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4章 おまじないがもたらすモノ

4 おまじない

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 珍しく興奮気味なアリーお姉様。深呼吸を何度か繰り返し、気持ちを落ち着けているご様子です。

 私はアリーお姉様の気持ちが落ち着くのをただ静かに待ち構えます。

「ーーふう、そうね。私は今とある二つの事象でとても驚いているのだけれど、知りたい? 知りたい? 知りたいとしたらどちらを知りたい? こっち? それとも、あっち?」

 つい先ほど、アリーお姉様は私とお母様がそっくりになっていて驚いた。あと、おまじないが消えているから驚いた、ともおっしゃっていましたが……これはいったい……。

 先ほどおっしゃった事とはまた別の話をしているのでしょうか?

 考えていても仕方がないので私はとりあえず『あっち』の方を選んでみることにしました。

「それでは……『あっち』の方でお願いします」

「そう、『あっち』を選ぶのね。そうか、そうか。じゃあ、私がびっくりした『あっち』というのはね。私が以前……もう何年前になるのかしら? あなたがまだとても小さな頃に掛けたおまじないがあるのだけれど、今現在そのおまじないが消えてしまっているのよ。ほらっ、覚えていない? この部屋で一緒におまじないを掛けた時の事。妙な言葉を延々と繰り返してあなたにエネルギーを送った事……」

 覚えています。それはそれはとても鮮明に。

 当時、確か私が七歳になるくらいの頃にアリーお姉様とやったお遊びです。

 今ほどではないせよ、その頃からすでにアリーお姉様は他の人とは明らかに違ってかなり個性が強かったので、私はまたアリーお姉様が突飛な事をし始めたのだと内心ハラハラしながら事の顛末を最前線で見守っていたのです。

 聞くだけで恐ろしくなるような不気味な呪文のような言葉を十分ほど聞かされて、顔、両肩、腰、両膝、最後に胸の中央をそっと触られてどうやらその儀式めいた怪しげな何かは終わりを迎えたようでした。

 その時の私はどう対処したものかとさんざん悩んだ挙句『うわー! やられちゃったー!』と、必死のリアクションをとったのですがその後、笑いが起こるでもなくアリーお姉様にスルーされてしまった事は、幼心には耐え難いかなり強烈なトラウマを残す結果となってしまいました。

 今、改めて思い返しても胸が痛くなります。

 それと、『あっち』と『こっち』のくだりについてはもはや触れる必要もないでしょう。アリーお姉様の事なんですから……いつもの個性がまた出ただけの事です。それよりもおまじないについて単純に質問したかったので『あっち』の方を選んで正解でした。

 万が一、『こっち』を選んだ後に訪れるであろう沈黙が今考えると怖くて仕方ありません。

 と、それはさておき。おまじないが消えているとはどういう事なのでしょうか?

「あの……アリーお姉様?」

「なに? もし質問等があるのなら小一時間以内に収まる内容にしてくださいな」

 私が抱える疑問を全てアリーお姉様に問いかけても、それほどの容量はないので聞き放題という事ですね。

「はい。さっきアリーお姉様がおっしゃった、おまじないが消えているとはどういう事ですか? 昔やったお遊びの事を私が忘れているといった事でしょうか?」

 そうだとしたら私はちゃんと覚えていますよ、アリーお姉様。

 私の一番の古傷なんですから。

「ーーああ、その事。そうね、消えているの。あなたを守るために掛けたおまじないが、ね」

 アリーお姉様は天井へと視線を移し、そうおっしゃいます。

 私を守るため? そのおまじないごっこで私は一生ものの傷を負ったのに……。

「守る、と一言で言ってもそれは本当に様々よね。危険に遭遇しないように見守る、実際の脅威から護る、もっと直接的に衛る、とも。そして私があなたに掛けたおまじないは反射というもの。それが今、あなたから消えているという事は……」

 アリーお姉様はやや顔をしかめるようにして天井を見つめます。

「ーーレライ、あなた……。最近とても危険な目にあったんじゃない?」

 と、静かにそうおっしゃいました。




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