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変な男の人たち

バンドマン その3

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私はリッキーに電話をした。
そして、別れたいと言った。

リッキーは「なんで?」を繰り返し、半ば興奮状態になった。

私は正直に、バンドをやる気もないし、毎日ダラダラ過ごす姿を見ていたら冷めた、と話した。

「じゃ、バンドやるから」
と、リッキーは言ったが、そういう問題ではなかった。

そもそも身の丈に合わない高い家賃の家に住み、プライドだけはあるくせに何もしようとしない。おまけに借金があるくせにパチンコをやるなど言語道断だ。
そこが嫌だと私は言いたかった。

その日は電話を切ったが、次の日リッキーから電話がかかってきた。

やっぱり別れたくない、とリッキーは言った。

電話の向こうで鼻をすする音が聞こえ、声は震え、彼は明らかに泣いているようだった。

別れたい、別れたくない、で数日揉めた。

その日、リッキーからまた電話がかかってきた。

会って欲しい、今最寄りの駅にいるから来て欲しい、顔を見て話がしたい、とのことだった。

私はもう会う気はない、だから行かない、と伝えた。
しかしリッキーは、私が来るまでずっと待つ、と言った。

ちょうどその日は友達の葵がうちに来ることになっていた。

葵がうちに到着して、私は駅に髪の長い男がいたかと尋ねてみた。すると「ああ、いたよ。ロッカー風の人ね」と言った。特徴からしてやはりリッキーのようだった。

かなり時間が経った。
夜遅くなってから葵は帰って行った。

ところが
家に到着した葵から電話がかかってきた。
「あのさ、帰りに駅に行ったらさ、リッキーらしき人、まだいたよ・・・」

リッキーが駅に着いてから8時間は経っていた。
驚いて唖然とした。

なぜそこまでできるのか?

彼は数ヶ月前、革ジャン姿で長い髪を振り回し、ステージでベースをかき鳴らしていた。
その彼が、子供のように泣き、ひたすら駅で立っている。

恋愛とは恐ろしい。
こんなにも人を惨めな姿にしてしまうのだ。

私はリッキーに同情するより先に、恐怖を感じた。

私はそこまで人を好きになったことがなかった。
だからリッキーの行動は私にとって理解不能だった。

それからリッキーがそこで何時間待ったのか、未だに分からない。
その後彼からぱったり連絡はなくなった。


リッキーと別れてから
リッキーと私の恋愛の温度差はずいぶん違っていたな、と思った。
もしかしたら自分は最初からリッキーのことはたいして好きではなかったのかもしれない、とも思った。

次に出会った男の人はきっととても好きになるかもしれない、他の子のように恋愛することに夢中になるかもしれない。


そう思ったが


私にその時は来なかった。


しかし、当時の私はそれを信じ、その後も何人もの男の人と関係を持ってしまうのだった。
きっといつか我を忘れて夢中になる人が現れると信じて。


ちなみになぜ和彦がリッキーと名乗っていたのかは、未だに謎である。








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