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第2章★呪詛返し★

第3話☆夜長☆

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 食事を片付けに来た紙人形と入れ替えに、また紙人形2体が部屋に入ってきて、布団を敷き始めた。


 あっという間に布団を2組並べて敷いた紙人形は、ペラペラな体を折り曲げてお辞儀をすると、センジュの部屋から出ていった。


 食休みしたあと風呂に入った菫は、袴から浴衣に着替え、ほっとする。


 やはり倭国の着物は落ち着いた。


 センジュの部屋に入ると、彼は自分の布団を菫の布団から離しているところだった。


「センジュ様、お風呂気持ち良かったです。やっぱり倭国はいいなあ」


 髪をまとめながら言うと、センジュはちらりと菫を見て「そうですか」と呟いた。


 センジュもすでに風呂に入ったようだ。


「湯冷めするから、布団に入って下さい。俺は少し起きています」


 菫がおとなしく布団に入ると、センジュはそれを確認して机に向かい、本を広げて勉強をはじめた。


 陰陽術の本を勉強しているようだ。


 真剣な横顔に、菫は目を細める。


 カルラは研究しているときは、もっと楽しそうに弾むように研究していたが、センジュはあまりにも真剣そのものだった。


 ただ兄弟同じで、かなり集中力があるのだな、と菫は思いながら目を瞑った。




「……い、おい」


 ふと菫は体を動かされる感覚がきた。


「起きろ、菫様」


「……う……」


「菫様」


「……ごめんなさい……を……」


「……菫様、起きろって」
 

「……苦しい……もう……顎が……」


「菫様!」


 頬をパチンと叩かれ、目を覚ます。


「あ……」


 身を起こすと、センジュが少し怒ったように菫を見ていた。両頬を叩いたのか、センジュの手が菫の両頬に置かれていた。


 起きたらいつものように涙が目に溜まっていて、起きた反動で頬をボロボロと涙が伝った。


「……うるさい。勉強に集中できない」


「ごめんなさい」


 ハッとして涙を拭うと、菫は布団から起き上がった。


 センジュはため息をつくと、再び机に向かった。


 寝ると迷惑になりそうなので、菫も本を借りて読むことにした。


 ふと本棚の隣の蝶々の標本を眺めてみる。
 アゲハ蝶の標本が多いようだ。


 陰陽術のことは全くわからないが、式神についての本を選んでみた。


 術者の力が強いほど強力な式神を何体も召喚できるようだ。


 人間の形のもの、神獣や魔獣の形のもの、鳥や虫などの式神もあるらしい。
 鳥や虫の小さな式神は、諜報や術者の目になり、暗躍するものもいるようだ。


 20ページほど読んだところで、センジュが立ち上がった。


「トイレ」


「えっ、わたしも行きます」


「……何で一緒に行かなければならないんですか」


「慣れない家で、暗くて怖いのです。一緒に行かせてください、お願いします」


 菫がセンジュの手を掴む。センジュはため息をつくと菫を嫌そうな顔で見下ろした。


「これだから王女なんてのは、甘やかされていて困る。1人じゃ何もできない役立たずなんですね」


「ごめんね、でも怖いのよ」


 菫が歩き始めたセンジュの腕に抱きつく。


「ちょっと……くっつくな!」


「あやかしが出そうで……」


「出ませんよ! うちはあやかし退治が本職なんですから、出るわけないでしょう、敵の本拠地に」


「ごめんね」


「……本当にどうしようもない王女だな……」


 小声で歩きながら話していると、まだ灯りがともっている部屋があった。


「まだ起きている方もいるんですね」


「……セイの部屋だな、あれは」


 セイとは、遺言状によると分家の3人目の子供、つまりセンジュの下の弟だ。


「たまにあるんだ。遅くまで勉強しているんだろうな」


「そうなの……」


 努力をしているんだ、と思う。


 太一に能力で劣るためか、分家として恥じないよう最大限の努力をしているのかもしれない。


「センジュ様、手、握っていい?」


「腕を掴んでおいて何を今更……」


 菫はセンジュの手を握った。冷たい手だった。


 セイの部屋の前を通るとき、ガタガタと音がした。


「セイ? どうした、大丈夫か?」


 思わずセンジュが声をかける。中からすぐに声が聞こえてきた。


