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最終章
181 ただのダジャレ
しおりを挟む唇が塞がれ、言いかけた声が消えていった。
耳の奥で恥ずかしい水音だけが響いてる。
俺、雰囲気にのまれちゃってるのかもしれない。
何が起きてるのかよく分からないまま、どんどん頭の中がぼうっとしていく感じがした。
「ん……、あ……」
「……」
「ッ……んんっ」
キスしながら、秋風が親指で俺の耳たぶを撫でた。
それだけで、腰がぞくっと震えた。
「……はぁ……はぁ……っ」
(……やっと終わった……?)
唇が離れていく。秋風と俺の間で、透明の糸が切れた。
俺は無様にも舌をしまえないまま、潤む視界でぼんやり秋風を見上げた。
「っっ…………」
秋風は俺の顔から視線を逸らし、ぼそっと小さく呟いた。
「……、やっぱり……。無理……。波青は……」
「!!? 無理じゃない……!!」
まさかの無理判定をくだされてしまった。大大大ショックだ。
(俺、そんなに下手くそだったか……!?)
確かに、終始受け身すぎたかもしれないが。秋風に任せてしまった感は否めないが。
でも……俺だって、長いキスは初めてだから、仕方ないのに。多少下手でも多めに見てほしかった。無理なんて言わなくても……。
「……っ……なんでお前、酷いことばっか言うんだよ……!!」
「! な、波青……」
「ひどい、冷たい、俺のことすぐバカにする……!」
俺が悔しさに唇を噛んで俯いたら、秋風が慌ててオロオロした。
「っ……ごめん……! バカにしてるわけじゃなくて……」
「してんだろ! 『波青には無理だ』って……っ」
「! ちがう、そんなこと言ってない」
「言っただろ! 聞こえたんだからなっ」
「俺の理性を働かすのが無理だなって。波青は可愛すぎるから……だから、つい、欲に負けて壊してしまわないか心配になる……」
なんか言い訳してるけど、全然耳に入ってこない。言い訳は聞きたくない。
「何が心配だ! ふざけんな!」
「っ波青、」
「俺、たしかにできないこと多いけど! できるようになるまで人よりも遅いけど……! だけど、練習すればいつもちゃんとできるようになってる……!!」
「っ……うん。知ってるよ。波青は本当にすごい。だから、お願いだから泣かないで……。俺が悪かったよ」
「泣いてないやい!」
「そうだね。泣いてないよね、ごめんね」
「……~~っ」
悔しすぎて若干泣きかけたのに気づかれてしまった。
秋風が困ったように俺の頭を撫でてくる。
「波青が努力家なのは本当に分かってるよ」
そう言って秋風は、眉を八の字にして殊勝な表情で見つめてきた。
「逆上がりだって、二重跳びだって、波青は地道に努力して、ちゃんとできるようになったもんね」
「……ん?」
急になんだ。いつの話だ。変な例で励まそうとすな。
「……懐かしいな。波青が逆上がりをできるようになったのは、小学五年生の冬だったかな?」
「え……」
(逆上がり……? ……っ!! うっっわ……!)
おかげで黒歴史を思い出してしまったじゃないか。
クラスメイトはみんな低学年のうちにできるようになっていたのに、俺だけ逆上がり全然できなくて。体育の時間に恥をかきまくった。
恥ずかしくて恥ずかしくて、必死の特訓の末、五年生でやっとできるようになったのだ。
「波青が二重跳びを習得したのは中学一年生の秋だったね」
「ちょっ……なんで覚えてるんだ!? 怖いっ……!」
「波青と一緒に練習したからだよ」
「……!!」
(た、たしかに……)
そういえば、逆上がりは……何度やってもできなかったから、秋風に相談したんだった。
小学生の時の俺は、秋風コーチの元、鉄棒と仲良くなることから始めた。
鉄棒にただただぶら下がって腕の力を鍛えたり。練習用の補助板を駆け上がって回る感覚を覚えたり。それができるようになった後は、秋風に背中を支えてもらって回る練習。
家に帰ってからも子供なりに体幹を鍛え、床で前転と後転をするトレーニングは欠かさなかった。
そうやってゆっくりゆっくり練習した結果、一人で立派に逆上がりができるようになったのだ。
二重跳びも同じくで、秋風にアドバイスをもらって毎日頑張ったっけ。
秋風は面倒臭がることなく、付きっきりで俺の面倒を見てくれた。
思えばいつも、俺の隣には秋風がいた。
「……そういや、しゅごフェスの時のダンスも、一緒に練習したな」
「そうだね。最初から振り入れはしないで、基礎ステップから地道にやったのが良かったと思うよ」
「! ふむ……」
(……秋風と練習か……)
雑談をしながら考えているうちに、俺は突如素晴らしい案をひらめいた。
「!! そうだ……!」
「……? どうかしたの?」
俺は拳を握りしめ、秋風にずいっと迫って叫んだ。
「えっちの練習をしよう!!」
「えッッ!?」
「俺にだってできる! 無理なんてことはないんだ絶対に! 今までと同じように、秋風と一緒に練習すれば! 逆上がりや二重跳びのようにっ……!!!」
「い、いや…………それとこれとは違うんじゃ……。逆上がりと一緒にするのはどうかと思うよ」
「はぁっ!? お前が先に言い出したんだろ!」
「それは、懐かしくてつい……」
「ついじゃない! とにかく! 俺は決めたぞ! 特訓だーー!! 俺には秋風のエロい姿を見る権利があるんだーー!!」
「……!? な、何の話──」
「もう決めたものは決めた! お前が何を言おうと、俺はやるぜーーー!! うおおおおおおお!」
「……っ……」
俺の勢いに秋風は眉間を押さえ、項垂れてしまった。
ため息が苦手じゃなければ今頃ため息をついていたところだろうな。かわいそうに。
「だめだ……。波青は頑固だから、こうなったらもう、どうしようも…………」
「おい!! 聞こえてるぞっ! 頑固はお前だろ!!」
「それに、波青は天邪鬼だから……下手に拒否すると逆に良いものに見えちゃうのか。難しいな……。仕方ない、ここは一旦波青の気が済むまで付き合って、挫折してくれるのを待てば……」
「だから聞こえてるって!!!」
動揺しているのか、秋風の心の声が独り言で筒抜けだ。
しかもすぐに挫折するだろうと予想されているとは、舐められたものだ。絶対挫折なんかするもんか。
「とりあえず、一週間くらい練習すればいいよな!?」
「は……!? いやいやいや。波青はやっぱり、ふざけすぎだよ」
「……? なんだよ。一週間じゃ足りないのか?」
「足りるわけないでしょう。本当にするとなったら、最低一年くらいは練習しないと……」
「いいい一年!!!??」
ちょ、桃星くん。ここにも一年とか言ってる奴いるぞ。叱ってくれ。
(てか、早く秋風のエロい姿見てオカズ手に入れたいのに……。そんな待ったら俺が干からびちゃうだろ……!?)
オカズなしで自己処理は無茶だ。かといってAVやエロ漫画で抜くと浮気になるから、どうにもできない。
(……ぐっ……)
よし、ここは……桃星の言葉を借りて秋風を言い負かすしかないと、俺は眉を吊り上げた。
「秋風さ、中高生の恋愛じゃないんだから……。大人の恋愛は、基本的に年単位で行為を待ったりしないんだぞ!?」
丸パクリごめん桃星。
「そんなことないよ。年齢は関係なく、人それぞれだと思う」
「ええぇ……」
普通に否定されちゃった。
(桃星論、効かないじゃねーか……!!)
「波青……。急にはできることじゃないんだよ、本当に。性行為するための器官ではないから、ノリと勢いでなんとかしようとしたら、危険な目に遭うよ。段階を踏まないと……」
「……ま、まあ、そうか……」
「うん。波青は甘くみているんだろうけど、本当にしたいなら、今回の場合今までよりもっと大変な練習が長い期間必要になってくる。それこそ逆上がりや二重跳びの比じゃないくらい……。ね? めんどくさいでしょう。だから、考え直し──」
「よーし!! 俄然やる気が出てきた~~~!!!」
「え!??」
「でも長いと俺飽きちゃうから、短期集中練習で行こう! 強化合宿だ!!」
「が、合宿……??」
「俺部活入ったことないからさー、憧れがあったんだよな、合宿! 今までは秋風んちに週二でお泊まりだったけど、これからは週五にしよう!! そうすれば練習時間が取れて、一年もコツコツやらなくても大丈夫だろ?」
「!?! い、いや、でも……」
「あっ……迷惑か?」
「! 迷惑ではないけど……いや、じゃなくて、俺がというより、波青のご家族が……」
「双子と父さんにはむしろ『もっと秋風ん家行け!』ってせっつかれてるくらいだから大丈夫だぞ!」
「え、そうなの……?」
双子たちは、俺が数日間いない生活というのに慣れてきたのか、毎日問題なくやってくれている。
お試し期間の時からちょくちょく秋風の家に泊まりに来るようになって、実家を空ける練習を徐々にできていたから。それが良かったのかもしれない。
父さんも双子もこぞって俺に、『そろそろ自分の人生を生きて』と言ってくれて……。
俺はそんな家族の気持ちに応えたいと思っている。
(まあ、それでも、心配だから最低週二は帰りたいけどな……)
「平日の週五、合宿ってのはどうだ!? せっかく本当の恋人になれたんだから、もっと秋風といる時間増やしたいなって俺も思ってたしな。良い機会じゃん!」
「…………」
秋風は渋い表情で黙りこくっている。
俺はそれを無視し、ベッドから飛び降りると、自分の机からノートを取り出した。
「!? こ、今度はなにしてるの……」
「とりあえず、秋風のやる気が出るように合宿のスローガンでも作っとこーかなって!」
「また斜め上な……」
俺はボールペンでしゃしゃっとスローガンを書き、ノートを秋風に広げて見せた。
「見て見て! 名付けて、『性交を成功させよう大作戦』!!!」
「……やっぱりふざけてるよ……っ」
「ふざけてない! まじで!!」
「……」
「さーて、明日からエロ合宿開始だからな! 秋風逃げるなよ!」
「あっちょ、波青──」
(よーし頑張るぞー!!)
頭を抱えている秋風の横で、俺は一人燃えたぎるのであった。
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