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1章 人質姫が人質でなくなってから
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晩餐会の後、シャーロットは自室の応接セットに腰掛けて、冷めた紅茶を口にしていた。
ソファの向かいには、今後の打ち合わせのためフレッドとコーディが座っていて、同じく冷めた紅茶を口にしているがフレッドはなんだか元気がないように思えた。
「フレッド様、お疲れでしたら打ち合わせは明日にいたしましょうか?」
フレッドはゆっくりと、テーブルの上の書類から顔をあげる。
「ううん。大丈夫。一週間しかないんだから、効率よくスケジュールを立てないといけないし」
そう言って微笑むフレッドは、やっぱり元気がない。
「コーディさん、悪いけどシャーロットちゃんの方の補助に回ってもらってもいいかな? 本来ならコーディさんは講義には参加しないはずだったから、仕事の手を止めて申し訳ないけど……」
「いや、それくらいお安い御用だが……。その分の皺寄せはフレッド殿の方に行ってしまうが、大丈夫か?」
それを聞いて慌ててシャーロットが口を開く。
「いいえ! 叔父様。私は一人で大丈夫ですので、お仕事はそのまま進めてくださいませ」
シャーロットが否定の言葉を述べると、フレッドとコーディの二人はチロリとシャーロットを見た。
「……フレッド殿、わしはシャーロットと講義に出ることとしよう」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「わかってない女王様には、監視がついていないと心配だからな」
「ほんとにねぇ。大丈夫じゃないってわかっててくれたら、少しは安心するんだけど」
ふー、と二人はため息をついた。
「もぉっ! 酷いですわ。フレッド様も叔父様も。私だって、きちんとできますのに」
「はいはい。シャーロットちゃんは、ちゃーんとできますよ。もちろんわかってるよ」
フレッドは怒っているシャーロットの頭を撫でた。
「では!」
「でもだめ。シャーロットちゃんはちゃんと公務をこなすと思う。でも、エドワード殿が何か言ってきても躱せないだろう?」
シャーロットは首を傾げる。
「何かって、なんですの?」
「うん。そういうところだよね。シャーロットちゃんは、他のご令嬢と同じように、社交界で男と話す機会があまりなかったから、慣れていないだろう? だからダメなの!」
「でも、でしたらフレッド様だって、私が見たパーティーではご令嬢とお話しているところは見ませんでしたわよ?」
「オレは、ランバラルドでは浮名を流してたくらいだから大丈夫。海千山千、千軍万馬、どんなご令嬢とも渡り歩けるよ」
フレッドは確かにランバラルドに居た頃は、あちらこちらのご令嬢を渡り歩いていた。
しかし、シャーロットと知り合ってからは、ぱったりと遊びをやめていたため、シャーロットはそのことをあまり知らない。
フレッドからそれを聞いたシャーロットの瞳に、影が走る。
「ほんとうですの?」
「そ。だから、オレのことは気にしないでコーディさんについて行ってもらってね」
「……わかりました」
そんな二人の様子を見て、コーディは嵐が来ることがないように祈るばかりだった。
翌日、早速二手に別れて技術交流が始まった。
城の中に部屋を取り、それぞれの技師や技術習得希望者各10名程度がそこに入った。
シャーロットは機関車に興味を持つ青年10人、そしてコーディと一緒に、講義を聞くことになっている。
エドワードは教壇に立ち、黒板に簡単な機関車の見取り図を書いた。
「詳しくは、もう少し後の講義でやりますので、今は略式の見取り図で我慢してください。機関車は、ここで湯を沸かします。そして、発生した蒸気を動力源にして走行します。火室で石炭などを燃やして燃焼ガスを作りますが、ボナールには炭鉱はありますが小規模なので、機関車を走らせるのでしたら、デイデアから輸入するか、マジール王国から火の魔石を購入するのがいいでしょう」
参加者から質問が飛ぶ。
「作るのも保持するのも大変そうな物ですが、どれくらいの利便性が得られますか?」
エドワードは、話の途中で口を挟まれたことにも嫌な顔をせずに答える。
「時速100キロほどのスピードで走ります」
「時速って、なんですか?」
「1時間に機関車が走れる距離です」
「100キロ? って、どのくらいの距離だ?」
答えられずオロオロするシャーロットの代わりに、コーディが口を出す。
「この王城からセルジオ侯爵領くらいまでだな」
おおーっ!
