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2巻
2-3
そっか、恭一郎さんが気に入らないってことか。いつも以上にムスッとしてるものね。取引先やうちの親の前で見せてる営業スマイルの顔とは違い、身内相手だと基本無理に笑わない彼。わたしといる時だってしょっちゅう笑ってるわけじゃないけど、だからこそたまに破顔するとドキッとしてしまうのだ。
「アキさん、出版社の人が話したいって」
「わかった、それじゃ千夜子さんも楽しんでいってね」
うわぁ、龍騎さんもいつも以上にキマってる。昨日は白のフロックコートタイプのタキシードだったけど、今日はダークグレーのスリーピースで正装って感じ。去り際にニコッて笑った顔は年相応で可愛い。
「他の男にそんな顔して笑ってるとこ見てると、腹が立つな」
恭一郎さん、なんだかちょっと怖い顔してて、少し嫌な予感……
「え? だって笑いかけられたら返しますよ。特に龍騎さんのあの笑顔はレアでしょ? 普段は懐かない猫か黒豹って感じなのに、朱希那さんとかわたし達にはああやって素っぽいところ見せてくれるから、つい……わたし、そんなに笑ってました?」
「ああ、蕩けそうな顔してたから癪に障った……お仕置きだな」
そう言って会場の外の柱の陰に押し込まれ、キスされてしまった。
「んっ、やぁ」
すぐに舌が入り込んできて絡め取られる。頬に宛がわれた手が耳を掠めるたび、腰に回された手が背中をなぞるたびに腰が砕けそうになってしまう。もう、こんなとこでダメなのに! お願いだから感じさせないで……必死になって彼を押しのけて、ようやく解放される。
「ダメ、もう……ほら、口紅付いちゃったじゃない」
バッグからハンカチを出して彼の口元を拭う。普段は薄い色しか付けないけれど、今日はパーティーなので少しだけ濃い色。グロスもたっぷり塗っているから取れたらすぐにわかってしまう。
「取れついでだ」
そう言ってもう一度貪られた。ようやく唇を離してもらった後、わたしは荒い呼吸が収まるのを待ってから化粧室に駆け込んだ。
「ふうっ……」
化粧室の鏡を前にして大きなため息をつく。出入りしてくる女性は背も高くきれいな人ばかり。近くに寄られると気後れしてしまう。メイクもばっちりで、目元のインパクトも半端ない。近くで見れば見るほど、それがわかる。だけど、いつまでも引き篭っていてもしょうがない。口紅とグロスを塗り直して化粧室を出た。
「ねえ、君。どこの事務所?」
すると、背の高い男の人がいきなり話しかけてきた。今、どこの事務所って言ってたよね? どこの会社かなら答えられるんだけど……どう考えても自分のことではないだろうと思い、そのまま避けて通りすぎようとしたら進路を阻まれた。
「君に聞いたんだけど?」
「えっ? わたし……ですか?」
うしろを振り返っても誰もいない。前に向き直ると、いきなり壁のほうに追い込まれた。
なんか……見たことあるような、ないような顔。外国人みたいに整った面立ちで薄い瞳の色をしている。その彼の顔が傾けられ、金色の長い髪がわたしのほうへサラリと落ちてくる……
すごい、これって本物の金髪? こんなきれいな髪を初めて間近で見てしまった。
「なんで逃げるの? 僕のこと知らない?」
知らないと言いたかったけれど声が出なかった。だって、これって壁ドン? 知らない人にされるなんて思わないじゃない。なんか怖い……。今いるのは化粧室を出てすぐのところなので、恭一郎さんの姿は見えない。
「まあ、いいや。携帯の番号教えてよ。SNSのアカウントでもいいし」
そう言ってスマホを取り出すけど、なんのためにわたしのアドレスを聞いてくるのかわからない。
「あの、人違いとか?」
「なんで? 君みたいなタイプが好みだから声かけてるんだけど? 柔らかそうで……美味しそうだね。清純っぽいのに妙に色気があって……グラビアやってるんじゃないの?」
「ち、違います! グラビアなんてとんでもない! 花嫁の身内の……連れです」
グラビアって……胸の開いた服を着てるから間違われたのかな? やっぱりこんなドレス……着て来るべきじゃなかったんだ。
「アキナの身内? へえ、そうなんだ。ぼくは龍騎のモデル仲間で……」
「千夜子っ!」
恭一郎さんの低い声がしたと同時に目の前にあった顔が引き離された。そしてすぐさまわたしは、間に割って入った彼の腕の中に引き込まれる。
「なにやってるんだ? 君、俺の妻になにか?」
つ、妻! 頭の上で聞こえた言葉に仰天する。ま、まだ妻じゃないよね?
「なんで? この子、指輪してないじゃん」
指輪? あ、そっか……結婚してたら左手の薬指に指輪をはめてるものね。わたし達は婚約したけれど、まだ指輪は買いに行ってなかった。
「あんたは確かアキナのイトコの……ふうん、残念」
ひとり納得顔の彼は、去り際にウインクして会場へと戻っていった。
「なに俺以外の男に壁ドンされてんだよ」
「な、なんででしょう?」
困惑して聞き返すと、思いっきり呆れられた。まさかグラビアアイドルと勘違いされたなんて言えない。場違いな似合いもしないドレスを着てきたことを後悔しても、もう遅い。やだな、すぐにでも帰りたい……いい気になって、こんな場所に紛れ込んだ自分が惨めだ。
「おまえな、俺がどれほど……ああ、もういい。帰るぞ」
「えっ? 帰るの?」
わたしが帰りたいって思ってたのがわかったの? それとも恭一郎さんに恥ずかしい思いをさせてしまったから、これ以上ここにいたくないとか? なんだかどんどん自分の身の置き所がないような気がしてきた。
「あ、でも帰る前に朱希那さんに挨拶ぐらいしておかないと」
「……そうだな」
やっぱり……ムスッとしてる。だからといって、朱希那さんになにも言わずに帰るのは失礼だ。
朱希那さんは、写真週刊誌の一件で迷惑をかけたことをずっと気にしているようで、あれから何度かメールをもらった。この間は『ドレス見る?』と誘われて、恭一郎さん抜きで会ったりもした。
思ってた以上に気さくな彼女は、普段からすごくナチュラルな雰囲気だった。こんな素敵なイトコが側にいたら恭一郎さんの女性を見る目も肥えるよね? だから前の奥さんもきれいな人を選んだのかな……
恭一郎さんの実家へ行った翌週、会社で芸能情報に詳しい野村さんにそれとなく聞いてみた。『カナコ』という名前のモデルがいるかどうかを。彼女はすぐに調べてくれてネットに公開されている写真とプロフィールを見せてもらった。本名は島津可南子。彼女は朱希那さんとはまったくタイプの違うキツイ目元の美人で――すごくスレンダーな人だった。
「おい、アキ。俺達はもう帰るぞ」
会場に戻ると朱希那さん達はすぐに見つかった。
「なにかありましたか?」
龍騎さんも心配してくれてる。あんまり表情を変えない人だけど、それがよくわかる。たぶん、そういうところが恭一郎さんと似てるかな?
