22 / 106
第2章★呪詛返し★
第3話☆夜長☆
しおりを挟む
食事を片付けに来た紙人形と入れ替えに、また紙人形2体が部屋に入ってきて、布団を敷き始めた。
あっという間に布団を2組並べて敷いた紙人形は、ペラペラな体を折り曲げてお辞儀をすると、センジュの部屋から出ていった。
食休みしたあと風呂に入った菫は、袴から浴衣に着替え、ほっとする。
やはり倭国の着物は落ち着いた。
センジュの部屋に入ると、彼は自分の布団を菫の布団から離しているところだった。
「センジュ様、お風呂気持ち良かったです。やっぱり倭国はいいなあ」
髪をまとめながら言うと、センジュはちらりと菫を見て「そうですか」と呟いた。
センジュもすでに風呂に入ったようだ。
「湯冷めするから、布団に入って下さい。俺は少し起きています」
菫がおとなしく布団に入ると、センジュはそれを確認して机に向かい、本を広げて勉強をはじめた。
陰陽術の本を勉強しているようだ。
真剣な横顔に、菫は目を細める。
カルラは研究しているときは、もっと楽しそうに弾むように研究していたが、センジュはあまりにも真剣そのものだった。
ただ兄弟同じで、かなり集中力があるのだな、と菫は思いながら目を瞑った。
「……い、おい」
ふと菫は体を動かされる感覚がきた。
「起きろ、菫様」
「……う……」
「菫様」
「……ごめんなさい……を……」
「……菫様、起きろって」
「……苦しい……もう……顎が……」
「菫様!」
頬をパチンと叩かれ、目を覚ます。
「あ……」
身を起こすと、センジュが少し怒ったように菫を見ていた。両頬を叩いたのか、センジュの手が菫の両頬に置かれていた。
起きたらいつものように涙が目に溜まっていて、起きた反動で頬をボロボロと涙が伝った。
「……うるさい。勉強に集中できない」
「ごめんなさい」
ハッとして涙を拭うと、菫は布団から起き上がった。
センジュはため息をつくと、再び机に向かった。
寝ると迷惑になりそうなので、菫も本を借りて読むことにした。
ふと本棚の隣の蝶々の標本を眺めてみる。
アゲハ蝶の標本が多いようだ。
陰陽術のことは全くわからないが、式神についての本を選んでみた。
術者の力が強いほど強力な式神を何体も召喚できるようだ。
人間の形のもの、神獣や魔獣の形のもの、鳥や虫などの式神もあるらしい。
鳥や虫の小さな式神は、諜報や術者の目になり、暗躍するものもいるようだ。
20ページほど読んだところで、センジュが立ち上がった。
「トイレ」
「えっ、わたしも行きます」
「……何で一緒に行かなければならないんですか」
「慣れない家で、暗くて怖いのです。一緒に行かせてください、お願いします」
菫がセンジュの手を掴む。センジュはため息をつくと菫を嫌そうな顔で見下ろした。
「これだから王女なんてのは、甘やかされていて困る。1人じゃ何もできない役立たずなんですね」
「ごめんね、でも怖いのよ」
菫が歩き始めたセンジュの腕に抱きつく。
「ちょっと……くっつくな!」
「あやかしが出そうで……」
「出ませんよ! うちはあやかし退治が本職なんですから、出るわけないでしょう、敵の本拠地に」
「ごめんね」
「……本当にどうしようもない王女だな……」
小声で歩きながら話していると、まだ灯りがともっている部屋があった。
「まだ起きている方もいるんですね」
「……セイの部屋だな、あれは」
セイとは、遺言状によると分家の3人目の子供、つまりセンジュの下の弟だ。
「たまにあるんだ。遅くまで勉強しているんだろうな」
「そうなの……」
努力をしているんだ、と思う。
太一に能力で劣るためか、分家として恥じないよう最大限の努力をしているのかもしれない。
「センジュ様、手、握っていい?」
「腕を掴んでおいて何を今更……」
菫はセンジュの手を握った。冷たい手だった。
セイの部屋の前を通るとき、ガタガタと音がした。
「セイ? どうした、大丈夫か?」
思わずセンジュが声をかける。中からすぐに声が聞こえてきた。
「兄さん? 大丈夫だよ、本が落ちただけ」
「気をつけて下さいね」
