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並列世界大戦――陽炎記――
mission 06 breakthrough 1
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雷鳴が轟き渡る。近づく街の破壊に、芽吹く筈の希望の種を守るため、わたしは盾となり彼を未来へと連れて行こう。
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
基地から離れた場所で響く轟音。
やや中性的で端正な面を苦痛に歪めると、悠希は外が見える場所へと走った。それを目にした途端――、
「電脳世界の機械兵が、民間人が住む市街地を! これじゃ、横浜の二の舞だ!」
嵐の中東京の街並みが爆ぜ、あちこちで濛々と煙が立っていた。家屋だろうが高層ビルだろうが、電脳世界の機械兵は無関係に攻撃していた。少し離れた場所にある、無力化された軌条のような砲身をハリネズミのように天に生やした電磁投射砲モジュールが、荷電粒子砲とミサイルによって破壊された。悲痛な響きを、悠希は声に帯びさせる。
「住民が避難する時間は、なかった筈……あの破壊の惨禍に人がいるんだ」
「東京の街が、燃える。大勢の人の命を刈り取って。何て悲しい光景なのかしら?」
「早く敵を撃退しなければ、犠牲が増えてしまう」
憂いを青い瞳に浮かべ可憐な面を切なげにしてアデライトは銀鈴を痛切にし、故郷の要塞都市横浜での災禍を思い出しながら悠希は壊れたペンダントを握り更に言葉を絞り出す。
「僕がこの事態を招いてしまったのか? 僕は、澪の命乞いを罠と知らず信じ態度を曖昧にしてしまった。哀れに感じて。現実世界への帰還を望む電脳世界人がいるって知ったら、居ても立ってもいられなくなってしまって、澪を幼馴染みとして見てしまった。それって電脳世界人が――思念体が、心をもった存在だって僕が認めたらか? 心が動いた……僕が弱いから」
激しい後悔の念が、激流となって悠希の中を渦巻いた。その渦の波一つ一つが、心を奮い立たせようとする悠希を絶望へと攫う。這い上がることのできない、奈落へと引きずり込んでいく。ディクションが曖昧なアデライトの言葉は彷徨い、理論ではなく感情でコノカが励ます。
「……悠希……」
〈澪が卑怯だっただけよ。自分を責めないで、悠希〉
躊躇うアデライトに自分への思いやりを感じながら、姉のように励ますコノカに温かみを感じながらも、もしあのときと詮無き思いが悠希に湧き上がる。
「もし、僕が澪を冷徹な機械だって割り切っていれば、彼をガイア軍に引き渡していた。そうしていれば他の澪の本体が、その間にセントラルコンピュータをダウンさせるのを、止められたかも知れない」
「きっと澪には織り込み済みだったわ。悠希が、澪をガイア軍に引き渡していたとしても、関係はなかった。だから悠希、そうして自分に傷を負わせるのを止めなさい」
闇に落ちかける悠希は、アデライトを見た。そう、澪は悠希で遊んでいた。弄んでいた。メイド服を着た年少の少女はそれがいかに精巧で人間と見分けがつかぬとしても機械兵レガトゥスからアデライトが操るヒューマノイドで、生命体として人間の部分などありはしない。けれど、彼女の言葉は人間そのものだ。それは、人間であったことのない知的存在であるコノカにも感じているもの。己の中で生じているこのもやもやが何であるのか、悠希にははっきりとは分からない。それでも――、
「澪は澪のままだったし、僕はアデライトを人間と思っている。けれど、他の電脳世界人のことをそう認めることはできない。それでも、他の電脳世界人――思念体に人間としての行動を取られれば、僕はああしていた。それを、僕は間違っているとは思えない」
そう。悠希は薄々感じ始めていた。そのことは、寧々に、園香に言われたが信じられなかった。自分が信じる信念が、過去によって歪められ作られた誤謬であるとの気付き。けど、まだ真実に辿り着けずにいるのだ。悠希は、心に生じたもやもやの正体をはっきりさせたかった。
