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第2章★為政者の品格★

第10話☆正体1☆※

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 リョウマは菫を連れてこの町一番の高級ホテルへと向かった。


 2人きりになると、菫はすぐに仁王立ちになり、リョウマを見上げる。


「双頭院派は大人しくなるでしょう。あとは、この町をどうより良くしていくのか。それは残された者にかかっていますね。ただ、わたしに貧民街を買わせて下さい。東の富裕層はリョウマ様やコウキ様が町長選に出ても良いと思います。でも、貧民街の土地はわたしに任せてほしいのです」


「ああ、いいぞ」


 リョウマはあっさりと頷いた。


「元々魔界領域外だ。町に金を払えば、貧民街はお前の好きな国にしていっていい。例えば……新生倭国にするとかな」


 リョウマが試すように菫を見据えながら言うと、菫は肩を竦めて笑った。


「気付かれましたか」


「ああ。お前は滅んだ倭国の財政に関わっていたんだろう? 余程信頼されていたんだな。その湯水のように溢れ出る金は、国庫なのだろう。財務か、外交か……いや。外交なら俺たち天界国側に顔が割れているはずだな……何の役職だったんだ?」


 菫は途中からおかしそうに口元を押さえてクスクスと笑い始めた。


「まずは倭国民というのは当たっています。戦災して、天界国に逃げました」


「そうか」


 リョウマは何を言っても軽い気がして、頷くだけに留めた。


「財政は……任されてはおりません。ただ国民が暮らしやすいように、考えてはいました。わりと自由に動ける立場でしたから。1番考えていたのは、失業率を下げることでしたね」


「ほう? 経済大臣とかか?」


「いえいえ、王女と呼ばれる立場でした」


「……え」


 リョウマは絶句すると、笑顔の菫を見て固まった。


「王女……だと?」


「わたしもお母様みたいに捕虜にされちゃう?」


 心配そうに上目遣いをすると、リョウマは絞り出すように声を出した。


「まさか……竜神女王は……」


「母です。返してくれます?」


「そんな……」


 リョウマは菫の声が聞こえないかのように呆然としていた。


「あと、国庫は正解です。お金使いすぎちゃったし、きっと財政機関に怒られちゃうから、貧民街を買うとき、おまけして下さいません? 倭国の戦災者をここに住むようにさせて、まずは国民の生活を安定させたいの。もちろん、貧民街の皆さんもここで住んでもらえますけれど」


「そ……」


「そ?」


 リョウマの掠れた声に、菫は首を傾げて反芻する。


「その……色々……ご無礼を……」


 リョウマは片膝を付いて菫に頭を下げた。菫はそれを予想していたかのように笑い、リョウマの肩に手を置く。


「顔を上げて下さい。もう滅びてしまったし、王女の肩書きはないに等しい。国民を守れなかったわたしなんかに頭を下げる必要はありません。前のように振る舞って下さい。あ、でも、叩いたり乱暴に扱ったりは、しないでね」


「菫……様……」


 顔を上げてなんとも言えない表情をしているリョウマに、菫は微笑んだ。


「偉そうにしている方がリョウマ様らしいですよ」


「しかし……俺は、戦争であなたの父上を……」


「戦争でしたから、仕方ないです。あなたはあなたの仕事を遂行しただけ。恨んだりはしていませんよ。ほんと、ばれちゃうから顔を上げて、ね? ありのままのあなたでいて下さい」


 リョウマは顔を上げると、菫を目を細めて眩しそうに見た。


「権力至上主義のリョウマ様だから話したの。天界国の皆さんには秘密にしてね」


「わかりま……いや、わかった。それがあなたのためならば、俺は喜んでそうしよう」


 リョウマが吹っ切ったように頷いた。


「天界国に潜り込んでいる形になりますが、敗戦国としての復讐は考えておりませんので、ご安心下さい。わたしの目的はただ1つ。母を奪還することです。天界国の皆さんは傷つけることは致しません。約束致します」


「……はい」


「ですから、それまで天界国に潜り込むことをお許し下さい。もしリョウマ様の立場が悪くなるようであれば、また違う道を考えますが、いかがでしょうか」


 リョウマはため息をついて頷いた。


「俺も協力致します。元々俺は占いや予見等、目に見えないものは信じていない。竜神女王の夢里眼はどうも好きになれなかった。倭国側で引き取ってもらえれば、俺は満足だ。占いに左右されて行動の吉凶を決めるなど、言語道断。国王や天満納言はどうかしている」


