幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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第4章

161 二回目のハグ

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「……」
「…………」
「……~~っな、なんだよ……! ずっとそこいないで、あっちいけよ! 俺はもう寝る!!」

 俺が感情任せにそう吠えても、ドアの向こうの気配は消えてくれなかった。

 それどころか、鼻をすする音が聞こえてきた。

「……ごめんなさい……」
「……!!!」

 苦しそうな声まで聞こえてきて、俺は思わず背中をつけていたドアを振り返ってしまった。

 (……っ秋風……?)

「本当にごめん。せっかく波青がお試しのチャンスをくれたのに、俺は暗いことばかり言って……」
「……!」
「どうして、こうなっちゃうんだろう……。こんなの……めんどくさいと思われて当然だよね。波青に、嫌われちゃった……」
「…………!!!」

 (ま、まさか、泣いてんのか……?)

 そうとしか思えない掠れた声だ。

 秋風の声を聞いていると、胸がズキズキ痛んでくる。

 秋風が人の良心に訴えかける才能を持っているのか、それとも俺が秋風贔屓だからほっとけないのか。

 どっちにせよ、無視なんてできっこない。

「っ……」

 俺はソワソワと手を動かし、閉まっているドアを見やった。

「波青、ごめん……」

 (!! お、おま……っズルいだろ…………!)

 いったい、どんな顔して言ってるんだ。

 ずぶ濡れのしょげたわんこが頭の中に浮かんできてしまった。

「…………っ」

 秋風が傷つくと、俺の方まで悲しくなってしまう。

 もう……無理だ。籠城作戦は。

「…………俺のほうこそごめん……」

 観念した俺は、そう言いながら自分からドアを開けた。

 すると想像通り、目を赤くした秋風が廊下にぽつんと立っていた。

 (っっあああ~~……!!!)

 そんなふうな顔で立たれたら、俺が悪いみたいじゃんか。

 (……い、いや……俺が悪いか…………)

 こんなかわいい奴をいじめて泣かせてしまった俺が、百パーセント悪い。大声を出して怒ったりなんてするんじゃなかった。
 秋風が負の感情を人にぶつけられるの苦手なの、俺は知ってるのに……。

「……! あ……」

 出てきた俺を視界に入れた瞬間、秋風がぱっと顔を上げる。でもなんと言ったら良いか分からないのか、ただただ口を開いたり閉じたりを繰り返している。

 そんな姿も健気に思えて、俺はたまらず秋風の手を取った。

「……ごめんな」

 俺は反省の意を込めて、秋風の手の甲にそっと額をつけた。

「お前のせいじゃないの、分かってんだよ。……お前が『あり得ない』って思考になっちゃうのは、今までの俺の発言のせいだと思うし。それに……他にも、お前が今まで生きてきた環境とか、遭遇してきた出来事とか……。色々蓄積があって、じめじめになっちゃうんだよな? 考え方を変えたいって思っても、今までの蓄積でなかなか変わんないのは、俺もすごい分かる。仕方ないことだと思う」
「…………!」

 言い終えて顔を上げれば、秋風が不安げに瞳を揺らし、俺の言葉を聞いていた。

「……」

 (こんな顔させちゃった、俺の方がバカだな……)

 罪悪感で胸が苦しい。

 俺は秋風の目を見て、さっき自分が吐いてしまった言葉を謝った。

「分かってたのに……つい悔しくて、勢いで、バカって言っちゃった……。本当にごめんな」
「!! う、ううん……! バカで合ってるよ。だって、俺、波青の前だと……正しい言葉を選べなくなって、いつも失敗ばかりしてしまう……。昔から……」
「…………」

 (……正しい言葉を選べなくて失敗、か…………)

 返ってきた秋風の言葉がなんとなく引っかかり、俺は握る手にぎゅっと力を込めた。

「……正しい言葉なんか、要らないけどな」
「え……?」
「さっきも言ったけど、俺、そのまんまのお前が良い。俺の欲しそうな言葉とか、正解を選ぼうとしなくて良いし、俺の機嫌を取ろうとしなくて良い。他の人にするように、取り繕われたら、ショックだ。……だから、秋風のまんまでいてくれ」
「……! 俺の、まんま……」
「うん。そんで、一緒に頑張りたい。なにかになるんじゃなくて、俺とお前のまんまで、成長していきたい……。……そう思うんだけど、無理そうか?」