菫も声をかけると、驚いたようにセイが答えた。
「菫様? 一緒にいるの?」
「ああ、トイレに行く」
「……仲いいんだね」
「まさか。悪魔の女だぞ」
少し話してすぐにトイレに行った。
菫はもう立ち会いはしないと決めた。
太一にも、カルラにも情がある。公平に応援するのは不可能ならば、自分は当主問題に一切関わりを持ってはだめだと思った。
さらに困るのは、センジュに自分を重ね合わせてしまったことだ。
裕に相談するしかない。菫はトイレから戻り再び布団に入ると、そう決意した。
今度はセンジュも寝るようだ。灯りを消すと静かに布団に入り込む音が聞こえた。
「……おやすみなさい、センジュ様」
「……ああ」
菫はなるべく迷惑をかけないよう、頭まで布団をかぶって寝ることにした。
そろそろ空が白み始め、鳥の鳴き声が響いてきた。
「……うっ、うっ……」
自分の泣き声で目を覚ました菫は、布団をはいでみる。
横で寝ているセンジュが菫を見ていた。
「あ……すみません、起こしてしまいましたね」
センジュは布団をはぐと、上半身起き上がった。
「菫様といると眠れません」
「ごめんなさい……うるさかったですね」
しんとした部屋に2人の声が響く。迷ったようなセンジュの声が聞こえる。
「……俺が……」
「え?」
「……突然、キスしたり……したから……」
惑うような声を聞いて、菫はハッと顔を上げ、涙を拭って笑顔を見せる。
「違うの。それで傷付いて泣いているわけじゃないの。わたしが泣いているのは、センジュ様のせいじゃなくて、いつものことだから」
センジュは少し間を開けて呟く。
「……いつも、泣いて寝るんですか」
「あ、違くて……ええと……」
菫はしまった、としどろもどろになった。
困ったようにセンジュが布団から出て菫に近づき、指の腹で涙を拭ってくれた。
「もう泣き止め。うるさい」
「はい、すみません。センジュ様」
菫が笑顔を見せると、歪んだ笑顔を見せてセンジュが菫の頭に手を乗せた。
「俺が寝不足になりそうだ」
「……わたしは1人で寝ないとダメね……一緒に寝た人に心配かけちゃう」
センジュはそれを聞いて沈黙した。
「結界の張り直しもあるのに、寝不足で失敗したらどうするんだ」
「そうですよね、すみません」
菫は謝ると、涙を拭いて天井を見つめた。
センジュに迷惑がかかるから、逆にもう寝ないで起きていることにした。
センジュが寝付いたのを確認すると、菫はソッと布団から起き上がり、静かに畳んでから袴に着替え、襖を開けた。
離れに行けないかと外に出てみることにした。
すでに日の出が過ぎたのか、空が青く澄んでいた。
菫は離れに向かう。
愛人の子は本邸へこられないよう結界が張ってあるらしかった。
太一の部屋しか知らなかったが、カルラも周辺の部屋だろうと予想する。
昨夜は雷電の鏡が使えなかったのは、マユラが張った結界のためだったのだろう。
離れの廊下を歩いていると、襖がそっと開く音が聞こえた。
「菫」
カルラが目の隈を隠そうともせず、眼鏡を額にかけて手招きをしていた。
「カルラ様」
まだ浴衣姿のカルラの部屋に入ると、菫はカルラに向かって思わず微笑む。
「菫、センジュは大丈夫だったか? 雷電の鏡が使えなかったけど、眠れた?」
「はい、大丈夫です。カルラ様は?」
「俺は、久しぶりに和室で眠れて嬉しかったよ。天界国の天蓋付きベッドもいいけど、やっぱり畳に布団だよな」
「……嘘つき。わたしが心配で眠れなかったくせに」
菫は苦笑しながらカルラの目の下の隈を手でなぞる。
「う……お見通しか」
カルラは隈を隠すように額から眼鏡をかけた。
「……菫はもう袴に着替えたの? 早いね」
「うなされて、センジュ様に迷惑かけちゃうし、早くあなたに会いたかったから」
「……えっ……」
カルラは顔を赤らめて菫を見つめた。
「俺も、その……菫に、会いたかっ……」
「菫様!」
「ぎゃっ!」
カルラの声をかき消すかのように、スパンと小気味良く襖が開いて、太一が浴衣のまま入ってきた。
☆続く☆