「僕は、兵士失格だ。そもそも、敵が何者なのかも知らずに、僕が兵士だったことがあったのか怪しいもんだ。彼らが何者なのか、僕は確かめなければならない」
「悠希?」
この危機的状況にそぐわぬ悠希の言葉に、アデライトは怪訝な表情を可憐な面に浮かべた。自分の内奥を支配していたバイアスに罅が生じた悠希は叩き割る決意をし、この危機的現実に意識を引き戻す。
「要塞都市東京を守ろう。救いを求める者たちがいる。この事態に対する僕自身の行動のけじめを、付けなくちゃいけない。そして、何よりも要塞都市横浜の二の舞はご免だ。コノカ、糠加大隊長に」
〈分かったわ〉
短く了承をコノカが返すとすぐ真怜と繋がり、巌のような重々しい響きを持つ声が告げる。
〈済まない、入埜小隊長。こちらは、瓦礫に閉じ込められて身動きが取れない状況だ。守啓連隊長に連絡を入れ、指示を仰ぐように〉
〈分かりました〉
警報が鳴り響き警告灯の赤い光が常とは違う張り詰めた空気を満たした廊下を格納庫に向かうため走る悠希とアデライトは、T字となった廊下から響く慌ただしい足音に振り向き、園香と寧々や錦に玲一が駆けてくる姿を認めた。大声で悠希は、呼びかける。
「守啓連隊長、みんな!」
立ち止まった悠希とアデライトの元へ第三小隊の皆とロブにしたさらさらの黒髪を靡かせ走り寄ると園香は、口早に現状を二人に説明する。
「後れを取っている上に基地も破壊されて、あちこちが寸断されている。移動用リニアも使えない。連隊員全員と合流は、不可能だ。第二大隊の常磐も連絡通路が使えず、孤立している。なので襲撃前にちょうど出くわした入埜第三小隊と先程出撃経路確保に向かわせた五つの小隊で先行出撃し、時間を稼ぐと共に状況打開の手立てを探る。この事態の原因は不明。あとは、走りながら話そう」
敵の大攻勢に対して対抗しうる僅かな味方。走り出す園香に続きながら、己のミスを明白にし園香の判断材料を増やすため、悠希は口を開く。
「守啓連隊長。お話があります。実は、先程アイギス八、加々美澪から接触を受けました」
「何だと」
振り返った園香は精緻な美貌に驚きの表情を浮かべ、語気に険が現れた。悠希は、この事態に至った経緯を話した。話を聞き終え園香は、滑らかで涼やかな声に思慮を滲ませる。
「そうか。そんなことが。まさか、撃破した筈の澪が生き延びていたとは。そもそも、昨日の戦闘自体が狂言だったか。南方軍基地に潜入するための。そんな策略を敵の参謀機が考えていたとは……単身敵地に乗り込んでくるなど。わたしの油断だな。それと悠希が情に動いたことは、軍人としては問題だ。糠加大隊長が難しければ、わたしに相談すべきだった。もし澪が本心から救いを求めて来たのだったら、悠希は軍部に独断でことを運んでしまっていただろう。敵の参謀機がガイア軍の兵士に匿われているという危うい状況が長く続き、ことが発覚すれば悠希はただでは済まない。事の善悪はさておき、な」
「申し訳ありませんでした、守啓連隊長。もし僕が澪をガイア軍に引き渡していたなら、こんな事態を招くことはなかったかも知れません。生きて戻ってくることができたら、処分はいかようにも受けます」
「結果は変わらなかったわ、悠希。あくまで澪の目的は、要塞都市東京。悠希の命は、あわよくばの駄賃程度に考えていた筈だもの」
「アデライトの言うとおりだな。裏を返せば、悠希に接触しても目的を達成するには何ら影響がなかった。だから姿を現した。現実世界に帰還を望む思念体の下りは、オフレコにしておいてやる。悠希は、澪をガイア軍に引き渡すつもりだった」
処罰を覚悟する悠希をアデライトが擁護し、頷く園香が人の悪い笑みを浮かべた。悠希の後ろを走る寧々が、艶っぽいメゾソプラノに哲学的な響きを乗せる。
「意外だな、悠希」
「何が?」
振り返ると寧々は思慮の色彩がある瞳にあまり見たことがない暖かさを浮かべ悠希を見ており、蜜柑色の唇を綻ばせ再び開く。
