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第5章★黄金の林檎(改)★

第10話☆灯台下暗し☆※

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 コウキはカルラの真剣な様子に少し戸惑ったが、やがて菫を横目で見た。


「わかる! わかるよカルラ!」


「……え……?」


 カルラの抑揚のない落ち着いた声に反して、コウキは目を輝かせてカルラに詰め寄った。


「菫、優しいしめっちゃ可愛いもんな! ファンになっただろ? 俺もさ、一目惚れでさ……」


「コウキ、違う……俺は一目惚れじゃない……ええと……」


 菫はカルラを見守るように優しい目で見ていたが、やがてコウキの前に出た。


「コウキ様、カルラ様の言う通り、わたしは婚約パーティーにカルラ様と一緒に出ますね」


「うんうん、了解! 良かった、リョウマじゃないなら全然いいや。あいつは手が早いけど、カルラなら安心だ」


「え……それはどういう……意味で……」


「だってカルラは、菫を無理やり夜伽なんかに誘わないだろ? 嫌がることはしないだろうし。菫を頼むよ、ありがとうな」


 ギクッと硬直したカルラが、次の言葉を飲み込んだ。


「えっと……」


 カルラがうつむいたが、静かに顔を上げて写真を眺めながらブツブツ呟いた。


「俺は恋敵として不足あり……か。まあな……そうだよな……」


 静かにため息をつくと、カルラはコウキに向かって、1枚の写真を指差した。


「コウキ、この写真、後ろにホルマリン漬けの弟さんも写ってるな……」


 ジュダとマリアが喪服を着て綺麗に写っている写真だった。背景にはホルマリン漬けにしてある火輪も、目を閉じて写り込んでいた。
 亡くなったときのものだろうか。


「ああ、それな。火輪が死んですぐの写真だな。俺が死の監獄に行って、当時の橙騎士団長に直談判して、死体保存の技術を教えてもらおうと思ったんだけど、しばらく断られて。仕方ないから独学で死体保存していたときのものだよ。ほら、よく見るとホルマリンじゃないんだ」


 コウキの言葉にカルラの目がいきいきとし始め、光が宿ったようだった。


 菫はその写真を見てみたが、なかなか狂気の1枚ではないかと感じた。死んだ子供を死体保存し、その死体と共に両親が写真を撮るなんて。


 コウキが撮ったのだろうか。この場所はコウキの家のようだったからだ。


 菫の想いとは裏腹に、カルラはコウキに体を乗り出して目をキラキラさせていた。


「独学で……すごい、コウキ! でも今俺に死体保存の原液を貰いに来ているということは……失敗したんだな?」


 カルラがやけに興奮している。普段失敗したことを喜ぶような性格ではないので、菫は不思議に思ってカルラを見た。


 コウキは残念そうに肩を竦める。


「まあね。やっぱり独学じゃダメだな」


「ヒヒっ、そんなことない! 失敗は成功への第一歩だ……コウキ、弟さんを浸けているこの液体の原液……手に入れるの大変だっただろ? まだ残ってない? 俺に……くれないか? お金は出す、頼むよ~」


 カルラの興奮ぶりを不思議に思い、菫はもう1度写真を眺める。


 火輪のいる透明な機体の下に、良く見ると瓶があった。


「あるよ。火輪が死んだとき、父さんが大量に仕入れてきたから。うち、元々輸入業を生業にしていたんだよね。でも死体保存にはいまいち役に立たなかったから、倉庫に保管してそのままだな。なにカルラ、そんなに好きだったんだ、水竜殺し」