 俺が首を傾げてそう聞けば、秋風が顔を歪め、そしてゆっくりと頷いてくれた。

「ううん……。できる。俺……頑張る。……波青と一緒に…………」
「……そうか」

 安心した俺は秋風の手を離し、自分の首をかきながら続けた。

「……あと、お前はさ。俺が嫌なこと頑張ってる……って思ってるんだろうけど、そうじゃないからな?」
「え……?」
「慣れないことを頑張るのも、やらなくちゃならないことに挑戦するのも、それはそれで楽しいもんじゃんか。俺は、秋風の言った通り、正直無理はしてるんだけど……でもさ、実は『無理することを楽しんでたり』するわけ」
「……!!」

 俺の言葉に、秋風が大きく目を見開いた。

 まさか俺が無理を楽しむヤバい奴だとは思わなかったんだろう。そういう意味じゃないんだけど。

「っいや、別に変態ってわけじゃないぞ……!? めっちゃはずいし。ただ……初めてのこと、ドキドキしながら楽しんでるってだけ。ごめんな、分かりにくい顔で」

 秋風は人の気持ちを細かく察してしまう奴だから、さっきハグしようと言った時の俺の照れている表情を見て『波青は嫌がってる、嫌なのに頑張ってる』と思ったのかもしれない。

 嫌じゃなくて、本当は照れてるだけなのに……。

 俺がもう少し、分かりやすい表情をしてあげたら良かった。

「……そ……、そう……なの……?」

 呆然と聞いてくる秋風に、俺は力強く頷いた。

「おう! そうだって、俺が保証する! 俺はお前と一緒にいることも、スキンシップも、めっちゃ楽しんでるからな」
「……!!! そ……そう、だったんだ……」

 秋風がホッと瞳をゆるめてくれた。

 しかし、すぐに慌てたように顔色を悪くさせてしまった。

「っ……! じゃ、じゃあ、俺……勝手に不安になって、勘繰ったってことだよね。ごめん……! 波青の気持ちを一方的に決めつけてしまって……」
「……! いや、まあ……。たしかに、決めつけられたのは悔しかったけど。でも、お前を不安にさせた俺が悪いだろ。てことでおあいこだ」

 俺はうんうんと頷き、安心させるように秋風の肩を軽く叩いた。

「…………」

 颯爽とかっこよくやるはずが、身長差のせいで頑張って手を伸ばした子供みたいになってしまった。めちゃくちゃ不格好だけど……仕方ない。

「ゴホンっ……。あと、さっきお前、嫌われちゃったって言ってたよな? 全然そんなことないから安心しろ! そもそも秋風とは長年の付き合いなのに、こんな一瞬で嫌になんかなるわけないだろ」
「……!! 波青………」

 秋風が眉を寄せ、苦しそうに俺の名前を呼んでくる。

 (──うっ……)

 やっぱりとても、心を掴んでくるか弱い声だ。俺は秋風の声のトーンに弱いのかもしれない。

「っ……なんだ? まだなんか不安あるか?」

 秋風はふるふる首を横に振り、秘技・かなり見下ろしてきてるのになぜだか上目遣いに見える表情──を繰り出してきた。いつものことながら、物理法則に反していてエグい。

「ううん……。嫌になってないと言ってくれて、すっごく安心した。それに、優しくて、あったかくて……波青のことが本当に大好きだなって思った」
「! お、おぉ…………」
「改めて、三ヶ月も……一緒にいられる期間を設けてくれてありがとう。こんなに貴重な時間をもらったんだから、暗いことを言っている場合ではないよね。俺……波青が与えてくれたチャンスを無駄にしないように生きるよ」
「そ、そうか……」

 秋風も気持ちを前向きに切り替えてくれたようだ。

 俺が与えたチャンスだとか生きるだとか、壮大な言い方でびっくりだが、そこはひとまず置いておこう。

「波青に……少しでも好きになってもらえるように、これから頑張りたいなって思う」

 秋風が目尻をこすって涙を拭いながら、意思表明をしてくれた。

「……! お、おう……」
「でも、自分は変えちゃダメなんだよね……? 難しいな。作った自分に代わってもらうんじゃなくて、俺のままで、波青に好きになってもらわなきゃ。だけどそれって、どうしたらいいのかな」
「……」
「……どうやったら、俺のこと好きになってくれる?」
「……っっっ」

 ちらりと見上げてくる顔は天使そのものだ。思わず秋風の背後に純白の羽の幻覚が見えてしまった。

 (かッッ……KAWAII………………)