「こいつ、トイレに行って帰ってくる間に変なのに引っかかって……ほれ、あそこにいる金髪のロン毛、ハーフ顔のやつ」
「クリスのことかしら? 悪い子じゃないんだけど、強引なとこあるから。千夜子さん、ごめんなさいね」
朱希那さんは代わりに謝るわと言ってくれたけど、別になにか酷いことをされたわけでもないのに申し訳なかった。
「千夜子さん、あいつの好みのタイプだよ。モデルの女は味気ないって、いつも言ってる」
みんな細くてきれいなのに? そんなふうに思う人もいるんだ。感心していると、うしろでザワザワと騒ぐ声が聞こえ、その声に皆が一斉に振り返った。
「朱希那さん、ご結婚おめでとうございます!」
花束を抱えた、やけに細くてきつい顔をした美人がそこにいた。にこやかに微笑んでいるようで目が笑ってなくて少し怖い。あれ? この人、もしかして……
「可南子……」
やっぱり恭一郎さんの前の奥さんだ。きれい……だけど細すぎて今にも折れそう。筋肉のない細さって、こんな感じかもしれない。
「あなたは招待してなかったはずだけど?」
「一言、お祝いを言いたくて。花束もほら」
可南子さんはすごくにこやかに話してるけど、酷く一方的だ。話を聞いてないって感じ。
「恭一郎さん、お久しぶり。逢えて嬉しいわ! なに、その女……まさかそのおデブな子が、あなたの相手だとか言わないわよね?」
「俺の妻だ! 失礼なことを言うのはやめてもらおう」
おデブ――確かに彼女からすれば太いとは思う。だけど昔のわたしとは違うはずなのに……衆目の中で浴びせられたその言葉は深く胸に突き刺さり、わたしは呼吸を乱し身動きできなくなってしまった。皆がわたしをそんな目で見ていると思うと耐えられない。
「千夜子、大丈夫か?」
倒れそうになるのを恭一郎さんが抱きかかえて支えてくれた。
「そんな子を選んだら、きっとデブな子しか生まれてこないわよ……って! なにするのよ!」
見れば朱希那さんが、持っていたグラスの中身を彼女に浴びせていた。濡れた髪が顔に貼り付いて、今の可南子さんは悪鬼のように見える。
「相変わらずの非常識っぷりね! 今さら出てきたところで、あなたの出番はないわ。さっさと帰りなさい!」
朱希那さんは、わたしのために怒ってくれてるんだ……
「どうして? どう見たってその女よりわたしのほうがきれいでしょ? わたしのほうが恭一郎さんにふさわしいのに」
「可南子っ、いい加減にしろ! これ以上、彼女を侮辱するのは赦さんぞ! おまえとやり直すなんてありえない、結婚したこと自体間違いだったんだからな!」
恭一郎さんも声を荒らげて彼女の暴言を止めようとしてくれていた。
「今日わたしがここに来たのは、恭一郎さんに会うためでもあるのよ? どうして喜んでくれないの? ああ、前にあなたの子供を生まないって言ったのをまだ気にしてるのかしら?」
やめて、あなたが子供のことを言わないで! 恭一郎さんには、わたしがいる……彼の手を握り締めると、少しだけ笑いながら握り返してくれた。もう大丈夫なのかな? 傷付いてない?
「まったく話を聞いてないようね。それとも不都合なことは聞こえないふり? おかしいんじゃないの……まさか、クスリとかやってるんじゃないでしょうね?」
「や、やってないわよ! そんなものっ!」
朱希那さんのその言葉に周りの人達は疑いの目を向ける。冷たい視線が可南子さんに浴びせられた。濃い化粧でわかりにくいけれど、肌にはハリもツヤもなにもなかった。顔だけじゃなく腕や首筋も……
「くっ」
周りを睨みつけて彼女は出口へ向かっていく。すると周囲のざわめきがほっとしたものに変わった。朱希那さんが気丈な声で来客に非礼を詫びているのが聞こえる。
わたしは……まだ足に力が入らない状態で恭一郎さんの腕の中で震えていただけ……
「千夜子、すまない……まさか、あいつがおまえにあんなこと言うなんて」
恭一郎さんもすまなそうに謝ってくれた。彼のほうが泣きそうな顔をしている。自分のせいだって思ってるんだ……でも、そうじゃない。悪いのは彼女だ。
「ごめんなさい、千夜子さん。嫌な思いをさせて」
「いえ、そんな……朱希那さんこそ、せっかくのお祝いの場なのに。気遣ってくださってありがとうございました」
思ったよりもダメージを受けていて……そう返すのが精一杯だった。
「千夜子、帰ろう」
これ以上ここにはいたくない……
わたしがこの場にふさわしくないと、恭一郎さんの隣に釣り合わないと、誰かが言っているような気がしてならなかった。
4 愛のお仕置き?
