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第1章
4 ワンコイン人間
しおりを挟む(今日はとことんへこむ日だな……)
俺はよろよろベッドまで行き、うつ伏せに飛び込んだ。
何も上手くいかないし、誰からも求められない。
双子の巣立ちも地味にショックだ。
遠回しにお前なんかもう要らないって言われたみたいで。決してそうじゃないのは分かっているけど……。
「──あ、そうだ。コメント……」
このままふて寝してしまおうかと思った時、ふと今日は俺が編集した動画の投稿日だったことを思い出した。グループで出す動画は何個も作って予約投稿してある。
今回の動画は我ながら凝っているし。もしかしたら、『編集かっけぇ!』とか、『テロップのセンスいい!』とか『BGM合ってて気持ちいい!』とか『サムネ綺麗!』などの褒めコメントが大量に押し寄せているかもしれない。
それを見たらちょっとだけ自己肯定感が上がるかも。
期待した俺は、藁にもすがる思いでスマホを取り出した。
《ごちゃっとまぜる》
俺の所属しているストリーマーグループのチャンネル画面を開くと、可愛らしいロゴが現れる。
──ごちゃっとまぜる、通称『ごちゃまぜ』。
新着動画を出せば瞬く間に急上昇一位を取り、SNSではトレンドを席巻、ファンによる切り抜きが流れまくってバズる。秋風や桃星などのインフルエンサーの知名度もあってか、今やZ世代の一番の憧れと言われている。
客観的に見ても今をときめく人気グループの筆頭なのは間違いない。
(今日の動画の再生回数もやばいな……)
相変わらず、俺の個人チャンネルで出せる数字とは桁が違いすぎている。本当こんな凄いグループに俺みたいな一般人が混ざっていていいのだろうか。……いや、おかしいだろ。良くないだろ。ファンも疑問だろうし、俺だっていまだに気まずく思っている。
「ええっと、コメントは……」
さすがに今日の配信のことを動画のコメント欄にまで書きに来るアンチはいないだろう。
思った通り、光る画面の中は好意的な内容で溢れていた。
──ある一点を除けば。
《四人かっこいい! ビジュ爆発してる!》
《アキーー!!》
《アキ神々しすぎ泣ける》
《モモのツッコミ大好き》
《モモたん可愛いなぁ~》
《ハク様えぐい。今日も大天才です。ありがとうございます》
《ハクってほんと何でもできるよね……》
《やっぱりユウが一番面白いよ!》
《ユウさーーん!!》
《なんだこの四人。最高すぎるんですけど。人間国宝か!?》
「…………」
──俺の名前、どこにもない件について。
頑張った編集のことも、残念ながら触れてるコメントは全然見当たらない。
(……まあ……そうだよな…………)
みんなは秋風たちの容姿や中身、スター性が気に入ってチャンネル登録してるのだから、わざわざテロップがどうとかいうのは注目して見ない。推しの顔と発言を追うのに忙しいはずだ。そりゃそうである。
だから、そもそも期待した俺が間違いだ。分かっている。
(……でも、ごちゃまぜは五人グループなのに。これは五人で撮影してる動画なのに。わざわざ俺をハブって『四人』って褒めるのはひどいだろ……)
「泣くぞ。泣くからな……」
『四人』コメは、きっと天然とかじゃなくわざとだ。
俺にはグループ内のリスナーにもアンチが多い。
以前誹謗中傷に対する警告動画をチャンネルで出してから、悪質なのは減ってくれたが、代わりに遠回しな嫌味系が増えてしまった。
(ランダムグッズの恨みとかもあるよな、たぶん)
俺の発言や見た目もあるけど、ランダムでこいつ来るとムカつくから苦手になったという意見をSNSで目にしたことがある。
みんな自分の推しのグッズが欲しいから、俺を引くとがっかりするそうだ。
他の四人はファンが多いし、もし推しじゃない人を引いたとしても交換先が見つかったり、買い手がいたりするのだけど。俺のグッズを引いてしまった場合には、需要がないから交換先はもちろん見つからない。
よく、SNSで譲:アオって書かれていて、求:アキ。ハク。ユウ。モモ。と続いてるのを目にするが、あいにく成立してるところを見たためしがない。
アオ(のグッズ)要らないから誰か交換してくれーってやっても、それは無謀な募集なのだ。四人のグッズより俺のグッズを欲しい人などほぼ存在しないから。
そしてフリマサイトでも、俺が一番安く売られている。
自分につけられた値段を初めて見た時、言い表せない感情になったのを今でもよく覚えている。
(……『俺』って五百円なのか)
俺という人間の価値は、ワンコイン以下だった。
しかも、それでも売れてなかった。
本当に笑ってしまう。
他のメンバーのグッズは、フリマサイトに売り出されても、瞬殺で無くなるのに。
特に、アキ。
『アキ』は、秋風の配信者名だ。俺は波青だからアオ。単純な話。カタカナふた文字で響きも似ている。
名前は似ているけど……金額も、人から求められる数も。全てにおいてかけ離れている。