「成長したなと思ったのさ。電脳世界人は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だって口癖だった悠希が、澪に騙されていたとはいえ救いたいって思うんだものな」
「煩いな。今は、それどころじゃないだろう。敵を退けなければ、僕たちにも東京にも明日がないんだ」
美人顔をにやにやさせる寧々に悠希は、つっけんどんに答えた。いつも見透かされているように感じている寧々に温かく触れられると、悠希は落ち着かなかった。応じた錦が、普段のおちゃらけた雰囲気を消し小隊のムードメーカーとして釘を刺す。
「入埜に賛成だ。今は、目の前のことに集中しなきゃだ。入埜も澪のことぐだぐだと、引っ張るなよ。切り替えな」
「電脳世界の屑鉄どもを、スクラップにしてやろうぜ。な、隊長さん」
圧倒的に不利な戦いに臨む自分たちの士気を高めようと、玲一が口にした兵士の常套句に悠希も常套句で返そうとしたが、口に出そうとした瞬間何かが押しとどめ、心の内が口を衝く。
「今は戦時中でも、そういう言い方は嫌だな。自律意志搭載機には、思念体が――電脳世界人が積まれている。それは、感情的思考を持っている」
呆気にとられたように悠希の言葉を聞いていた皆は、どっと堰を切ったように口を開く。
「おっと。これは意外な返しだな。入埜小隊長が、そんなことを言うとはな」
「おまえが言うな! 全く、入埜。悪いもんでも食ったのか?」
「全くだな。どの口でと言いたいところだが、悠希はその方がいい」
「悠希は、人格者だったのだな。知らなかった。これからは、連隊員の人倫向上のため、悠希にわたしの代わりに訓戒を賜るべきかな?」
「突然そんなことを言って、驚いたわ。でも、嬉しい。憎しみ合うだけでは、何も生まれないし、未来に行き着くことなんてできないから」
玲一、錦、寧々、園香、アデライトからこの緊急事態にあった緊張がいい意味で解れ自然と士気が上がったのを感じ、悠希は少し面白くない。
「僕が言うと、そんなに変なのか? よってたかって、言いたいこと言ってくれて」
ブスリとする悠希に、皆がおかしそうに笑った。けれどそれは軽薄なものではなく、戦いの最中にいっときだけ漂う一瞬の憩いだった。
――アデライト・ラーゲルクヴィスト著・並列世界大戦回顧録「陽炎記」より抜粋――
基地から離れた場所で響く轟音。
やや中性的で端正な面を苦痛に歪めると、悠希は外が見える場所へと走った。それを目にした途端――、
「電脳世界の機械兵が、民間人が住む市街地を! これじゃ、横浜の二の舞だ!」
嵐の中東京の街並みが爆ぜ、あちこちで濛々と煙が立っていた。家屋だろうが高層ビルだろうが、電脳世界の機械兵は無関係に攻撃していた。少し離れた場所にある、無力化された軌条のような砲身をハリネズミのように天に生やした電磁投射砲モジュールが、荷電粒子砲とミサイルによって破壊された。悲痛な響きを、悠希は声に帯びさせる。
「住民が避難する時間は、なかった筈……あの破壊の惨禍に人がいるんだ」
「東京の街が、燃える。大勢の人の命を刈り取って。何て悲しい光景なのかしら?」
「早く敵を撃退しなければ、犠牲が増えてしまう」
憂いを青い瞳に浮かべ可憐な面を切なげにしてアデライトは銀鈴を痛切にし、故郷の要塞都市横浜での災禍を思い出しながら悠希は壊れたペンダントを握り更に言葉を絞り出す。
「僕がこの事態を招いてしまったのか? 僕は、澪の命乞いを罠と知らず信じ態度を曖昧にしてしまった。哀れに感じて。現実世界への帰還を望む電脳世界人がいるって知ったら、居ても立ってもいられなくなってしまって、澪を幼馴染みとして見てしまった。それって電脳世界人が――思念体が、心をもった存在だって僕が認めたらか? 心が動いた……僕が弱いから」
激しい後悔の念が、激流となって悠希の中を渦巻いた。その渦の波一つ一つが、心を奮い立たせようとする悠希を絶望へと攫う。這い上がることのできない、奈落へと引きずり込んでいく。ディクションが曖昧なアデライトの言葉は彷徨い、理論ではなく感情でコノカが励ます。