彼のマンションに着いても、わたしは黙りこくったままだった。
帰りの車内、恭一郎さんもほとんど話しかけてこなかった。部屋に入ってもふたり並んでソファに座り身体を寄せ合っているだけ。
「すまない、辛い思いをさせてしまったな。まさかあんなふうに言ってくるなんて……もう二度と関わり合うことはないと思ったのに」
気遣う彼の言葉に、ただ首を横に振ることしかできなかった。そんなわたしを抱きしめたまま彼は優しく頭を撫でてくれた。
「あいつの言ったことなんか気にするな」
「恭一郎さんは……大丈夫ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。おまえがいてくれるからな。しかし千夜子にあんな酷いことを言うなんて……本当にすまなかった。前以上に会話が通じないぶっ飛びように呆れたよ」
恭一郎さんの元カノや元妻のことは、今までできるだけ気にしないようにしてきた。それがまさか、あんな人だったなんて。わたしにも初恋の人や学生時代好きだった人がいるけど、その人がもしあんなふうに変わってしまっていたら辛いよね……見たくないと思う。
恭一郎さんは元妻に対していい感情は持っていないと思えたので、その分だけ安心していた。だけど可南子さんは……きっと恭一郎さんとやり直したかったんだ。その彼の隣にいた不釣り合いなわたしに、あんなふうに言ってしまうほど、まだ彼のことを……
「千夜子、そんな顔をしないでくれ……くそっ! あんな女と結婚してしまった過去の俺を殴ってやりたい」
「恭一郎さん……」
彼の辛そうな表情から、本気でそう思っているのが伝わってくる。
「言い訳にしかならないが、当時の俺は仕事しか見てなかった。結婚も仕事でステップアップする手段だと考えていたぐらいだ。上司が勧める見合いで断るのも面倒だったし、結婚を安易に考えたのが間違いだった。見栄えのいい妻ならステータスが上がると思ったのもある。強引に押し切られて、酔った勢いで寝てしまって断れなくなったのも迂闊だった。両親が見合い結婚だったから、愛情なんてものは後から付いてくるものだと思っていた。だがそれは、互いに分かり合おうと努力してこそだったんだ。いい加減だった俺の考えも、過去の過ちも……全部自分に返ってきただけだ。だがまさか別れて何年も経った今、おまえやアキにまで迷惑かけるなんて思いもしなかった」
「迷惑だなんて! 朱希那さんも恭一郎さんも、わたしを庇おうとして怒ってくれたんですよね? 気を遣わせてしまってすみません。でもあの人があんなふうに言ったのは、わたしが恭一郎さんにふさわしくないからで……」
「気にするなと言ってるだろう! あいつは以前から自分本位な奴だったが、今日は様子がおかしすぎた。常人の言ってることと思わないほうがいいだろう。後のことはアキに任せよう」
やっぱり、おかしいって思うよね、彼女のこと。朱希那さんに任せるしかないのかな。
結局、彼から可南子さんについてそれ以上聞くことはなかった。
「でも……早く帰ってこれてよかったです。みんなきれいな人ばかりで気後れしてしまって。ドレスだって似合ってなかったし……身の置き所がないってああいうのを言うんですね。恭一郎さんがいなかったら、逃げ出してました」
「千夜子……おまえは、気付いてなかったのか?」
「なにを、ですか?」
「それじゃ聞くが、あのクリスって奴に声かけられたのはなんでだと思ってるんだ?」
「それは……モデルさんが多いパーティーなのにわたしみたいなスタイルのよくないのが交じってるから不思議だったんでしょう? こんな胸の開いたドレスを着てたから……グラビアアイドルと間違えられたみたいで……そんなの、ありえないのに。おかしいですよね」
今日はモデルさんや芸能事務所関係のスタッフばかりで、タレントさんはあまり来てなかったと思う。それにグラドルって、若くて胸が大きくて可愛い子がなるんだよね? いくらなんでもこの体型でそんなの有り得ないのに。
「クリスだけじゃない、今日はいろんな男達がおまえのこと見てたんだぞ。俺がいなかったらどれほど声がかかっていたことか……」
「皆見てたなんて恭一郎さんの勘違いです。誰も声かけたりしてきませんってば」
「実際かけられたじゃないか! おまけに龍騎相手にデレッとしやがって……俺はあの会場で周りの男達に嫉妬しまくっていたんだぞ?」
「デレッとなんて……え? あの、嫉妬って……それはなんとかの欲目ってやつじゃ」
「俺はおまえの親じゃない! たしかに彼氏の欲目はあるさ。おまえの可愛いところを全部知ってるからな。今日はおまえの開いた胸元や、そのドレスを着て恥ずかしそうにしているところを見て、何人の男がこうやっておまえの胸を貪ることを妄想していたことか」
ドレスの上から胸を鷲掴みにされ、開いた胸の部分に痛いほど吸い付かれて痕を残された。
「きゃっ……恭一郎さん?」
「何度言ってもわからないんだな……おまえは。そのたびに、お仕置きしなきゃいけないのか?」
お仕置きと聞いてゾクリとカラダが震えてしまう。彼がそういう時って、ところ構わずだったり、夜通しだったり……不安な時はなにもかもわからなくなるほどイカされて、頑なな時は本音を言うまで攻め続けられる。辛くて甘いお仕置きなのだ。
「まさかとは思うが、毎晩俺がおまえを抱くのは性欲解消のためと思ってないだろうな」
「……違うんですか?」
「当たり前だ! おまえを愛しいと思うから抱きたくなるんだろ! きれいだと思うから堪らなくて、独占したくなるんだ。他の男に渡したくなくて……俺は」
誰も手を出してこないのにって思うけど。わたしのほうが他のきれいな女の人に取られないか心配なぐらいだ。
「男の美的感覚と女のそれが違うのはわかるか? 女は今日のパーティーにたくさんいたモデルのように細くて手足の長いのがきれいだと思うんだ。確かにそういう女を抱きたいと思う奴もいるだろう。だが俺や大半の男は、柔らかくて気持ちのいいカラダが好きなんだ。グラドルのような……今日のおまえはそれに匹敵するほどの魅力があったんだ」
「嘘……そんなの、ないです」
「だったら証明してやろう」
恭一郎さんは立ち上がるとわたしの手を引き寝室へ向かった。室内に入り、ウォークインクローゼットの扉の前で立ち止まると、ばたりと戸を開けきった。扉の裏側にはドア一枚分の鏡が取り付けられている。
「なっ、なに?」
「よく見てるがいい」
わたしを扉の前に突き出すと、背中のファスナーを下ろしてドレスを脱がせてしまった。中にはビスチェとガーターストッキング。ウェディングドレスを着る時にも使えるからと買い取ったものだ。試着した時も恥ずかしくてまじまじと見ることはできず、すぐドレスを着込んだというのに……直視させないで欲しい。
「やっ……恥ずかしい」
「こんな下着を付けてたのか? 胸が零れそうになっているぞ」
「そんな……」
実際胸は寄せて上げてある。
「こんなに魅力的なのに、そう思わないんだな」
「だって……きゃあっ」
ビスチェを脱がされ、鏡を見るよう命じられたけれど……無理! 正視できない。
「見るんだ! この魅力的な曲線を。運動で引き締まったこの身体……その全部がどれほどきれいなのかを!」
「嫌っ……無理です」
逃げるわたしから、残った下着もすべて剥ぎ取り、ふたたび鏡の前に連れ戻してしまう。
鏡の前でこんな……ひとり裸体を晒すなんて、恥ずかしすぎる!
