3 / 12
第一章 プレイヤーは異世界転移する。その後、カードを一枚引く。
ターン2 ”彼”のプロローグ/"彼女"のエピローグ ②
しおりを挟む
◇【エンデュミナ地下 ”春の尻尾”ギルドホーム】
「ただいまぁ……」
「まぁ~」
「おかえりなさませ、ナーシャ様、イオ様」
力無くドアを開けるのは、疲れきった様子の桃色の髪の少女。続く喋る剣。出迎えるは純白の従者。
ギルドホームからの撤収が二週間前に迫っているため、室内に置いてあるものはかなり減ってしまっている。片付けを請け負ったララはどうにもやりがいがなく、彼女らが出掛けてすぐに暇をもて余してしまったほどだ。
「いかかがでしたか、成果のほどは」
「あ、うん。手際いいって褒められたよ。おまけにお菓子まで貰っちゃった。えへへ、お裾分けだって」
「イオ、がんばったから、すごかったって!」
「左様でしたか。いつも通りの様子でなによりです」
撤収を命じられてからずっと彼女はこの調子だ。いつもと変わらず、一生懸命に依頼をこなし、精一杯冒険者としての責務に励んでいる。
変わったのは、騒がしさと暖かさと、笑い声の数だった。どこかこの部屋が寂しく、広く感じるのは感傷的になりすぎているからだと、ララは厳しく自戒する。自分は組合に所属する人間。冒険者の一補佐役でしかないことを忘れてはならない。
しかし。
どうしてこんなことに、と。そんな声をあげようとするものはおらず。こともあろうに当事者が一番自然体なのは、いったいどういうことだろうか。確かにナーシャはやや天然の気があるのだけれど、それでも、と考えられずにいられない。
「ナーシャ様は、それで……」
「ん?」
────それで本当によろしかったのですか。
などとは。
「……いいえ、なんでもありません。失礼しました。
さて、では夕飯の準備と参りましょうか。今日は時間に余裕があったので買い物は済ませておきました。たまには奮発してよいものを、と──」
「え、す、すごい、これ”亜竜の尾”じゃない!?
市場には滅多に出回らないのに!すごい!!」
「すごい?おいしい?」
「はい。市場の競りが丁度やっていたものですから。試しに出てみたら意外と安くすんだもので。今日はこれでシチューでも作ろうかと。
……イオ様は残念ながら食べられませんので、”シクム油”と”鑪一番石”でメンテナンスです」
「やったー!それ、すごくきれいになるやつー!ララ、ふとっぱらー!!」
聞けなかった。
稼ぎだけは今も昔も大きく変わることがないのが、ララにとっては一番気がかりだった。だからこんな風に毎日、意味もなく豪勢な食事を用意してみたりするのは、我儘なのかもしれない。
取り戻してほしい、あの日々を。
本人がどれほど苦悩しているのか、推し量ろうともせずに、そう思う。
◇【エンデュミナ会館 受け付けホール】
「取り消してください!!」
少女の叫びが、ホールの喧騒を切り裂いた。
「あぁ?俺が一体何をおかしなことを言ったよ?」
「私の……私の大切な仲間を、友達を!愚弄しました!」
叫んでいる少女は、普段から温厚なことで知られているナーシャだった。相手は三人組の男性。リーダー各の男はやれやれと肩をすくめ、後ろの二人に目配せをする。
冒険者同士のいさかいなどここでは日常茶飯事の事だが、今回は面子が面子だということで、野次馬たちでちょっとした人だかりとなっていた。
「仲間だってよ。おい聞いたかよ、こいつは傑作だ!