 あまりの尊さに、喉が詰まる。

 俺が天を仰いでぶるぶる震えていると、秋風の小さな声が聞こえた。

「ごめんね、波青に直接聞いたりなんかして。……俺こういうこと、初めてで分からないから……」

 (!! あっ……、あぁ、そうか……)

 恋愛的なアピールの仕方なんて分からなくて当然だ。

 だって、秋風はいつも自分のことを好きな女子たちに「お試しだけでもお願いします!!」って言われて試す側だったわけだから。

 それが今は、全くもって逆の立場になっているわけで……。

 どうしたら良いか分からなくなるのも仕方ないだろう。

 (……いやでも別に、俺だって教えてあげられるような立場ではないんだよな……。なぜなら俺は、恋愛弱者だから……ッッ)

 人にモテるコツとか、人から好かれる方法とか、絶対俺より秋風の方が詳しい。俺みたいな初心者が何かしらのアドバイスをできるとは思えない。

「……ご、ごめん、秋風……。なんか答えてあげたいんだけど、俺も初めてだし、恋愛的なあれそれは俺にはよく分かんねーや……」
「! そ、そっか……。そうだよね……。ただ、恋愛のセオリーというよりも、波青の好みや意見が聞けたらと思ったんだけど……。ダメかな? 本人に聞くのは……ズルいかな……?」
「……!」

 (あ! そーいうことか……!)

 秋風は恋愛のコツなどを聞きたかったんじゃなく、純粋に俺の考えが知りたかったらしい。

 (なるほど。それなら……)

「そ、そうだな……。俺の意見……個人的な好みで良いんっていうんなら、一個はあるけども」
「……!! なに!?」

 すごい勢いだ。前のめりになった秋風に聞かれ、俺はちょっと気まずく思いながらもボソボソと答えた。

「……えっと……俺、お前の笑顔が好きだから。いっぱい笑ってるとこ見たいなって思う。……そんだけ!!」
「……!! 俺の、笑顔……?」
「あっっでも、作ったニコニコじゃなくて、その──」

 俺が言いかけた時、秋風が嬉しそうにふわっと微笑んだ。

「そんなことでいいの……?」

 可憐で、真っ白で、風に舞っている花びらみたいな笑顔だった。

 瞬間、俺の心臓はとてつもないスピードの矢に射抜かれていた。

「……ッ」
「それなら……簡単だな。だって、波青と一緒にいると幸せで、いつも意識しなくても勝手に笑っているから」
「……」
「……あ……そうだ。……えと、話は変わるんだけど……さっき、ハグしようと言ってたよね……?」
「…………」
「……波青?」
「………………」
「……波青……?」
「……ん!? えっ……な、なに!? なんか言ってた!?! 悪い……!!」

 まずい。秋風の笑顔の破壊力に衝撃を受けすぎて何も聞いてなかった。

「あ、ううん! えっとね……」

 緊張した面持ちで、秋風が俺に聞いてきた。

「……だ……、抱きしめても、良い…………?」
「……!!! あっ……!! は、はあ! どっどうぞ……?!?」

 (いやいやいや『はあ』ってなんだよ俺っっ……!!)

 気の抜けたバイトみたいな返事になってしまった。最悪だ。

「……! ありがとう。……じゃ、じゃあ……」

 秋風は俺の返事の変さは気にしてないのか、一歩近づいてくる。

 そして、俺のことをそっと慎重に抱きしめてきた。

「……!!」

 柔らかい金木犀の香りがする。俺の大好きな匂いに全身を優しく包まれた感じがした。

 もしかしてお風呂に入った後……律儀にもう一度香水をつけたのだろうか。なんて愛おしいやつなんだ。

「……っ……」

 (ど、どうしよう……ッ!!)

 ハグは秋風のミュージカルの後楽屋に行った時に一回したから、これが二回目だ。

 でもあの時より、段違いに緊張してしまっている。なぜか。

 (体勢……なに!? どどどうしよ、これで良いのか……!?)

 分からない。ハグされる側って、こんな棒立ちでいいんだろうか。今まで自分が女の子をかっこよく抱きしめるシミュレーションしかしてなかったから──シミュレーションだけは完璧だ──俺が抱きしめられる側になるのは相当やばい。圧倒的に脳内練習が足りていない。まずい。

 (手……っ手、どうすんだ……!?!)

 俺も背中とかに回した方がいいんだろうか。これ。こんな一人だけ降ろしてていいものなんだろうか。

 色々考えすぎてなんか呼吸がし辛くなってきた。

 (あばばばばばば……!!)