「やっ、わたしだけ裸なんて……」
逃げられないことはわかっているので、せめて懇願する。
「わかった。その代わり、このままここで抱くからな」
「え? そんな……」
まさか……鏡の前でするの?
彼は自分の衣服をすべて脱ぎ捨て、背後から抱きしめながらわたしを愛撫しはじめた。
その指先は、わたしの首筋から鎖骨へゆっくりと下りていく。触れて欲しい場所には一向に触れないまま、二の腕を通って腰へと移り、ひたすら輪郭だけを撫でていくのだ。
「んっ……はぁ……」
思わず甘い声が漏れる。触れられるだけでカラダが甘く痺れていた。
「ほら、こんなにきれいなんだぞ? この胸も、この腰も、全部俺を誘っているようにしか見えない」
彼の肌と比べるとわたしの肌は白かった。女としては骨格がしっかりしているほうだと思うけど、筋肉質な彼の側にいると、柔らかそうな女のカラダにしか見えない。
「ああ、この薄桃色した蕾も、白い肌も、吸い付きたくて堪らなくなる」
たわわに実った白桃のような胸が、零れ落ちそうなところを掬い取られる。腰も曲線を描いてくびれを作り出していて――どこから見ても女のカラダをしているわたし。
その稜線を彼の指先がゆっくりとなぞるたびにカラダが震える。
「おまえのカラダはきれいだ。自信をなくすたびにこうやって見せつけてやろうか?」
「そんな……」
「千夜子が一番きれいなのは、抱かれている時なんだ。感じれば感じるほど肌の艶は増し、胸の先は濃いピンクに染まっていく。ほら、見るんだ」
自分のカラダを正視することはできない。だけど、うしろにいる彼の裸体の美しさに見惚れていた。
鍛えられ引き締まった胸筋。六つに割れた腹筋。いきり勃った欲望の証まで鏡に映り込んでいる。だけど彼はソレを隠そうともせず、わたしに見せつけながら擦り付けてくるのだ。
わたしは……彼に求められている嬉しさに溺れそうになる。
「ああ、千夜子……」
横目で自分のカラダを盗み見る。彼が宝物のように扱う自分のカラダは、想像してた以上にきれいに見えた。理想としているカラダよりも肉感的だけど、バランスは悪くないかな……なんて。
「んっああ……きょう……いち……ろう……さん」
彼の手で胸を揉みしだかれ、押し開かれて彼の指で気持ちよくされるたびに、わたしのカラダは反り返る。
「気持ちよさそうにしやがって……そのたびにおまえはきれいになっていくんだ」
醜くはなかった……彼の目には魅力的に映っているのかと思うと、嬉しかった。
「ああっ……やっ、んんっ、イッく……」
彼の指で濡れた小さな芽を摘ままれ、軽くイカされた。そしてうしろから抱きかかえたまま腿の上に乗せられる。
「あんっ……今はダメ」
「どうして? こんなに欲しがっているのに」
硬くて熱い彼の滾りが何度も蜜壺の入り口を往復する。そう、欲しいけど怖いのだ。余韻に震えるカラダを下から突き上げるようにして彼がナカに入ってきた。
「やっ……ダメっ……ああっ……また、イクっ、イッちゃう!」
ふたりがつながった部分には、彼のモノが深々と突き刺さっているのが見える。見せつけられて恥ずかしいのに……それだけでイッてしまった。
「おまえがどれほど俺を煽り続けているか、わかるか? 今まで何度抱いてきた? 一度で治まらないのはなんでだと思ってるんだ? 俺のものにしたくて、何度も抱くんだ。ほら、そんな色っぽい顔、俺以外の男の前でしたら承知しないからな!」
「そんな……しない……です」
「男が声をかけてくるのは、こういうことをしたいからだ。他の男がおまえをそういう目で見ていると思うだけで腹が立つ……そのことがわかっていないおまえにも腹が立ってるんだぞ! わかってるのか?」
そのまま激しく彼に突き上げられてしまう。
「そんな……ああっ、やっ……イッたばかりなの、しないで、お願い……やあっ!」
彼自身を締め付けながらビクビクとイキ続けるわたしを、彼は容赦なく突き上げ続けてくる。鏡に映ったわたしは何度もカラダを震わせ、彼のモノにしがみつくように腰を動かしてしまう。ヤダ、こんなの……恥ずかしくて見ていられない!
