まだ余命を知らない息子の進吾へ、親から生まれてきた幸せを…

ひらりくるり

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第1章 親から幸せを…

第23話 進吾と共に駆ける

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運動会はお昼休憩に入った。トコトコとゆっくり歩いてくる進吾の表情は下を向いて未だ見えない状態だ。
「進吾、お疲れ様。頑張ったね」

そんな息子に親からはただただ明るい言葉をかけるしかなかった。

「まけちゃった……」

小さな声で言う進吾の顔はぐっと涙を流すのをこらえていた。進吾にとっては最後で最期の運動会。きっとそれは本人も自覚しているからこそ、他の子よりも気合いが違ったのだ。

「なぁ、進吾。話したいことがあるけど、その前にまずはご飯でも食べようか」

そう意気揚々とお弁当箱を置いて言った。中には進吾の大好きな唐揚げや卵焼き、他にも1口サイズのおにぎりに、ブロッコリーやトマトなどの野菜、デザートにりんごとみかんが入ったお弁当だ。実は今朝、私がお弁当を作っている時、旦那も何か手伝いたそうにしていたので、おにぎりと果物のりんごやみかんをカットをしてもらっていた。

「どうだ、進吾?りんごをうさぎの形にしてみたんだ」

うさぎとは思えない不恰好な形のりんごもあるが、全て旦那のものだ。しかし最初こそ上手くできていなかったものの、徐々に慣れてきて、綺麗な形で作れるようになってきた。そのため綺麗な形のりんごも多くあった。しかし、旦那の明るさとは対照的に進吾は大人しく泣いていた。


そんな様子の進吾に旦那は"あること"を伝えた。すると進吾は納得したかのような表情をし、顔に笑みが出てきた。

「じゃあがんばる。だけど……」

進吾もまた1つ言い、午前中のような明るさを取り戻した。そしてやっとお弁当をパクパクと食べ始めた。その間も進吾が悲しい表情を浮かべることはなかった。数十分して食べ終えると、元気に応援席に駆けていった。

「本当に大丈夫かな……」

心配と不安、そして緊張が全身に走った。その原因は紛れもなく、進吾が旦那に言ったことだろう。


午後の部が始まり、応援合戦が行われた。その後には、5年生や6年生のリレーも終わり、今は色別対抗の大玉送りが始まろうとしている。みんな色ごとに列をなして大玉が来るのを待っていた。

「進吾ギリ見えるかな」
「まあこれは見えなくてもしょうがないな」

人がズラっと4列程に並んで集まっているため、どうしても埋もれてしまう。場所を変えるかどうか考えていると、旦那がサラッと少し離れた場所に移動していた。手を振っていたので私もそこに移った。

 「おーい、そろそろ始まるってよ」

開始のアナウンスと同時に大玉がフワフワとみんなの上に落ちてきた。落ちてきたタイミングで手を上にあげ、自分たちの後ろに送る。進吾も手を高く上げ、必死に後ろへ繋いでいた。

「あー、ボール落ちちゃったー」

後ろに真っ直ぐ送るのは難しいらしく、他の組も何度も落ちては、落下地点から再開して大玉を送り直していた。一番後ろまでいくと、さっきまできた道を戻り、スタートした位置まで飛ばしていく。少し経つと、早くもゴールしたチームが現れた。続けてまたもう1組が送り届け、次に進吾たちの組が終わり、結果は3位となった。


大玉送りと残っていた他の競技も終わり、とうとう運動会最後の種目、保護者リレーが幕を開けた。

私はグラウンドに足を着け、ゆっくりと深呼吸をする。私を見つけると、進吾は笑顔で歩み寄ってきた。

「ありがと」
「いいけど、私で良かったの?」

話は昼休憩の時のことだ。旦那が進吾に言った"あること"……

「進吾、ノートに書いてあったのは"運動会で1位を取ること"であって、別に"かけっこで取る"とは書いてなかったんだ。それなら1位をとるのは別に保護者リレーでも良いんじゃないか?それだったら俺も走って一緒に走って1位を取りに行けるぞ」

思い返せば確かにそうだった。1位を取るのはかけっこに限定されていなかった。だからこそ、この保護者リレーで全てが決まる。残された最後で最期の1手なのだ。しかし、なぜか旦那が走ると言ったところ進吾がこう言い返していったのだ。

「じゃあがんばる。だけど……パパとじゃなくてママと走る」
「え?私?パパの方が足速いし勝てると思うよ?」
「いやいい」

あんなに旦那に懐いていたのだから、一緒に走って1位を取るものだと思っていた。ところが進吾は変わらず私と走ることに決めたのだ。任されたからにはもちろん奮闘するが、なぜ私なのか、何を考えているのかが分からない。

「とりあえず進吾、勝とうね」
「うん」

待っている間、準備運動をしていると、ふと気づいたことがある。それはどの家族も笑顔で仲良くほのぼのとしているのである。子供と共に競技を楽しんでいた。そして進吾はそれをボーッと眺めていた。その光景を見て私は今までの謎であった進吾の行動や意図が分かったかのように思えた。だから私も進吾に言わなければならない。進吾に近づいてしゃがみ、微笑んで言う。

「ううん、進吾。やっぱ"一緒に"楽しもうね」
「うん!」

きっと進吾は伝えられなかっただけだ。"もっと一緒に遊んでほしい"って。私は今まで傍観者であることが多かった。動物園に行った時も……家にいた時も……でもその代わりに旦那は常に進吾と同じ目線に立って一緒に楽しんでいた。きっとその差が無意識に私との距離を作っていたのだ。子供にとっての幸せ…きっとそれは"同じ目線で一緒に遊ぶこと"。大人とは確かに違った考え方だ。そう思うとあのテレビのインタビューで聞いたことがスンと府に落ちた。

いよいよ私たちの番へと回ってきた。前の人からバトンを受け取り、強くバトンを握り締め、前へ前へ進吾と共に駆けて行った。
自然と身体が軽くなったような気がする。前よりも足が軽く、心も晴れて自然と笑顔になれていた。幸運なことにまだ前には誰もいない。

「進吾!ゴールまであとちょっとだよ!」
「うしろからきてる!」
「大丈夫!走り切るよ!」

10メートル程先のゴールに向かって、私たちは全力で走る。ほんの少し横を見れば視界に写るほど、差が縮まってきていることが分かった。だが、それを気にしてるほどの余裕はない。前を向き、必死に足を動かす。

ゴールまで残り5メートルのところになった。

「そのままだー!いけるぞー」

集中していて上手く聞き取れなかったが、旦那の声が微かに聞こえた気がする。その声援を糧に、真っ直ぐ前を見て、私と進吾は一歩一歩と走り続ける。


無我夢中に走った末、バンという終わりを知らせる音が鳴った。その時に何かが私の腰に引っかかっていた。

見てみれば、それはゴールと赤い文字で書かれた白い帯。私たちがゴールテープを切っていたのだ。
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