幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

61 隣の席/秋風《後編》

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 ハッとした。

 ……なんで?

 (それは……)

 その方が、場を盛り上げられるから。
 自虐することで人の警戒心を解き、相手の笑顔を引き出せるから。いつもそうしてるから。そこに俺の感情はない。別に、必要ない。

「……」

 (……俺って、つまらない人間だろうか)

 水無瀬にロボットみたいと言われたのも、これでは仕方ないのかもしれない。

 だって、水無瀬の名前は変だとは思わないのに、笑うことは失礼だとすごく焦ったのに、自分の名前のことは自ら弄って笑いに変えてしまった。自分の名前なんてどうでもいいから。

 それを水無瀬に、『矛盾していないか?』と、指摘されてしまったのだ。

 (……そうだ。俺は、自分のことなんてどうでもいい、生きてるか死んでるかも分かんない、意思のない『最低人間』なんだ)

 水無瀬の言葉に、俺は自分の痛い部分を突かれた気がして。
 すごく居た堪れなくなって、目を逸らした。

「…………」

 何の弁解の言葉も出てこない。見られているのが嫌だ。こんなにもくだらない俺を。
 これ以上真っ直ぐな水無瀬と、視線を交わしたくなかった。

「……まあ、俺は気に入ってるけどな。自分の名前」
「え……?」

 気まずい沈黙が落ちてしまったけれど、水無瀬が破ってくれた。
 俺はテンポ良い会話をすることは得意で。誰かに助け舟を出される経験なんて、ほとんどないのに。

「だからさ」

 戸惑って目を上げた俺をひたと見据える水無瀬。

 水無瀬は少しだけ、微笑みを浮かべた。

「お前の名前も──良いと思う。全然変じゃないぞっ。秋風って、綺麗な響きで良いじゃん。自信持てよ」
「……」

 (……自信?)

 そんなの、ない。

 持つ必要もない。

 水無瀬の言ってることは、よく分からない。

 でも──キツイ目元なのに、笑うと、優しくほどけて、ゆるむんだな。
 
 この子は、こんなふうに笑うんだな、って。

 俺は、そんな全然関係ないことを、ぼんやりと思った。

「……」

 思わず口を半開きにして、水無瀬のことを見つめてしまっていた。

 固まる俺にびっくりしたのか、水無瀬は上を向き、気まずそうに首をかいた。

「……あっ! いやっ、えっと……ごめん! 俺、空気読めないってよく言われるんだよな。今もなんか変なこと言ったか!?」
 
 ばつの悪そうな顔から、反省と後悔が伝わってくる。

 それを見て察した。

 俺の矛盾を指摘したことは、水無瀬にとって嫌味とかでは全くなかったのだろう。
 単純な疑問。好奇心。水無瀬はただ、真っ直ぐなだけの子なのかもしれない。

「いや……俺の方こそごめんね」

 そっぽを向いてしまった水無瀬に迫るように、俺は顔を近づけた。

「ん!?」
「急に静かになっちゃって、ごめん。言葉が上手く出てこなくて……」
「……い、意外。蓮見って、いつもよどみなく話せてるイメージだけど……」

俺を振り返った水無瀬は、顎を引いて「まじですごいもん、お前」と羨ましそうに続けた。

「誰に対しても。女子も男子もぜんぶ関係なく、みんなと仲良くしてるじゃん? 保護者や先生だって、みーんなお前に夢中だよ」
「……」

 拗ねたふうに目を細める水無瀬の表情に、なぜだか俺の胸はむずむずした。

「……そ、……」

 (『そんなことないよ』? 『そうなのかな?』『だから、なに?』『水無瀬はどう思うの』『じゃあ水無瀬も俺と仲良くしようよ』)

