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第6章★白騎士団長・竜使いワタル★

第5話☆挨拶☆

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 パーティーが始まり、優雅な音楽が鳴り響いたと思うと、ダンスタイムになったようで、思い思いに男女が踊っている。


 倭国側の招待客も、見よう見真似で踊っているようだった。


 和装で扇子を持ちながら、舞うように踊る倭国民が多く、文化的で珍しいとなかなか評判になっているようだった。


 カルラはチラッと菫を眺める。


「菫、踊る?」


 菫は首を振ってカルラを見上げた。


「目立つ行動はやめておきます。カルラ様は踊りたい?」


 カルラはホッとしたように息をはいた。


「踊りたくない……端っこにいたい」


「わたしも」


 2人は顔を見合わせて笑うと、中央で楽しそうに踊るリョウマとミラーを眺めた。


 リョウマはミラーの右腕をさり気なくカバーしながら見つめ合ってダンスのステップを踏んでいる。


 華やかな2人は、こういう場が良く似合っていた。


「ミラー様も貴族なのでしょうか。仕草や所作がとても優雅で美しいわ」


「うん、領地持ちの父親がいるって言ってたから、爵位を持っているんじゃないかな。まあ辺境の地とは言ってたけど」


「辺境の地……」


 カルラが菫を見つめながら話し込んでいると、前方から黄色い悲鳴が聞こえてきた。


「なに?」


「ワタルだろ、どうせ。ワタルがヒサメをエスコートしてるんだよ」


「ああ……」


 見ると、ワタルがヒサメと踊っており、それを見た若い女性たちが悲鳴を上げて倒れてしまっていた。


「この前のパーティーと同じ現象が起きています」


「ワタルがパーティーに出ると大体こうなるんだよ」


 ワタルはヒサメを見つめて微笑んでおり、ヒサメは恥ずかしそうに頬を赤らめてワタルを見つめていた。


「きゃー! ワタル様素敵!」


「次は私と踊って下さい!」


「格好良いわね……まるで王子様みたい……」


「はは、王子様だからな」


 囁かれる声を拾って、カルラが菫の耳元で囁いた。


 会場は暗くなり、ゆったりとした音楽が流れ始めた。


 セイとルージュの元にだけスポットライトが当たり、2人のダンスをライトが追っている。その回りを招待客たちが踊っていた。


「……天満納言は踊らないのですね。パートナーを連れて来なかったのでしょうか」


 眼光鋭く倭国側の招待客を観察しながら微動だにせず立っている天満納言を見て、菫がカルラに尋ねる。


「天満納言はいつも1人で参加してる。噂では、あの……その、ええと……竜神女王様にしか……興味ないんじゃないかって……騎士団内で言われてる……」


 言いづらそうなカルラに、菫は大丈夫というように笑いながら頷く。


「教えて下さってありがとう。でも意外だったわ。天満納言、もう少し横暴で粗野なイメージをしていたの。涼しげでクールな感じなんですね」


 漆黒の目に漆黒の艷やかな髪、黒い眼帯は、見た目恐ろしいと思ったが、近くで良く見ると顔つきはむしろ優しい。


 威圧感はあったが、得体の知れない感じではなかった。むしろ裕の方が穏やかで優しい雰囲気だが、敵や魔物に対して容赦のない分恐ろしいかもしれない。


「きゃっ、カルラ様よ」


「ああ……もう眼鏡かけちゃってる……顔が良く見えないわ」


「本当、均整の取れた顔してたわよね……なんでいつも顔を隠してコソコソ端っこにいるのかしら」


「ダンス、誘ってみようかしら」


 女性たちがカルラの視界に入ろうと近くでアピールしていたが、カルラは俯きがちに猫背になった。


「菫……ちょっと」


「え?」


 ふとカルラが菫の手を引き、会場を出て、さきほどの柱の影に隠れた。


 柱に隠された菫は、すぐにカルラにすっぽりと包まれるように抱きしめられる。
 今はパーティーの最中のためか、廊下には2人しかいなかった。


「どうしたの、カルラ様?」


「…………注目されてまだ心臓ドキドキしてる……少し落ち着かせて……」


 小さく震える声でカルラが呟き、菫を引き寄せて抱きしめる。


 菫は静かにカルラの背中に手を回した。


「ごめん……何か俺、昨日からダメだ……」


 切なそうに菫を見たカルラは、再び菫を抱きしめる。菫もカルラの背中に手を回してトントンと優しく叩く。


「あ、本当。ダメですね、こんなところで」


 困ったように笑った菫は、カルラの両足の間に太ももを挟んで言う。


 カルラはビクッと体を硬直させると、深く息をはいて菫を強く抱きしめる。


「……情けねー……菫の邪魔だけはしたくないのに…足引っ張ってばかりだな」


「足引っ張るなんてとんでもない。いつもわたしの力になって下さってありがとう……」


「菫……」


 カルラが口を開きかけたとき、風のように走ってきた青騎士の1人が、カルラと菫の横を通り過ぎた。


 慌てたような様子の青騎士を見て、カルラは菫の手を取る。