「……悠希……」
〈澪が卑怯だっただけよ。自分を責めないで、悠希〉
躊躇うアデライトに自分への思いやりを感じながら、姉のように励ますコノカに温かみを感じながらも、もしあのときと詮無き思いが悠希に湧き上がる。
「もし、僕が澪を冷徹な機械だって割り切っていれば、彼をガイア軍に引き渡していた。そうしていれば他の澪の本体が、その間にセントラルコンピュータをダウンさせるのを、止められたかも知れない」
「きっと澪には織り込み済みだったわ。悠希が、澪をガイア軍に引き渡していたとしても、関係はなかった。だから悠希、そうして自分に傷を負わせるのを止めなさい」
闇に落ちかける悠希は、アデライトを見た。そう、澪は悠希で遊んでいた。弄んでいた。メイド服を着た年少の少女はそれがいかに精巧で人間と見分けがつかぬとしても機械兵レガトゥスからアデライトが操るヒューマノイドで、生命体として人間の部分などありはしない。けれど、彼女の言葉は人間そのものだ。それは、人間であったことのない知的存在であるコノカにも感じているもの。己の中で生じているこのもやもやが何であるのか、悠希にははっきりとは分からない。それでも――、
「澪は澪のままだったし、僕はアデライトを人間と思っている。けれど、他の電脳世界人のことをそう認めることはできない。それでも、他の電脳世界人――思念体に人間としての行動を取られれば、僕はああしていた。それを、僕は間違っているとは思えない」
そう。悠希は薄々感じ始めていた。そのことは、寧々に、園香に言われたが信じられなかった。自分が信じる信念が、過去によって歪められ作られた誤謬であるとの気付き。けど、まだ真実に辿り着けずにいるのだ。悠希は、心に生じたもやもやの正体をはっきりさせたかった。
「僕は、兵士失格だ。そもそも、敵が何者なのかも知らずに、僕が兵士だったことがあったのか怪しいもんだ。彼らが何者なのか、僕は確かめなければならない」
「悠希?」
この危機的状況にそぐわぬ悠希の言葉に、アデライトは怪訝な表情を可憐な面に浮かべた。自分の内奥を支配していたバイアスに罅が生じた悠希は叩き割る決意をし、この危機的現実に意識を引き戻す。
「要塞都市東京を守ろう。救いを求める者たちがいる。この事態に対する僕自身の行動のけじめを、付けなくちゃいけない。そして、何よりも要塞都市横浜の二の舞はご免だ。コノカ、糠加大隊長に」
〈分かったわ〉
短く了承をコノカが返すとすぐ真怜と繋がり、巌のような重々しい響きを持つ声が告げる。
〈済まない、入埜小隊長。こちらは、瓦礫に閉じ込められて身動きが取れない状況だ。守啓連隊長に連絡を入れ、指示を仰ぐように〉
〈分かりました〉
警報が鳴り響き警告灯の赤い光が常とは違う張り詰めた空気を満たした廊下を格納庫に向かうため走る悠希とアデライトは、T字となった廊下から響く慌ただしい足音に振り向き、園香と寧々や錦に玲一が駆けてくる姿を認めた。大声で悠希は、呼びかける。
「守啓連隊長、みんな!」
立ち止まった悠希とアデライトの元へ第三小隊の皆とロブにしたさらさらの黒髪を靡かせ走り寄ると園香は、口早に現状を二人に説明する。
「後れを取っている上に基地も破壊されて、あちこちが寸断されている。移動用リニアも使えない。連隊員全員と合流は、不可能だ。第二大隊の常磐も連絡通路が使えず、孤立している。なので襲撃前にちょうど出くわした入埜第三小隊と先程出撃経路確保に向かわせた五つの小隊で先行出撃し、時間を稼ぐと共に状況打開の手立てを探る。この事態の原因は不明。あとは、走りながら話そう」
敵の大攻勢に対して対抗しうる僅かな味方。走り出す園香に続きながら、己のミスを明白にし園香の判断材料を増やすため、悠希は口を開く。
「守啓連隊長。お話があります。実は、先程アイギス八、加々美澪から接触を受けました」
「何だと」
振り返った園香は精緻な美貌に驚きの表情を浮かべ、語気に険が現れた。悠希は、この事態に至った経緯を話した。話を聞き終え園香は、滑らかで涼やかな声に思慮を滲ませる。