「兄さん? 大丈夫だよ、本が落ちただけ」


「気をつけて下さいね」


 菫も声をかけると、驚いたようにセイが答えた。


「菫様? 一緒にいるの?」


「ああ、トイレに行く」


「……仲いいんだね」


「まさか。悪魔の女だぞ」


 少し話してすぐにトイレに行った。



 菫はもう立ち会いはしないと決めた。
 太一にも、カルラにも情がある。公平に応援するのは不可能ならば、自分は当主問題に一切関わりを持ってはだめだと思った。


 さらに困るのは、センジュに自分を重ね合わせてしまったことだ。


 裕に相談するしかない。菫はトイレから戻り再び布団に入ると、そう決意した。


 今度はセンジュも寝るようだ。灯りを消すと静かに布団に入り込む音が聞こえた。


「……おやすみなさい、センジュ様」


「……ああ」


 菫はなるべく迷惑をかけないよう、頭まで布団をかぶって寝ることにした。



 そろそろ空が白み始め、鳥の鳴き声が響いてきた。


「……うっ、うっ……」


 自分の泣き声で目を覚ました菫は、布団をはいでみる。


 横で寝ているセンジュが菫を見ていた。


「あ……すみません、起こしてしまいましたね」


 センジュは布団をはぐと、上半身起き上がった。


「菫様といると眠れません」


「ごめんなさい……うるさかったですね」


 しんとした部屋に2人の声が響く。迷ったようなセンジュの声が聞こえる。


「……俺が……」


「え?」


「……突然、キスしたり……したから……」


 惑うような声を聞いて、菫はハッと顔を上げ、涙を拭って笑顔を見せる。


「違うの。それで傷付いて泣いているわけじゃないの。わたしが泣いているのは、センジュ様のせいじゃなくて、いつものことだから」


 センジュは少し間を開けて呟く。


「……いつも、泣いて寝るんですか」


「あ、違くて……ええと……」


 菫はしまった、としどろもどろになった。


 困ったようにセンジュが布団から出て菫に近づき、指の腹で涙を拭ってくれた。


「もう泣き止め。うるさい」


「はい、すみません。センジュ様」


 菫が笑顔を見せると、歪んだ笑顔を見せてセンジュが菫の頭に手を乗せた。


「俺が寝不足になりそうだ」


「……わたしは1人で寝ないとダメね……一緒に寝た人に心配かけちゃう」


 センジュはそれを聞いて沈黙した。


「結界の張り直しもあるのに、寝不足で失敗したらどうするんだ」


「そうですよね、すみません」


 菫は謝ると、涙を拭いて天井を見つめた。


 センジュに迷惑がかかるから、逆にもう寝ないで起きていることにした。


 センジュが寝付いたのを確認すると、菫はソッと布団から起き上がり、静かに畳んでから袴に着替え、襖を開けた。


 離れに行けないかと外に出てみることにした。


 すでに日の出が過ぎたのか、空が青く澄んでいた。



 菫は離れに向かう。
 愛人の子は本邸へこられないよう結界が張ってあるらしかった。


 太一の部屋しか知らなかったが、カルラも周辺の部屋だろうと予想する。


 昨夜は雷電の鏡が使えなかったのは、マユラが張った結界のためだったのだろう。



 離れの廊下を歩いていると、襖がそっと開く音が聞こえた。


「菫」


 カルラが目の隈を隠そうともせず、眼鏡を額にかけて手招きをしていた。


「カルラ様」


 まだ浴衣姿のカルラの部屋に入ると、菫はカルラに向かって思わず微笑む。


「菫、センジュは大丈夫だったか? 雷電の鏡が使えなかったけど、眠れた?」


「はい、大丈夫です。カルラ様は?」


「俺は、久しぶりに和室で眠れて嬉しかったよ。天界国の天蓋付きベッドもいいけど、やっぱり畳に布団だよな」


「……嘘つき。わたしが心配で眠れなかったくせに」


 菫は苦笑しながらカルラの目の下の隈を手でなぞる。


「う……お見通しか」


 カルラは隈を隠すように額から眼鏡をかけた。


「……菫はもう袴に着替えたの? 早いね」


「うなされて、センジュ様に迷惑かけちゃうし、早くあなたに会いたかったから」


「……えっ……」


 カルラは顔を赤らめて菫を見つめた。


「俺も、その……菫に、会いたかっ……」


「菫様!」


「ぎゃっ!」


 カルラの声をかき消すかのように、スパンと小気味良く襖が開いて、太一が浴衣のまま入ってきた。


☆続く☆
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