「見るんだ! イッてるおまえは最高にエロくて可愛いんだからな!」
わたしは必死で目を逸らしていたけれど、顎を掴まれ鏡を直視させられた。
「ああ、きれいだ……俺にとっておまえが一番きれいに見える。愛してる……千夜子!」
自分が何度もイク姿と、彼が耐え切れない表情をしているのを目にして、わたしは意識ごと昇りつめていた。
「ああぁーーーーっ!」
止まらないカラダの震えに、彼のほうが我慢できなくなったのか、ようやく鏡から引き離される。そしてうしろに移動するとベッドに上半身だけうつぶせに寝かされた。膝を床についてお尻を突き出すような格好のままうしろから激しく突かれてしまう。
「やっ、奥……当たるの……苦しっ……! もう……お願い、赦して!」
「ダメだ、まだだ……もっと奥まで俺のモノを!」
腰が固定されてしまって逃げられないわたしは、うしろから攻められれば攻められるほど苦しくて……何度も悲鳴を上げていた。
「ああ、もう……千夜子っ……くっはぁ」
大きく一度突き上げた後に引き抜かれ、背中に生温いモノがかけられた。そっか、避妊してなかったから……
彼がいなくなった部分が寂しく疼いているのがわかる。
ナカに欲しかったな……そう思いながらも余韻に震え、ベッドにしがみつくしかなかった。
「アキさん、出版社の人が話したいって」
「わかった、それじゃ千夜子さんも楽しんでいってね」
うわぁ、龍騎さんもいつも以上にキマってる。昨日は白のフロックコートタイプのタキシードだったけど、今日はダークグレーのスリーピースで正装って感じ。去り際にニコッて笑った顔は年相応で可愛い。
「他の男にそんな顔して笑ってるとこ見てると、腹が立つな」
恭一郎さん、なんだかちょっと怖い顔してて、少し嫌な予感……
「え? だって笑いかけられたら返しますよ。特に龍騎さんのあの笑顔はレアでしょ? 普段は懐かない猫か黒豹って感じなのに、朱希那さんとかわたし達にはああやって素っぽいところ見せてくれるから、つい……わたし、そんなに笑ってました?」
「ああ、蕩けそうな顔してたから癪に障った……お仕置きだな」
そう言って会場の外の柱の陰に押し込まれ、キスされてしまった。
「んっ、やぁ」
すぐに舌が入り込んできて絡め取られる。頬に宛がわれた手が耳を掠めるたび、腰に回された手が背中をなぞるたびに腰が砕けそうになってしまう。もう、こんなとこでダメなのに! お願いだから感じさせないで……必死になって彼を押しのけて、ようやく解放される。
「ダメ、もう……ほら、口紅付いちゃったじゃない」
バッグからハンカチを出して彼の口元を拭う。普段は薄い色しか付けないけれど、今日はパーティーなので少しだけ濃い色。グロスもたっぷり塗っているから取れたらすぐにわかってしまう。
「取れついでだ」
そう言ってもう一度貪られた。ようやく唇を離してもらった後、わたしは荒い呼吸が収まるのを待ってから化粧室に駆け込んだ。
「ふうっ……」
化粧室の鏡を前にして大きなため息をつく。出入りしてくる女性は背も高くきれいな人ばかり。近くに寄られると気後れしてしまう。メイクもばっちりで、目元のインパクトも半端ない。近くで見れば見るほど、それがわかる。だけど、いつまでも引き篭っていてもしょうがない。口紅とグロスを塗り直して化粧室を出た。
「ねえ、君。どこの事務所?」
すると、背の高い男の人がいきなり話しかけてきた。今、どこの事務所って言ってたよね? どこの会社かなら答えられるんだけど……どう考えても自分のことではないだろうと思い、そのまま避けて通りすぎようとしたら進路を阻まれた。
「君に聞いたんだけど?」
「えっ? わたし……ですか?」
うしろを振り返っても誰もいない。前に向き直ると、いきなり壁のほうに追い込まれた。
なんか……見たことあるような、ないような顔。外国人みたいに整った面立ちで薄い瞳の色をしている。その彼の顔が傾けられ、金色の長い髪がわたしのほうへサラリと落ちてくる……
すごい、これって本物の金髪? こんなきれいな髪を初めて間近で見てしまった。
「なんで逃げるの? 僕のこと知らない?」
知らないと言いたかったけれど声が出なかった。だって、これって壁ドン? 知らない人にされるなんて思わないじゃない。なんか怖い……。今いるのは化粧室を出てすぐのところなので、恭一郎さんの姿は見えない。
「まあ、いいや。携帯の番号教えてよ。SNSのアカウントでもいいし」
そう言ってスマホを取り出すけど、なんのためにわたしのアドレスを聞いてくるのかわからない。
「あの、人違いとか?」
「なんで? 君みたいなタイプが好みだから声かけてるんだけど? 柔らかそうで……美味しそうだね。清純っぽいのに妙に色気があって……グラビアやってるんじゃないの?」
「ち、違います! グラビアなんてとんでもない! 花嫁の身内の……連れです」
グラビアって……胸の開いた服を着てるから間違われたのかな? やっぱりこんなドレス……着て来るべきじゃなかったんだ。
「アキナの身内? へえ、そうなんだ。ぼくは龍騎のモデル仲間で……」
「千夜子っ!」
恭一郎さんの低い声がしたと同時に目の前にあった顔が引き離された。そしてすぐさまわたしは、間に割って入った彼の腕の中に引き込まれる。
「なにやってるんだ? 君、俺の妻になにか?」
つ、妻! 頭の上で聞こえた言葉に仰天する。ま、まだ妻じゃないよね?
「なんで? この子、指輪してないじゃん」
指輪? あ、そっか……結婚してたら左手の薬指に指輪をはめてるものね。わたし達は婚約したけれど、まだ指輪は買いに行ってなかった。
「あんたは確かアキナのイトコの……ふうん、残念」
ひとり納得顔の彼は、去り際にウインクして会場へと戻っていった。
「なに俺以外の男に壁ドンされてんだよ」
「な、なんででしょう?」
困惑して聞き返すと、思いっきり呆れられた。まさかグラビアアイドルと勘違いされたなんて言えない。場違いな似合いもしないドレスを着てきたことを後悔しても、もう遅い。やだな、すぐにでも帰りたい……いい気になって、こんな場所に紛れ込んだ自分が惨めだ。
「おまえな、俺がどれほど……ああ、もういい。帰るぞ」
「えっ? 帰るの?」
わたしが帰りたいって思ってたのがわかったの? それとも恭一郎さんに恥ずかしい思いをさせてしまったから、これ以上ここにいたくないとか? なんだかどんどん自分の身の置き所がないような気がしてきた。
「あ、でも帰る前に朱希那さんに挨拶ぐらいしておかないと」
「……そうだな」
やっぱり……ムスッとしてる。だからといって、朱希那さんになにも言わずに帰るのは失礼だ。
朱希那さんは、写真週刊誌の一件で迷惑をかけたことをずっと気にしているようで、あれから何度かメールをもらった。この間は『ドレス見る?』と誘われて、恭一郎さん抜きで会ったりもした。
思ってた以上に気さくな彼女は、普段からすごくナチュラルな雰囲気だった。こんな素敵なイトコが側にいたら恭一郎さんの女性を見る目も肥えるよね? だから前の奥さんもきれいな人を選んだのかな……
恭一郎さんの実家へ行った翌週、会社で芸能情報に詳しい野村さんにそれとなく聞いてみた。『カナコ』という名前のモデルがいるかどうかを。彼女はすぐに調べてくれてネットに公開されている写真とプロフィールを見せてもらった。本名は島津可南子。彼女は朱希那さんとはまったくタイプの違うキツイ目元の美人で――すごくスレンダーな人だった。
「おい、アキ。俺達はもう帰るぞ」
会場に戻ると朱希那さん達はすぐに見つかった。
「なにかありましたか?」
龍騎さんも心配してくれてる。あんまり表情を変えない人だけど、それがよくわかる。たぶん、そういうところが恭一郎さんと似てるかな?