(『アキ』と違って、『アオ』はリスナーにとって不要な人間だよな……)
この世界に入って初めて知った。自分という人間が商品になって誰かに要らないモノ扱いされるのって、結構……いや、かなり。心にくるんだということを。
耐えきれず、ランダムグッズ廃止しませんかって事務所に提案してみても、ランダムのドキドキワクワク感を楽しんでるファンも居るし、何よりランダムは収益になるからと断られてしまった。
ランダム制だとみんなソシャゲのガチャを引くみたいに推しが来るまで何度もグッズを買う。
五人グループのごちゃまぜの場合、推しの出る確率は五分の一。その分買い続けるから事務所はかなり儲かるというわけだ。
どこもそういうものだし、所属事務所は悪くない。ただ俺が、とことん人気を売る仕事に向いてないのだろうなと思う。
思い切ってこの仕事を諦め一般社畜に戻るかとも、この三年間何度も何度も考えてきたけれど。
(向いてないと分かっていても辞める決心がつかないくらい、給料が良すぎるんだよな正直……)
ごちゃまぜのおかげで、普通のサラリーマンをやっていれば到底稼げない額を俺は毎月頂いている。
そのお金で家庭を支えられるのなら、かわいい俺の弟と妹の将来を明るくできるのなら──いくら自己肯定感が削がれようが、アンチの心無い言葉でボコされようが、今は耐えることが最善だと思ってしまう。
「……! お……」
そんなふうに一人ベッドで脳内愚痴大会を開催していたら、スマホにメッセージアプリからの通知が来た。
【波青、起きてる?】
(──う。噂をすれば……)
それは、今日一日中俺の頭から離れなかった幼馴染、蓮見秋風からのメッセージだった。
【なんだよ?】
未読無視するか一瞬迷ったけど、結局返す。
すぐに既読がついて、新しいメッセージが送られて来た。
【今日の配信のこと、もし気にしてたら、気にしないでって言いたくて。波青、面白かったよ。俺は波青の天然発言、好きだよ。悪気ゼロなのも勿論知ってる】
「……」
【もし、心配なこと、嫌なことがあったらすぐ俺に言って。絶対なんとかするから。全部大丈夫だよ。だから、波青は何も気負ったりしないでね】
(…………なんだそれ)
なんとかってなんだ? 全部ってなんだ?
いちいち気遣うな。俺のことを気にかけるな。
お前なんか……。
(……お前なんか、新しい親友がいるくせに……)
「…………っ」
弱っているところに優しさを投げつけられると、こっちは簡単に目が潤むんだよ。
(バカやろう)
心の中で秋風に理不尽な八つ当たりをしながら、俺は高速で返信を打った。
【まったく気にしてない。もう寝る】
あと、ついでにスタンプも添える。デフォルメキャラクターで描かれている、有料の《公式! ゆるふわ☆ごちゃっとまぜるスタンプ☆》だ。その中でも、俺のキャラクターがぷんぷんとジト目で怒ってるやつを選んで送信した。
平凡な自分がスタンプとして売られることになるとは、学生の頃は思いもしなかったし、今だにこれが現実とは思えない。
……残念ながらデフォルメキャラクターになっても俺はちっとも可愛くないんだけど。
【そっか。なら良かったよ。じゃあ、波青、おやすみ。また撮影でね】
秋風の方は、ハートを両手に抱え、こちらに向かってニコッと笑いかけるタイプのアキスタンプを返してきた。
(……くっ……。悔しいくらい、カワイイ! ずるいなこのスタンプ……!)
アッシュベージュの髪に透き通った明るい瞳。二頭身だからリアルとは違うけど、ぷくっとしたほっぺた、ちっちゃなおてて。
というか、秋風だけキャラの周りにキラキラが描かれているのは何でなんだろう。輝いている本人を現したイメージですってか? 俺のキャラクターの周りにはそのキラキラないぞ、イラストレーターさん。
(格差だろっ。ずるいだろっ、これ!!)
【おやすみ!】
俺はむむっと顔をしかめ、秋風とのメッセージを終えた。
メッセージアプリを速攻で閉じて代わりに検索エンジンを開く。
(同じこと思ってる人いねーかな……)
<<アオ アキ ごちゃまぜ スタンプ>>
共感意見を求めて、思わず検索してしまった。
(……あー。普通に公式が出てくるだけなのか)
ファンの意見は特に出てこなかったので、今度はワードを追加してみた。
<<アオ アキ ごちゃまぜ スタンプ 格差>>
「うんうん。これでよし──」
(──って、なにやってんだ!? 俺……!)
アホすぎる。
我ながらコンプレックス極めすぎだろう。あいつと俺の名前を一緒に検索するだなんて超絶愚行。いつもは絶対しないし比べられるのは大嫌いなのに。
「はぁ……」
疲れすぎて判断力が鈍っている。
(やっぱりもう寝よう)
しかし、自分に呆れてスマホの画面を消そうとした時──。
あるものが俺の目にとまった。
《akaoラブラブスタンプトーク》
(? akao……)
「……あかお?」
(なんだこれ?)
俺は吸い寄せられるようにその謎のサイトのタイトルをクリックしていた。
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