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第5章★黄金の林檎(改)★

第3話☆2つの心☆

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「そろそろカラムの町に向かうんだろ? 俺が送って行くよ」


 コウキが笑顔を見せる。菫も釣られるようにして笑顔を見せた。


「騎士団長たちが婚約パーティーに呼ばれているから、騎士団長全員明日から3日間休みなんだ。その間、副団長が団長代理だって。だから俺も休みなんだよね」


「せっかくのお休みに、送迎は申し訳ないですよ」


「うん? 実家に帰省するついでに送る、と言えば菫の気も楽になるか?」


「ふふ、そうですね」


「うん、じゃあ建前はそれで。本音はまあ……菫をリョウマに渡したくない。リョウマのエスコートが心配で仕方ない、かな」


「リョウマ様は大丈夫ですよ。彼は言うほど強引に出ません。相手の気持ちを尊重して下さる情に厚い方ですよ」


 コウキはそれを聞いて目を細める。


「ほらな……あいつは昔からそうなんだ。貴族令嬢に良くモテた。でも、最近権力をひけらかさなくなったよな。菫みたいな女中にも優しく……」


 コウキは自分の言葉に、何か気付いたように息を呑んだ。


「コウキ様?」


「……ううん、何でもない。権力者だけじゃなく、分け隔てなくよそゆきのリョウマだと、みんなにモテて大変だろうな、と思って。あいつ、髪切って短髪になったら、余計カッコよく見えるもんな」


