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第4章
138 ありがとう
しおりを挟む「…………──」
思わず、秋風を見返したまま固まってしまった。
「……波青……?」
「……!!」
声をかけられて、目の前が急にクリアになった。
「~~~っ……」
呆然と瞬きをした俺は、知らず知らず空いていた口を閉じてバッと腕で顔を隠した。
「…………?」
俺の反応が謎なのか、秋風からの視線をひしひしと感じる。だけど、顔を見せられない。自分の腕に当たる頬が異常に熱いから。赤くなってしまってるのが嫌でも分かる。
「……怒ってるの? やっぱり、勝手に色々言って気持ち悪かったよね……」
「……!! ちっ……違う……!! これは……っその……っ」
「……」
秋風に暗い顔をさせてしまっている。
恥ずかしいけど、正直に言った方が良いだろうか。
せっかくたくさん素敵な言葉を言ってくれたのに、怒ってると誤解されたら申し訳ない……。
「……その……っ俺……~~っ……て、照れてんの……っっ!!」
「……え……?」
「……秋風に、あんなふうに思ってもらえてたなんて……。びっくりしたっていうか…………嬉しくて」
「…………」
「めちゃくちゃ、嬉しい…………」
「…………ほんと……?」
「うん、ほんと」
喜ばない人間なんていないだろ。あんなふうに言葉を尽くして好きだって言ってもらって、喜ばないでいられる人間がこの世にいるのなら、見てみたい。
俺は……無理だ。
嬉しくて嬉しくて、たまらない。
純粋に見た目がタイプだとか、やらかしがちだから見ていてほっとけないだとか、小学生の時からの付き合いだからなんとなく好きになってたとか……もしもそういう理由だったのなら、きっともっと冷静でいられたと思う。
『へぇー俺の顔がタイプだなんて、秋風は変わった好みだなー。まあ、人それぞれだし、そういうもんなのかーー』って感じで、まだ平常心で飲み込めたと思う。
でも……違った。
秋風は想像よりたくさんのことを考えていて、俺の一つ一つを、俺の生き方を好きだって言ってくれた。
バカな俺にも分かりやすい言葉で……全部教えてくれた。
こんなにも嬉しいことはない。
「ありがとな……秋風」
そろそろ熱も落ち着いてきた頃かと思い、俺はお礼を言いながらそっと手を外して秋風を見上げた。
「……──」
すると今度は、秋風の方がぽかんとしていた。
「……え。どした?」
「………………い……いや……。好きだと言って……ありがとうの言葉をもらえるだなんて……思ってもいなかったから」
「え……?」
驚いた表情の秋風は、ついと言ったふうに、独り言のように呟いた。
「……俺の気持ちは、ありがとうと言ってもらえるものだったんだね…………」
「……っ…………!」
そりゃ、そうだろ。そうじゃなきゃ、なんなんだ。
怒られて、軽蔑されて、ぐちゃぐちゃに丸め込んで、ゴミ箱に捨てられるものだと思っていたのか。
お前は──。
「俺の方が……ありがとう。好きになったのが波青で……本当に良かった」
「……!!!」
(…………苦しい……)
涙目で笑いかけてくる秋風が、キラキラしていて。
なぜだか、俺の方が泣きそうになってしまった。
「……あ、……」
上手く言葉が出てこない。胸が痛くて仕方ない。
「っ……」
焦った俺は、また俯き、ひっくり返る声で必死に話を続けた。
「あ、あのっ……」
「うん?」
「本当に、理由を聞かせてくれてありがとな。俺……お前の話……もっと聞きたい」
なんとか気持ちを落ち着け、他に聞かなくちゃいけないことを考える。
話を聞いている間にも増えたけど、秋風について知りたいことはたくさんあるのだ。今日全部教えてもらおうと思って、俺はここに来たのだから。
「その……さっき、秋風が言ってた……人の顔色をうかがう癖があるって、それはどうしてなんだ? お前、そういうところあるよなって俺も昔から思ってたけど。今までなんとなく……聞けずにいた」
「……」
「自分を出すのが苦手っていうのも。聞かれたくないことなら、申し訳ないけど……。でも、聞きたい。秋風のことを、全部知りたいから……」
秋風は数秒黙った後、苦笑して俺から目を逸らした。
「……。……うん。分かった……。話すよ」
「! ごめん……! 嫌なら……っ」
