幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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第1章

45 終わりと始まり《後編》

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「…………?」

 (どういうこと……?)

 やっぱり家族に近い感じで見ているということだろうか。

「……親友でいてあげられなくて、ごめんね。親友としての俺じゃないと、波青には必要ないのは分かっているのに」
「……えっ……」
「できれば俺も……波青の望む、波青の理想の親友を、残してあげたかった。でも……どうしたって無理だから。昔に戻れないのなら、せめて思い出だけは、綺麗なままにしてあげたいと思ってるよ。今の汚い俺が近づいて、波青の好きな親友の蓮見秋風を、上書きしないように」
「…………は??」

 本当に何を言ってるんだろう、こいつ。さっぱり意味がわからない。

 (ごめんって……。何で謝るんだよ)

 秋風は家族仲が悪そうだから。

 俺のことを親友超えて家族の代わりみたいにしちゃって、申し訳ないという話だろうか。

 だから、親友として接してた昔の感じではないから、親友を求められても困る的な……?

 いや、それにしたって、上書きってなんだ。どういうことだ。

「お前……難しいことばっか言う。俺の脳みそじゃついてけない……」
「……うん。波青に解らないことは分かってる。脳みそ云々の話じゃなくて、すごく鈍感だから。波青にはどうせ正しく理解されないから、こうして察せられる心配もなく言えてるんだよ」
「……よくわかんねーけど、貶されたことはわかる」

 俺は半眼でツッコミながら、考えた。

「……」

 それから、何やら薄暗い表情をしている秋風の顔を覗き込んだ。

「……秋風、」
「え? なに──」
「お前だって誤解してるところあるぞ?『親友じゃないと必要ない』なんてこと、無いのに。勝手に俺の気持ちを決めつけんな」
「へ……」
「どんな秋風でも、必要だぞ……俺は」

 俺の言葉に秋風がゆっくりと目をみはる。

 俺は照れ隠しに、唇を尖らせた。

「……というか、汚いってなんだよ? お前はどこも汚くなんてないだろ」

 確かに小中の頃の秋風はすっごく可愛くて、今でも大切な思い出ではあるけど。

 でも、今の大人の秋風と関わったからって、その思い出が汚されるとは俺は思わない。

 昔も今も秋風が秋風であることは代わりないはずだ。

 汚いなんてことも、もちろん思うわけない。

 だって、見た目はもちろん清潔感に溢れてて、言葉遣いも仕草も笑い方も全部丁寧で乱暴じゃないし。

 中身なんか特に、汚いの正反対。綺麗そのものだ。

 俺は、秋風が人の陰口を言ってるところを見たことがないし、秋風は俺と違って誰かを僻んだりもしないし、誰にでも親切。そして、いつも自分のことより人のことを考えていて、学歴も才能も人気も何でも持ってるのに常に謙虚で自慢なんて一度だってしなくて、小学生の時からずっと俺のピンチを助けてくれて、配信で俺がリスナーを怒らせそうになっても、上手いこと誘導して回避させてくれて、しかも絶対それを恩に着せたりしなくて…………。

「ううん。俺は……汚いよ。波青は近づいたらだめ」

 なのに……なんで秋風は、こんなビクビクしているんだろう。

 覗き込む俺から距離を取るように、背中を後ろに引いている。

 いったい何に怯えているというのか。

「な、なんでそんなこと言うんだよ! 秋風は俺が、そんなに怖いのか?」

 そういえばこの前嘘つきって言っちゃった時も、ひどく怯えていた。
 暴言を吐かれて怒りより先に怯えが来るって……相当おかしい。

「……。波青が怖いというか……俺は波青に嫌われるのが、この世で一番怖いことなんだよ」
「嫌われる……? なにそれ」
「……俺が、嘘つきだから……」
「……! ご、ごめん、気にしてるんだな? 俺が言ったこと」
「そうじゃない。俺が嘘つきなのは、ずっと前から、自分でわかってる。この間波青に言われたからじゃないよ」
「……。でも、だからって……。お前が嘘つきだとしても、嫌いになんて、今更なるわけないだろ?」
「言い切れることじゃないよ」
「言い切れる。俺がそんな薄情な男だと思ってんの?」
「……だって波青は、俺のこと、知らないでしょう」