 ちがう。

 これじゃない。あれでもない。

 言葉が浮かんでは消える。

 変な感じ。

 いつもはできることが、上手くいかない。

 俺は水無瀬の反応を気にしている。

 言葉を探して探して、いつも以上に正解の回答に固執している。選択を無性に間違えたくなかった。

 なんとなく、この子に……見限られたくない気がした。

「おはようございま~す!」
「あ……──」

 頭の中がぐるぐると回り結局何も言えないまま、先生が教室のドアを開けて入ってきてしまった。時間切れだ。

「……」

 水無瀬の視線は俺から先生のいる黒板に移り、完全に空気が途切れる。

 今言い募ったら空気が読めていないことになってしまう。

 (ああ……何でも良いから、何か言えばよかった……)

 俺は後悔しながら、こっそり歯噛みした。

 ──明日こそ、仲良くなろう。

 そう決意して、一日を過ごした。


 *
 

 次の日は、着席するなり水無瀬に笑って声をかけた。朝の会が始まる前に、リベンジだ。

「おはよう、水無瀬」
「……はよ」

 水無瀬は愛想笑いも返さずに、無表情で俺を見上げてきた。
 俺はドキドキして、すぐに視線を逸らし、筆箱を机の上に出すのに集中するフリをした。

 (……こわい)

 また見透かされたらどうしよう? また、俺のつまらなさを指摘されたら……。

 俺の中でもう水無瀬は、真っ直ぐすぎてちょっと怖い、やりにくい相手という認識だ。

 (えっと、えっと……なんか、話題……)

「……水無瀬、三限の宿題やった?」
「やった」
「そ、そっか。結構難しかったよね」
「うん、まあ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」

 (終わった……っ)

「……なんでそんなこと聞いてきたんだ?」

 昨日も聞いた、『なんで』だ。
 水無瀬は質問する癖があるのだろうか。
 尋問されてる気分になり、どうしても身構えてしまう。

「……え。えっ、と……もし、水無瀬が宿題を忘れてたら、俺の答えを見せてあげようかな、って。……そう思っただけ」
「え? なんで。せっかく蓮見がやったんじゃん。俺に見せる必要なくない」
「……」

 (ああ……もう……)

 どうしたら。何を言えば満足してくれるんだ、この子は。

「なんでもなにも、理由なんか要る? そうしたいと思うからそうするだけだよ」

 困った俺は、思わずぶっきらぼうな言い方になってしまった。

「……へぇ、」

 水無瀬がぱちくりと瞬きする。

 それから、俺を見つめたまましみじみと呟いた。

「優しいんだなぁ。蓮見って……」
「……」

 (はぁっ……?)

 優しいなんて。毎日のように言われている。埋もれるくらいに、たくさん。

 笑顔で『やさしーありがとー!』ってクラスメイトに喜ばれたり、『えらいね、蓮見くんは。優しいね』って大人に褒められたり。
 だけどこんなふうに……真顔で独り言みたいに呟かれたことは、一度もない。

 だから、水無瀬のあまりのストレートさに俺は思わずぎょっとしてしまった。

 耳に熱が集まったのも、きっとそのせいだ。

「……っ」
「俺は人に宿題見せたいとか、自然に思うことないからさ。蓮見はすごく親切な奴なんだなーって。そう思うわ」
「……!!」

 俺は首を横に振り、俯いた。

「ち、ちがう。俺、そうじゃなくて……ただ、水無瀬と仲良くなりたくて。だから、なんでも良いから、会話のきっかけを探してたの。優しいとかじゃ……」

 恥ずかしい。水無瀬と話すと、恥ずかしい思いをしてばかりだ。

「仲良く……? 俺?」

 水無瀬は驚いた声をあげた。

 上目遣いで様子を伺っていると、彼は自分を指差し、解さないと言わんばかりに眉を寄せている。

「み、水無瀬……?」
「……あー」

 水無瀬は何事かを一人で納得したのか。ややあって、遠い目で頷いた。

「やっぱり優しいんだなぁ、お前!」
「ええ!!?」

 意味がわからなかった。
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