刻の唄――ゼロ・クロニクル――

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刻の唄――ゼロ・クロニクル―― 第一部

第二章 犠牲の軍隊前編 12

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 絶壁と絶壁に挟まれた細い小径。入り口から少し進み緩やかに曲がった先の、両側がえぐれたように広くなった場所から僅かに覗き見える薄赤い光線で紫がかった空の下に、今回の作戦目標ガーライル基地がV字に切り取られその威容の一部を見せていた。敵拠点とさほど遠からぬこの場所で、零たち決死隊はひとときの休息を取っていた。
 既に作戦開始から六時間が経過しておりその間決死隊は飲まず食わずだったが、極度の緊張状態にあったためそのことを感じる余裕すらなかった。だからこそ暫く休めると思うと、それまで堰き止められていた疲労がどっと溢れ返ったように、決死隊の面々はその場に暫くへたり込んでいた。それでも、零が飲食を指示すると起き上がり動き出した。皆、空腹なのだ。
 外骨格Eスケルトンスーツの腰にあるストレージに、三食分の携行食糧、水、珈琲、ヒートプレート、万能ナイフがサバイバルキットとして与えられていた。そのままヒートプレートに乗せ加熱しタンブラーとなる円筒形をした金属製の水筒の蓋を取り蓋で珈琲を入れたり、携行食糧が入った袋の加熱紐を引き調理し中の器状のパイ生地に入ったシチューとパンを用意したり、おのおのが遅い昼食を取った。
 珈琲を一飲みし、その不味さに零は顔を顰めた。尤も、零は食事の味にはかなり煩い方なので、その評価は必ずしも正しくはなかった。キットの小袋に入った粉末状の珈琲は、豆を挽いた正式なものではないにも関わらず標準的な味で、ボルニア帝国が携行食にも気を配り戦闘人員を大切にしていることがよく分かるものだった。巡礼の旅で零は、船内の食堂で、勿論あのがめつい船長が仕切る船であるので有料の食事を取ったことは一度きりだった。食材は惑星で調達し、後は自室で調理していた。その料理は凝っているなどという可愛げのあるものではなく本格的で、趣向が凝らされていた。元々凝り性なこともあるが、学生時代使用人が食事を用意したが食べたい物が食べられなかったので自分で作るようになり、そのまま趣味となったように料理と相性はよかったようだ。
 それも食べられるパイ生地の器に入ったシチューをスプーンで一掬いし口に運び、再び顔を顰めつつこれが最後の晩餐では決死隊も浮かばれまいと密かに零は駄目出しつつ視線を走らせた。途端、夜空色の瞳が呆れたものに変わった。
 ――よく、上手そうに食べられるな。
 零に憐れまれた決死隊の大半は、心身が疲れ切っている中での食事にほっとした様子で元は高位の貴族であろうと、その食事を嬉しげに食べていた。それもその筈、シチューにしたところで一般的なレストラン等で出されるものと比べても遜色ない味なのだ。零の味覚基準が、厳しいだけだ。
 ちゃんとレストを挟んでいない者がいないことを確認しつつ、零は独り言を口に転がした。
「ま、ちゃんと食べておいてもらわないと、この先困るからな。このまま作戦終了まで交戦義務が生じなければいいが、そうも行かない。もうこんな時間は場合によっては取れないかも知れないから」
「ああ。逃げ出さなくとも、敵前逃亡を問われるようなことは避けなければ。たとえ、決死隊でなくともな」
 聞こえたらしい近くの岩に腰を下ろしていたエレノアが、艶美な美貌に愁いを讃え零を見ず決死隊へ視線を送りつつ、どこかしら扇情的な石榴色の唇に憐憫が滲む愛おしさを乗せた。
 応えつつ零も、決死隊へと視線を送った。
「ともかく第一の試練の儀礼は済んだ。囮兵団群三千は展開を完了し、決死隊に下された任務を果たした。ベルジュラックの言いようなら、刑の執行は終えたんだ。あとは……」