「あなたのそういうところ、好きですよ」


 満面の笑顔で言う菫を見て、リョウマはすぐに頭を下げた。


「……身に余る光栄です」


「あの、わたしに忠誠を誓う立場ではないのですから、そんなに遜らないで下さい。天界国の王族は、そんなに怖いのですか?」


「怖い……というより、形式を大切にするから。特にルウ王子やカボシ姫は頭を下げ、片膝を立てないと煩いです」


「わたしは倭国の者ですから、そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ」


「わかった」


 リョウマは頷くと立ち上がり、菫をじっと見つめた。


「色々聞きたいことがあるのです。ええと、まずは、そう。裸になって」


「……は? い、いや……権威ある方とそのようなこと……」


 リョウマは慌てたが、菫が強引にリョウマの服を脱がせ始める。


「権威どうこうより、他の女性と寝ることを考えるあなたが愚かなのです」


「え、その……」


 激しい抵抗も出来ないため、リョウマはどうして良いかわからず、顔を赤らめながら脱がされていく服を眺めるしかなかった。


「よし」


 菫は満足そうに頷くと、全裸になったリョウマに向かってにやりと笑った。


「す、菫……」


 女性経験が豊富のはずのリョウマは、全裸をじっと見られている視線と、さすがに何も出来ずに立たされているだけでは恥ずかしくなったのか、下を向いた。


「リョウマ様、ご結婚している身で他の女性の前で服を脱ぐのは、これを機にやめた方がよろしいですよ。奥様を悲しませないように。きっと、あなたが紫苑の塔で遊んでいることを、奥様は知っていると思いますよ。女性は鋭いですからね」


「いや。アコヤは何も知らないはずだ」


「ふっ。バカですね。奥様に聞かせたいくらいだわ」


「な、何を……」


 局部を手で隠そうとしたリョウマだが、菫はそれを許さずにリョウマの腕を取った。


「隠すな。全てわたしに曝け出せ」


 囁くような菫の声にビクッと身を強張らせたリョウマが、両手を横に広げる。顔が赤く染まっており、視線は菫から反らすように下を向けていた。


「なあに、随分可愛らしい反応しますね」


 クスッと悪戯っぽく笑った菫は、リョウマの周りをゆっくり一周して体を眺めた。


「見えないところも全て見せて」


「……は……」


 リョウマは菫に自分の体を見せやすいように動かす。菫はその間ジロジロと体を眺めるものだから、さすがにリョウマも羞恥に耐えた。


「……ないな。ありがとうございます。服を着て良いですよ」


 ため息をついた菫が言うと、リョウマは慌てて服を着た。


「菫、その、何を……」


「青薔薇の刻印を体のどこかに刻んだ騎士団長を探しています」


「青薔薇の刻印?」


「その刻印を刻んだ者は、国王と天満納言同様、茨の塔に好き勝手入れる権限を持っているそうです。つまり、好きなときに竜神女王と会えるそうです」


 リョウマは驚いて目を大きくさせた。


「バカな。竜神女王は俺たち騎士団長でもその姿を見た者はいないはずだ。天満納言と国王のみのはずだぞ」


 菫は頷くと、崩れていたリョウマの首回りの服を直してあげた。


「あなたも知りませんか。リョウマ様、あなた以外の騎士団長の誰かは、わたしの母と自由に会っているということです」


「そう……なのか。確かに騎士団長はお互いプライベートで仲良くはない。むしろ悪い者が多いから、誰も知る者はいないのかもな」


「もし、機会があれば青薔薇の刻印が誰なのか探って頂けませんか? 着替えや、お風呂のときなどにでも」


「ああ、わかった……」


 考え込むように顎に手を充てるリョウマに、菫はそっと声をかけた。


「強引なことをしてごめんね。恥ずかしかったね」


 そう言うと、リョウマの頭を優しく撫でた。撫でられながらリョウマは「くっ」とおかしそうに笑う。


「やめろ、俺は子供ではない」


 そう言いながらも嫌がるそぶりを見せずに、リョウマは撫でられるがままだった。


「今まで頑張りました。双頭院が捕まった今、家のことが心配でしょう。行って下さい。没落しそうになったら、倭国においで。滅びちゃったけど、立て直しますから。いいポストを用意しておきますよ」


「ははは。引き抜きか? この俺を。だがそれも面白そうだ。赤騎士団長よりも良い地位を用意してくれるならば、俺はよろこんで倭国に行きますよ、王女様」


 それに、とリョウマは続けた。


「菫の資質に惚れ込んだ一人として、良い地位でなくてもいつでも呼んでくれ。俺はあなたならどこに所属していても助けに行くから」


「頼もしいです、ありがとう。わたしも、あなたと一緒に国の未来を見てみたいわ」


 二人は顔を見合わせて笑い合うと、固い握手を交わした。


☆第2章★為政者の品格★終わり☆
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