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スリーステップ
一歳児健診
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「じゃあアリシアちゃん、両手を広げてごらん。こうやってーーーー」
「ナアッター!」
「うん、そうだ。じゃあ今度はそのまま後ろを向いてごらん」
「アー!」
ベッドの柵に掴まって立ち上がったアリシアをお医者様は器用に操り健診を手際良く進めていく。
両手を広げたり、後ろを向いた時に発するアリシアの一言がとても可愛い。
私としてはアリシアが「出来たー!」「どうだー!」と言っているように聞こえてしまうのである。
そうやって微笑ましく健診を見守っていると、お医者様の表情がいつの間にか曇っていることに気付いた。
私の胸に言い知れぬ不安が影を落とす。
「アリシアちゃん、アリシアちゃん」
お医者様はアリシアに顔を近付け名前を呼ぶ。
「アーアー! ッター!」
お医者様の問いかけに答えるようにアリシアはそう口にする。
お医者様が傍らに立つ助手の女性に何かを伝えると、助手の方はこくりと頷きアリシアのベッドの周りを歩きちょうどアリシアの背中側に立った。
「アリシアちゃん、アリシアちゃん」
アリシアの後方に立つ助手の女性が声をかける。
アリシアは声のする方を振り向こうとはせず、まっすぐにお医者様のことを見つめている。
「アリシアちゃん! アリシアちゃん!」
助手の方が先ほどよりも大きな声で両手を打ちながらアリシアに呼びかける。部屋の中はかなりの騒音が広がる。
「……ナタタイ」
アリシアはお医者様の後ろの空間に手を伸ばし、必死に何かを掴もうとしているようだ。
「ふぅむ……」
お医者様はバッグの中から金属製の特殊な器具を取り出し、それを小さな金槌で打つとアリシアの耳元に近付けた。
辺りにはとても綺麗な高音が響き渡る。
アリシアは特に気にすることもなく未だ必死に空間に手を伸ばしている。
私は胸が震えるほどの明確な恐怖を感じていた。
いつしか私の胸に芽生えた小さな不安が少しづつ少しづつ大きくなり、私の胸をここまで激しく震わせる明確な恐怖となって襲いかかったのだ。
祈るように組んだ両手までもが激しく震える。どう抗ってもこの震えが止まらない。
呼吸が乱れ、視界がぼやけ、膝までもがガクガクと震える。まともに立っていることすら出来ない。私は近くの壁に身体ごと寄りかかりアリシアを見つめる。
私の視線に気付いたのか、アリシアはこちらをみるといつもの元気な様子でにっこりと微笑んだ。
そんな様子を見ているといくぶん心が落ち着くようだった。
私は笑みを浮かべアリシアに答える。いつもの笑みを浮かべられているか全く自信が持てない。
「ーーーー奥様」
ふいにお医者様が私に声をかける。その表情には少し前までの穏やかさは見受けられない。
真剣な表情のお医者様が固く横に結んだ口をわずかに開くと、私の心臓がぎゅっと締め付けられるように捻じれ上がった。
お医者様は何を、何を口にするのだろう。
私に何を伝えるつもりなのだろう。
何の問題もない健康体だと言って欲しい。
それ以外の言葉はこの世から消え去って欲しい。
それ以外の言葉は聞きたくない。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
だが、現実は残酷だった。
「アリシアちゃんですが……どうも両耳に難聴の傾向がみられます」
「…………」
分かって、
分かっていた。
何となく、分かってはいた。
ただ、絶対に、認めたくはなかった。
私の両目から涙がとめどなく溢れ出した。
「ナアッター!」
「うん、そうだ。じゃあ今度はそのまま後ろを向いてごらん」
「アー!」
ベッドの柵に掴まって立ち上がったアリシアをお医者様は器用に操り健診を手際良く進めていく。
両手を広げたり、後ろを向いた時に発するアリシアの一言がとても可愛い。
私としてはアリシアが「出来たー!」「どうだー!」と言っているように聞こえてしまうのである。
そうやって微笑ましく健診を見守っていると、お医者様の表情がいつの間にか曇っていることに気付いた。
私の胸に言い知れぬ不安が影を落とす。
「アリシアちゃん、アリシアちゃん」
お医者様はアリシアに顔を近付け名前を呼ぶ。
「アーアー! ッター!」
お医者様の問いかけに答えるようにアリシアはそう口にする。
お医者様が傍らに立つ助手の女性に何かを伝えると、助手の方はこくりと頷きアリシアのベッドの周りを歩きちょうどアリシアの背中側に立った。
「アリシアちゃん、アリシアちゃん」
アリシアの後方に立つ助手の女性が声をかける。
アリシアは声のする方を振り向こうとはせず、まっすぐにお医者様のことを見つめている。
「アリシアちゃん! アリシアちゃん!」
助手の方が先ほどよりも大きな声で両手を打ちながらアリシアに呼びかける。部屋の中はかなりの騒音が広がる。
「……ナタタイ」
アリシアはお医者様の後ろの空間に手を伸ばし、必死に何かを掴もうとしているようだ。
「ふぅむ……」
お医者様はバッグの中から金属製の特殊な器具を取り出し、それを小さな金槌で打つとアリシアの耳元に近付けた。
辺りにはとても綺麗な高音が響き渡る。
アリシアは特に気にすることもなく未だ必死に空間に手を伸ばしている。
私は胸が震えるほどの明確な恐怖を感じていた。
いつしか私の胸に芽生えた小さな不安が少しづつ少しづつ大きくなり、私の胸をここまで激しく震わせる明確な恐怖となって襲いかかったのだ。
祈るように組んだ両手までもが激しく震える。どう抗ってもこの震えが止まらない。
呼吸が乱れ、視界がぼやけ、膝までもがガクガクと震える。まともに立っていることすら出来ない。私は近くの壁に身体ごと寄りかかりアリシアを見つめる。
私の視線に気付いたのか、アリシアはこちらをみるといつもの元気な様子でにっこりと微笑んだ。
そんな様子を見ているといくぶん心が落ち着くようだった。
私は笑みを浮かべアリシアに答える。いつもの笑みを浮かべられているか全く自信が持てない。
「ーーーー奥様」
ふいにお医者様が私に声をかける。その表情には少し前までの穏やかさは見受けられない。
真剣な表情のお医者様が固く横に結んだ口をわずかに開くと、私の心臓がぎゅっと締め付けられるように捻じれ上がった。
お医者様は何を、何を口にするのだろう。
私に何を伝えるつもりなのだろう。
何の問題もない健康体だと言って欲しい。
それ以外の言葉はこの世から消え去って欲しい。
それ以外の言葉は聞きたくない。
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない。
だが、現実は残酷だった。
「アリシアちゃんですが……どうも両耳に難聴の傾向がみられます」
「…………」
分かって、
分かっていた。
何となく、分かってはいた。
ただ、絶対に、認めたくはなかった。
私の両目から涙がとめどなく溢れ出した。
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