 最初ベルジュラック大公旗艦オンフィーアで死人のような青白い顔色をし自失といった体の決死隊の者たちは、大分表情に生気を取り戻していたが代わりに実戦で身に刻まれた恐怖がありありと見て取れた。
 ――恐怖を感じることは悪くない。けれどあれは、少し力を加えられれば恐慌を来すもの。 囮兵団群は、展開を終えた。けれど、囮兵団群が交戦に入ってこちらは傍観というわけにはいかない。任務は完遂したが作戦は終了してはいないのだ。作戦終了まで、次の戦闘からずっと戦闘が継続し続けることはあり得る。今のままの決死隊では、決して最後まで立っていることは出来ない。志気が低いのだ。決死隊に必要なものは、意欲であることは間違いなかった。零は、誰かをやる気にさせるような気の利いた言葉をかけることは性格に合ってもおらず似合いもしないが、上辺だけでも部下を励ます指揮官を取り繕った。
「囮兵団群の展開が終えるまで決死隊が囮を果たす全滅必至の任務を凌ぎきり、戦死者は当然出たがおまえたちは生き残った。今作戦の最大の難関を乗り越えた決死隊は、生還できる可能性がかなり高い。生き延びるために、必死になるべきときだ」
「そうね。でも、生き延びられればいいってものでもないわ。お気楽な、決死隊ではない執行人とは違ってね」
 少し離れたところにヴァレリーと座るブリナの端麗な美貌には冷笑が浮かび、音律のある声には嘲笑が混じり言葉では零を愚弄していた。虚を突かれたように呆気にとられたが、すぐさまそれが自然であるかのように凶悪な気配にさっと零は纏われ声のトーンが不穏に落ちた。
「いきなり、何だ? 買うつもりはないけど、喧嘩を売られたように聞こえたけど? サブリナが言っていた部将の矜持とやらを実践しているじゃないか。褒めて欲しいな」
「決死隊を率いているんだから、そんなの当たり前じゃない。何甘えてるのよ。気にしなくてもいいわよ。ただ、あなたに腹が立っただけだから」
「なんて言い方をするの、サブリナ」
 少し驚いたように隣に座るヴァレリーが咎めるものを青い双眸に浮かべ、凜々しく引き締まった声に刺すように鋭さを込めた。片目を瞑りサブリナは、主筋であるヴァレリーの叱責の籠もった視線を避ける。
 この作戦中決死隊の中で重要な役割を果たすだろう二人の遣り取りを見ながら、サブリナが何を気に入らないのか零は知っておきたくて会話を続けた。
「それはどうも。分からなくはないよ。俺も、嫌いな奴は多いからな。けど、そんなことこんな場所では関係がない。子供じゃないんだからな。今、言い出すことでもないだろうし。ここは、社交の場じゃなく戦場だ」
 死に這い寄られ絶望感が漂う決死隊の中にあって、抗っているように見えたサブリナの反応には違和感があるのだ。だから、自ずと零の口調は小馬鹿にした響きを帯び挑発するものとなった。
 挑むような目を向けてきたサブリナが腹を立てれば零の目論見通りだが、艶のあるメゾソプラノが先んじた。
「戦い抜くことでしか、決死隊はこの内線を生き延びられない。刑の執行、つまり生死をかけた捨て駒にされる――試練に挑むのは三度。けれど、それで罪が濯がれたわけじゃない。内乱中は、従軍し戦い続けることが義務づけられている。生き延びることが出来て、初めてその後も生きることを許される。但し、一般の帝国民となれるわけじゃない。罪の軽重によって数世代の受刑期間に入り、自信では己の身分を保証できず絶えず誰かの庇護下にあることが必要となる。生き残ったとしても、それは決して幸福なこととは限らずより辛いことかも知れないのだ。人間以下に落ちるのだからな」
 エレノアはわたしも本来はそうなる筈だった、と呟くように口にしてヴァレリーやサブリナに憐れむような視線を向けた。見目麗しい元侯爵家令嬢と家臣。戦前の身分の高さと希有な実力を有するキャバリアー。どのような庇護者の元へ行くかにもよるが、どのように扱われるかは想像に難くはなかった。
 悲しげな視線を唇を噛みしめるヴァレリーへ注ぐサブリナを見遣りながら、零の胸にざわつきのようなものが走った。
