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3章 同性愛と崩壊する心

6 交わらない想い

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 やっぱり変ですよね。女の子が女の子に恋をするなんて、好きになるなんて。

 普通じゃないし、絶対に許されない事ですよね。

 でも……。

 私の心はジェシカ嬢を求めている。目の前にいるアンナをジェシカ嬢として見てしまうくらいに。

 そして、重ねられた唇を嬉しいと思い離せないでいる。対処法が分からないなんて嘘。嫌なら突き飛ばせばそれで済むんですから。

 本当は私自身が望んで動かないだけ、もっとこのままでいたいって、そう思っているだけ。

 私がそんな事を考えていると、

「……はぁっ」

 唇を重ねひとつになってからわずか数秒後、アンナはその柔らかくしっとりとした薄い唇をとても名残惜しそうに私の元からゆっくりと遠ざけていきます。

 その心残りや未練といったものの表れなのか、アンナの口からは唾液の糸がのびていて、とても心許ないのですが私とアンナを未だしっかりと繋いでいます。

 ですが、互いの距離が離れていくにつれその繋がりは儚くも脆く薄れていき、やがて、音もなく断ち切られました。

 その事で、私の胸には言い知れぬ不安感や寂しさといった感情が去来します。

 アンナはといえば、私の両腕を未だに掴んだままでいて視線を伏せたままうつむいています。

「ーーーーごめんなさい。お嬢様……」

 と、弱々しい言葉がアンナのわずかに濡れた唇から零れました。

「びっくりしましたよね……気持ち悪いですよね……女の子が女の子にこんな事するなんて。本当にごめんなさい。そんなつもりはなかったんですけど、私自身もびっくりしてて……お嬢様の事がずっと頭から離れなくて、私なんかの事を好きだって言ってくれたのがとっても嬉しくて、でもこんな事考えちゃダメだって思ったんですけど、それでもやっぱりお嬢様の事を考えてしまって、不謹慎にもお嬢様の涙に濡れた瞳がとても綺麗で、それで……あはっ……何言ってんだろ私、バカみたい……」

 支離滅裂な事を言いながらアンナは苦笑いを浮かべます。

 ですが、アンナの言っている事は概ね理解出来ました。私にはアンナの気持ちが手に取るようにはっきりと分かるんです。

 私がジェシカ嬢に恋をしているように、アンナもまたーーーー私に恋をしているのでしょう。

 なぜ私なんかに、とは思いますが。

 それにしても困りましたね。

 私はジェシカ嬢に、アンナは私に。

 完全に想いがすれ違っています。

 そして、私に好意を寄せてくれてその純粋な感情を抑える事が出来ずに行動を起こしたアンナ。そんなアンナの真っ直ぐな想いを私はちゃんと正面から受け止めてあげていない。

 だって、私は頭の中でアンナの事をジェシカ嬢に置き換えていたのですから。自分の都合のいいように現実を塗り替えてしまった。それは言ってしまえばアンナの気持ちを上手く利用したようなもので、アンナの純粋な想いを踏みにじったと言っても過言ではないでしょう。

 つくづく最低ですね、私って。

「…………」

「あの……」

 と、アンナは黙り込んだままの私を見てとても不安そうに呟きました。上目遣いで向けられたその瞳にはうっすらと涙が溜まっていて、私を掴む両腕がわずかに震えています。

 きっと不安で不安で仕方がないのでしょう。自身の中に押し込めていた禁じられた秘めたる想いのその一部分が今回、抑えきれずに漏れ出してしまった。

 怒られるかもしれない。嫌われるかも知しれない。

 そう、思っているんでしょう。

 私としては全然怒っていないし、もちろん嫌ってもいない。少しびっくりはしましたが。

 ただ、どうやってその想いを伝えたものでしょう……。

 私も女の子好きだから気にしないで! とは、さすがに言えませんし。だからと言って私はアンナの気持ちに答えてあげられる訳でもない。

 私は必死に考えを巡らせそして、

「ーーーーびっくりした……。でも……そうね、アンナ。あなたの気持ちとっても嬉しいわ、ありがとう。でもね、こういうのは今回だけにして頂戴ね。じゃないと私、アシューーーーううん、色んな人に怒られちゃいそうだから。だから、よろしくね」

「はい……」

 哀愁が濃く滲んだ瞳で私を見つめるアンナにそう伝え、彼女の左頬にそっと唇を触れさせました。

 それから私達は互いの気持ちを確認し合うように無言のまま静かに抱き合いました。

 私はアンナの熱を肌で感じ、香りを胸いっぱいに吸い込み確信します。

 アンナの事はもちろん好きだけど、私が本当に好きなのはアンナではなくジェシカ嬢なのだと。

 アンナとジェシカ嬢とでは、私の抱いた気持ちに明確な違いと差があるのだと。

 そう自分に言い聞かせるように再確認し、そしてなにより私のこの想いが少しでもアンナの心を傷付けてしまわないように、優しくそして力強くアンナのその小さな身体を抱きしめました。





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