あっという間に布団を2組並べて敷いた紙人形は、ペラペラな体を折り曲げてお辞儀をすると、センジュの部屋から出ていった。
食休みしたあと風呂に入った菫は、袴から浴衣に着替え、ほっとする。
やはり倭国の着物は落ち着いた。
センジュの部屋に入ると、彼は自分の布団を菫の布団から離しているところだった。
「センジュ様、お風呂気持ち良かったです。やっぱり倭国はいいなあ」
髪をまとめながら言うと、センジュはちらりと菫を見て「そうですか」と呟いた。
センジュもすでに風呂に入ったようだ。
「湯冷めするから、布団に入って下さい。俺は少し起きています」
菫がおとなしく布団に入ると、センジュはそれを確認して机に向かい、本を広げて勉強をはじめた。
陰陽術の本を勉強しているようだ。
真剣な横顔に、菫は目を細める。
カルラは研究しているときは、もっと楽しそうに弾むように研究していたが、センジュはあまりにも真剣そのものだった。
ただ兄弟同じで、かなり集中力があるのだな、と菫は思いながら目を瞑った。
「……い、おい」
ふと菫は体を動かされる感覚がきた。
「起きろ、菫様」
「……う……」
「菫様」
「……ごめんなさい……を……」
「……菫様、起きろって」
「……苦しい……もう……顎が……」
「菫様!」
頬をパチンと叩かれ、目を覚ます。
「あ……」
身を起こすと、センジュが少し怒ったように菫を見ていた。両頬を叩いたのか、センジュの手が菫の両頬に置かれていた。
起きたらいつものように涙が目に溜まっていて、起きた反動で頬をボロボロと涙が伝った。
「……うるさい。勉強に集中できない」
「ごめんなさい」
ハッとして涙を拭うと、菫は布団から起き上がった。
センジュはため息をつくと、再び机に向かった。
寝ると迷惑になりそうなので、菫も本を借りて読むことにした。
ふと本棚の隣の蝶々の標本を眺めてみる。
アゲハ蝶の標本が多いようだ。
陰陽術のことは全くわからないが、式神についての本を選んでみた。
術者の力が強いほど強力な式神を何体も召喚できるようだ。
人間の形のもの、神獣や魔獣の形のもの、鳥や虫などの式神もあるらしい。
鳥や虫の小さな式神は、諜報や術者の目になり、暗躍するものもいるようだ。
20ページほど読んだところで、センジュが立ち上がった。
「トイレ」
「えっ、わたしも行きます」
「……何で一緒に行かなければならないんですか」
「慣れない家で、暗くて怖いのです。一緒に行かせてください、お願いします」
菫がセンジュの手を掴む。センジュはため息をつくと菫を嫌そうな顔で見下ろした。
「これだから王女なんてのは、甘やかされていて困る。1人じゃ何もできない役立たずなんですね」
「ごめんね、でも怖いのよ」
菫が歩き始めたセンジュの腕に抱きつく。
「ちょっと……くっつくな!」
「あやかしが出そうで……」
「出ませんよ! うちはあやかし退治が本職なんですから、出るわけないでしょう、敵の本拠地に」
「ごめんね」
「……本当にどうしようもない王女だな……」
小声で歩きながら話していると、まだ灯りがともっている部屋があった。
「まだ起きている方もいるんですね」
「……セイの部屋だな、あれは」
セイとは、遺言状によると分家の3人目の子供、つまりセンジュの下の弟だ。
「たまにあるんだ。遅くまで勉強しているんだろうな」
「そうなの……」
努力をしているんだ、と思う。
太一に能力で劣るためか、分家として恥じないよう最大限の努力をしているのかもしれない。
「センジュ様、手、握っていい?」
「腕を掴んでおいて何を今更……」
菫はセンジュの手を握った。冷たい手だった。
セイの部屋の前を通るとき、ガタガタと音がした。
「セイ? どうした、大丈夫か?」
思わずセンジュが声をかける。中からすぐに声が聞こえてきた。
「兄さん? 大丈夫だよ、本が落ちただけ」
「気をつけて下さいね」
菫も声をかけると、驚いたようにセイが答えた。
「菫様? 一緒にいるの?」
「ああ、トイレに行く」
「……仲いいんだね」
「まさか。悪魔の女だぞ」
少し話してすぐにトイレに行った。