ついこの間解散したギルドで?我が身大事さにテメェ見限った輩を、未だ未練たらしく仲間だってよ!!」
「ハハッ、こいつは笑えるな!おやさしいこって!」
「獣畜生が人間の真似事なんて、まだ一世紀は早いんじゃねえか!?」
ゲラゲラ、と示し合わせて笑う男達。自分に向けられた視線のなかに、幾つかの侮蔑の類いのものが混じったのを、敏いナーシャは感じ取った。
ナーシャリアは、【亜人】という種族だ。中でも母は人間、父は獣人の【半獣人】である。
探索都市エンデュミナは、各地から冒険者になることを志して様々な人種が集まることで有名なので、ナーシャのような者は特別珍しい存在ではない。
しかし、エンデュミナが位置する西部大陸では、古の戦争に由来する、人間による亜人種族への迫害・差別の風土が色濃く残っている。そのため、彼らのような亜人を見下す人間も多いのだ。
辛いことだが慣れてはいる。肩を小刻みに震わせる彼女が我慢ならないのは別のことからで。
「わたしのことはなんと言おうが構いません。
───だけど、わたしの仲間を侮辱することは許せません。絶対に!
みんなは”腰抜け”でも、”薄情者”でもありません!取り消してください!」
「そうだそうだ!ナーシャにあやまれ!みんなにあやまれ!
ばか!あほ!おたんこなす!あたまでっかちのうすらとんかち!」
蒼い、空の瞳が、体躯で勝る男をはっきりと見据えた。背中に担いだ剣の子供のような加勢に、思わず周囲から称賛と喚起の野次が飛ぶ。
思わぬ反撃に一瞬面食らった男だったが、次には体をぶるぶると震わせて、怒り心頭の様子で詰め寄ってくる。周囲の目もあり、加えて差別意識の標的でもあった相手だけに、こんな恥をかかされてはたまらない。
「このガキ……あんま調子に乗んなよ”混ざり”風情がよ!痛い目見ねぇとわかんねぇみてぇだな!!」
「やっちまうか!!」
「無事で帰れるとか思ってんじゃねぇぞ糞ガキ!!」
そう吐き捨てるや否や、三方向から素早く取り囲まれた。血走った目をこちらに向けてくる。どうやら本当にやる気らしい。
「──オラッ!!」
背後のガタイのいい禿げ頭の男が殴りかかってくる。体格は有に二倍程度の差がある。殴り飛ばされれば宣言通り無事では済まないと思われたが……
男の拳は虚しく空を切る。
少女は沈みこむように身をかわし、そのまま滑るような勢いで男の股ぐらをすり抜けて見せた。可憐な容姿からは想像もできないような、素早く、洗練された身のこなしである。周囲からも”やるな”と声が上がる
「やめてください!暴力じゃ何も変わりません!」
「うるせぇ!!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
鎧に全身を包んだ男が、先程の男を押し退け突っ込んでくる。
今度は潜り込まれぬよう鋭いローキックだ。判断が思ったより早い、この男達、言うだけあって中々に喧嘩慣れしている。
しかし、ナーシャは風のようなステップでかわしてのけた。
殴られれば避け、蹴られれば飛び、掴もうと手を伸ばされれば素早く弾く。三人がかりで挑んでいるのに、男達にはナーシャを捕まえられる気配がまるで見えてこない。
”三人がかりでこのザマかよ!”
”情けねぇな、引っ込め!”
”いいぞー嬢ちゃん!!”
周囲の野次はヒートアップ。肩で息をする男二人は、リーダーの男の顔が憤怒でさらに赤くなっていくのを、冷や汗を流し見つめた。不味い、と思う間もなく───
「ふっっざけんなッ!!もういい、もうどうなったって知らねぇ!!
