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2章 お茶会

25 悪魔的な笑み

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「本当のお茶会を始めましょう。ねえ……ローレライ」

 絡みついてくるような粘着性を帯びたその声質に、私の背中には言い知れぬ悪寒が走りました。

 瞬時に胸の鼓動が際限なく高鳴ります。

 また……変わった?

 ついさっき、侍女の方が訪れた事でそれまでの楽しいお茶会の雰囲気は一変し、妙に静まり返ったどこかわざとらしい空気感に包まれていました。

 ですがそれは、お茶会中のテーブルマナーが私達以外の他の人にはとても見せられない姿だったから取り繕うためにそうしていたはずなんです。

 ですから、侍女の方が席を外した今はさっきまでのリラックスした雰囲気に戻ると思っていたのですが……今の薔薇園の雰囲気は何というか……重苦しく、極度の緊張感が漂っていて、下手に動けば取り返しがつかなくなってしまうような、そんな印象を受けました。

 私は自然と呼吸が荒くなり、身体がわずかに震えだしました。

 これは……この感覚は……恐怖心……。

 そうです。お父様に叱られた時のような極度の緊張と恐怖心から身体が萎縮してしまい、まともに動く事すら出来ません。

 しかし、私は何に対して恐怖しているのでしょう。さっきまであんなに楽しい時間を過ごしていたのに。

 このーーーー今のこの薔薇園の雰囲気だってきっと気のせいで……そうです、右手に感じたあの違和感のせいです。私の右手に薔薇の蔓が巻きついた映像が一瞬見えたから、だから急にびっくりしたというか怖くなって……そうだ、これは怖い話を聞いた後にちょっとした物音が恐ろしく感じてしまうあの現象と同じです。そうです、絶対にそうです。全部私の気のせいです。その証拠に後ろを振り返れば、にこやかなベアトリック嬢がテーブルで紅茶を飲んで楽しくお話をしているはずです。

 私は懸命に作り上げた笑顔で後ろを振り返りベアトリック嬢の方へ視線を送ります。

 そこには先程と同じようにテーブルについたベアトリック嬢がいました。

 ですが、ベアトリック嬢の表情は決してにこやかなものではなく、代わりにーーーー

 とても、

 とても凄惨な、悪魔的な笑みを浮かべてこちらを見ていたのです。

 





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