 なんだ、それ。

「知らねーよ。たしかに。会ってなかった時間も長いし。でも、なら、教えてくれ。秋風のこと、全部」
「……それはできない。いくら波青のお願いでも」

 秋風は眉を寄せて笑った。

 無理して口の端を持ち上げているような、何かを諦めているような……そんな、初めて見る表情だった。

「墓場まで持っていくって、決めてるんだ。俺。絶対に言えない。……言わない。一生。波青にだけは……」
「…………」

 視線と視線が交錯した。

 (一生…………)

 いくら俺が目で訴えかけても──秋風の瞳は、揺らがなくて。強い意志を感じる。

 秋風の中でそれは、決定事項なのだろうな、と俺は分かった。

 こんなに頑ななら、無理強いしたところできっと無駄だ。

「……じゃあ……教えなくていいわ。俺は俺が見た範囲のお前のこと、好きだから。嫌いになるわけない」
「……」
「だから、怖がらないでくれよ。お前を知られたら嫌われるかもって思ってんだろ? じゃあ絶対に知られなければ、嫌われることもないだろ?」
「そう……だけど……。もしも知られたらって思うと、怖い。絶対に知られたくないんだ」
「大丈夫! 俺、バカだから! 俺が何も察せられないし、空気読めないのは、お前が一番分かってるはず」
「……それは……たしかに。そうだね」
「だろ?」
「……ふふ」

 可笑しそうに、ほんの少しだけ笑ってくれた。
 さっきの苦しそうな笑顔じゃない。俺はそれに、すごく安心した。

「でも、一個だけ知りたいんだけど。お前、こういうの……苦手になった?」

 俺は秋風の手を掴み、気になっていたことを聞いてみた。

「……」
「モモとは、よくベタベタしてる! ハクとも、夕陽さんとも。何で俺だけ、嫌がるの?」
「嫌ってわけじゃないよ」
「じゃあなんで?」
「……触れたら、俺が……汚してしまう気がして。波青は綺麗すぎるから」



 (………………──は?)


 思わず目が点になってしまった。

 キレイスギル?

 (何を言ってんだ?)

 俺が綺麗……? こいつ、目大丈夫か? 一度病院に連れて行った方がいいのかも。

「…………」
「……──!!」

 ドン引きする俺の反応を見て、秋風は慌てて言い換えた。

「いやっ! ち、違う。その……。そうじゃなくて、今のは冗談。本当は……恥ずかしいだけ。波青とは、幼馴染だから。他のみんなとは違う。今更改まって絡むのが、恥ずかしい」

 (なるほど。びっくりした。冗談か! 良かった……)

「なんだお前、恥ずかしかったのか!」
「……うん」
「へぇ。お前、キャラ変わったと思ってたけど。やっぱり可愛いとこあるのな、今も変わらず」
「……かわいくないよ」
「かわいいぞ」

 俺がぐいっと顔を近づけると、秋風の耳がどんどん赤くなる。
 俺はにんまり笑い、秋風の両肩を掴んだ。

「そんな理由なら、いーや。もっと恥ずかしがらせよっと」
「やめて……!」
「やめない!!」
「ひどいな……。というか、さっき波青も、もう大人だからさすがにキモいって言ったのに」
「キモイは秋風が言ったんだろ」
「俺は波青がそう思っていることを知ってるから……」
「いや……。確かに良い大人がベタベタとか、客観的に見たらキモいだろって思っちゃうんだけど。俺自身は、そうでもないぞ」
「……ほんと?」
「うん。秋風となら、別に嫌じゃない」
「……!」

