度に、薄目でアレンと何度も目が合って視界が徐々に潤んだ。
「み、見すぎ、だって……」
「そう……? いいとこ、早く探したくて」
じぃっと見られてるのが恥ずかしい。無意識にきゅうきゅう締めるのがやめられない。俺の性をアレンに暴かれているような気がして、肩が震えた。
「ん、んん……っ」
そんなに、見ないで。
「はあっ、はあっ……」
露骨にアレンを見ないでいると、アレンは俺の耳に唇を寄せ、かわいい、奏。とそっと低音で囁いた。
「あっ」
アレンの声帯から発せられたその声か、指の先の感触のせいなのかはわからなかった。でも俺の体は大きくひとつ、びくっと跳ねた。
「あ、あ、あ……」
「もっとして、いい?」
この先は、体で知っている。確認しなくても、もう俺の中心はしとどに濡れそぼっていた。
「そこ、きもち、い……っ!」
こくんと頷いて素直に声に出したら、アレンはじゅぶっと指を抜いてすぐに二本目を連れてきた。ぞわっとなにかが背を這った。迷いなく俺の中のあの場所を探し出す。ぷくりとしたそれをくにくにと指の腹で撫でられると、泣き出してしまいそうなぐらい気持ちよかった。
「あうぅ……ん、んぅっ。あっ、だめっ……!」
「えっ」
「あぁっ!」
ずるりと指を抜かれる。ふるふると余韻が体を巡って肩に置いていた指先に力が入り、なぜ止めたのかと涙目でアレンを責めた。
「だ、だって奏がだめって……」
「バカ……だめじゃないよ……」
「えっ、だって」
「はや、く、アレン……」
顔を寄せて、腰をはしたなく揺らめかせている。こんなふうに懇願したくない。バカなアレンのせいで、俺は口にもしたくないのに早くとねだってしまった。最悪な気分だ。
「んうっ」
ぬぷりとアレンの指が入ってくる感覚。また俺を見る視線。ぞくぞくする、背中のなにか。頭がぐるぐる回る。俺は内ももをぷるぷると震えさせながら、その快感に耐えた。
「ね……触ってもいい?」
「……はあ、はあっ」
ここでノーと言ったらアレンはまたやめるだろう。別にいちいち、いいかなんてきかなくてもいいのに。
「うん……。触って、いいよ。……んっ。んぅ、あっ、あっ」
くち、と先端の滑りをもう片方の指先に絡め、カリから上をぷりぷりと撫でられた。ぞくぞくが、ピリピリに変わる。もう我慢なんてせずに、早く達してしまいたい。
「あっ、あっ、だっ……。んうっ、アレン、いきそ……っ」
アレンの長くてきれいな指が俺の中で気持ちいいところを捏ねるように蠢いている。絶えず滴を垂らすそこも、全然強く扱かれてるんじゃない。中からじんわりと押し出されるような快感だった。
「うん。いいよ。イッて」
「あっ……!」
びく、びく、と体が揺れた。アレンがまた、かわいいね。と俺の耳元で言った。この優しく吐かれる低音も、俺は好きになりそうだった。
「好きだよ……奏」
なにもかも、気持ちよかった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
タトゥーの甘い檻
マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代)
どのお話も単体でお楽しみいただけます。
「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」
真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。
それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。
「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。
アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。
ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。
愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。
「……お前のわがままには、最後まで付き合う」
針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。
執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる