歌を貴女に(仮)

カザハナ

文字の大きさ
2 / 2

想いを届けるために

しおりを挟む
「本当に久しぶりね」


 彼女が昔、よく見せていた穏やかな笑みを浮かべる。


「ああ、本当に……」

「私、ずっと会いたかったの」


 俺は……会いたくなかった。何故なぜなら、聞かれるからだ。一番言われたくない言葉を一番聞かれたくない彼女に。


「……もう、歌わないの?」


 彼女が問う。一番言われたくない言葉で。


「もう、聞くことはできないの?吉住君達の音楽を」


 俺達にとって、苦痛でしかない音楽ものなのに。

 何も言えずに黙っていると、彼女が何かを言い掛けるが、突然横から声が掛かる。


「あれ?もしかして、COLOR ’ S カラーズの吉住さんじゃないですか?!あ!宮田さんと如月さん、天野さんもいる!キャー!!あたし、大っファンなんですぅ!」

「あー……ありがとう」

「サイン貰ってもいいですか?!えっと、これ!これに書いて下さい!」


 言われるまま、メンバー全員が書くと、若い女の子が大声で喜ぶ。


「キャー!一生の宝物にします!!あの、また歌わないんですか?」


 彼女と同じことを聞かれるが、その言葉は彼女程ひびかない。


「その内ね」


 だからこそ、うそが言える。


「本当ですか?!楽しみに待ってますぅ!」


 手を振り、笑顔で見送ることすらできる。そんな気なんて、これっぽっちもないくせに。

 周りの人達が、先程のちょっとしたさわぎにこっちの方をチラチラ見出す。

 これ以上騒ぎになるのはごめんだとばかりに、他の仲間メンバーが物をかたし、バラける。


「委員長、こっち。付いてきて」


 騒ぎになった場合のずらかる手順で動く。

 彼女を巻き込むことは、したくない。

 会場を出て、人がほとんどいない場所へと移動する。


「今、いくが車回してくれるって。ごめんな。ゆっくり話もできなくて」


 携帯を切り、彼女にあやまる。


「それは……仕方ないことよ」


 彼女はうつむき首を振る。きっと彼女は失望しただろう。彼女は多分、気付いてる。俺達がもう、音楽をかなでる気がないということに。


「本当、ごめん」


 期待にこたえれなくて。





 俺達のかたわらに車が横付けされる。行の車だ。


「二人共乗って。早く。送っていくから」


 行の言葉に彼女がおどろいたかのように両手を振る。


「そんな!大丈夫よ。私一人帰れるもの。ここからだと少し遠いし!」


 彼女の言葉に行が答える。


遠慮えんりょしないで。他の奴ならまだしも、俺は安全運転だから」

「悪かったな、安全運転じゃなくて。委員長、乗って。メンバーの中じゃ、本当に行が一番上手うまいから」





 彼女を乗せて、行が車を走らせる。

 中学の頃の話や行の奥さんの話、失敗談、彼女が引っ越してからの俺達の話を彼女は嬉しそうに聞いている。もちろん、音楽にかかわる話は上手く言わないようにして。

 そんな中、行が異変に気付く。


「――ん?……おかしいな」

「どうかしたのか?行」

「いや、さっきもここ、通った筈だ」


 行の言葉に皆が首をかしげる。


「……気のせいじゃないか?」

「いや、標識ひょうしきの地名が同じだ。それにあの、右手奥にある大きな赤い看板かんばん、さっきから時折見えるけど、大きさも方角も全然変わらない」

「……道に迷った?」

「真っ直ぐ走っているのにか?」


 言われてみれば、同じ所をぐるぐる回っている気がする。でも、何故?





 しばらくすると、同じ景色から、少し違う景色へと変化する。


「何だったんだ?一体」

「さあ?」


 皆が皆、きつねままれたような気分でいると、彼女が声を上げる。


「あ、そこ。ここでいいよ。私の家は、すぐそこの右手にある住宅地の中だから。車で行くと、ややこしくなっちゃうの。送ってくれてありがとう。皆と会えて、嬉しかった」


 そう言うと彼女は降りて振り返り、じゃあねと小さく手を振り角を曲がる。

 彼女に何か、言い残したことがあるような、言いたいことがあるような気がして衝動的しょうどうてきに車を降りる。


「和?」

「和君?」

「――悪い。少し待っててくれ」


 そう言い残し、彼女の後を追い、走る。

 それ程の時間はっていない。だが、どこを見ても彼女の姿が見えない。

 こんな短時間で、遠くに見える次の角を曲がれるわけがない。きっとこの辺にあるはずなんだ。

 ふと、近くの家の表札ひょうさつが目に入る。


『杉崎』


 彼女の名字だ。間違いない。

 インターホンを押し、少し待つと、玄関げんかんとびらが開いた。


「どちら様で……あら、貴方あなたは!」


 出てきた年配の女性が声を上げる。


「委員長の……いえ、彩華あやかさんのお母さんですか?」

「ええ」


 彼女と似た、だけど少しさびしそうな、悲しそうな微笑びしょうを浮かべる。


「貴方達のことは知っているわ。あのが、ずっと聴いていた曲を作った子の一人よね?」

「はい。……あの……彼女あやかさんは?」

「どうぞ、入ってちょうだい。あの娘も喜ぶと思うから」


 家に招き入れられ、彼女の母親の後を付いていき、居間と思われる部屋の中へと通されると、そこには仏壇ぶつだんがあった。

 そしてそこには、目を疑うような物があった。

 彼女の、写真だった。





 そんな筈ない。だって、彼女は今日、俺達と一緒いっしょにいたじゃないか。絶対何かの間違いだ。

 頭の中で否定するが、目の前にある写真は消えない。


「これが彩華。あの娘は……亡くなったのよ」


 大人になった彼女の写真を見ても、俺が彼女だと分からないだろうと思ったのか、彼女の母親は彼女の写真を見ながらそう教えてくれる。

 だけど、俺が今日会っていた筈の彼女は間違いなく写真の中の彼女だ。


「あの娘はね、治療法ちりょうほうがまだ見付かっていない、重いやまいに掛かっていたの――」


 彼女の母親が語り、そこで知る。

 彼女は中学の時にその病気が見付かったこと。中三の時の引っ越ひ こしは、病の進行をおくらせるため、他県の大きな病院にうつり、手術を受けるため。

 入退院を繰り返く  かえしながらもずっと頑張がんばっていたこと、そんな中でずっと心のささえにしていたのは、俺達がおくったあのデモテープだったこと、俺達が売れ出すと嬉しそうに自慢話じまんばなしをするかのようにしゃべっていたこと、闘病中とうびょうちゅう、俺達の盗作疑惑ぎわくが流れ憤慨ふんがいしていたこと。解散話を知っても、絶対あきらめないと、きっと彼等は復活してくれると、また聴かせてくれると信じていたこと。


「彩華はよく言ってたのよ。私は彼等の一番のファンだから、って。長期退院ができるように頑張って、それから会いに行くのって。私のことを、覚えてないかも知れないけれど、私にとっては彼等の曲が、唯一ゆいいつの心の支えなのだから……って」


 それから暫くした後に、彼女は昏睡状態こんすいじょうたいおちいったらしい。ずっと延命治療えんめいちりょうを続けていたが、その甲斐かいもなく息を引き取った。三ヶ月前に。


「貴方が、うちの娘を覚えていてくれて、とても嬉しかったわ。ありがとう。彩華を覚えていてくれて――」





 その後、何を言って彼女の母親と別れたのか、覚えていない。

 長いような短いような、時間に置き去りにされたような感覚のまま、仲間が乗っている車へと帰る。


「――話はできたのか?」


 エンジンを掛けながら行が俺に聞いてくる。

 誰と?混乱する頭の中で自問するが、その答えは“彼女”としか出てこない。

 呆然としながらも、行の問いにポツリとつぶやく。


「委員長……亡くなってた……三ヶ月前に……」

「……はぁ?!」


 運転しながら行がバックミラーで俺の様子を確認する。

 きっと本当なら後ろを思い切り振り返りたいのだろう。運転中でなければ。

 他の仲間も俺の言葉におどろきをかくせない。


「えっ、ちょっと待ってよ。亡くなってた?でも今日会ってたじゃん」


 そう、会っていた。でも俺がこの手の冗談じょうだんを昔から嫌っていることを知っている仲間は困惑こんわくする。


「じゃあ、別人か?」

「それはない……と思う。……彼女の家で、仏壇にある彼女の写真を見たから……他人の空似だとは思えない」


 と、その時、走る車の前方に公園が見えた。

 何の変哲へんてつもない公園だ。しかし、何かが気になった。何が?


「行、止めて」


 行に車を止めてもらい、何かに気を取られるかのように降りて公園へと向かう俺に、何かを感じ取ったのか、他の仲間も付いてくる。

 公園内に入り、足の向くまま歩き続けると、そこに、彼女がいた。

 こっちに背を向けるように立っていた彼女が振り向く。その身体はけていた。





「バレちゃったね」


 悲しそうな笑みを見せる彼女。

 他の仲間も彼女に気付き息をむ。


「委員長……」


 その身体は今にも消え失せそうだ。


「ごめんね?どうしても会いたかったの。私、皆の曲がずっと……ずっと支えだったから、最後にお礼が言いたくて」

「委員長……」


 何も言葉が浮かばない。


「心配だったの。皆が歌を嫌いになっちゃうんじゃないかって」

「委員長……」


 何か……何かある筈だろ!!


「本当は、生きてる内に言いたかったんだけど……ありがとうって」

「委員長!!」


 あせれば焦る程頭の中が真っ白になり、そんな自分がもどかしく、自分自身に腹が立つ。


「私、皆の曲がなかったら、きっとここまで生きられなかった。手術だって多分、受けてなかったと思うの」


 彼女が、俺達一人一人をその瞳に焼き付けるかのように見て笑う。


「他の、誰が何と言おうと私は皆のファンだから。ずっと、ずっと一番のファンだから。
 忘れないで。この先も、ずっと、ちゃんと見てるから――」


 彼女は消える。彼女らしい笑みを残して。俺の言葉も聞かない内に。





「久しぶりのライブだ。皆、心の準備はいいか?」

「ああ」

「もちろん!」

「当然だ」


 ステージへと向かいながら、その言葉にうなずき釘をさす。


「彼女が見てる。届けるぞ、俺達の曲を!」

「「「当然だ!」」」



                                    完
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

Reika
2018.10.21 Reika

感動して涙出た…(´•̥ ω •̥` )

2018.10.21 カザハナ

 有難う御座います( 〃▽〃)
 元々は、大昔に見た夢の中の話ですが、もし、誰かの想いが夢となって出てきたのだとしたら……なんて思えてしまって、忘れる事の出来なかった夢を書かせて頂きました。
 元々が夢だったので、多少変えてる部分はありますが、私的に満足してます。

解除

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした

藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると 土地を蝕む邪気となって現れる。 それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。 派手な奇跡は起こらない。 けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。 ――その役目を、誰一人として理解しないまま。 奇跡が少なくなった。 役に立たない聖女はいらない。 そう言われ、私は静かに国を追放された。 もう、祈る理由はない。 邪気を生み出す原因に目を向けず、 後始末だけを押し付ける国を守る理由も。 聖女がいなくなった国で、 少しずつ異変が起こり始める。 けれど彼らは、最後まで気づかなかった。 私がなぜ祈らなくなったのかを。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。