実際の距離を提示されて感嘆の声が漏れる。
「これがあれば田舎の母にも簡単に会いに行ける!」
「作物を売りに行くのも楽になるぞ!」
活気付いた講習室内を見て、機関車の導入を決めて良かったと思うシャーロットであった。
ソファの向かいには、今後の打ち合わせのためフレッドとコーディが座っていて、同じく冷めた紅茶を口にしているがフレッドはなんだか元気がないように思えた。
「フレッド様、お疲れでしたら打ち合わせは明日にいたしましょうか?」
フレッドはゆっくりと、テーブルの上の書類から顔をあげる。
「ううん。大丈夫。一週間しかないんだから、効率よくスケジュールを立てないといけないし」
そう言って微笑むフレッドは、やっぱり元気がない。
「コーディさん、悪いけどシャーロットちゃんの方の補助に回ってもらってもいいかな? 本来ならコーディさんは講義には参加しないはずだったから、仕事の手を止めて申し訳ないけど……」
「いや、それくらいお安い御用だが……。その分の皺寄せはフレッド殿の方に行ってしまうが、大丈夫か?」
それを聞いて慌ててシャーロットが口を開く。
「いいえ! 叔父様。私は一人で大丈夫ですので、お仕事はそのまま進めてくださいませ」
シャーロットが否定の言葉を述べると、フレッドとコーディの二人はチロリとシャーロットを見た。
「……フレッド殿、わしはシャーロットと講義に出ることとしよう」
「そうだね。よろしく頼むよ」
「わかってない女王様には、監視がついていないと心配だからな」
「ほんとにねぇ。大丈夫じゃないってわかっててくれたら、少しは安心するんだけど」
ふー、と二人はため息をついた。
「もぉっ! 酷いですわ。フレッド様も叔父様も。私だって、きちんとできますのに」
「はいはい。シャーロットちゃんは、ちゃーんとできますよ。もちろんわかってるよ」
フレッドは怒っているシャーロットの頭を撫でた。
「では!」
「でもだめ。シャーロットちゃんはちゃんと公務をこなすと思う。でも、エドワード殿が何か言ってきても躱せないだろう?」
シャーロットは首を傾げる。
「何かって、なんですの?」
「うん。そういうところだよね。シャーロットちゃんは、他のご令嬢と同じように、社交界で男と話す機会があまりなかったから、慣れていないだろう? だからダメなの!」
「でも、でしたらフレッド様だって、私が見たパーティーではご令嬢とお話しているところは見ませんでしたわよ?」
「オレは、ランバラルドでは浮名を流してたくらいだから大丈夫。海千山千、千軍万馬、どんなご令嬢とも渡り歩けるよ」
フレッドは確かにランバラルドに居た頃は、あちらこちらのご令嬢を渡り歩いていた。
しかし、シャーロットと知り合ってからは、ぱったりと遊びをやめていたため、シャーロットはそのことをあまり知らない。
フレッドからそれを聞いたシャーロットの瞳に、影が走る。
「ほんとうですの?」
「そ。だから、オレのことは気にしないでコーディさんについて行ってもらってね」
「……わかりました」
そんな二人の様子を見て、コーディは嵐が来ることがないように祈るばかりだった。
翌日、早速二手に別れて技術交流が始まった。
城の中に部屋を取り、それぞれの技師や技術習得希望者各10名程度がそこに入った。
シャーロットは機関車に興味を持つ青年10人、そしてコーディと一緒に、講義を聞くことになっている。
エドワードは教壇に立ち、黒板に簡単な機関車の見取り図を書いた。
「詳しくは、もう少し後の講義でやりますので、今は略式の見取り図で我慢してください。機関車は、ここで湯を沸かします。そして、発生した蒸気を動力源にして走行します。火室で石炭などを燃やして燃焼ガスを作りますが、ボナールには炭鉱はありますが小規模なので、機関車を走らせるのでしたら、デイデアから輸入するか、マジール王国から火の魔石を購入するのがいいでしょう」
参加者から質問が飛ぶ。
「作るのも保持するのも大変そうな物ですが、どれくらいの利便性が得られますか?」
エドワードは、話の途中で口を挟まれたことにも嫌な顔をせずに答える。
「時速100キロほどのスピードで走ります」
「時速って、なんですか?」
「1時間に機関車が走れる距離です」
「100キロ? って、どのくらいの距離だ?」
答えられずオロオロするシャーロットの代わりに、コーディが口を出す。
「この王城からセルジオ侯爵領くらいまでだな」
おおーっ!
実際の距離を提示されて感嘆の声が漏れる。
「これがあれば田舎の母にも簡単に会いに行ける!」
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