グレーな聖女の備忘録〜国や家族の歴史とかって本当に大切なんだからきちんと後世に伝えてよね!

清水花

文字の大きさ
13 / 19

12 リチャード・ワイズマン

しおりを挟む
「ーーーーはぁっ、はぁっ、はぁっ!」
 私はぶ厚い雲の切れ間から差し込む一筋の光を目指し、ひた走る。
 光が差し込んでいるという事はあの一点に限って言えば、この馬鹿げた天候が及ばぬという事になるはずだ。
 事実、そんな保証はどこにもないし光が差し込んでいるからと言って、その周辺だけが晴れているだなんて考えにくいが、今は少しでも可能性のある方に掛けたい。あまりに馬鹿げた判断かもしれないが今はそれでいい。
 今は悠長な事を言っている場合ではない。
 何よりさっき雲の切れ間から一瞬見えた燃える赤い月。アレが本当にここに向かって落ちてきているのだとするのなら、そちらに向かって走るのはそれこそあまりに馬鹿げた判断だといえるだろう。
 私は死なないーー死にたくない。たとえどんなに低い可能性だろうと、それにしがみついて生き抜いてやる。
 私と同じ考えをした者なのか、光に向かって走る者が数人見受けられる。
 なりふり構っていられないといった風に、無様な表情で走っている。
 まぁ、その気持ち自体は分からないでもない。どんな時も死は受け入れ難い。ましてそれが自身の死ともなれば尚のことだ。
 その時、悲鳴を上げながら後方から私を追い抜き走り去る男が現れた。
 その男の後頭部を見つめ私は思う。この男も自身の死を受け入れられず必死なのだろう。なりふり構っていられないのだろう。
 だが、
「王太子である私を差し置いて逃げるバカがどこにいるっ!」
 私は男の首根っこを掴んで力いっぱいに引っ張った。
 バランスを崩した男は後ろ向きに倒れ地面を転がっていった。
 馬鹿め。なりふりは構わんが、身の程くらいは弁えろ。だからそんな目に遭うのだ。
 私と貴様では命の価値が違うのだ。
「聖女様だっ! 聖女様を国から追い出したからだっ! だから神がお怒りになったんだ!」
「捜せっ! だれか聖女様を連れ戻すんだ!」
「これがっーーこの馬鹿げた天候こそが言い伝えの『悪魔の怒り』なんだ! 奇跡の聖女はやっぱり本物だったんーー」 
 戯言をのたまうイカれた聖女の信者をぶん殴ってやった。
 何がこの馬鹿げた天候こそが悪魔の怒りだ。この天候はたまたま何かが重なってこんな事態になっているだけの事。
 馬鹿げているのはお前の頭の方だとなぜ気が付かんのだ。
 ……馬鹿だからか。
 それから私は前を走る鬱陶しい愚民共を蹴散らしては真っ直ぐに光の元へと走った。

 空気が変わった。
 いや……世界が変わったといった方が的確か?
 何が起きたのかは知らないが、どうやら私を取り巻く環境ががらりと変わってしまったらしい。
 その変化の境界線はすぐ近くにあると、直接肌で感じる。
 数メートル後ろはさっきまでの地獄で、私が今いる所はいつものありふれた日常が広がっているようなーーそんな感覚。
 その証拠に先ほどまで王都を襲っていた危険な天候も今は嘘のように静まりかえっている。
 ぶ厚い雲が取り払われ青空が所々に顔を覗かせている。
「ーーーーっ!」
 赤く燃える月は⁉︎
 赤の月はどこにいった?
 私は空をくまなく探したが、あの恐ろしい赤の月はどこにも見当たらなかった。
 良かった。あんなものが落ちてきたのでは、如何に強固なハイランド王国といえど壊滅してしまいかねない。
 日の光が指し示す場所まであと少し。これだけ穏やかな天候ならもう急ぐ必要もあるまい。後はゆっくりと歩いて行こう。
「ーーどけっ! 邪魔だ! 私が来たのが分からんか⁉︎」
 光が差し込む場所を取り囲む多くの邪魔な愚民共を蹴散らし、私は前に前に進んでいく。
 と、そこで私は意外な人物の姿を目撃した。
「お前は……セシリア・ホーリーズ? お前は国を出たはずだろう、こんなところで何をしている?」
 私の問い掛けに対しセシリア・ホーリーズは俯き、ばつが悪そうな表情を浮かべる。
「殿下……これはその……」
「言えない事なのか? というより、この騒ぎはいったいなんだ? なぜ皆ここに集まっているのだ?」
「リチャード様。私達は皆、悪天候から逃れるため必死に逃げ回っておりました」
「そうです。それで雲の切れ間から差し込む一筋の光を見つけ、藁にもすがる思いでここまで走って来たんです」
「みんながみんな、救いを求め光を目指して一堂に集まった。そこにいたのが聖女セシリア様なんです」
「やはりセシリア様の……ホーリーズ家のお力は本物なんじゃないですか?」
「僕もそう思う。さっきみたいな酷い天候、どう考えたって普通じゃないよ。やっぱり」
「聖女様が王都を出た途端の出来事じゃし、また王都に戻られた途端に事態が収束してしまったんじゃからのう……」
「やっぱり奇跡の聖女は本物なんだ」
「あの噂自体が間違っていたんだ」
「奇跡の聖女ーーーー」
「ホーリーズ家ーーーー」
「悪魔の怒りーーーー」
「聖女の力ーーーー」
「アグネス様ーーーー」
「アリシア様ーーーー」
「聖女ーーーー」
「聖女ーーーー」
「待て待て待てぇぇぇい! 聖女? まだそんな事を言っているのか貴様ら! 奇跡の聖女など存在しない! 今の状況だって、たまたま天候が変わったタイミングにセシリアが現れただけの事。皆、目を覚ませ! これこそがホーリーズ家の悪しき手口なのだぞ⁉︎」
「ーー皆さん、殿下のおっしゃる通りです。私達、ホーリーズ家には奇跡の聖女の力なんて本当はありはしないのです」
「ほらみろっ! 私が言った通りではないか! 皆、自身の耳で確かに聞いただろう? 奇跡の聖女の力なんて無いと本人が認めたのだ」
「殿下、申し訳ありません。一度は確かに王都から出たのですが、大切な物を屋敷に忘れてしまい一時的に取りに戻っただけなのです。私達はすぐに国を出ますのでどうぞお許し下さい」
「ふんっ! ペテン師め、少し目を離したすきに民を手玉にとろうとしおって。油断も隙もあったものではない。用が済んだのならさっさと国を出ろ。目障りだ」
「はい……」
「ふんっ! 私は城に帰るっ!」
 あぁ、気分が悪い! あいつばかり民に支持されおって。王族よりも目立つとはいったい何様のつもりだ。厚かましいにも程がある。
 今日は本当に最悪な日だ。城に帰って酒でも飲もう。 
 










しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

王家を追放された落ちこぼれ聖女は、小さな村で鍛冶屋の妻候補になります

cotonoha garden
恋愛
「聖女失格です。王家にも国にも、あなたはもう必要ありません」——そう告げられた日、リーネは王女でいることさえ許されなくなりました。 聖女としても王女としても半人前。婚約者の王太子には冷たく切り捨てられ、居場所を失った彼女がたどり着いたのは、森と鉄の匂いが混ざる辺境の小さな村。 そこで出会ったのは、無骨で無口なくせに、さりげなく怪我の手当てをしてくれる鍛冶屋ユリウス。 村の事情から「書類上の仮妻」として迎えられたリーネは、鍛冶場の雑用や村人の看病をこなしながら、少しずつ「誰かに必要とされる感覚」を取り戻していきます。 かつては「落ちこぼれ聖女」とさげすまれた力が、今度は村の子どもたちの笑顔を守るために使われる。 そんな新しい日々の中で、ぶっきらぼうな鍛冶屋の優しさや、村人たちのさりげない気遣いが、冷え切っていたリーネの心をゆっくりと溶かしていきます。 やがて、国難を前に王都から使者が訪れ、「再び聖女として戻ってこい」と告げられたとき—— リーネが選ぶのは、きらびやかな王宮か、それとも鉄音の響く小さな家か。 理不尽な追放と婚約破棄から始まる物語は、 「大切にされなかった記憶」を持つ読者に寄り添いながら、 自分で選び取った居場所と、静かであたたかな愛へとたどり着く物語です。

死に戻りの魔女は溺愛幼女に生まれ変わります

みおな
恋愛
「灰色の魔女め!」 私を睨みつける婚約者に、心が絶望感で塗りつぶされていきます。  聖女である妹が自分には相応しい?なら、どうして婚約解消を申し込んでくださらなかったのですか?  私だってわかっています。妹の方が優れている。妹の方が愛らしい。  だから、そうおっしゃってくだされば、婚約者の座などいつでもおりましたのに。  こんな公衆の面前で婚約破棄をされた娘など、父もきっと切り捨てるでしょう。  私は誰にも愛されていないのだから。 なら、せめて、最後くらい自分のために舞台を飾りましょう。  灰色の魔女の死という、極上の舞台をー

「醜い」と婚約破棄された銀鱗の令嬢、氷の悪竜辺境伯に嫁いだら、呪いを癒やす聖女として溺愛されました

黒崎隼人
恋愛
「醜い銀の鱗を持つ呪われた女など、王妃にはふさわしくない!」 衆人環視の夜会で、婚約者の王太子にそう罵られ、アナベルは捨てられた。 実家である公爵家からも疎まれ、孤独に生きてきた彼女に下されたのは、「氷の悪竜」と恐れられる辺境伯・レオニールのもとへ嫁げという非情な王命だった。 彼の体に触れた者は黒い呪いに蝕まれ、死に至るという。それは事実上の死刑宣告。 全てを諦め、死に場所を求めて辺境の地へと赴いたアナベルだったが、そこで待っていたのは冷徹な魔王――ではなく、不器用で誠実な、ひとりの青年だった。 さらに、アナベルが忌み嫌っていた「銀の鱗」には、レオニールの呪いを癒やす聖なる力が秘められていて……?

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...