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2章 お茶会

27 汚れたドレス

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「貧乏男爵の娘風情がこの神聖な薔薇園にいるのが気にくわないって、言っているのよ」

「ーーーーっ⁉︎」

 ベアトリック様の言葉に私の身体は完全に石のように固まってしまい動く事はおろか、喋る事も出来ませんでした。

 そんな私の耳元でアレンビー様が囁くように言います。

「そうね……。ニルヴァーナ公爵家に代々受け継がれ純愛の証とも言われる真っ赤な薔薇の花が咲き乱れる薔薇園。ここはこの公爵家の人達の完全なプライベート空間。ここで行われるプライベートなお茶会は本来、公爵家と所縁のある高位な貴族しか参加する事は許されない。だから身分の低い貴族達は、ここで開かれるプライベートなお茶会に参加するのを夢に見ている。参加し、同じテーブルにつく事がステータスとなるから、ね?」

「そんなお茶会に今日の主役とはいえ、男爵風情の娘が厚かましくも参加しているのはどう考えても業腹だわ。主役じゃなければ張り倒しているわね、きっと。いえ……主役だからーーーー」

 ルークレツィア様は私の耳元でそう呟き、そのお言葉を途中で濁しました。

「分かっている。分かっているのよ、ローレライ? だって今日ここにあなたを呼んだのは私自身なのだから。ね? そうでしょう、ローレライ? 私が呼んだから来てくれたのよね?」

「は、はい……」

「うふっ。嬉しいわ、ありがとう。でもね、下層階級の貴方がここにいちゃダメじゃない? 呼ばれてちゃんと来たのは偉いけれど、ここにいちゃあいけないじゃない?」

「はい……」

「それじゃあ、どうするの?」

「い、今すぐ……失礼します」

「ーーーーダメじゃない。貴方は今日の主役なのだから。主役が帰ってはパーティーが出来ないじゃない」

「そうよ」

「何のために今まで我慢したと思っているのですか」

 掴まれたままの両の腕がお二人によって、ぎゅっと力強く握られます。

「っ痛! では……私は、私はいったいどうすれば……」

「そうねぇ……どうすればいいと思う? 貴方達、何かいい考えはないかしら?」

「そうねぇ……。色々とやってみたい事はたくさんあるんだけど、どれがいいかしらね?」

「どれが、と言うより。どれからやるか、と言う問題ではなくって? アレンビー嬢」

「そうね、それがいいわ。では、ローレライ。まずは貴方この薔薇園に足を踏み入れた事を謝罪しなさいよ」

「はい……。この度は私のような下層階級の人間があろう事か由緒正しいこの薔薇園に足を踏み入れてしまいーーーー」

「違う、違う。違うわ、ローレライ! そうじゃない。謝罪をする時は地に頭を付けてからやるものよ。えっと、どこだったかしら……遠い国の謝罪方法だって前に本で読んだ事があるのだけれど……」

「ずっと東の方にある島国の文化ですわね、確か……」

「そうそう! それそれ! それで謝罪してちょうだいよ。この薔薇園を造ったお祖父様もきっとその方がお喜びになるわ! お祖父様は今はもう土に還ってしまってるから、地面に額を擦り付けながらお祖父様のすぐ耳元で謝罪してあげてちょうだいよ!」

「…………」

「聞こえなかったの? ローレライ? ベアトリック嬢が、ニルヴァーナ公爵閣下がお待ちよ。早くやりなさいよ、これ以上待たせては不敬罪に問われるわよ」

「ーーーーああ、教養が足りていないからやり方が分からないのですね。まあ、下層階級の人間じゃあ仕方のない事です。一口に貴族と言っても男爵の爵位なんてあって無いようなものですし、少し金持ちの平民と同じですものね。じゃあ、そんな可哀想なローレライには特別に私が教えてあげますわーーーー」

 そう言うと、ルークレツィア様は私の首を後ろから掴み、地面に向かって押え付けるようにしてきます。アレンビー様もすぐにそれに加わり私は堪える事が出来ず、地面に両膝を着きました。なおも首を押さえ付けられ地面が徐々に目の前に迫ってきます。そこでふと目に入ったのは私自身の膝の辺り、土が付着してすっかり汚れてしまったお母様の形見のドレスでした。

 唯一の形見というわけではありませんがそれでも唯一身に付けられる、常に一緒にいられる大切な形見の品です。

 今まで汚した事なんて一度もなかったのに、それなのに……。









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