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第二章 学校の怪談

11 現地調査

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「犯人が現れる前に元6年3組を捜索しましょう。」

 二人は授業が終わったのを見計らって校舎内に入った。職員室に行き、教頭を呼ぶ。事前に約束をしていたので職員室に行くと教頭はすぐに現れた。

「3階の男子便所の件で、直す前に一緒に確認して頂きたいんです。それと…」
「えぇ、5年1組を見たいんでしたね。大丈夫です、担任には伝えてあります。」

 そう言うと教頭はいつものように『来訪者』と書かれた札を二人に渡す。東屋と匠はそれを首に下げると教頭と一緒に3階へ上がった。



◇◇◇



ザァァアアア


「私がここに教頭として赴任して来てからずっとこの状態だったので、どうしようも無く諦めていました。」

 三人は三階の男子便所の前まで来た。教頭が出入り口に立つと、手前の小便器の水が勝手に流れた。
 諦めるのはどうかと思うが、水が流れない訳ではないので今まで放置されてしまったのだろう。匠が男子便所の扉を指差す。

「そっちは今度設備屋を呼んできます。あと、出入り口の扉の丁番も外れかかって危険なので、外してしまってもいいですか?」
「あ、そうして頂けると有り難いです。」

 匠は教頭の確認を取ると腰袋からドライバーを出し、手際良く丁番のネジを外していく。
 そうこうしているうちにまだ校内に残っている児童たちが東屋達の周りに野次馬を作っていた。教師以外の大人が珍しいのか、頻りに話しかけてくる。

「こんにちはー!」
「なにしてんの?」
「教頭先生だ。なにしてるの?」
「この人、『じちんさい』に居た人じゃない?」
「こんにちはー!」
「はい、皆さんこんにちは。今ちょっとトイレを修理するために診てもらっています。トイレ使いたい人は少しの間だけ反対側のを使って下さいね。」

「こんにちは」東屋も児童たちに挨拶を返す。匠が扉を外す作業を興味深々に見ている児童も居る。

「ほら!危ないからちょっと離れてろ......よっと。」

 匠は、外し終わった扉を持ち上げると廊下の壁に立てかけた。
児童たちから「おー」と謎の歓声が上がる。

「これ何処に仕舞いますか?」
「あ、それなら隣の倉庫に置いて貰ってもよろしいですか。」

 教頭が隣の部屋の鍵を開ける。
 児童たちは普段開けられることが無い教室の中を覗こうと必死になっている。

「こらこら、ここは児童立ち入り禁止です。はい、道を開けてください。」

 教頭が児童たちを宥めて、匠が通れるように道を作ってくれる。匠に続いて東屋も一緒にその教室に入った。ここは元々クラスルームだったはず。

 少し埃っぽいその部屋は、見廻りの時に覗いたことはあったが改めてみると余った机や椅子の積まれた部屋の隅に本棚が置いてある。東屋は何と無く本棚に近づいてみた。棚にはずらっと何十冊もの冊子が綺麗に並べられている。


 背表紙にはそれぞれ『〇〇年度制作 卒業文集』と書かれていた。


 匠が扉を置き終えて部屋から出ていく。
 東屋はその棚が少し気になったが、教頭が居るので何も触らずに部屋から出た。

 三人は5年1組の教室に向かった。
 教室の扉を開けるとすでに児童は居らず、事務机で仕事をしている担任の先生らしき人だけがいた。教頭が担任に声をかける。

「先生、先程の件だが……入ってもいいかね?」
「はい、どうぞ。」

 担任が軽く二人に会釈する。

「失礼します。」

 東屋と匠は教室に入る。担任は席から立ち上がると、教室の外に出た。
 話によるとこれから職員会議があるらしい。教頭と担任は職員室に戻るためここで別れる。

「じゃあ、後は宜しくお願い致します。」
「教頭先生、有難うございました。」

 教頭は会釈すると教室から出て扉を閉めた。
 足音が遠くなっていく。人の気配が無くなるのをしばらく待ち、東屋と匠は顔を見合わせてうなづくと教室の捜索を始めた。


 教室の壁、カーテン、掃除道具入れ、窓ガラス、ロッカー……


 ある程度の目星は付けてきた。
 机や椅子などの備品は簡単に移動させることが出来るため、何かを隠すのには不向きだ。造り付けの家具や若しくは教室そのものに重点を置いて調べ上げる。きっと犯人は何年経っても移動しないものに目印を残したはず。

 窓の外で子供達のはしゃぐ声が聞こえる。二人は会話も無く黙々と手掛かりを探し続けた。



◇◇◇



 …困ったな…。

 ある程度、探しまわってみたがそれらしいものが見当たらない。
 壁に落書きがいくつかあるものの、それが暗号なのかどうかが判断が出来ない。


 日が落ちてきた。

 時間が無い。


 東屋はふと窓から外を観た。
 窓の外から見える景色や教室が段々と赤くなっていく。
 グラウンドには楽しそうにふざけながら下校する子供たち。あれは、先程声を掛けてきた子供達の様だ。


「…そうか。」


 小学校六年生の平均身長は約百四十五センチ…

 東屋は屈み腰になって視線を落としていく。当時、犯人も小学生だった。ならばその視線で物事を考えなくては。

 今度はその状態でぐるりと教室を見渡した。天井が高くなり、心なしか教室も広く感じる。

 匠が「なにこいつ」みたいな目で見てくるが気にしない。

 再び窓に目をやると、視線が低くなったため、ベランダのコンクリート製の手摺でグラウンドが殆ど見えなくなった。辛うじて敷地に沿って植えられたソメイヨシノが並んで見える。桜は規則正しく一定の間隔で一列に植えられている。
 夜見廻りをしている時は暗くて桜に気がつかなかったが…

 …ん?桜?

 丁度桜の列があるのは、新築工事の仮囲いの中だ。先程現場で見た穴とその位置を思い出す。何故犯人は校舎ではなく現場を荒らしたのか。

「学校の怪談」

「現場の穴の跡」

「校舎の解体」

「6ー3」

「グラウンドの埋蔵金」

 東屋は窓から目を離さずに後退する。時々机や椅子を足で引っ掛けてしまい、綺麗に並んだ備品が乱れる。教室の真ん中に立つと再び外部の窓を見た。


 左右対象のアルミサッシの桟が外の景色をまるで方眼用紙の様にマス目になって分割している。


 目を凝らして、外の景色と教室を重ねる様に外を見る。
 すると、アルミサッシの一番真ん中の縦桟が、ある一本の桜と重なり見えなくなった。その桜の位置を確認する。

「1、2、3、4、5…1、2、3、4、5…」
「…どうした?」

 いきなり探す作業を中止し、目を細めて屈み込み、さらに数まで数え出す東屋をみて、匠が流石に声をかける。
 東屋は、パッと立ち上がると匠を見た。
 その顔は明るく目が輝く。逆に匠はその意味が分からずモヤモヤしている顔だ。

「…?」
「…匠さん!一旦現場に戻りましょう!ほら、まだ明るいうちに!…退散!」

 東屋はそう言い残すと教室から飛び出した。急がないと夜が来てしまう。

「は?なんで?お前、自由過ぎるだろ!」


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