 どこか上の空な雰囲気のコウキに、菫は頷いた。


「……随分、リョウマと仲良くなったみたいだな、菫。俺がかなり苦労しているというのに。波長が合うんだろうな……リョウマはいいな……」


 リョウマのことを思い出したが、確かに自分でも相性は良いのだろうと思う。


 一緒にいて楽しく、人界の本の話でも盛り上がる。


 話していても軽口を叩いたり、少年のようにあどけない笑顔で笑ったりするのが可愛い。


 なにより、菫が嫌なことは絶対にしない優しさを持ち合わせている。


 吸血王の命令で、権力者の性の捌け口にされていたことを知っても、まず菫のことを第一に考え、行動してくれた。


 見た目の怖さや口調の強さとは裏腹に、とても繊細な気遣いと思いやりを垣間見せる。


 貴族の家系で育った品性が共感力を育んだのか。


 かなり相性は良いと思う。


「離婚したのがな……既婚者ならば、菫にちょっかいかけることもなかったのに……いや、リョウマは色を好むから、結婚していても女の子と遊ぶか」


「あら、その言い方。ちょっといじわるですよ、コウキ様」


 クスッと笑いながら言うと、コウキもわかっていたようで、気まずそうに後頭部をかいた。


「ごめん。君がリョウマに走ったら嫌だから、リョウマを落とそうとした。ほんと、俺は性格が悪いな」


「コウキ様が性格悪かったら、わたしは悪魔だわ」


 2人はお互いを見て笑いあった。


「そうだ菫、少し前にワタルのこと聞いていただろ。ワタル、ユキオロチ討伐後、周囲の立て直しをしてから直接婚約パーティーに向かうらしいよ」


 パーティー会場で、裕や太一からの追放騒動のことを報告することになりそうだった。




 カラムの町まで、徒歩と乗り物で行くことになり、コウキは菫の荷物を当たり前のようにひょいと取り上げた。


「あ、ありがとうございます」


「いいや。俺が持ちたいだけなんだ。それより、これを君に」


 コウキは懐から小さな箱を取り出して菫に見せた。


「まあ、綺麗なネックレス!」


 雪の結晶をかたどった、宝石がちりばめられた美しいネックレスを菫に渡す。


「パーティーでつけてくれないか。君の白皙の肌は透き通る雪の結晶のごとく美しいから、宝石も霞むかもしれないけどさ」


「ありがとう……」


 断るのも失礼なので、菫はお礼を言ってネックレスを受け取った。



 コウキは満足そうに笑うと、菫の首にネックレスをつけた。


「どんなタイミングで渡すんだよって感じだよな」


 照れたように言うコウキに、菫はネックレスを見つめながら微笑んだ。



「わたしの頭に浮かんだリョウマ様の顔を消したいタイミングだったんでしょ。可愛い、コウキ様」


「う……慣れてるな、菫……」



 ふたりは並んで歩き始めた。ふとコウキの足が止まる。


「……話せたか、コウキと?」


 ふと目を瞑ったかと思ったら、すぐに目を開き、菫を睨みつけてきた。火輪と代わったのだろう。


「はい……」


「わかっただろ? コウキは俺にとって使い捨ての駒。俺の肉体が蘇生できれば、コウキなんていらない。まあ、俺の奴隷として雇ってやってもいいけどな」


「火輪様はわたしのことが嫌いって感じね」


 菫はクスッと笑うと、火輪に向かって微笑んだ。


「聖女以外の女は穢らわしいだろ。特にお前のような淫乱は。コウキの気が知れないな」


「ん? 聖女?」


「ああ……」


 拗ねたような表情をして、コウキの顔をした火輪がフイと顔を背けた。


「ふうん、火輪様はヒサメ様が好きなのか。なるほどこれは難儀ですね。二股かけているみたいに見えちゃいますね」


「ふっ……! 良く言えたものだな! お前なんか、リョウマとワタルに迫っているくせに!」


「……ん? リョウマとワタル?」


 菫が首を傾げる。


「コウキが天界国で見ていた。リョウマと仲良く星を見ていたり、ワタルがお前の部屋に夜中入って、朝出てきたところを。ひどく傷付いていた。肉体が同じだと心の痛みも共有するんだ。いい加減コウキを誑かすのはやめてほしいものだ」


「……ああ、だから専属愛人にするのを急いでいたんですね、コウキ様。自分は愛が重いと言っていたし」


「そうかもな」


「火輪様はヒサメ様に告白したの?」


「は?」


 菫の質問に火輪の顔がカッと赤くなる。


「ま、また変なことを……」


「ヒサメ様は、コウキ様のことが好きなんでしょ? まあでも、自分の本体じゃない器と愛し合っても虚しいだけか。難儀なものね」


「あ、あ、愛し合うだなんて……何てことを言うんだ」


 菫は初々しい態度の火輪を見上げて微笑んだ。


「うーん、12歳から突然17歳の肉体に憑依しちゃったら、色々な体の変化に戸惑うか」


「な……なに言うんだよ、淫乱……」


「あ、想像したら可愛く思えてきた。少年趣味はなかったはずなんだけどな。わたしが手取り足取り教えて差し上げましょうか」


 通行人に聞こえないように、コウキの着ていた私服の袖をクイと引っ張り、クスッと笑いながらそっと耳打ちする。


 火輪の顔が真っ赤に染まり、視線が揺らいだ。


「今夜、火輪様とふたりきりで会いたい」


「えっ……でも、コウキのこんな虐待された傷だらけの肉体……気味悪いだけだろ……父様に折檻されて、背中が火傷だらけで……それこそ夏服を着て見えるような場所と、局部以外の場所は全て傷が付いている……気味が悪いだろ……」


「気味悪くなんかないわ。そんなこと2度と言わないで。次言ったらコウキ様の中からねじり出すわよ」


「何だと……」


「早くコウキ様の中から出て行って。彼がなかば強制的に火輪様を生き返らせようとしているのは、恐怖心があるからよ。火輪様がいなくなれば呪縛も薄れていくわ。安らかに眠りなさいよ」


「……え」


「……次コウキ様の悪口を言ったら、隠し部屋から火輪様のホルマリン漬けを破壊するわよ」


「あれ……なんだ……涙が……」


 ふと上をみあげると、コウキの目からポタポタと大粒の涙が零れ落ちてきた。


「火輪様?」


「俺じゃない……コウキだ。コウキが泣いてるんだ。相変わらずウジウジして湿っぽい奴」


 火輪は震える声で言いながら手で涙を拭う。


 しかし止めどなく溢れる涙に、菫はハンカチを出して涙を拭いてやった。


☆続く☆
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