「そうか。そんなことが。まさか、撃破した筈の澪が生き延びていたとは。そもそも、昨日の戦闘自体が狂言だったか。南方軍基地に潜入するための。そんな策略を敵の参謀機が考えていたとは……単身敵地に乗り込んでくるなど。わたしの油断だな。それと悠希が情に動いたことは、軍人としては問題だ。糠加大隊長が難しければ、わたしに相談すべきだった。もし澪が本心から救いを求めて来たのだったら、悠希は軍部に独断でことを運んでしまっていただろう。敵の参謀機がガイア軍の兵士に匿われているという危うい状況が長く続き、ことが発覚すれば悠希はただでは済まない。事の善悪はさておき、な」
「申し訳ありませんでした、守啓連隊長。もし僕が澪をガイア軍に引き渡していたなら、こんな事態を招くことはなかったかも知れません。生きて戻ってくることができたら、処分はいかようにも受けます」
「結果は変わらなかったわ、悠希。あくまで澪の目的は、要塞都市東京。悠希の命は、あわよくばの駄賃程度に考えていた筈だもの」
「アデライトの言うとおりだな。裏を返せば、悠希に接触しても目的を達成するには何ら影響がなかった。だから姿を現した。現実世界に帰還を望む思念体の下りは、オフレコにしておいてやる。悠希は、澪をガイア軍に引き渡すつもりだった」
処罰を覚悟する悠希をアデライトが擁護し、頷く園香が人の悪い笑みを浮かべた。悠希の後ろを走る寧々が、艶っぽいメゾソプラノに哲学的な響きを乗せる。
「意外だな、悠希」
「何が?」
振り返ると寧々は思慮の色彩がある瞳にあまり見たことがない暖かさを浮かべ悠希を見ており、蜜柑色の唇を綻ばせ再び開く。
「成長したなと思ったのさ。電脳世界人は、血の通わぬ人の心を無くした演算するだけの冷徹な機械だって口癖だった悠希が、澪に騙されていたとはいえ救いたいって思うんだものな」
「煩いな。今は、それどころじゃないだろう。敵を退けなければ、僕たちにも東京にも明日がないんだ」
美人顔をにやにやさせる寧々に悠希は、つっけんどんに答えた。いつも見透かされているように感じている寧々に温かく触れられると、悠希は落ち着かなかった。応じた錦が、普段のおちゃらけた雰囲気を消し小隊のムードメーカーとして釘を刺す。
「入埜に賛成だ。今は、目の前のことに集中しなきゃだ。入埜も澪のことぐだぐだと、引っ張るなよ。切り替えな」
「電脳世界の屑鉄どもを、スクラップにしてやろうぜ。な、隊長さん」
圧倒的に不利な戦いに臨む自分たちの士気を高めようと、玲一が口にした兵士の常套句に悠希も常套句で返そうとしたが、口に出そうとした瞬間何かが押しとどめ、心の内が口を衝く。
「今は戦時中でも、そういう言い方は嫌だな。自律意志搭載機には、思念体が――電脳世界人が積まれている。それは、感情的思考を持っている」
呆気にとられたように悠希の言葉を聞いていた皆は、どっと堰を切ったように口を開く。
「おっと。これは意外な返しだな。入埜小隊長が、そんなことを言うとはな」
「おまえが言うな! 全く、入埜。悪いもんでも食ったのか?」
「全くだな。どの口でと言いたいところだが、悠希はその方がいい」
「悠希は、人格者だったのだな。知らなかった。これからは、連隊員の人倫向上のため、悠希にわたしの代わりに訓戒を賜るべきかな?」
「突然そんなことを言って、驚いたわ。でも、嬉しい。憎しみ合うだけでは、何も生まれないし、未来に行き着くことなんてできないから」
玲一、錦、寧々、園香、アデライトからこの緊急事態にあった緊張がいい意味で解れ自然と士気が上がったのを感じ、悠希は少し面白くない。
「僕が言うと、そんなに変なのか? よってたかって、言いたいこと言ってくれて」
ブスリとする悠希に、皆がおかしそうに笑った。けれどそれは軽薄なものではなく、戦いの最中にいっときだけ漂う一瞬の憩いだった。
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