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第四章 仏の棺(仮題)

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 奥山の自宅は幼稚園から百数十メートルくらい歩いた場所にあった。そのアパートはかなり古く、外壁は汚れ、壁に蔦が張っていた。白線の剥げた駐車場があり、車が数台止まっている。敷地は奥山が草刈りをしたと言っていたからか、雑草は生えていなかった。

 二人は奥山の部屋がある201号室へ向かう。ドアを開けようと東屋がドアノブを回してみる。


「あ、あれ?」


 扉には鍵がかかっていた。隣に立っていた須藤が東屋に代わりドアを開けようするが、ガチャガチャと音が鳴るだけだった。


「鍵が掛かっています。園長先生が閉められたのでは?」
「えぇ?でも、奥山さんは鍵や荷物は家にあるって。」


 どうすることも出来ず立往生していると、隣の202号室のドアがいきなり開く。中からノーメイクでキャミソール姿の30代くらいの女性が顔を出した。


「ちょっと⁈人ん家の前でうるさいわね。静かにしてよ!」
「ひぇ!」


 須藤が驚いて、東屋の影に隠れる。出てきた女性は二人を見ると怪訝な顔をした。


「この部屋はお婆さんが一人で住んでる部屋でしょ?そこで何してるのよ。」
「お休み中申し訳ありません。実は201号室の奥山さんが怪我をして入院されたので代わりに荷物を取りに来たんですが、どうやら部屋の鍵が閉まってるみたいで」


 東屋が彼女に事情を説明する。彼女は半信半疑で東屋を上から下まで見る。


「入院?……そういえば一昨日も、ゴソゴソ朝から物音がうるさかったわね。昼に出かけようと思って部屋を出たら、201号室のドア開けっ放しにしてあって通路は狭いし、お婆さんも居ないし、掃除道具は散らかって頭に来たから大家に苦情の電話を入れたわよ。だから、大家が閉めたんじゃない?」
「大家さんはどちらに?」
「アパートの隣の家よ。東側にある家。」


 女は愚痴を言うだけ言って、再び部屋に戻ってしまった。202号室のドアが乱暴に閉まる。東屋の影に隠れていた須藤は閉まったドアを見ながら「怖かった」と呟いた。


「大家さんに聞いてみましょう。」


 東屋は踵を返すとトタンの階段を下り、女に教えてもらった大家の家へと向かう。

 隣の一軒家へ行くと、丁度その家主が庭に水を撒いていた。家の門に英字で「SUWA」と横文字の表札が掲げられていた。東屋はその40代くらいの男性を捕まえて、同じく事情を説明した。


「奥山さんが入院?大丈夫なのかい?」
「はい、今は意識も戻っておられます。」
「202号室の”佐々木さん”から連絡があって、奥山さんの部屋に行ったんだけど、ドアを開けっ放しにしたまま留守にして不用心だったから、施錠だけさせて貰ったよ。何かあれば必ずここに連絡が来るだろうと思ってたしね。」
「すみません。奥山さんに伝えておきます。少し荷物を取りに来たんですが、部屋を開けて頂けないでしょうか?」
「そういうことなら、分かったよ。部屋の鍵を取ってくるからちょっと待ってて。」


 しばらくして、諏訪すわは鍵束を手に持ってやってきた。三人でまたアパートに戻る。二階に登る階段の前で諏訪が小声で二人へ忠告した。


「奥山さんの隣の佐々木さん、夜に仕事してるみたいだから静かにね。大家の僕が言うのも可笑しいけど、このアパート壁が薄いんだ。」


 足音をたてないように二階へ上がり部屋の前へ行くと、彼は鍵束から『201』とシールが貼られた鍵を使ってドアを開けた。部屋の電気は付けっ放しで玄関には掃除道具や靴が散乱していた。


「流石に部屋の中に勝手に入ったり、物に触ったりしてないよ。問題があるといけないからね。じゃあ、後は良いかな?まぁ、また何かあれば家まで来てね。」
「ありがとうございました。」


 二人は諏訪にお礼を言うと、部屋に入って静かに戸を閉めた。
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