「こいつ、トイレに行って帰ってくる間に変なのに引っかかって……ほれ、あそこにいる金髪のロン毛、ハーフ顔のやつ」
「クリスのことかしら? 悪い子じゃないんだけど、強引なとこあるから。千夜子さん、ごめんなさいね」
朱希那さんは代わりに謝るわと言ってくれたけど、別になにか酷いことをされたわけでもないのに申し訳なかった。
「千夜子さん、あいつの好みのタイプだよ。モデルの女は味気ないって、いつも言ってる」
みんな細くてきれいなのに? そんなふうに思う人もいるんだ。感心していると、うしろでザワザワと騒ぐ声が聞こえ、その声に皆が一斉に振り返った。
「朱希那さん、ご結婚おめでとうございます!」
花束を抱えた、やけに細くてきつい顔をした美人がそこにいた。にこやかに微笑んでいるようで目が笑ってなくて少し怖い。あれ? この人、もしかして……
「可南子……」
やっぱり恭一郎さんの前の奥さんだ。きれい……だけど細すぎて今にも折れそう。筋肉のない細さって、こんな感じかもしれない。
「あなたは招待してなかったはずだけど?」
「一言、お祝いを言いたくて。花束もほら」
可南子さんはすごくにこやかに話してるけど、酷く一方的だ。話を聞いてないって感じ。
「恭一郎さん、お久しぶり。逢えて嬉しいわ! なに、その女……まさかそのおデブな子が、あなたの相手だとか言わないわよね?」
「俺の妻だ! 失礼なことを言うのはやめてもらおう」
おデブ――確かに彼女からすれば太いとは思う。だけど昔のわたしとは違うはずなのに……衆目の中で浴びせられたその言葉は深く胸に突き刺さり、わたしは呼吸を乱し身動きできなくなってしまった。皆がわたしをそんな目で見ていると思うと耐えられない。
「千夜子、大丈夫か?」
倒れそうになるのを恭一郎さんが抱きかかえて支えてくれた。
「そんな子を選んだら、きっとデブな子しか生まれてこないわよ……って! なにするのよ!」
見れば朱希那さんが、持っていたグラスの中身を彼女に浴びせていた。濡れた髪が顔に貼り付いて、今の可南子さんは悪鬼のように見える。
「相変わらずの非常識っぷりね! 今さら出てきたところで、あなたの出番はないわ。さっさと帰りなさい!」
朱希那さんは、わたしのために怒ってくれてるんだ……
「どうして? どう見たってその女よりわたしのほうがきれいでしょ? わたしのほうが恭一郎さんにふさわしいのに」
「可南子っ、いい加減にしろ! これ以上、彼女を侮辱するのは赦さんぞ! おまえとやり直すなんてありえない、結婚したこと自体間違いだったんだからな!」
恭一郎さんも声を荒らげて彼女の暴言を止めようとしてくれていた。
「今日わたしがここに来たのは、恭一郎さんに会うためでもあるのよ? どうして喜んでくれないの? ああ、前にあなたの子供を生まないって言ったのをまだ気にしてるのかしら?」
やめて、あなたが子供のことを言わないで! 恭一郎さんには、わたしがいる……彼の手を握り締めると、少しだけ笑いながら握り返してくれた。もう大丈夫なのかな? 傷付いてない?
「まったく話を聞いてないようね。それとも不都合なことは聞こえないふり? おかしいんじゃないの……まさか、クスリとかやってるんじゃないでしょうね?」
「や、やってないわよ! そんなものっ!」
朱希那さんのその言葉に周りの人達は疑いの目を向ける。冷たい視線が可南子さんに浴びせられた。濃い化粧でわかりにくいけれど、肌にはハリもツヤもなにもなかった。顔だけじゃなく腕や首筋も……
「くっ」
周りを睨みつけて彼女は出口へ向かっていく。すると周囲のざわめきがほっとしたものに変わった。朱希那さんが気丈な声で来客に非礼を詫びているのが聞こえる。
わたしは……まだ足に力が入らない状態で恭一郎さんの腕の中で震えていただけ……
「千夜子、すまない……まさか、あいつがおまえにあんなこと言うなんて」
恭一郎さんもすまなそうに謝ってくれた。彼のほうが泣きそうな顔をしている。自分のせいだって思ってるんだ……でも、そうじゃない。悪いのは彼女だ。
「ごめんなさい、千夜子さん。嫌な思いをさせて」
「いえ、そんな……朱希那さんこそ、せっかくのお祝いの場なのに。気遣ってくださってありがとうございました」
思ったよりもダメージを受けていて……そう返すのが精一杯だった。
「千夜子、帰ろう」
これ以上ここにはいたくない……
わたしがこの場にふさわしくないと、恭一郎さんの隣に釣り合わないと、誰かが言っているような気がしてならなかった。
4 愛のお仕置き?
