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3章 同性愛と崩壊する心

13 それぞれの朝

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 あれからマイヤーさんにお洗濯の仕方を教えていただき、ドレスを陽の当たらない室内に干したところで御礼を済ませマイヤーさんとはお別れしました。

 私としてはドレスを外に干す気でいたので、マイヤーさんが室内にドレスを干し始めた時はびっくりしました。洗濯物は晴れた日のお日様の下で柔らかな風を受けて揺れているイメージが強かったので、てっきりそうするのが一般的なんだろうなって思っていたのですが、色々とやり方があるみたいですね。

 まだまだお勉強不足なようです。

 洗い場から出た私はすっかりと闇が追い払われた廊下を物音を立てぬよう慎重に歩きながら窓の外へと視線を送ると、遠くの山の陰からお日様が顔を覗かせようとしているところでした。

 世界が闇から光へと転じる瞬間、ですね。

 マイヤーさんと過ごした時間はほんの僅かな時間だったように思うのですが、意外と長い間お話していたようですね。

 それはたぶん私がマイヤーさんの事をお母様のように見ている節があって、マイヤーさんとお話するのをいつも楽しみにしているからでしょうね。それにしても楽しい時間というものはどうしてこんなにも早く過ぎ去ってしまうのでしょう。楽しい時間こそゆっくりと流れてくれればもっといっぱいいっぱい楽しめるのに。

 世の中そう上手くはいかないものですね、何事も。

 それと少し気になったのですがマイヤーさんは私と別れた後、自室に戻らずにキッチンの方へと向かったのですがまだ何かやる気なのでしょうか?

 先ほどの会話の中でマイヤーさんはお母様に触発されて自身の仕事以外の事もこなすようになったと言っていましたが、それは今も続いている事なのでしょうか?

 だとしたら毎日いったいどれだけの量の仕事をこなしているのでしょう。睡眠はきちんととれているのでしょうか?。

 そもそもが朝早くに起きて仕事に取り掛かる筈なのに、他の方達がまだ起床してもいないこんな時間から仕事に取り組んでいるだなんて正直驚きですし、なんだか尊敬してしまいます。私も負けないように頑張らないと。

 マイヤーさんはお母様に負けないように、私はマイヤーさんに負けないように、ですか。

 たとえ逆立ちしたってマイヤーさんには勝てっこないですから、この勝負はかなり分が悪いと言えますね。

 でもこういうのは、勝てそうだからやるとか、負けそうだからやらない、とかじゃないんですよね、きっと。やらなければいけない事なんです。

 そんな決意をしている間にも窓の外の景色は次第に光溢れるものへと変化していき、今すぐにでも朝の到来を知らせる鳥の鳴き声がそこら中から聞こえてきそうです。

 皆さんが起床してくる前に早く自室に戻らなければ。

 私は気持ちの焦りが見事に現れた足取りで自室へと戻りました。

 一方、部屋へと戻った私を待っていたものは誰にも邪魔されずに熟睡できた事がよほど嬉しかったのか、いつにも増して朝日を反射し白く輝くベッドシーツでした。

 朝日にも負けないくらいの輝かしい笑顔を浮かべるベッドシーツの上に今さら横になるのはどうにも気が引けてしまい、自室をそのまま彷徨うようにふらふらと歩き窓際に置かれた椅子へと腰を下ろしました。

 窓の外に広がる新鮮な朝の景色に目を細めていると、つい先ほどキッチンへと向かった筈のマイヤーさんが庭先へと姿を現しました。

 次いで、髪の毛がやや爆発したアンナが洗濯カゴを抱えてやって来て、非常にふらふらとしたおぼつかない足取りでマイヤーさんの元へと運んでいる様子でした。

 マイヤーさん。きっとアンナの事をかつての自分のように見ていて色々と気を回してくれているのでしょうね。

「頑張って、アンナ。今は辛いかもしれないけれど、その先にはきっとあなたが望む幸せな未来が待っているから……」

 そんな私の呟きを誰かに届けるように二羽の雀が大空へと飛び立って行きました。

 私はそのままゆっくりとまぶたを閉じました。



 



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