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並列世界大戦――陽炎記――
mission 03 clash 4
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「どうした、悠希。明日休日ってわけでもないのに、夜来るなんて」
「差し入れだよ。ほら」
部屋の奥のベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛けながら、悠希は陸へ不機嫌に紙の箱を差し出した。悠希の様子に軽く目を見張り受け取ると、中身を陸は確認する。
「へー、いいものじゃないか? こんなもの持ってくるなんて、何がある?」
「陸。僕の仕事は、機械に奪われた」
「いきなり、何だ?」
穏やかそうな面を、陸は怪訝にした。鬱憤を悠希は、ぶちまける。
「僕の隊に、電脳世界からの亡命者が編入したんだ。今日、模擬戦があって、電脳世界人に指揮権を奪われた。実戦指揮は、アデライトが執る。僕は、小隊長のままだけどお飾り」
ぶっきらぼうに拗ねるように不満を口にする悠希は、年齢よりも幼く見えた。そんな悠希を見詰める趣深い陸の瞳に、慧眼の宿りがちらついた。大きくはないが良く通る声を、陸は優しくする。
「学べばいいと思うぞ。俺たちは、まだ一五歳だ。なのに、小隊長とか今の時代はおかしい。昔の小説なんかだと、三五歳以下は半人前とか結構多いよ。凄いのになると、五〇より下はケツの青い若造だってさ」
いかにも、陸の言葉は悠希には暢気に聞こえた。反論を口にする。
「いつの時代の話をしてるのさ。技術的特異点を越えた僕たち人類は、そんなものに囚われる必要なんてないんだ。人工知能にそれぞれの分野に最適化された教育補助を受けて、必要な知識やスキルの習得は格段に早まってる。特に、パイロットの僕たちは、汎用人工知能のサポートだって受けるから、実力さえあれば歳なんて関係ないのさ。あっという間に、一人前できあがり。うちの連隊の連隊長なんて、なんと一四歳なんだから。早生まれの二つ年下」
「ははは。俺が言いたいのは、精神論なんだけどな。で、そのアデライトっていうのか? その人は、指揮し慣れてるんだろう」
朗らかに笑う陸を悠希はじろりと見遣り、やや低めの声に不機嫌さを滲ませる。
「人じゃない。思念体――人の心を持たない冷血な機械だ。で、慣れてるかって? そりゃそうだろうさ。なんたって、レガトゥス――軍団長機だから。こっちでいうところの、連隊長」
「凄いじゃないか。そんな偉い奴が、小隊にいるなんて。悠希は、ラッキーなんだよ。この戦争で、大勢死んでいく。いくら悠希が強いって言っても、何で躓くか分からない。先のことを考えろよ。戦いの先をさ。今はアデライトから学んで、生き延びる術を身につけるんだ。悠希が、本当の小隊長になるまでの猶予期間だと思ってさ」
目を輝かせる陸に、悠希は当てが外れた思いになった。バーで寧々に大見得切った決意は、早くも崩れかけている。アデライトを部下として使い、小隊員を生き残らせる。自分よりもアデライトが下の立場との前提が、既に崩壊しかけていた。小さく悠希は、溜息を落とす。
――陸も分かってくれないし、耐えるしかない――
昼間晴れ渡っていた空はぶ厚い雲に閉ざされ、星輝く夜空を覆い隠していた。
夕食に間に合うよう基地へ戻り廊下を歩いていると、芽生と出くわした。悠希を認めた芽生は躊躇うような表情を見せたが、それでもまっすぐ向かってきた。立ち止まり悠希の目を小動物が自分より大きく獰猛な大型動物に怯えつつ挑むように見詰め、薄紅色の唇を開く。
「わたし、悪いとは思っていませんから」
「やっぱり、アデライトに実戦指揮を執らせるよう上に進言したのは、久留美川博士ですか。昼間の模擬戦は、ただそのための儀礼だった」
声の震えを必死で止める芽生に悠希は、溜息交じりにそれでも怒気が声音に満ちた。いつになく芽生の口調は、硬く強いものとなる。
「わたしは、自分の研究が一番大事。いけない?」
銀のフレームから覗く色彩の薄い瞳に挑戦的な光を宿すと、芽生は歩き去って行った。
「あらまー、奥様。宅の息子さん、何だか拗ねてません?」
〈嫌だわー、奥様ったら。聞こえてるじゃありませんの〉
大食堂で食事をしていると、トレーを手にやって来た錦が、コノカと馬鹿話を始めた。どうやら、少し前から繋いでいたようだ。無神経男の顔を拝んでやろうと、悠希は顔を上げる。
「何しに来たんだ? 怒らせに来たのか? 慰めようって気はないのか?」
「ハン! ヤローにそんなことされて嬉しいのか? それによ、寧々ちゃんじゃねーが、あれは仕方ねー。下手に気を回したって、入埜のプライドを傷つけるだけだろ」
〈さすが、五寧さんは悠希のことをよく分かってますね。本人がどうにかしないと、ね〉
「冷たいな、コノカは。四原則の第二条って緩いよな。サポート対象に絶対服従とかにすればよかったんだ。五寧も裏切り者か」
面白がる声で〈横暴よ〉と返すコノカの文句を聞きながら、自分が率いる小隊は皆アデライトの指揮を受け入れているらしく、悠希は憂鬱になった。
夜、自室で悶々と悠希がしていると、メールを受信した。園香からだった。
〝お告げだ。運命が動き出す、だそうだ。相変わらず、何が起こるのか分かりもしない〟
――動き出したよ、僕にはよくない運命が――
「差し入れだよ。ほら」
部屋の奥のベッドの傍らに置かれた椅子に腰掛けながら、悠希は陸へ不機嫌に紙の箱を差し出した。悠希の様子に軽く目を見張り受け取ると、中身を陸は確認する。
「へー、いいものじゃないか? こんなもの持ってくるなんて、何がある?」
「陸。僕の仕事は、機械に奪われた」
「いきなり、何だ?」
穏やかそうな面を、陸は怪訝にした。鬱憤を悠希は、ぶちまける。
「僕の隊に、電脳世界からの亡命者が編入したんだ。今日、模擬戦があって、電脳世界人に指揮権を奪われた。実戦指揮は、アデライトが執る。僕は、小隊長のままだけどお飾り」
ぶっきらぼうに拗ねるように不満を口にする悠希は、年齢よりも幼く見えた。そんな悠希を見詰める趣深い陸の瞳に、慧眼の宿りがちらついた。大きくはないが良く通る声を、陸は優しくする。
「学べばいいと思うぞ。俺たちは、まだ一五歳だ。なのに、小隊長とか今の時代はおかしい。昔の小説なんかだと、三五歳以下は半人前とか結構多いよ。凄いのになると、五〇より下はケツの青い若造だってさ」
いかにも、陸の言葉は悠希には暢気に聞こえた。反論を口にする。
「いつの時代の話をしてるのさ。技術的特異点を越えた僕たち人類は、そんなものに囚われる必要なんてないんだ。人工知能にそれぞれの分野に最適化された教育補助を受けて、必要な知識やスキルの習得は格段に早まってる。特に、パイロットの僕たちは、汎用人工知能のサポートだって受けるから、実力さえあれば歳なんて関係ないのさ。あっという間に、一人前できあがり。うちの連隊の連隊長なんて、なんと一四歳なんだから。早生まれの二つ年下」
「ははは。俺が言いたいのは、精神論なんだけどな。で、そのアデライトっていうのか? その人は、指揮し慣れてるんだろう」
朗らかに笑う陸を悠希はじろりと見遣り、やや低めの声に不機嫌さを滲ませる。
「人じゃない。思念体――人の心を持たない冷血な機械だ。で、慣れてるかって? そりゃそうだろうさ。なんたって、レガトゥス――軍団長機だから。こっちでいうところの、連隊長」
「凄いじゃないか。そんな偉い奴が、小隊にいるなんて。悠希は、ラッキーなんだよ。この戦争で、大勢死んでいく。いくら悠希が強いって言っても、何で躓くか分からない。先のことを考えろよ。戦いの先をさ。今はアデライトから学んで、生き延びる術を身につけるんだ。悠希が、本当の小隊長になるまでの猶予期間だと思ってさ」
目を輝かせる陸に、悠希は当てが外れた思いになった。バーで寧々に大見得切った決意は、早くも崩れかけている。アデライトを部下として使い、小隊員を生き残らせる。自分よりもアデライトが下の立場との前提が、既に崩壊しかけていた。小さく悠希は、溜息を落とす。
――陸も分かってくれないし、耐えるしかない――
昼間晴れ渡っていた空はぶ厚い雲に閉ざされ、星輝く夜空を覆い隠していた。
夕食に間に合うよう基地へ戻り廊下を歩いていると、芽生と出くわした。悠希を認めた芽生は躊躇うような表情を見せたが、それでもまっすぐ向かってきた。立ち止まり悠希の目を小動物が自分より大きく獰猛な大型動物に怯えつつ挑むように見詰め、薄紅色の唇を開く。
「わたし、悪いとは思っていませんから」
「やっぱり、アデライトに実戦指揮を執らせるよう上に進言したのは、久留美川博士ですか。昼間の模擬戦は、ただそのための儀礼だった」
声の震えを必死で止める芽生に悠希は、溜息交じりにそれでも怒気が声音に満ちた。いつになく芽生の口調は、硬く強いものとなる。
「わたしは、自分の研究が一番大事。いけない?」
銀のフレームから覗く色彩の薄い瞳に挑戦的な光を宿すと、芽生は歩き去って行った。
「あらまー、奥様。宅の息子さん、何だか拗ねてません?」
〈嫌だわー、奥様ったら。聞こえてるじゃありませんの〉
大食堂で食事をしていると、トレーを手にやって来た錦が、コノカと馬鹿話を始めた。どうやら、少し前から繋いでいたようだ。無神経男の顔を拝んでやろうと、悠希は顔を上げる。
「何しに来たんだ? 怒らせに来たのか? 慰めようって気はないのか?」
「ハン! ヤローにそんなことされて嬉しいのか? それによ、寧々ちゃんじゃねーが、あれは仕方ねー。下手に気を回したって、入埜のプライドを傷つけるだけだろ」
〈さすが、五寧さんは悠希のことをよく分かってますね。本人がどうにかしないと、ね〉
「冷たいな、コノカは。四原則の第二条って緩いよな。サポート対象に絶対服従とかにすればよかったんだ。五寧も裏切り者か」
面白がる声で〈横暴よ〉と返すコノカの文句を聞きながら、自分が率いる小隊は皆アデライトの指揮を受け入れているらしく、悠希は憂鬱になった。
夜、自室で悶々と悠希がしていると、メールを受信した。園香からだった。
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