テメェはここでぶっ殺す!!」
叫び散らすと、腰に提げていた立派な山刀を抜き放つ。
刀身が放つ剣呑な煌めきに、周囲がざわめくのも束の間、男が吠え、走る。
「くたばれやァァァァ!!!」
「…くっ!!」
刹那、決して男達を害そうとしなかった少女の細腕が、残像を生む速度で閃いて。
一閃。甲高い音が弾ける。
「なん…だ…」
「あいよ、そこまでだ」
男の腕から弾き飛ばされた山刀が床に落ちるのと、男の肩をぶっとい腕が掴むのは同時だった。
「”魔物の襲撃などの緊急時を除き、会館内ではあらゆる武器と、危害を与える恐れのある魔法・道具の一切の使用を禁止する”…ですよね、バルトナーさん」
「その通りだ嬢ちゃん。別に喧嘩自体は禁止してねぇから好き勝手やりゃあいいが……やるならステゴロか、嬢ちゃんみたく鞘に入れたまま、な。
───冒険者なら、ルールはしっかり守れよな、”うすらトンカチ”」
にっこり笑ったバルトナーの太い腕が男の首根っこを掴み、反論を許さない勢いで、カウンターの裏へと消えていった。
その直後。
どっ、と。少女に対して歓声と拍手の雨が降り注いだ。とりまきだった男二人は、なんとかかんとかと捨て台詞を最低限吐いた後、脱兎の勢いで会館を飛び出していった。
「ごめんねイオ、びっくりした?」
「だいじょーぶ!すっきりした!」
今ではすっかり彼女の味方となった野次馬の冒険者達に惜しみ無い称賛──ナーシャは小柄なのでもみくちゃにされた、と形容するのが相応しい──を賜りながら、愛剣を労る少女なのであった。
◇【数十分後】
「三日間の謹慎処分、及び罰金として金貨50枚の支払いという処分になるみたいです。とはいえナーシャさんが無事どころか、むしろ鮮やかに返り討ちにしちゃったので、意外と刑罰は軽めの部類ですね…」
「───"砂鱗"。あんまいい評判聞かねぇギルドだな。
コスい商売に恐喝、今まで起こしたいざこざ挙げてったらキリが無ぇ。
嬢ちゃん、どうも面倒なのに目付けられちまったなぁ」
「え、えへへ……」
「ナーシャ、わるくないよ。イオ、あいつらきらい!」
リーズフェットの休憩時間、説明も兼ねて受付の従業員室で座る三人。困り切った様子で笑う少女に、二人も思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ヒメリンゴにちょっぴり香辛料を混ぜた特製のジャムを、濃い目に淹れた紅茶に沈めて飲む。リーズフェットお気に入りのこのお茶を振る舞う相手というのはそう多いわけではない。
「二年ほど前、遺跡の調査依頼で大規模な遠征があったとき、臨時でパーティー組んだことがあって……そこの宝物殿でイオを見つけたんですけど、後から来たあの人達とちょっとトラブルになっちゃって」
「イオ、わるいやつにつかわれるの、ぜったいやだ。あいつら、こころがふさわしくないから、だめ」
「ヒームの古代遺跡ですね。ナーシャさんの出世街道はあそこからでしたから、なんだか感慨深いです」
「しゅ、出世なんて、わたしそんな」
「実際よくやってるよ嬢ちゃんは。今の世代じゃ、はっきり言って指折りだろうぜ。
────ま、自意識を持つ”魔法剣”なんざ相当のレアもんだからなぁ……気持ちはわからんでもねぇが、剣が担い手選んじまってるんならどうしようもないわな。逆恨みにしちゃあ、ちと性根が腐ってるが」
イオは、【魔法剣】と呼ばれる古の魔法が込められた武具の一種である。これらの武具はいずれも通常の物を凌ぐ性能を誇るものがほとんで、希少価値は桁外れに高い。特にこのような自我や意思を持ち、担い手と意思疎通ができるような代物であればさらに価値が跳ね上がる。
通常の刀剣とは一線を画した切れ味、耐久性、なにより担い手の意思に応じて刀身に魔力を込めることができるという特性を持つイオは、ナーシャの持つ【加護】と抜群の相性を誇る。
「赤っ恥かいた手前、しばらくはなり潜めてるだろうが……ま、気を付けるにこしたことはねぇわな」
「組合のほうでもできる限りの配慮はしますので、依頼のブッキングなんかは心配しなくても大丈夫です!」
「ひゃー!あの、ありがとうございます!すみませんいつもいつも!」
ぶんぶんと何度も頭を下げる少女の姿に、部屋は笑い声で満たされた。
──────今はまだ、この危惧が実際の事件として現実となることを、誰も知る由もなかった。
「ただいまぁ……」
「まぁ~」
「おかえりなさませ、ナーシャ様、イオ様」
力無くドアを開けるのは、疲れきった様子の桃色の髪の少女。続く喋る剣。出迎えるは純白の従者。
ギルドホームからの撤収が二週間前に迫っているため、室内に置いてあるものはかなり減ってしまっている。片付けを請け負ったララはどうにもやりがいがなく、彼女らが出掛けてすぐに暇をもて余してしまったほどだ。
「いかかがでしたか、成果のほどは」
「あ、うん。手際いいって褒められたよ。おまけにお菓子まで貰っちゃった。えへへ、お裾分けだって」
「イオ、がんばったから、すごかったって!」
「左様でしたか。いつも通りの様子でなによりです」
撤収を命じられてからずっと彼女はこの調子だ。いつもと変わらず、一生懸命に依頼をこなし、精一杯冒険者としての責務に励んでいる。
変わったのは、騒がしさと暖かさと、笑い声の数だった。どこかこの部屋が寂しく、広く感じるのは感傷的になりすぎているからだと、ララは厳しく自戒する。自分は組合に所属する人間。冒険者の一補佐役でしかないことを忘れてはならない。
しかし。
どうしてこんなことに、と。そんな声をあげようとするものはおらず。こともあろうに当事者が一番自然体なのは、いったいどういうことだろうか。確かにナーシャはやや天然の気があるのだけれど、それでも、と考えられずにいられない。
「ナーシャ様は、それで……」
「ん?」
────それで本当によろしかったのですか。
などとは。
「……いいえ、なんでもありません。失礼しました。
さて、では夕飯の準備と参りましょうか。今日は時間に余裕があったので買い物は済ませておきました。たまには奮発してよいものを、と──」
「え、す、すごい、これ”亜竜の尾”じゃない!?
市場には滅多に出回らないのに!すごい!!」
「すごい?おいしい?」
「はい。市場の競りが丁度やっていたものですから。試しに出てみたら意外と安くすんだもので。今日はこれでシチューでも作ろうかと。
……イオ様は残念ながら食べられませんので、”シクム油”と”鑪一番石”でメンテナンスです」
「やったー!それ、すごくきれいになるやつー!ララ、ふとっぱらー!!」
聞けなかった。
稼ぎだけは今も昔も大きく変わることがないのが、ララにとっては一番気がかりだった。だからこんな風に毎日、意味もなく豪勢な食事を用意してみたりするのは、我儘なのかもしれない。
取り戻してほしい、あの日々を。
本人がどれほど苦悩しているのか、推し量ろうともせずに、そう思う。
◇【エンデュミナ会館 受け付けホール】
「取り消してください!!」
少女の叫びが、ホールの喧騒を切り裂いた。
「あぁ?俺が一体何をおかしなことを言ったよ?」
「私の……私の大切な仲間を、友達を!愚弄しました!」
叫んでいる少女は、普段から温厚なことで知られているナーシャだった。相手は三人組の男性。リーダー各の男はやれやれと肩をすくめ、後ろの二人に目配せをする。
冒険者同士のいさかいなどここでは日常茶飯事の事だが、今回は面子が面子だということで、野次馬たちでちょっとした人だかりとなっていた。
「仲間だってよ。おい聞いたかよ、こいつは傑作だ!