「えーっ!」
 

 菫は驚いて思わず大声を上げてしまった。


「す、水竜殺しで火輪様を浸けていたんですか?」


 コウキは不思議そうに首を傾げながら菫に向かって笑った。


「独学のときな。まあ、やっぱりホルマリンが至高だよ。待ってろ、カルラ。いくらでも持って行けよ。俺はもう使わないし、飲まないし。お金もいらないよ」


「ヒヒっ、それは悪いよ~! お金は出すよ」


「ううん。いつも俺に死体保存の技術を教えてくれたり、ホルマリン液を無料でくれるお礼だ。いつもありがとな、カルラ。沢山あるから、いっぱい持って行っていいよ」 


「コウキ、ありがとう~! 俺の救世主だよ、ヒヒヒっ」


 菫も興奮しながらカルラを見つめた。


 カルラはちらりと菫に視線を送ると、満面の笑顔を見せた。


 思わぬところで八雲の課題1がクリアできた。あと1つ、9人目の息子の行方だ。


 コウキにお礼を言うと、2人は家を後にした。2人共泊まってよ、と言われたが丁重に断り、水竜殺しを大量にもらい、死の監獄に送った。


 コウキはこのままルージュの前祝いに、同級生たちと急遽会うことになったようだ。


 水竜殺しを手に入れたカルラは、嬉しそうに笑うと、菫に抱きついて背中に手を回した。


「菫、水竜殺しがまさかコウキの家にあるなんて!」


「良かったですね、カルラ様。カルラ様がコウキ様に親切にしていたから、コウキ様も快く下さったんですよ」


「ヒヒっ、嬉しいなあ」


 頬を高潮させて素直に喜ぶカルラの態度が可愛くて、菫は思わずカルラの頬にキスをした。


「菫、ありがとう。アンタのおかげだ。あともう1つ、課題をクリアして、俺、稲田一族陰陽師当主になるから」


 カルラの声に、菫は曖昧に頷いた。無理をさせているのは感じていたからだ。


「カルラ様、わたしや太一様以外の稲田一族が裕から追放された今、稲田一族当主問題はきっと裕が介入してきます。裕は太一様を推すでしょう。でも、八雲様の遺言を無視するわけにはいかないから、カルラ様が9人目の息子を連れていったら、事態は急変するはず。太一様は、まだ9人目の息子は連れて行っていないようですから」