「ううん……。良いんだ。すごく、つまらない話だし、本当の俺を知られたら波青に幻滅されてしまうかもしれないと思ってずっと言えなかった」
「秋風……」
「……でも……もう良いんだ。恋愛感情を知られてしまった以上……もうおしまいだから。引き返せないのならいっそ、全てを曝け出して、落ちるところまで落ちて、幻滅されきった方が……いいのかもしれない」
「……」
どうしてそんな悲しいことを言うのか。俺が思っているよりずっと、秋風はネガティブな人なのかもしれない。
「俺は……お前に幻滅なんてしてないし、これからもしないぞ」
「……今はそう言ってくれているけど、これから全部を知ったらきっと変わるよ。だって、俺は、波青が思ってくれているような人間じゃないから」
「……」
たしかに、秋風のイメージが俺の認識と現実でいまいちズレがあるのは分かる。
全部聞いた後自分がどんな感情になるか分からないし、今安直に断言するのは逆に無責任かもしれない。
今は黙って、秋風の話を聞くことにした。
「……」
「……何から話せば良いかな……」
秋風はそう前置きした後、静かに目を伏せた。
「俺は……」
少し迷ったあと、意を決したように俺に笑顔を向けてきた。
「俺はね、父親に捨てられているんだ」
「……え…………?」
「……誰にも望まれていない命なの。母も、俺を産んだことをすごく後悔していた。俺は、生まれてこない方が良かった……そういう無価値な人間なんだ」
──『ぼくたち、生まれてこない方が良かったんだ』
ふっと脳内に映像がよぎった。
小さい頃そう言って泣いていた双子の姿が、目の前の秋風と重なってしまった。
──『ママがいないの、みのりたちのせいなの』
──『だからパパは、ぼくらと目をあわせてくれないの』
誰に聞いたのか。それとも、母さんの命日と自分たちの誕生日が同じなことの意味に気づいてしまったのか。
──『ごめんなさい……』
自分たちが存在していることを、泣きながら謝っていた。
自分たちが生まれなければ母さんは生きてたし、父さんも病むことはなかったんじゃって。
明るく見えるけど……本当はずっと気にしている。心の奥底にずっとずっと眠っている。
だから俺は、双子の罪悪感を晴らしてやりたい、二人が自分を責めるのも追いつかないくらいの愛情を俺が注がなきゃ、そうして自分たちの存在がいかに大切なのか分かってもらわなきゃって……その日から思い続けていたのだ。
「…………」
まさか秋風が、双子と一緒の考えを持っていたなんて。子供の頃からそばにいたのに、俺は全然、気づいてあげられていなかった。
「特に……俺のこの顔。自分を裏切って蒸発した男にそっくりなんだって。母は、俺の姿を視界に入れるだけで、最低人間を思い出して吐き気がすると、いつも嘆いてた」
「……」
俺が羨ましいと思っていた容姿も。
秋風にとっては……そうじゃなかったんだと。今初めて知った。
「……俺の母は、ため息が癖の人でね。俺は母に失望されるのが怖くて、その音が苦手になった。みんなに隠していたけど……波青だけが気づいてくれて。本当に嬉しかったな」
俺に微笑みかけてから、秋風は今までの自分の暮らしを一つ一つ包み隠さず教えてくれた。
「これは波青も知っていると思うけど……俺は母の再婚前は祖母と母との三人暮らしをしていたんだ。それから、母の再婚であの街にやってきて、義父の家に置いてもらった。苗字も蓮見に変わって……」
「……うん」
秋風の言うとおり、それは知っている。小学生の時に、転校して来る前どこに誰と住んでいたのかと興味本位で質問したことがあるから。
秋風の実家はネットで検索したら家族構成が出てくるレベルで有名だし、秋風がお母さんの再婚で蓮見家の一員になったことも学校では周知の事実だった。
「姉は義父の連れ子で、俺とは血が繋がっていない。妹は俺の母と義父の間にできた子だから、半分だけ血が繋がっている。俺の家族は、そういう家族……いや、外からは家族に見えるかもしれないけど、本当は違うんだろうな」
「え……?」
「義父も母も義姉も妹も俺のことを忌避しているし、家族の一員というか、俺はペットのようなものだったんだ」
そう言った秋風は、これまでの自分の人生を話し出してくれた。
俺は相槌すら忘れ、秋風の話を聞いていた。
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