 結局体を機械みたいに硬直させ、息も止めて、俺は直立不動になってしまった。

「……ごめん、苦しい? 嫌だった……?」
「いっいや……!? 全然全然……!! 超ハッピー!!」

 俺がカチコチになって身を委ねないから心配させてしまったようだ。

 (……~~っ……とうっ……!)

 俺は慌てて謎の弁明をしてから、自分から秋風に思い切り体を寄せた。

 パジャマ同士がぴたりとくっつき、隙間がなくなった。

 (よーし……! これで俺も、嫌がってるようには見られな──……、……ん?)

 ふと、俺は眉を上げて顔を動かした。

 なんの音かと思えば、押し当てた秋風の胸の奥から、あり得ないくらい早い鼓動が聞こえてきていた。

「……!!!」

 まるで爆発しそうな音だ。

 (……あ──……っ! ……しゅ、秋風もこんな緊張してんのか…………)

 ドキドキしてるの、俺だけじゃなかった。

 そう思ったらホッとして、呼吸が少しだけ楽にできるようになった。

「っ……、な、波青……」
「……ん?」

 秋風は俺を腕の中に閉じ込めたまま、小さく言ってきた。

「俺……、頑張るね」

 至近距離で聴こえるあまりのイケボに驚き、肩を思い切り跳ねさせてしまった。

 同性なのに危うくくらっといきかけてしまった。さすがの声だ……。

「だから、三ヶ月だけ……少しだけでも、俺のことを見てくれたら嬉しい」
「……!!」
「…………です……」
「……~~っっっ」

 (な、なんだそれはっっ……!!)

 真剣に言ったかと思えば、最終的に自信をなくしている秋風。お前のそんなところがかわいいのだということ、自覚しているのか、無意識なのか、どっちなんだろう。

「……あ……っう、うん……っ見てるぞ…………はい……」

 悶えすぎて、変な返し方をしてしまった。

 だけど秋風は、「ありがとう、波青」と優しい声で言ってくれた。

「!! お、おう……」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「…………」
「……しゅ……秋風?」

 というか、待ってくれ。ハグってどのくらいやるもんなんだ。

 こんなに人と密着したのは人生で初めてで、一秒一秒が長く感じる。

「……っ!」

 もはや気持ちがいっぱいいっぱいで耐えきれなくなって、顔を上げてみれば、耳を真っ赤にした秋風と目が合った。

「!! あ……! ご、ごめんっ。俺。長々と……」

 そう言った秋風が慌てて手を離してくれて、俺の体はようやく解放された。

「あ、いや……! 大丈夫だけど……」

 やっと空いたいつもの普通の間隔にホッとするような、残念なような……。

「……え、えっと……じゃあ、おやすみ。今日はありがとう。俺、そろそろ自分の部屋に行くね」
「……! あ、うん。こっちこそありがとう。おやすみ。また明日な」

 秋風がぺこりと頭を下げてきたので、俺も頭を下げて返した。
 なんだこの、ご近所さんレベルのよそよそしい距離感は……。

 (……いや、でも……ちょっとは友達感抜けた……、かも……)

 ハグしてみてもらえて良かった。
 本当に恋人になったら、きっとこういう感じの空気が毎日続くんだなっていうのが体感できたし。

 (……いっぱいいっぱいにはなるけど、嫌じゃないし、くすぐったいというか……う、うーん、なんか変な感じ……! だったな…………!)

 一人で俯いてそんなことを考えていたら、目の前の気配が消えていないことに気がついた。

「…………? どした?」

 そろそろ行くと言ったはずの秋風がなかなか廊下から動かない。
 寝るんじゃなかったんだろうか。

「……あの……」
「ん……? なんか言いたいことある?」

 すると秋風は小さく頷き、俺から目を逸らしたまま言ってきた。

「うん……。眠る前に、一つだけ言いたくて…………」
「? なんだ?」

 秋風はぎゅっと目をつむり、一生懸命な姿で俺に告白してきた。

「波青、大好き……。誰よりも好き。俺が波青のこと、一番好き……っ。だ、だから、誰にも負けない」
「…………!!!」
「…………っご、ごめん。それだけです。じゃっじゃあ、おやすみなさい……!」

 秋風は俺の表情も確認しないまま、さっと背中を向けて逃げて行ってしまった。

「………………」

 (…………………ちくしょう。言い逃げかよ、あいつ…………)

 俺はその場にへたり込み、赤くなった顔を両膝に埋めて隠した。

 その日は一晩中、秋風の真っ赤な耳と必死な表情が目に焼き付いて、よく眠れなかった。
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