まだ余命を知らない息子の進吾へ、親から生まれてきた幸せを…

ひらりくるり

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第2章 子から幸せを…

第31話 見ざる言わざる聞かざる

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翌朝、進吾や旦那よりも早く起き、身支度を済ませた。そして寝ている進吾の額に、恐る恐る手を当ててみる。すると額は特に熱いわけではなく、熱は下がっているように感じた。とりあえずホッとひと安心した。しかし、熱を出した原因が未だに分からない。

「ご飯…?いやでもアレルギーもないし、もし何かに当たったとしても、熱だけの症状じゃない」

子供は熱が急に出やすく、一気に冷めることもあると昨日調べたときに見た。疲れて熱が出るということもあるらしいので、きっとそれだろう。

だが、癌による熱の可能性もまだ拭えきれないのだ。これが頻繁に起こるのならば、症状が進行してきていることになってしまう。進吾の余命もあと約2ヵ月になってしまった。これからはもっと注意深く進吾の体調を見ていく必要があると気づかされた。

「おぉ、起きてたのか。おはよう」
「おはよ。進吾の熱は下がってるみたい」
「それなら良かったよ。まあ進吾が起きてから色々聞くか」

そのまま旦那は部屋にあるお風呂に入っていった。そう、栃木県と言えば鬼怒川温泉。傷を治すと言われている名湯だ。関節痛や筋肉痛などの身体的な傷だけでなく、疲労回復や健康増進などの効果もあるとされている。旦那は長時間運転してきて疲れたこともあってか、何回か温泉に浸かるようにしている。

「体調が良くなってたら、進吾もお風呂に入れなきゃかな」

そう思いつつ、窓を開けた。鳥の声も聞こえ、自然豊かな空間を目の当たりにし、癒されることにした。

朝食まで残り40分程になると、進吾が起きた。

「おはよー」
「おはよ」

進吾は起きて冷蔵庫にあるお茶をすぐに飲む。真っ直ぐ歩けている様子からも体調は良くなったのかもしれない。念のため本人に聞いてみることにした。

「進吾、体調は大丈夫?」
「うん!たぶんだいじょーぶ」

表情も明るいことから体調は良くなったのだろう。しかし、何かあったときに困るため、旦那と相談して時折休憩を挟み、ゆっくり回ることにした。またホテルに戻る時間も予定より早めにすることにした。

ホテルでの朝食も食べたところで、日光へと早速向かうのだが……
「おなかくるしい」
「俺もきついなー」

食べ過ぎた弊害か、2人ともややテンションが低い気もする。お腹に手を当てながら車まで歩いていた。だが車に乗り、エンジンをつけた途端、2人のテンションにもエンジンがついた。

「いざ、日光へ出発するぞー」
「おー!」
「おー…さっきまでの腹痛はどこへ?」


近くの駐車場に車を停め、階段を上り、日光を目指す。

「あっ、ここの道見たことあるかも」
「このまま真っ直ぐ行けば到着だぞー」
「たのしみたのしみ!」

横幅の広い大きな道に出た。そして右手側を見ると、そこには"東照宮"と書かれた石の柱に、奥にある巨大な鳥居が参道から来る人たちを出迎えてくれる。石鳥居をくぐってすぐ左側には鮮やかな朱色の五重塔がそびえ立っていた。

「たかーい」

高さ36メートルの塔が私たちを見下ろす。そのもとで写真を撮り、メインの東照宮へと入っていった。


入って少し歩くと木造の小屋の周りに人が集まっていた。

「なんだ?何を見てるんだ?」
「あーあれだよ!サル!」

"見ざる、言わざる、聞かざる"で有名な三猿だ。目を塞ぐ猿、口を塞ぐ猿、耳を塞ぐ猿がそれぞれ小屋に彫刻されている。

「あー聞いたことあるな。これか」
「なんで目とか口ふさいでるの?」

と聞かれると旦那は瞬時にスマホを取り出し、意味を検索する。そして、元々知っていたかのようにスマホを後ろに隠し、説明し始める旦那。

「これはね、子供が悪いことを"見ない、言わない、聞かない"で立派に育つようにって意味が込められてるんだよ」
「へぇーそうなんだ。そんなことしってるんだね」
「まあまあそれほどでも」
「やっぱスマホってすごい」
「あ、バレてた?」

進吾は曇りのない表情で大きくうなずく。だが、旦那が調べてるときは三猿をずっと見ていた。きっと元から知ってると期待していなかったのかもしれない。


道なりに行くと石の鳥居、そして階段を上った先にある白と金色で輝く門があった。これが日光東照宮だ。

「きれー!」
「ここから写真撮ると鳥居と一緒に写っていいな」

周りの建物とは一線を画した堂々たる態度が私たちを魅了する。鳥居をくぐり、階段を上がった場所は、開けた場所だった。真っ直ぐに行くと日光の本殿と徳川家康の墓がある。だが、どうやら龍の鳴き声が聞こえると噂の大きな建物が左手の方にあるらしく、本殿よりも先に興味が湧いてきた。

「気になるよね。龍の鳴き声」
「こわいやつ?」
「そんなお化け屋敷とかじゃないから大丈夫だよ」

せっかくなので試しに入って聞いてみることにした。列に並び、中に案内された。

天井には龍が描かれていた。暗くてはっきりとは見えなかったが、お坊さんが四角い木の棒のようなものを叩いた。叩いた瞬間キンと高い音が鳴った後、天井の龍の口辺りからカラカラと音が鳴っている。

「本当だ。音が聞こえるね」
「口のとこからきこえるよ」

次に他の場所で同じように叩くことになった。けれど龍は鳴かなかったのだ。

「えーなんでなんだー」

進吾も驚きの出来事に興味津々だ。元の場所で何度も叩いていたが、変わらず龍の口の辺りで音が鳴る。一定の場所でしか龍は鳴かないらしい。

数分後には案内が終わり、先ほどいたお寺を離れて外に出た。

「凄かったねー」
「もっとこわいこえだとおもってた」

実際の鳴き龍の声はブルブルのような特殊な声だった。私では言葉では上手く表現できない。そう私たちが感想を言っていると旦那は腕時計を確認し、辺りを見回した。

「ちょっと休もうか。ずっと歩いてばっかだったし」
「はーい」
「そうね。場所でも探そうか」

適宜休憩を入れて、進吾の体調を崩さないように努めた。
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