 ――希望も何もないな。生き残った決死隊は、戦後新たな環境で地獄を見るか。殆どが、貴族やそれに類する者たち。心は死ぬ。
 それでも生きるべきだなどと言える程純粋ではなかったし、過去死を選んだことがある零にとってそれも一つの選択肢と思えてしまうのだ。必ず報われるなどと、今の自分からどの口が言えるのか。なるほど。生き残るために必死になるべきだなどと、確かにお気楽な安全な場所にいる者の戯言としか思われないだろう。
 励ましの言葉も、同情の言葉もかけられない零はそれでも部将として言葉を探し、けれど見つからず本音が口を衝いて出ただけだった。
「けど、俺は生き残りたい。悪いとは思うけど。正直、決死隊に生き延びて欲しいのは、俺の寝覚めのためだ。見ず知らずの人間に、親身になれるほど俺はいい奴じゃない。ただ死ぬのは嫌で、意味もないのに生にしがみつきたいだけだ」
「それは、そうよ。わたしだって」
 輝きのある榛色の瞳に闘志を取り戻したサブリナは、そう吐き捨てた。
 何人かの決死隊が零へ視線を注ぎ、瞳にぎらぎらとしたどこか獣じみた執念を浮かべた。生死の瀬戸際で、それでもやはり誰でも生には執着する。戦場だからこそ、原始的な欲求に突き動かされる。悪い目ではないと、零は思う。
 艶のあるメゾソプラノが哲学的な響きを帯び、元は十の最精鋭軍団を従えた軍団群長にして近衛軍副司令として、三軍を叱咤する抜き身の刃を感じさせる凄烈がエレノアに漂った。
「わたしたちは、目先のことに集中すべきだ。ただ目の前の生を掴むだけの、蛮人のように。先のことなど、考えるだけ無駄だ。内乱が収まるまで戦いは続くんだからな。どこで命を失っても不思議はない。たっだら、少しの生を貪りその間だけでも愉しむことだけを考えろ」
 ややセンチメンタルになっていたエレノアだったが、将帥としての勘が配下の志気が上げる気配を掴み取り部将たる零がしっかりしないことも手伝って、決死隊に発破をかけた。
 戦前のエレノアの一端を垣間見た零は済まなそうな視線を送り、返ってきた視線は苦笑するものだった。わたしも安全な立場からよく言う、と。
 と、そのとき通信が外骨格Eスケルトンスーツのデータリンクを通して入った。バイザーを後ろへスライドさせていたため、汎用コミュニケーター・オルタナが自動でホログラムウィンドウを立ち上げた。そこに映し出されたのは、爽やかに整っているが目元に暗鬱さのある青年。零とエレノアが属する兵団群の群長、モリス・ド・ドュポンだ。
「先程、零君とリザーランド卿から報告があった十色の騎士イクス・コロルム琥珀色の騎士アンバーナイト・マーク・ステラートとおぼしきマジック・キャバリアーと連隊規模のミラト王国第一エクエス・ストレール百強に基地防衛兵団群三千によって、地上攻略本兵団群二万が壊滅した。ベルジュラック大公は、この報を受け作戦失敗と判断。グラディアート群に撤退を命じた」
「馬鹿な! それでは、我々は敵地に置き去りではないか。決死隊の他にも、ドュポン兵団群麾下の囮兵団群もいるのだぞ。グラディアートなしでは、全滅は必死だ」
 険をメゾソプラノにエレノアは帯びさせ、零はあまりの愚策に腹が立った。
「ベルジュラックめ。それでは、地上に降下させた戦力が全て無駄だ。本隊にいたブレイズの奴も……。引くべき時はあるが、囮兵団群も健在な今ガーライル基地奪還の手立てを何もせずに引くなど愚かだ。殲滅の光弾アニヒレートに阻まれている今、敵に備える時間を与えれば与えるほど惑星フォトー奪還は難しくなる」
「孤立無援……わたしたちが見つかるのも時間の問題だわ」
「そんな。それでは、わたしたちは狩られるだけの獲物」
 零の近くへ歩み寄るサブリナとヴァレリーが青ざめた顔で、呆然と絶望の旋律を刻んだ。
 小径の出口で切り取られた空では、高高度で戦闘を行っていたグラディアートが高速で遠ざかっていく様が見て取れた。零は、無数の輝きを睨み付けた。
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