「うん……」


 カルラは菫の右手親指をそっと触ると頷いた。


「太一な……菫に指切りげんまんしてまで、自分の元に留めておきたかったんだよな。菫、自分のことを傷つけさせて、ごめんな……」


「いえ、わたしの意志ですから。それよりリョウマ様のところにも行かないと。夢見術で倒れてから、ご両親に心配かけたこと、お詫びに行きたいんです」


「律儀だな……」


「……そう? 律儀ついでに菓子折り持って行こうかな」


「はは、それもいいな。でも、明日は婚約パーティーだろ。リョウマたちは前日準備で忙しいだろうから、パーティーのときに挨拶すればいいんじゃないか」




 カルラの言う通り、リョウマたちへの挨拶は明日にして、2人は高級ホテル最上階のレストランで食事をした後、カルラの取った部屋でシャワーを浴びた。



「夜景がすごいんだよ、一緒に見よう」


 キラキラと輝くライトが下に見える。元々のオークション会場をイベントホールにしたようで、ルージュとセイはそこで婚約パーティーをする予定になっている。



「……ルージュ様もセイも、自分の気持ちに反して結婚するのは、どうなんだろうな」


 大きな窓から夜景を見下ろしながら、ポツリとカルラが呟く。


 髪が少し濡れてふわふわの茶髪がストレートに伸びていた。


 甘いシャンプーの香りが菫の鼻孔をくすぐる。


「やんごとなき立場の方は大変だよな、ほんと」


「……そうですね」


 カルラは夜景を見て目を細めている菫を、横目で見た。


「綺麗だな~……」


「本当……」


 カルラは菫の横顔を見て言ったのだが、菫は景色だと思ったようだ。


「カルラ様、今日お酒飲みませんでしたね。高級ホテルのディナーで、給仕係の方が戸惑っていましたよ。お酒を断られたの、珍しかったんじゃない?」


 ディナーでは、カルラは酒を飲まずに食事だけしていた。


 雰囲気にそぐわないためか、店側が不思議そうにしていたため、代わりに菫は少し酒を嗜んだ。


「まあな……酔ったのを理由にしたくなかったし。今まで変な精神状態でしか抱いたことがなかったから、今日は素の自分を見せると決めてる……」


「……ん?」


 カルラの目に鈍く妖しい光が宿る。


「酒のせいにはしない。傷付けたくないから今まで我慢してたけど、菫を抱きたい。無理やりした記憶しかないから、本当の俺を菫に見て欲しい」


「……えっ、今?」


「うん……」


 カルラは背を屈めて菫のこめかみにぎこちなくキスを落とした。


「抱かないという決意は?」


「そんなの口にすることで制約していただけだ。いつだって俺は菫のことを考えて……ひとりでしてる……」


 カルラは赤くなりながら呟いた。


「……菫、コウキの専属愛人にはならないで欲しい」


 囁くように言い、カルラは菫の頬、耳、首元に口づけを落とした。


「カルラ様……」


「……菫、ごめんな。死の監獄でたくさん傷付けた。今更だけど、今度こそ優しくする」


 唇にキスをして、カルラは舌を絡めてくる。


「ん……」


 意外にグイグイくるカルラは、すでに菫を自分の腕の中に閉じ込めていた。


 流し込まれた唾液をコクリと飲み込むと、再び熱い舌で舌を絡め取られた。


 背の高い彼の背中に手を回すと、菫は自分からも積極的に舌を絡めた。


 今日は絶対に抱くという決意が伝わってくる。カルラは人前ではオドオドしているが、こうと決めたら一直線に突き進み、迷いなどは全くなくなるというタイプなのはわかっていたはずだった。


 けれど、菫を欲情の目で見るカルラには、未だなかなか慣れない。


 少年っぽさの残るあどけない表情は、菫を逃さないと強い意志を感じた。


 普段人を優先にして、自分の意志は二の次のくせに、こういうときは違うんだな、と菫はゾクリとした。


 前髪で目を隠すようにし、野暮ったい眼鏡をかけ、うつむきがちにしていたらわからないが、今の裸眼で菫を見るカルラの艶っぽい表情は眉目秀麗で、とても同じ人物とは思えなかった。


「菫、明日はコウキの選んだドレスを着るんだろ」


「はい、コウキ様に頂いたので……」


「明日、ドレス着る前にもう1度抱かせて。俺の精子を菫の中に注いだ後、コウキのドレスを着てよ」


「……カルラ様って、結構言うこと過激ですよね。わたしを触る手はとても優しいのに」


 カルラは菫の服から手を差し入れ、直接胸元をくすぐるように触った。


 ピクッと反応する菫を見て、カルラは楽しそうにクスッと笑う。


「まやかしだぞ、それ。俺はこう見えて独占欲が強いんだ。普段我慢しているだけだ、菫にカッコいい所見せたいからな」


「あん……そうなの? ……んっ」


「男なんてみんなそうだよ。好きな子にカッコつけたいんだ。まあ……俺の場合は出会いからマイナスだったろ。アンタに酷いことした。王女相手に監禁罪、姦通罪ってやつだ。打ち首獄門でも軽いくらいの罪を犯しているからな……」


 囁くように優しい声で呟きながら、ゆっくりと服を脱がされていく。


 カルラの指が菫の肢体をなぞる。ゾクゾクと気持ちが高ぶってくる。


「コウキのやつ、カルラなら安心って言ってたな……本当はリョウマよりも、俺が1番危険なのにな」


「そうね。カルラ様は普段控えめだから、こんなことするなんて想像もつかないでしょうね」


「……そうかもしれないな」


 全裸にさせたカルラは、菫を横抱きにするとベッドにそっと下ろして、深く口づけをした。


「……んっ、カルラ様……」


「菫……良かったな。今日は夜うなされなくて済むよ」


「え?」


「俺が一晩……寝かせない……徹夜で抱く。明日寝不足でも……いいよな? だって明日は俺がエスコートするんだから」


「……いいですよ。じゃあわたしも、あなたに素敵で愛らしい蝶が甘く囁いたときの保険に、全身にキスマーク付けておこうかな」


「……えっ?」


 驚いたように身を起こしたカルラの体を、菫はベッドに押し倒す。


「す、菫?」


 菫は全裸のまま馬乗りになると、カルラの服を脱がせながら、鎖骨にキスをした。


「わたし、母の夢里眼を使えなくても、これはわかります。予言しましょうか」


 クスッと笑うと、菫はカルラのまぶたにキスをしてから口を開いた。



「カルラ様、髪を切って眼鏡をかけなかったら、パーティーで御令嬢から大人気になるわよ」


「そ、そんなわけないだろ。こんな根暗オタク……」


「キスマーク、つけるから大人しくして。恥ずかしくなるようなところにもつけるから、覚悟してね」


 馬乗りになりながら、いたずらっぽくウインクする菫を下から見上げると、カルラも負けじと菫の太ももをそっと撫でながら笑い返した。


「菫こそ覚悟しろよ。寝かせないって言っただろ」


「あら、また6回するつもりですか。ワタルにからかわれちゃうね」


「う……一晩で6回できるわけないだろ……死の監獄のときは1日で6回だったよ……」


 2人は笑い合うと、抱き合いながら長い夜を過ごした。


☆終わり☆
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