赤き翼の万能屋―万能少女と死霊術師―

文海マヤ

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四章『死別という病』編

第二十一話「骸使い」-3

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 冷静なのはいいことだが、彼女にも決め手は無いはずだ。『毒使い』であるのなら、間合いは近距離から中距離。あんな、長距離狙撃に対応する手など持ち合わせていないだろう。

 それでも、問う。彼女であれば、何か手を持ち合わせているだろうと、ある種の信頼とともに。

「おい、エイヴァ。何か作戦があるんなら、勿体振らずに出せよ。悪いが僕は、そんなに根性のある方じゃないぜ」

 僕の軽口に、エイヴァは静かに目を伏せる。そして、懐から小瓶を取り出して、指の間に挟んだ。

「勿体振るもなにも、そもそも、脅威にすらならんというところかな」

 白衣が風に靡き、彼女は駆け出した。何の衒いもなく、真っ向からだ。

 まさか、と心臓が跳ねた。流石に、無茶にもほどがある。いくら彼女が強かろうと、攻撃が当たらなければ意味はない。

 往来に飛び出した彼女に、魔弾の照準が合わせられる。音を超える速度で飛来するそれは、抗う間もなく彼女の脳髄を破壊する――。

「――とでも、思ったかい?」

 エイヴァの口角が上がる。封切られた、硝子の瓶。そこから流れ出た琥珀色の毒液が、宙に一筋の線を描く。

 瓶に刻まれた紋様に、魔力の光が宿る。それはどこか、神秘的な光景にすら見えた。

「毒薬術式――『害套縁絶パラコート』」

 毒薬はとろとろと虚空に拡がり、それは彼女に覆い被さる。否、彼女が被った、と言うべきなのか。

 加速した魔弾が、毒の外套に着弾する。本来であれば、人体など容易く突き破るはずのそれは、被弾から間を開けず、ドロリと融解した。

「――!」離れているここからでもわかるほど明らかに、魔弾の射手が動揺したのがわかった。

 魔力は乱れ、シルエットは不安げに揺れている。それでも、放たれた二の矢は再びエイヴァの肩を捉え――再び、穿つことなく溶けていく。全てを溶かす、強酸の如き帷が、彼女の身を守っているようだ。

 そして、その一瞬の隙は、魔術師同士の戦闘においては致命的と言える。
 エイヴァは再び、瓶を取り出した。それを空中に放れば、薄い硝子の表面は内側からの膨張に耐えきれず、呆気なく弾け飛ぶ。

「獲った! 凝固毒――『一簇狼頭ロー・ドッグス』!」

 張り詰めた魔力が、獣のような遠吠えを上げる。
 放たれた毒液は、魔力の波により、まるで地を駆ける狼のような姿を取り、そのまま射手に襲いかかった。

 魔法陣が繰り返し煌めき、獣を撃ち抜かんとするも、もう間に合わない。ひと咬みで絶命に足るほどの牙が、血の気を失った皮膚に迫る――。

 ――刹那、両者の間に何かが割り込んだ。

 一見、それは幅広の金属の板に見えた。上から降ってきたそれが、地面に突き刺さり、毒液による一撃を防いでいる。

「……なんだと?」

 不意に現れた闖入者に、エイヴァの足が止まる。必殺であったはずの一手を軽々と止められた動揺は、奇しくも、先ほど相手に味わわせたものと同じものだろう。

 突如として割り込んできたそいつは、足元にめり込んだ大剣を引き抜くと、そのまま肩に担いだ。人体など容易く切り裂き、仮に鎧の上からでも押し潰せるであろう、単純にして強力無比な断頭装置。

 それを担いだそいつは、体中に無数の傷を刻み込んだ、壮年の男だった。射手と同じように蒼白な肌に、筋骨の筋が幾重にも浮かんでいる。

「二体目のリッチ……!? おいおい、マジかよ……!」

 強い魔力を帯びた死体は、そうでないものよりも死霊術式の通りが悪い。加えて、魔術の行使ができるほどの自我を残そうとすれば、さらに時間がかかるだろう。

 そう踏んでいたというのに、これは――。


「……少年。どうやら、単に君の予想が外れただけ、というわけではなさそうだな」

「ああ、考え得る限り、最悪のケースだ。こうなったら……」

「最悪? それは違うな。私の想定では、最悪というのはもっと――」

 そこで、エイヴァは言葉を切った。
 なんということはない。彼女の脳裏に過っていた最悪とやらが、形を取って、目の前に現れたからだろう。

 射手と、大剣使いの間。朝靄と土煙の中をかき分けて、誰かが歩み出してくる。リトラよりも小柄なそいつは、姿が見えるよりも早く、高らかに声を張った。


「――そう、最悪っていうのは、こういうことを言うんだよ。坊ちゃま!」


 見えたのは、華奢なシルエット。

 髪を高い位置で結い上げた、おそらくは二十代前半の女性。顔は石膏製の仮面で隠しており、見えないものの、声色から何となく想像ができる。手にしたステッキには上から下まで死霊術の紋様が刻まれており、ただならぬ雰囲気を醸し出している。

 そして、纏った中のシャツまで真っ黒なタキシードは、夜闇に紛れやすく、同時に葬る相手への敬意を表すものであるということを、僕は知っていた。

 ――スペクター家、執事衆の制服だったからだ。

「――お前、は!?」

 驚きと憤りが、同時にやってくる。二体のリッチを従えて現れたその女に、僕は見覚えがあったのだ。
 ゆっくりと、まるで嘲るようにしながら、彼女は仮面を外す。艶のある褐色の肌と、はっきりと彫りの深い目鼻立ちは、彼女が大陸の外から移り住んできたことを表している。

 スペクター家、執事衆が一人。

 名を、【骸使い】エミリー・トゥーム。あの日、親父を裏切った死霊術師の一人だ――。


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