ついこの間解散したギルドで?我が身大事さにテメェ見限った輩を、未だ未練たらしく仲間だってよ!!」
「ハハッ、こいつは笑えるな!おやさしいこって!」
「獣畜生が人間の真似事なんて、まだ一世紀は早いんじゃねえか!?」
ゲラゲラ、と示し合わせて笑う男達。自分に向けられた視線のなかに、幾つかの侮蔑の類いのものが混じったのを、敏いナーシャは感じ取った。
ナーシャリアは、【亜人】という種族だ。中でも母は人間、父は獣人の【半獣人】である。
探索都市エンデュミナは、各地から冒険者になることを志して様々な人種が集まることで有名なので、ナーシャのような者は特別珍しい存在ではない。
しかし、エンデュミナが位置する西部大陸では、古の戦争に由来する、人間による亜人種族への迫害・差別の風土が色濃く残っている。そのため、彼らのような亜人を見下す人間も多いのだ。
辛いことだが慣れてはいる。肩を小刻みに震わせる彼女が我慢ならないのは別のことからで。
「わたしのことはなんと言おうが構いません。
───だけど、わたしの仲間を侮辱することは許せません。絶対に!
みんなは”腰抜け”でも、”薄情者”でもありません!取り消してください!」
「そうだそうだ!ナーシャにあやまれ!みんなにあやまれ!
ばか!あほ!おたんこなす!あたまでっかちのうすらとんかち!」
蒼い、空の瞳が、体躯で勝る男をはっきりと見据えた。背中に担いだ剣の子供のような加勢に、思わず周囲から称賛と喚起の野次が飛ぶ。
思わぬ反撃に一瞬面食らった男だったが、次には体をぶるぶると震わせて、怒り心頭の様子で詰め寄ってくる。周囲の目もあり、加えて差別意識の標的でもあった相手だけに、こんな恥をかかされてはたまらない。
「このガキ……あんま調子に乗んなよ”混ざり”風情がよ!痛い目見ねぇとわかんねぇみてぇだな!!」
「やっちまうか!!」
「無事で帰れるとか思ってんじゃねぇぞ糞ガキ!!」
そう吐き捨てるや否や、三方向から素早く取り囲まれた。血走った目をこちらに向けてくる。どうやら本当にやる気らしい。
「──オラッ!!」
背後のガタイのいい禿げ頭の男が殴りかかってくる。体格は有に二倍程度の差がある。殴り飛ばされれば宣言通り無事では済まないと思われたが……
男の拳は虚しく空を切る。
少女は沈みこむように身をかわし、そのまま滑るような勢いで男の股ぐらをすり抜けて見せた。可憐な容姿からは想像もできないような、素早く、洗練された身のこなしである。周囲からも”やるな”と声が上がる
「やめてください!暴力じゃ何も変わりません!」
「うるせぇ!!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
鎧に全身を包んだ男が、先程の男を押し退け突っ込んでくる。
今度は潜り込まれぬよう鋭いローキックだ。判断が思ったより早い、この男達、言うだけあって中々に喧嘩慣れしている。
しかし、ナーシャは風のようなステップでかわしてのけた。
殴られれば避け、蹴られれば飛び、掴もうと手を伸ばされれば素早く弾く。三人がかりで挑んでいるのに、男達にはナーシャを捕まえられる気配がまるで見えてこない。
”三人がかりでこのザマかよ!”
”情けねぇな、引っ込め!”
”いいぞー嬢ちゃん!!”
周囲の野次はヒートアップ。肩で息をする男二人は、リーダーの男の顔が憤怒でさらに赤くなっていくのを、冷や汗を流し見つめた。不味い、と思う間もなく───
「ふっっざけんなッ!!もういい、もうどうなったって知らねぇ!!