菫はもう立ち会いはしないと決めた。
太一にも、カルラにも情がある。公平に応援するのは不可能ならば、自分は当主問題に一切関わりを持ってはだめだと思った。
さらに困るのは、センジュに自分を重ね合わせてしまったことだ。
裕に相談するしかない。菫はトイレから戻り再び布団に入ると、そう決意した。
今度はセンジュも寝るようだ。灯りを消すと静かに布団に入り込む音が聞こえた。
「……おやすみなさい、センジュ様」
「……ああ」
菫はなるべく迷惑をかけないよう、頭まで布団をかぶって寝ることにした。
そろそろ空が白み始め、鳥の鳴き声が響いてきた。
「……うっ、うっ……」
自分の泣き声で目を覚ました菫は、布団をはいでみる。
横で寝ているセンジュが菫を見ていた。
「あ……すみません、起こしてしまいましたね」
センジュは布団をはぐと、上半身起き上がった。
「菫様といると眠れません」
「ごめんなさい……うるさかったですね」
しんとした部屋に2人の声が響く。迷ったようなセンジュの声が聞こえる。
「……俺が……」
「え?」
「……突然、キスしたり……したから……」
惑うような声を聞いて、菫はハッと顔を上げ、涙を拭って笑顔を見せる。
「違うの。それで傷付いて泣いているわけじゃないの。わたしが泣いているのは、センジュ様のせいじゃなくて、いつものことだから」
センジュは少し間を開けて呟く。
「……いつも、泣いて寝るんですか」
「あ、違くて……ええと……」
菫はしまった、としどろもどろになった。
困ったようにセンジュが布団から出て菫に近づき、指の腹で涙を拭ってくれた。
「もう泣き止め。うるさい」
「はい、すみません。センジュ様」
菫が笑顔を見せると、歪んだ笑顔を見せてセンジュが菫の頭に手を乗せた。
「俺が寝不足になりそうだ」
「……わたしは1人で寝ないとダメね……一緒に寝た人に心配かけちゃう」
センジュはそれを聞いて沈黙した。
「結界の張り直しもあるのに、寝不足で失敗したらどうするんだ」
「そうですよね、すみません」
菫は謝ると、涙を拭いて天井を見つめた。
センジュに迷惑がかかるから、逆にもう寝ないで起きていることにした。
センジュが寝付いたのを確認すると、菫はソッと布団から起き上がり、静かに畳んでから袴に着替え、襖を開けた。
離れに行けないかと外に出てみることにした。
すでに日の出が過ぎたのか、空が青く澄んでいた。
菫は離れに向かう。
愛人の子は本邸へこられないよう結界が張ってあるらしかった。
太一の部屋しか知らなかったが、カルラも周辺の部屋だろうと予想する。
昨夜は雷電の鏡が使えなかったのは、マユラが張った結界のためだったのだろう。
離れの廊下を歩いていると、襖がそっと開く音が聞こえた。
「菫」
カルラが目の隈を隠そうともせず、眼鏡を額にかけて手招きをしていた。
「カルラ様」
まだ浴衣姿のカルラの部屋に入ると、菫はカルラに向かって思わず微笑む。
「菫、センジュは大丈夫だったか? 雷電の鏡が使えなかったけど、眠れた?」
「はい、大丈夫です。カルラ様は?」
「俺は、久しぶりに和室で眠れて嬉しかったよ。天界国の天蓋付きベッドもいいけど、やっぱり畳に布団だよな」
「……嘘つき。わたしが心配で眠れなかったくせに」
菫は苦笑しながらカルラの目の下の隈を手でなぞる。
「う……お見通しか」
カルラは隈を隠すように額から眼鏡をかけた。
「……菫はもう袴に着替えたの? 早いね」
「うなされて、センジュ様に迷惑かけちゃうし、早くあなたに会いたかったから」
「……えっ……」
カルラは顔を赤らめて菫を見つめた。
「俺も、その……菫に、会いたかっ……」
「菫様!」
「ぎゃっ!」
カルラの声をかき消すかのように、スパンと小気味良く襖が開いて、太一が浴衣のまま入ってきた。
☆続く☆
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
15
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる