アゲアゲ淑女のティータイム〜さあ、あなたのお話を聞かせてちょうだい

清水花

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富を根こそぎ失った男

第十三話

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 空は見事なまでに青く晴れわたり、吸い込まれそうなほど高い天が延々と続いていた。

 鳥達も遥か上空を群をなして飛び、その大きな羽根を気持ち良さそうに広げている。

 ここは王都バルザックの中心に位置する大通り。非常に多くの人々が行き交い、大小様々な店が軒を連ねる活気のある通りだ。

 その大通りの一画に最近新しく出来た人気のカフェがあった。四人掛けの品の良いテーブルには純白のクロスが敷かれ、テーブルの中心には季節の花が生けられている。そんな素敵なテーブルセットがテラス席にいくつも並べられ、上質な生地で作られた着衣に身を包んだ老若男女が、温かな陽だまりの中でテーブルに着いている。

 長年連れ添った老夫婦が穏やかな笑みを浮かべ、非常にゆっくりとした二人だけの時間を過ごしている。

 緊張した面持ちの男性が真っ赤な薔薇の花束を向かいに座る女性へと手渡している。

 大学生くらいの若い男女が数人でテーブルを囲み、何やら楽しそうに談笑している。

 ショッピング帰りの若い女性が今日の成果を見せ合い、若々しい生き生きとした声を弾ませている。

 お腹の大きい若い婦人が愛おしそうに自身のお腹を撫で、隣に寄り添う男性は幸せそうな笑みを浮かべて女性の肩を抱いていた。

 そんな幸せそうな光景が溢れるテラス席とは違って、キッチンの方は少しだけ慌ただしかった。

 白いコックコートを纏った数人がキッチンの中を所狭しと行き交っている。

 それほど広くはないキッチンの中に騒がしい足音と声が飛び交い、コンロの上で鍋が躍るたびにキッチンの空間には香ばしい良い香りがいっぱいに広がっていった。

 キッチンを満たすその香りを嗅いでいるだけで、なんだかお腹が空いてきてしまうほどだ。

 開かれたオーブンから出てきたぐつぐつと音を立てる焦げ目がなんとも魅力的なグラタン。熱々の湯気を立ち上らせカウンターに運ばれると、軽快な足取りのホールスタッフが手慣れた手つきでトレーに載せ、今か今かと心待ちにしている客のもとへと向かうためホールへと躍り出ていった。

 ここは、多くの人々の憩いと幸せがいっぱいに満ち満ちた、レストラン・グランドマザー。

 オーナーシェフが手がける料理の数々は、王都でよく見かける流行の最先端を行くそれとは全くの逆のものといえる。

 レストラン・グランドマザーで出される品々はどれも田舎風の素朴な家庭料理の数々である。シェフの人柄がそのまま現れたような繊細で優しい味付けは、田舎の祖母を想起させ胸がほっこりすると、王都の人々に親しまれている。

 今日も多くの人々が訪れ、慌ただしいランチタイムと優雅なディナータイムは瞬く間に過ぎ去った。閉店間近の店内にようやく静寂が戻りつつあった。

 オーナーシェフは夜風に当たるため、ホールを抜けてテラス席へと向かった。

 静まり返ったテラス席に月の光が落ち、テーブルセットが妖しく光を放っている。

 その時ーーーーカチャリ、と小さな物音がオーナーシェフの耳に届いた。
 
 オーナーシェフは反射的に物音のした方向を見やった。

 そこには月の光が降り注ぐテラス席に腰をかけた見目麗しい淑女が座っていた。

 ドクンっと、オーナーシェフの心臓が跳ね上がった。

 辺りを包む夜の闇がいっそう濃く深くなり、周囲の音がだんだんと遠退いていく。

「ーーーーさあ、早く座って。あなたのお話聞かせて?」

 淑女の差し出した左手の先には、甘い香りが昇り立つ紅茶の入ったカップが置かれていた。

 未来が変わる。オーナーシェフはそう確信した。

 良い未来か、悪い未来か。それは当然分からない。だが、またしても自分は大きな分岐点を迎えようとしている。オーナーシェフはそう思った。

 オーナーシェフは覚悟を決めたーーーー否、もとより覚悟は決まっていた。あの日、彼女に出会ってから、いつかこんな日が来るだろうことは分かっていた。

 オーナーシェフは淑女の方へと一歩一歩慎重に歩を進めた。

「ーーーーああ、もちろんさ。話したい事は山ほどある。少し長くなると思うけど、いいかい?」

 オーナーシェフは少年のような笑みを浮かべて言う。

「ふふふ、それは楽しみ」

 淑女は口元に手を当て小さく口角を上げた。

 甘く優雅なティータイムが今宵もまた、始まろうとしている。



 完
 

 
 

 
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