アゲアゲ淑女のティータイム〜さあ、あなたのお話を聞かせてちょうだい

清水花

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富を根こそぎ失った男

第七話

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 振りかぶられた右手。その先には鈍く輝く一枚の銀貨が握られていた。

 天高く掲げられた銀貨は鈍色の線を引きながらくじ券へと向かい、まるで彗星のごとき速さでくじ券の上へと着陸した。

 微かに震える手が小刻みに左右に動き、くじ券の上を駆け抜けていく。

 銀色のインクが少しずつ剥がれると同時に、その下にあった数字が表面上へと次々と現れてきた。

「……7……7……」

 7が三つ揃えば賞金を獲得できるくじで、早くも二つの7が横並びで揃っている。

 あと一つ。あと一つ7が銀のインクの下から現れてくれさえすれば、いくらかの賞金を得る事が出来る。

 ドクンドクンとーーーー心臓は激しく脈を打ち、興奮した熱い血潮を全身へと運んでいる。

 右手を一旦止め、背後に貼り出されている賞金表を改めて確認してみる。横並びで7が三つ揃った場合、その賞金額はーーーー大金貨五十枚。

「ーーーーっ!」

 そうだ、大金貨五十枚だった。最初見たときは何とも思わなかったが、いざ当たるかもしれない状況になってみると、何とも落ち着かず居心地が悪い。 

 こんな、たったの銀貨一枚で購入したこんなちっぽけなくじ券がまさかまさかの大金貨五十枚にも化けようとしているのだ。頭では理解しているが、やはりにわかには信じがたい。彼は突如訪れた思わぬ大チャンスにひどく慌てふためいた。

 いや……違う。

 賞金表をよくよく確認してみると上段で三つ揃った場合のみ、大金貨五十枚が貰えるらしい。

 彼は賞金表から視線をきり、くじ券へと向きなおる。わずかに震える右手を持ち上げ、自身の削った箇所を覗き込む。

 上、中、下段にそれぞれ三つずつ並ぶ銀のインク。その中段部分の端から二つ目までが削られ7という数字が赤々と輝いていた。

「なんだ……中段か……」

 彼は落胆した。上段でなければ賞金は大金貨五十枚ではないのだ。ならばたとえ7が三つ揃ったところで大金貨五十枚は貰えないと言うことになる。

「はっはは……」

 彼は肩を落とし、乾いた笑みを浮かべた。

 なんだ……期待して損した。まあ、大金貨五十枚が当たる好運なんて、そうそうあろうはずがない。何を浮かれているんだか……ばかばかしい。それに万が一大金貨五十枚が当たったとしても、騙し取られた金額の代わりにはなり得ない。大金貨五十枚は確かに大金だが、しかしながらそれだけでは店は到底建てられない。店を建てるためにはあまりにも少な過ぎる金額なのだ。せめて騙し取られた金額と同じ大金貨一千枚くらいはないと……。彼の胸に様々な想いが駆け巡った。と同時に希望というものが未だ自分の胸の中で燻っている事に驚いた。

 希望などどこにも無い、あるのは惨たらしい絶望だけだと思い込んでいたのに……。

 そう言えば、人間はどんな状況下においても決して希望を失わないと説いていたのはどこの誰であったか?

 誰であったか思い出せないが、今はどうでも良い。

 それにしても、賞金に期待し、また落胆し、上がったり、下がったり。たった紙切れ一枚の事でこれほどまでに騒がしい胸の内。おかしなもので、今を生きているって実感が妙に湧いてくるのはなぜだろう? 行くことも戻ることも出来ない、どうしようもないほど行き詰まってしまった今という瞬間に充実感さえ感じている。

 不思議なくらいに清々しい胸の内。何かいい事が起こりそうだ。

 彼は小さく口角を上げた。
 
 続きをやろう。

 大金貨五十枚という大金は手にできずとも、僅かばかりでも賞金を得るチャンスがあるのだ。胸躍る充実感、鬼気迫る緊張感、どれも今を生きている確かな証ではないか。そんな今を実感できただけでこのくじをやる価値は十二分にあるというものだ。

 彼の右手に握った銀貨は中段の右端、最後の一マスを軽快に削り取った。

「7……7……7!」

 彼はとても小さく右手を握り、ガッツポーズを決めて見せた。

 くじ券の中段に777の数字が燦然と輝いている。

「ふっふっふっふ……」

 彼は得意げな笑みを浮かべてみせた。と、同時に次なる最高の一手をも思いついた。

 彼の考えは至ってシンプルなものであり、非常に単純明快なものであった。

 その考えとはこうだ。今当たったこのくじ券を換金し、資金を得たならまた新たなくじ券を買って再度くじにチャレンジすれば良い。くじ券が一枚から二枚に。二枚から三枚に。そして賞金が倍に倍にと膨れ上がり、最終的に巨万の富を得る、というものであった。

 というのはもちろんあくまで妄想上の話であって、本当にそんな事になるとは思ってはいない。現実には銀貨を数枚ほど稼いで安い酒でも買って帰り、それをあおりながら再び気持ちの整理をしようというのが本音である。

 最後の晩餐は何が良いであろうか……。彼の好物が次々と意識に上っていく。

 しかし、たかが銀貨数枚でそんな贅沢が出来るはずもなく、彼は哀れな妄想を未練なく搔き消して、残りの銀のインクを一気に剥がしにかかった。

「…………え?」

 777
 777
 777

 小さなくじ券に幾つもの7の数字が燦然と輝いていた。

 
 






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