彼のマンションに着いても、わたしは黙りこくったままだった。
帰りの車内、恭一郎さんもほとんど話しかけてこなかった。部屋に入ってもふたり並んでソファに座り身体を寄せ合っているだけ。
「すまない、辛い思いをさせてしまったな。まさかあんなふうに言ってくるなんて……もう二度と関わり合うことはないと思ったのに」
気遣う彼の言葉に、ただ首を横に振ることしかできなかった。そんなわたしを抱きしめたまま彼は優しく頭を撫でてくれた。
「あいつの言ったことなんか気にするな」
「恭一郎さんは……大丈夫ですか?」
「ああ、俺は大丈夫だ。おまえがいてくれるからな。しかし千夜子にあんな酷いことを言うなんて……本当にすまなかった。前以上に会話が通じないぶっ飛びように呆れたよ」
恭一郎さんの元カノや元妻のことは、今までできるだけ気にしないようにしてきた。それがまさか、あんな人だったなんて。わたしにも初恋の人や学生時代好きだった人がいるけど、その人がもしあんなふうに変わってしまっていたら辛いよね……見たくないと思う。
恭一郎さんは元妻に対していい感情は持っていないと思えたので、その分だけ安心していた。だけど可南子さんは……きっと恭一郎さんとやり直したかったんだ。その彼の隣にいた不釣り合いなわたしに、あんなふうに言ってしまうほど、まだ彼のことを……
「千夜子、そんな顔をしないでくれ……くそっ! あんな女と結婚してしまった過去の俺を殴ってやりたい」
「恭一郎さん……」
彼の辛そうな表情から、本気でそう思っているのが伝わってくる。
「言い訳にしかならないが、当時の俺は仕事しか見てなかった。結婚も仕事でステップアップする手段だと考えていたぐらいだ。上司が勧める見合いで断るのも面倒だったし、結婚を安易に考えたのが間違いだった。見栄えのいい妻ならステータスが上がると思ったのもある。強引に押し切られて、酔った勢いで寝てしまって断れなくなったのも迂闊だった。両親が見合い結婚だったから、愛情なんてものは後から付いてくるものだと思っていた。だがそれは、互いに分かり合おうと努力してこそだったんだ。いい加減だった俺の考えも、過去の過ちも……全部自分に返ってきただけだ。だがまさか別れて何年も経った今、おまえやアキにまで迷惑かけるなんて思いもしなかった」
「迷惑だなんて! 朱希那さんも恭一郎さんも、わたしを庇おうとして怒ってくれたんですよね? 気を遣わせてしまってすみません。でもあの人があんなふうに言ったのは、わたしが恭一郎さんにふさわしくないからで……」
「気にするなと言ってるだろう! あいつは以前から自分本位な奴だったが、今日は様子がおかしすぎた。常人の言ってることと思わないほうがいいだろう。後のことはアキに任せよう」
やっぱり、おかしいって思うよね、彼女のこと。朱希那さんに任せるしかないのかな。
結局、彼から可南子さんについてそれ以上聞くことはなかった。
「でも……早く帰ってこれてよかったです。みんなきれいな人ばかりで気後れしてしまって。ドレスだって似合ってなかったし……身の置き所がないってああいうのを言うんですね。恭一郎さんがいなかったら、逃げ出してました」
「千夜子……おまえは、気付いてなかったのか?」
「なにを、ですか?」
「それじゃ聞くが、あのクリスって奴に声かけられたのはなんでだと思ってるんだ?」
「それは……モデルさんが多いパーティーなのにわたしみたいなスタイルのよくないのが交じってるから不思議だったんでしょう? こんな胸の開いたドレスを着てたから……グラビアアイドルと間違えられたみたいで……そんなの、ありえないのに。おかしいですよね」
今日はモデルさんや芸能事務所関係のスタッフばかりで、タレントさんはあまり来てなかったと思う。それにグラドルって、若くて胸が大きくて可愛い子がなるんだよね? いくらなんでもこの体型でそんなの有り得ないのに。
「クリスだけじゃない、今日はいろんな男達がおまえのこと見てたんだぞ。俺がいなかったらどれほど声がかかっていたことか……」
「皆見てたなんて恭一郎さんの勘違いです。誰も声かけたりしてきませんってば」
「実際かけられたじゃないか! おまけに龍騎相手にデレッとしやがって……俺はあの会場で周りの男達に嫉妬しまくっていたんだぞ?」
「デレッとなんて……え? あの、嫉妬って……それはなんとかの欲目ってやつじゃ」
「俺はおまえの親じゃない! たしかに彼氏の欲目はあるさ。おまえの可愛いところを全部知ってるからな。今日はおまえの開いた胸元や、そのドレスを着て恥ずかしそうにしているところを見て、何人の男がこうやっておまえの胸を貪ることを妄想していたことか」
ドレスの上から胸を鷲掴みにされ、開いた胸の部分に痛いほど吸い付かれて痕を残された。
「きゃっ……恭一郎さん?」
「何度言ってもわからないんだな……おまえは。そのたびに、お仕置きしなきゃいけないのか?」
お仕置きと聞いてゾクリとカラダが震えてしまう。彼がそういう時って、ところ構わずだったり、夜通しだったり……不安な時はなにもかもわからなくなるほどイカされて、頑なな時は本音を言うまで攻め続けられる。辛くて甘いお仕置きなのだ。
「まさかとは思うが、毎晩俺がおまえを抱くのは性欲解消のためと思ってないだろうな」
「……違うんですか?」
「当たり前だ! おまえを愛しいと思うから抱きたくなるんだろ! きれいだと思うから堪らなくて、独占したくなるんだ。他の男に渡したくなくて……俺は」
誰も手を出してこないのにって思うけど。わたしのほうが他のきれいな女の人に取られないか心配なぐらいだ。
「男の美的感覚と女のそれが違うのはわかるか? 女は今日のパーティーにたくさんいたモデルのように細くて手足の長いのがきれいだと思うんだ。確かにそういう女を抱きたいと思う奴もいるだろう。だが俺や大半の男は、柔らかくて気持ちのいいカラダが好きなんだ。グラドルのような……今日のおまえはそれに匹敵するほどの魅力があったんだ」
「嘘……そんなの、ないです」
「だったら証明してやろう」
恭一郎さんは立ち上がるとわたしの手を引き寝室へ向かった。室内に入り、ウォークインクローゼットの扉の前で立ち止まると、ばたりと戸を開けきった。扉の裏側にはドア一枚分の鏡が取り付けられている。
「なっ、なに?」
「よく見てるがいい」
わたしを扉の前に突き出すと、背中のファスナーを下ろしてドレスを脱がせてしまった。中にはビスチェとガーターストッキング。ウェディングドレスを着る時にも使えるからと買い取ったものだ。試着した時も恥ずかしくてまじまじと見ることはできず、すぐドレスを着込んだというのに……直視させないで欲しい。
「やっ……恥ずかしい」
「こんな下着を付けてたのか? 胸が零れそうになっているぞ」
「そんな……」
実際胸は寄せて上げてある。
「こんなに魅力的なのに、そう思わないんだな」
「だって……きゃあっ」
ビスチェを脱がされ、鏡を見るよう命じられたけれど……無理! 正視できない。
「見るんだ! この魅力的な曲線を。運動で引き締まったこの身体……その全部がどれほどきれいなのかを!」
「嫌っ……無理です」
逃げるわたしから、残った下着もすべて剥ぎ取り、ふたたび鏡の前に連れ戻してしまう。
鏡の前でこんな……ひとり裸体を晒すなんて、恥ずかしすぎる!