 秋風が戸惑った顔をした。だけど、どこか嬉しそうでもあった。
 少し体のこわばりが解けているように思う。

「あ。あとさ、怖いのはわかったけど、なんにも言わないで嫌がるのはやめてくれよ。俺だって傷つくんだ。泊まるのとか、断られて、悲しかったんだから」
「悲しませてごめん……。気をつける」
「気をつけることじゃないんだけどな。……はは」
「波青?」

 思わず俺が笑ってしまったら、秋風は不思議そうにした。

「いや……変なのーって、思って。秋風って、空気読めるくせに、分かんないこともあるんだな」
「……波青と接すると、上手くいかないんだよ。昔から」
「……そっか。なるほど。まあお前──」

 次に言うことを思い浮かべていたら、嬉しくってたまらなくなって。俺は、自然と笑顔になった。

「お前俺のこと……と……特別だもんなっ……! ならしょーがない! うん……!」

 自分で言っておいて、気恥ずかしい。でもこれは、事実らしいのだ。今のところちょっと現実とは受け入れ難いけれども。

「…………っっ」

 俺の顔を見て、また秋風の耳が赤くなった。何にも言わず、俯いてしまう。

「…………へへ」

 俺は何だか、誇らしくてたまらなかった。

 一方通行な執着と思っていたのに、秋風も意外と俺の存在を気にしてくれていたことが。

 夢かと思うほど、嬉しい。
 感激だ。これで後から嘘とか言いやがったら、さすがに俺も怒る。ぬか喜びさせやがって……と。

「……な、波青はさっき……俺が震えてた手を握って安心させてくれた、ヒーローだって言ったけど……」
「え?」

 黙っていた秋風が、ふいに口を開いた。

「最初に俺の震える手を握ってくれたのは……波青のほうなんだよ」
「……? そうだっけ」

 思い出せない。

 一体いつのことを言っているんだろう。

 子供の頃の秋風はスキンシップが激しかったから、色々記憶が重なって不鮮明なのだ。

 最初に手を握った時……と言われても。小学生の時のことだろうし、完全に忘れている。

「それって、いつのことだ?」
「……、内緒」

 そう言って、秋風は小さく笑った。

「な、なんだよ。もー……」

 教えてくれないのはモヤモヤしたが、秋風の笑顔が可愛すぎて、完璧に許した。かわいいは正義である。



「──あ……秋風、葉っぱ乗ってるぞ」
「え? あ、ありがとう」

 ふと、上からひらひら落ちてきた葉っぱが秋風の頭の上に乗ったので、取ってあげた。

 指でつまんだ葉っぱを眺めてから、俺は上を見上げてみた。

 見えるのは夜空と、青々しい葉っぱが生い茂った……桜の木。
 ベンチの横にあるこの桜の木は、九年経った今も健在のようだ。

「桜の木……。卒業式の日とは、全然違うな」
「……うん。そうだね」

 あの日は桜の花びらがいっぱい散っていたのに、初夏の今は真逆だ。

 後一ヶ月もすれば、葉っぱの根元に、新しい花芽もつき始めるだろう。

 今から来年の春に向けて、栄養を蓄え、花を咲かす準備をしていく。

 秋に咲いても冬の寒さに耐えられないから。冬を乗り越えるために、夏の間はじっと待って、少しずつ成長しているのだ。

 そんな健気な桜の木の姿からは、希望や何かの始まりを感じられた。

 (……あ。……そっか……)

 俺は、どうしてあの日自分が、散ってしまった花びらを見て物悲しい気分になったのか、今になって分かった。

 あれは、散ったものを見て、終わりを感じたからだ。

 ……でも今日は違う。

 きっとここからまた、始められる。

 中学生の時から止まっていた俺と秋風の時間が、今やっと動き出したような──。

 俺は、そんな気がした。
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