「何だろう。何かあったのかな」


「早馬を飛ばしてきた勢いですね。パーティー会場へ戻りましょうか」


「うん」


 菫はクスッと笑うとカルラの背中に指を立ててスッと下に撫でた。カルラはゾクッとしたのか、体がビクッと跳ねた。


「もうみんなの前に出られる状態なの?」


 カルラはそれを聞いて真っ赤になる。


「う……大丈夫……頑張る……菫がキスしてくれたら」


 菫はフッと笑うと、つま先立ちになってカルラの唇に軽くキスをした。


「これでいい?」


 菫が尋ねると、カルラはクスッと小さく笑った。


「天使のキスみたいだな……」


 そう言うと、カルラは突然覆いかぶさるようにして菫の唇を奪った。


「小悪魔ならこれくらいやってよ……」


「んっ、カルラ様……」


 舌を絡めてきたカルラに抵抗せず、カルラにされるがまま菫は舌を出してカルラと深くキスを交わす。


 しばらくして唇を離すと、息を荒くしたカルラが切なそうに目を細めて菫を見る。


「……行こうか……」


「はい」


 恥ずかしそうに呟いたカルラは、菫の手を引いて会場へと向かった。


「天満納言様! ルウ王子より至急言伝です!」


 先程の青騎士が会場のドアを突然開けて叫んだ。


 静かにダンスを踊っていたためか、暗い会場内に青騎士の声がやけに大きく響いた。


「どうした。祝いの席で出して良い声ではないぞ」


 天満納言が歩いて青騎士の元へ向かう。しかし青騎士は声を抑えようとはせず、かなり慌てた様子で大きな声を出した。


「天界城に倭国王子と名乗る者が従者を連れて国王に面会をしに来ました!」


 会場内がざわざわと騒がしくなった。
 天満納言は続きを促す。


「国王は現在視察で不在のため、ルウ王子が取り次ぎました!」


「ルウ王子が面会に応じたのか? あの王子には何もするなと言っておいたのに!」


「それが……倭国で新しい陰陽師長が就任したとのことで、その陰陽師当主を連れて挨拶にきたらしく、面会に応じたそうです!」


 菫はそれを聞いて思わず口を押さえてカルラの方へ倒れ込んでしまった。


 それに気付いたカルラが慌てて菫の肩を支える。


「……随分半端な時期に挨拶に来たものだな……」


「さらに竜神女王の無事を確認したいから茨の塔を見せろと、ルウ王子に迫っている模様です!」


 騎士団長たちが一斉に凛々しい顔つきに変わり、天満納言の元へ集まった。


 セイとルージュは、突然のことに呆然としてお互いの手を握っている。


 倭国側の招待客は、驚いて騒然としているようだった。


「倭国王子? 生きていたのか……」


「天倭戦争で死んだんじゃないのか?」


 天界国側の招待客もザワザワし始める。


「……倭国王子は、竜神女王の無事を確認しない限り倭国に帰らないとのことです!」


「騎士団員は何をしている! 何のための騎士団だ!」


 天満納言のどすの利いた声が響いた。


「陰陽師1人にいなされています……あんな不思議な術見たことがなく、騎士団もなす術がありません……」


 そこにリョウマが冷静に声を出した。


「……わざと今日を狙ったのかもしれない。婚約パーティーで、天満納言と騎士団長がカラムの町に集結しているとき……天界城の警備が手薄になる今日を狙ったんだ。今日カラムの町で騎士団長の妹と婚約パーティーをすることは、当然倭国民も耳に入るだろうしな………」


「……」


 菫はリョウマの声を聞いて心臓に手を当てた。


 人員を集めてから行動に移すと思っていた自分を殴りたい。


 裕は初めから倭国民を動員して巻き込む気はなかったのだ。
 太一だけ連れて襲来したのだ。


 陰陽師長就任を知らせにきたと称して、太一と2人だけで竜神女王を奪還するつもりだったのだ。


「コウキか御雷槌は天界城付近にいないのか! あいつらはパーティー不参加だろう」


 天満納言が騎士団長たちを見て叫ぶ。ヒサメが小さな声で答えた。


「コウキは実家であるこのカラムの町にいるわ……」


「御雷槌さんは空中楼閣です」


 ゼンタも難しそうな表情をして天満納言に言った。


「それでは、騎士団長全員天界城の近くにいないということか。仕方ない、全員戻るぞ!」


「はい!」


「私に続け。ルウ王子を守る!」


「はい!」


 会場を慌ただしく出てきた天満納言と、カルラの視線が合う。


「何をしている根暗不良! 天界城に戻るぞ!」


「え~、婚約パーティーが台無しじゃないですか~。最後まできちんと参加するのがマナーですよ~」


 天満納言はカルラを睨みつけると、大股で歩いてきて支えられていた菫の腕を掴み、地面に叩きつけた。


「菫!」


 ゴッ、と鈍い音がして、地面に頭を打った菫がふと意識を失う。


 カルラは慌てて菫の側に寄った。


「そんな女、捨て置け! 早く戻るぞ、カルラ!」


 菫が気を失ったタイミングで、周囲に色とりどりの花びらがブワッと舞い、視界がカラフルな花びらで遮られた。


☆続く☆
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