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1章 婚約破棄

4 シンクロバード

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『何がそんなに可笑しいの?』そんな当然すぎる質問が彼から返ってきました。 

 なので、

「分かりません。ただーーーー」

「ただ?」

「お日様と風がとっても気持ちよくって、目の前の庭園がとっても綺麗で、あなたとここで座っておしゃべりしていると、なんだかとっても楽しいです」

 と、

 何の飾り気もなく、何の気遣いもなく、今、思っている事を口に出してみました。

 まるで、つい先日までのアシュトレイ様とお話する時のように。

 いえ。友人のように、と言った方がこの場合は正確でしょうか?

「そっか……」

 彼はやや顎の角度を上げて、ぼんやりと空を眺めながらそう呟き、

「そうだよね。家の為に、親の為により良い結婚相手を探すだけの毎日なんてつまんないよね……人間なんだから外に出て何も考えずボーっとしたり、のんびりと自然を感じてゆっくりと流れる時間を楽しみたいよね。それが人として生きるって事で、普通だよね。でも貴族はーーーー」

 と、彼はそこでややうつむき、口を止めました。

 私は彼が何を言いかけたのか概ね察する事が出来ましたので、少しだけ意地悪したくなり続きを聞いてみる事にしました。

「ーーーー貴族には、無理でしょうか?」

「えっ⁉︎」

「人間らしく、普通に生きる事は」

「…………」

 彼は若干驚いた素振りを見せたあと笑う事もなく、当然怒る事もなく、ただ真剣な表情で私を見つめます。

 私が空に視線を戻し、白すぎる大きな雲をぼんやりと見ていると、

「ーーーー君は、出来ると思う? 人間らしく生きる事」

 まるで子供のように純粋な瞳で聞いてくる彼に、私は答えます。

「どうでしょう? でも、私達は所詮人間ですからね」

「うん……」

「…………」

 考えを巡らせる彼を横目で見て、私は空を指差し言いました。

「あ、シンクロバード!」

 シンクロバード。この辺一帯に多く住む体長40センチ程の大きさの鳥。果実や虫などを捕食し、大抵20羽ぐらいの群れで行動する事が多い。空を飛ぶ際、群のリーダーが先頭を飛び後に続く鳥達はリーダーと同じように飛ぶ事からシンクロバードと呼ばれている。リーダーが右へ旋回すれば後続も右へ旋回し、リーダーが急降下すれば後続も急降下する。見事なまでに連携がとれたその飛行術は多くの人を魅了し、高貴な貴族の間でもファンが多いのです。

「見ていて下さいよ!」

 私は得意げにそう言って、右手の指を弾きました。

 パチンッと、辺りに乾いた破裂音が鳴り響きます。

 すると、空を飛ぶシンクロバードの群が私の合図に答えるように、一斉にきりもみスピンを始めました。

「あ、懐かしい……子供の頃によくやったよ、それ」

「タイミングが合うと気持ちがいいですよね。まるで自分がシンクロバード達を操っているようで」 

 などと話していると、シンクロバード達は空の彼方に飛んで行ってしまいました。

 シンクロバードがくれたチャンスをモノにしてお話に花を咲かせているといつの間にか、お互いの緊張も解けて今やまるで古くからの友人のようにリラックスして楽しい時間を過ごしていると、

「ローレライ! どこに行った⁉︎ ローレライ!」

 私を呼ぶお父様の声に背筋がピンッと伸び、慌ててその場に立ち上がります。

 私はお父様の姿を視界に捉えましたが、お父様はまだ私には気付いておらず辺りを見回しています。幸いにも階段に座りこんでいた事は、お父様にはバレなかったようです。

 本当に良かった。

「お父様! 私はここです」

「おおっ、ローレライ。何をやっているこんな所で」

「少し風に当たって考え事をしていました」

「そうか……。ん? そちらは?」

 と、お父様が視線を送った先、私のすぐ後ろの辺りには彼が立っていて、

「お初にお目にかかります。私はナイトハルト・ツヴァイゲルと申します。お嬢様にはーーーー少し世間話に付き合って頂いていました」

「あ、あぁ……そうかね」

 お父様は少し驚いたような素振りを見せてそう言うと、すぐに視線を私へと向けて真剣な表情のまま口を開いた。

「帰るぞ、ローレライ。すぐに支度をしろ」

「……はい。お父様」

 すぐに踵を返して歩き出したお父様の後を追って私は階段を数段のぼり、上がりきった所で後ろを振り返りナイトハルトと名乗った彼に視線を送って、

「楽しい時間をありがとうございました。それでは私はこれで失礼いたします。御機嫌よう」

「うん。こちらこそ、ありがとう」

 彼は、ナイトハルト様は相変わらず優しく微笑み私を見送ってくれました。






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