「やっ、わたしだけ裸なんて……」
逃げられないことはわかっているので、せめて懇願する。
「わかった。その代わり、このままここで抱くからな」
「え? そんな……」
まさか……鏡の前でするの?
彼は自分の衣服をすべて脱ぎ捨て、背後から抱きしめながらわたしを愛撫しはじめた。
その指先は、わたしの首筋から鎖骨へゆっくりと下りていく。触れて欲しい場所には一向に触れないまま、二の腕を通って腰へと移り、ひたすら輪郭だけを撫でていくのだ。
「んっ……はぁ……」
思わず甘い声が漏れる。触れられるだけでカラダが甘く痺れていた。
「ほら、こんなにきれいなんだぞ? この胸も、この腰も、全部俺を誘っているようにしか見えない」
彼の肌と比べるとわたしの肌は白かった。女としては骨格がしっかりしているほうだと思うけど、筋肉質な彼の側にいると、柔らかそうな女のカラダにしか見えない。
「ああ、この薄桃色した蕾も、白い肌も、吸い付きたくて堪らなくなる」
たわわに実った白桃のような胸が、零れ落ちそうなところを掬い取られる。腰も曲線を描いてくびれを作り出していて――どこから見ても女のカラダをしているわたし。
その稜線を彼の指先がゆっくりとなぞるたびにカラダが震える。
「おまえのカラダはきれいだ。自信をなくすたびにこうやって見せつけてやろうか?」
「そんな……」
「千夜子が一番きれいなのは、抱かれている時なんだ。感じれば感じるほど肌の艶は増し、胸の先は濃いピンクに染まっていく。ほら、見るんだ」
自分のカラダを正視することはできない。だけど、うしろにいる彼の裸体の美しさに見惚れていた。
鍛えられ引き締まった胸筋。六つに割れた腹筋。いきり勃った欲望の証まで鏡に映り込んでいる。だけど彼はソレを隠そうともせず、わたしに見せつけながら擦り付けてくるのだ。
わたしは……彼に求められている嬉しさに溺れそうになる。
「ああ、千夜子……」
横目で自分のカラダを盗み見る。彼が宝物のように扱う自分のカラダは、想像してた以上にきれいに見えた。理想としているカラダよりも肉感的だけど、バランスは悪くないかな……なんて。
「んっああ……きょう……いち……ろう……さん」
彼の手で胸を揉みしだかれ、押し開かれて彼の指で気持ちよくされるたびに、わたしのカラダは反り返る。
「気持ちよさそうにしやがって……そのたびにおまえはきれいになっていくんだ」
醜くはなかった……彼の目には魅力的に映っているのかと思うと、嬉しかった。
「ああっ……やっ、んんっ、イッく……」
彼の指で濡れた小さな芽を摘ままれ、軽くイカされた。そしてうしろから抱きかかえたまま腿の上に乗せられる。
「あんっ……今はダメ」
「どうして? こんなに欲しがっているのに」
硬くて熱い彼の滾りが何度も蜜壺の入り口を往復する。そう、欲しいけど怖いのだ。余韻に震えるカラダを下から突き上げるようにして彼がナカに入ってきた。
「やっ……ダメっ……ああっ……また、イクっ、イッちゃう!」
ふたりがつながった部分には、彼のモノが深々と突き刺さっているのが見える。見せつけられて恥ずかしいのに……それだけでイッてしまった。
「おまえがどれほど俺を煽り続けているか、わかるか? 今まで何度抱いてきた? 一度で治まらないのはなんでだと思ってるんだ? 俺のものにしたくて、何度も抱くんだ。ほら、そんな色っぽい顔、俺以外の男の前でしたら承知しないからな!」
「そんな……しない……です」
「男が声をかけてくるのは、こういうことをしたいからだ。他の男がおまえをそういう目で見ていると思うだけで腹が立つ……そのことがわかっていないおまえにも腹が立ってるんだぞ! わかってるのか?」
そのまま激しく彼に突き上げられてしまう。
「そんな……ああっ、やっ……イッたばかりなの、しないで、お願い……やあっ!」
彼自身を締め付けながらビクビクとイキ続けるわたしを、彼は容赦なく突き上げ続けてくる。鏡に映ったわたしは何度もカラダを震わせ、彼のモノにしがみつくように腰を動かしてしまう。ヤダ、こんなの……恥ずかしくて見ていられない!
「見るんだ! イッてるおまえは最高にエロくて可愛いんだからな!」
わたしは必死で目を逸らしていたけれど、顎を掴まれ鏡を直視させられた。
「ああ、きれいだ……俺にとっておまえが一番きれいに見える。愛してる……千夜子!」
自分が何度もイク姿と、彼が耐え切れない表情をしているのを目にして、わたしは意識ごと昇りつめていた。
「ああぁーーーーっ!」
止まらないカラダの震えに、彼のほうが我慢できなくなったのか、ようやく鏡から引き離される。そしてうしろに移動するとベッドに上半身だけうつぶせに寝かされた。膝を床についてお尻を突き出すような格好のままうしろから激しく突かれてしまう。
「やっ、奥……当たるの……苦しっ……! もう……お願い、赦して!」
「ダメだ、まだだ……もっと奥まで俺のモノを!」
腰が固定されてしまって逃げられないわたしは、うしろから攻められれば攻められるほど苦しくて……何度も悲鳴を上げていた。
「ああ、もう……千夜子っ……くっはぁ」
大きく一度突き上げた後に引き抜かれ、背中に生温いモノがかけられた。そっか、避妊してなかったから……
彼がいなくなった部分が寂しく疼いているのがわかる。
ナカに欲しかったな……そう思いながらも余韻に震え、ベッドにしがみつくしかなかった。
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