テメェはここでぶっ殺す!!」
叫び散らすと、腰に提げていた立派な山刀を抜き放つ。
刀身が放つ剣呑な煌めきに、周囲がざわめくのも束の間、男が吠え、走る。
「くたばれやァァァァ!!!」
「…くっ!!」
刹那、決して男達を害そうとしなかった少女の細腕が、残像を生む速度で閃いて。
一閃。甲高い音が弾ける。
「なん…だ…」
「あいよ、そこまでだ」
男の腕から弾き飛ばされた山刀が床に落ちるのと、男の肩をぶっとい腕が掴むのは同時だった。
「”魔物の襲撃などの緊急時を除き、会館内ではあらゆる武器と、危害を与える恐れのある魔法・道具の一切の使用を禁止する”…ですよね、バルトナーさん」
「その通りだ嬢ちゃん。別に喧嘩自体は禁止してねぇから好き勝手やりゃあいいが……やるならステゴロか、嬢ちゃんみたく鞘に入れたまま、な。
───冒険者なら、ルールはしっかり守れよな、”うすらトンカチ”」
にっこり笑ったバルトナーの太い腕が男の首根っこを掴み、反論を許さない勢いで、カウンターの裏へと消えていった。
その直後。
どっ、と。少女に対して歓声と拍手の雨が降り注いだ。とりまきだった男二人は、なんとかかんとかと捨て台詞を最低限吐いた後、脱兎の勢いで会館を飛び出していった。
「ごめんねイオ、びっくりした?」
「だいじょーぶ!すっきりした!」
今ではすっかり彼女の味方となった野次馬の冒険者達に惜しみ無い称賛──ナーシャは小柄なのでもみくちゃにされた、と形容するのが相応しい──を賜りながら、愛剣を労る少女なのであった。
◇【数十分後】
「三日間の謹慎処分、及び罰金として金貨50枚の支払いという処分になるみたいです。とはいえナーシャさんが無事どころか、むしろ鮮やかに返り討ちにしちゃったので、意外と刑罰は軽めの部類ですね…」
「───"砂鱗"。あんまいい評判聞かねぇギルドだな。
コスい商売に恐喝、今まで起こしたいざこざ挙げてったらキリが無ぇ。
嬢ちゃん、どうも面倒なのに目付けられちまったなぁ」
「え、えへへ……」
「ナーシャ、わるくないよ。イオ、あいつらきらい!」
リーズフェットの休憩時間、説明も兼ねて受付の従業員室で座る三人。困り切った様子で笑う少女に、二人も思わず苦笑いを浮かべてしまう。
ヒメリンゴにちょっぴり香辛料を混ぜた特製のジャムを、濃い目に淹れた紅茶に沈めて飲む。リーズフェットお気に入りのこのお茶を振る舞う相手というのはそう多いわけではない。
「二年ほど前、遺跡の調査依頼で大規模な遠征があったとき、臨時でパーティー組んだことがあって……そこの宝物殿でイオを見つけたんですけど、後から来たあの人達とちょっとトラブルになっちゃって」
「イオ、わるいやつにつかわれるの、ぜったいやだ。あいつら、こころがふさわしくないから、だめ」
「ヒームの古代遺跡ですね。ナーシャさんの出世街道はあそこからでしたから、なんだか感慨深いです」
「しゅ、出世なんて、わたしそんな」
「実際よくやってるよ嬢ちゃんは。今の世代じゃ、はっきり言って指折りだろうぜ。
────ま、自意識を持つ”魔法剣”なんざ相当のレアもんだからなぁ……気持ちはわからんでもねぇが、剣が担い手選んじまってるんならどうしようもないわな。逆恨みにしちゃあ、ちと性根が腐ってるが」
イオは、【魔法剣】と呼ばれる古の魔法が込められた武具の一種である。これらの武具はいずれも通常の物を凌ぐ性能を誇るものがほとんで、希少価値は桁外れに高い。特にこのような自我や意思を持ち、担い手と意思疎通ができるような代物であればさらに価値が跳ね上がる。
通常の刀剣とは一線を画した切れ味、耐久性、なにより担い手の意思に応じて刀身に魔力を込めることができるという特性を持つイオは、ナーシャの持つ【加護】と抜群の相性を誇る。
「赤っ恥かいた手前、しばらくはなり潜めてるだろうが……ま、気を付けるにこしたことはねぇわな」
「組合のほうでもできる限りの配慮はしますので、依頼のブッキングなんかは心配しなくても大丈夫です!」
「ひゃー!あの、ありがとうございます!すみませんいつもいつも!」
ぶんぶんと何度も頭を下げる少女の姿に、部屋は笑い声で満たされた。
──────今はまだ、この危惧が実際の事件として現実となることを、誰も知る由もなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
4
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる