76 / 264
秋風視点 過去編
61 隣の席/秋風《後編》
しおりを挟むハッとした。
……なんで?
(それは……)
その方が、場を盛り上げられるから。
自虐することで人の警戒心を解き、相手の笑顔を引き出せるから。いつもそうしてるから。そこに俺の感情はない。別に、必要ない。
「……」
(……俺って、つまらない人間だろうか)
水無瀬にロボットみたいと言われたのも、これでは仕方ないのかもしれない。
だって、水無瀬の名前は変だとは思わないのに、笑うことは失礼だとすごく焦ったのに、自分の名前のことは自ら弄って笑いに変えてしまった。自分の名前なんてどうでもいいから。
それを水無瀬に、『矛盾していないか?』と、指摘されてしまったのだ。
(……そうだ。俺は、自分のことなんてどうでもいい、生きてるか死んでるかも分かんない、意思のない『最低人間』なんだ)
水無瀬の言葉に、俺は自分の痛い部分を突かれた気がして。
すごく居た堪れなくなって、目を逸らした。
「…………」
何の弁解の言葉も出てこない。見られているのが嫌だ。こんなにもくだらない俺を。
これ以上真っ直ぐな水無瀬と、視線を交わしたくなかった。
「……まあ、俺は気に入ってるけどな。自分の名前」
「え……?」
気まずい沈黙が落ちてしまったけれど、水無瀬が破ってくれた。
俺はテンポ良い会話をすることは得意で。誰かに助け舟を出される経験なんて、ほとんどないのに。
「だからさ」
戸惑って目を上げた俺をひたと見据える水無瀬。
水無瀬は少しだけ、微笑みを浮かべた。
「お前の名前も──良いと思う。全然変じゃないぞっ。秋風って、綺麗な響きで良いじゃん。自信持てよ」
「……」
(……自信?)
そんなの、ない。
持つ必要もない。
水無瀬の言ってることは、よく分からない。
でも──キツイ目元なのに、笑うと、優しくほどけて、ゆるむんだな。
この子は、こんなふうに笑うんだな、って。
俺は、そんな全然関係ないことを、ぼんやりと思った。
「……」
思わず口を半開きにして、水無瀬のことを見つめてしまっていた。
固まる俺にびっくりしたのか、水無瀬は上を向き、気まずそうに首をかいた。
「……あっ! いやっ、えっと……ごめん! 俺、空気読めないってよく言われるんだよな。今もなんか変なこと言ったか!?」
ばつの悪そうな顔から、反省と後悔が伝わってくる。
それを見て察した。
俺の矛盾を指摘したことは、水無瀬にとって嫌味とかでは全くなかったのだろう。
単純な疑問。好奇心。水無瀬はただ、真っ直ぐなだけの子なのかもしれない。
「いや……俺の方こそごめんね」
そっぽを向いてしまった水無瀬に迫るように、俺は顔を近づけた。
「ん!?」
「急に静かになっちゃって、ごめん。言葉が上手く出てこなくて……」
「……い、意外。蓮見って、いつもよどみなく話せてるイメージだけど……」
俺を振り返った水無瀬は、顎を引いて「まじですごいもん、お前」と羨ましそうに続けた。
「誰に対しても。女子も男子もぜんぶ関係なく、みんなと仲良くしてるじゃん? 保護者や先生だって、みーんなお前に夢中だよ」
「……」
拗ねたふうに目を細める水無瀬の表情に、なぜだか俺の胸はむずむずした。
「……そ、……」
(『そんなことないよ』? 『そうなのかな?』『だから、なに?』『水無瀬はどう思うの』『じゃあ水無瀬も俺と仲良くしようよ』)
ちがう。
これじゃない。あれでもない。
言葉が浮かんでは消える。
変な感じ。
いつもはできることが、上手くいかない。
俺は水無瀬の反応を気にしている。
言葉を探して探して、いつも以上に正解の回答に固執している。選択を無性に間違えたくなかった。
なんとなく、この子に……見限られたくない気がした。
「おはようございま~す!」
「あ……──」
頭の中がぐるぐると回り結局何も言えないまま、先生が教室のドアを開けて入ってきてしまった。時間切れだ。
「……」
水無瀬の視線は俺から先生のいる黒板に移り、完全に空気が途切れる。
今言い募ったら空気が読めていないことになってしまう。
(ああ……何でも良いから、何か言えばよかった……)
俺は後悔しながら、こっそり歯噛みした。
──明日こそ、仲良くなろう。
そう決意して、一日を過ごした。
*
次の日は、着席するなり水無瀬に笑って声をかけた。朝の会が始まる前に、リベンジだ。
「おはよう、水無瀬」
「……はよ」
水無瀬は愛想笑いも返さずに、無表情で俺を見上げてきた。
俺はドキドキして、すぐに視線を逸らし、筆箱を机の上に出すのに集中するフリをした。
(……こわい)
また見透かされたらどうしよう? また、俺のつまらなさを指摘されたら……。
俺の中でもう水無瀬は、真っ直ぐすぎてちょっと怖い、やりにくい相手という認識だ。
(えっと、えっと……なんか、話題……)
「……水無瀬、三限の宿題やった?」
「やった」
「そ、そっか。結構難しかったよね」
「うん、まあ」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
(終わった……っ)
「……なんでそんなこと聞いてきたんだ?」
昨日も聞いた、『なんで』だ。
水無瀬は質問する癖があるのだろうか。
尋問されてる気分になり、どうしても身構えてしまう。
「……え。えっ、と……もし、水無瀬が宿題を忘れてたら、俺の答えを見せてあげようかな、って。……そう思っただけ」
「え? なんで。せっかく蓮見がやったんじゃん。俺に見せる必要なくない」
「……」
(ああ……もう……)
どうしたら。何を言えば満足してくれるんだ、この子は。
「なんでもなにも、理由なんか要る? そうしたいと思うからそうするだけだよ」
困った俺は、思わずぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「……へぇ、」
水無瀬がぱちくりと瞬きする。
それから、俺を見つめたまましみじみと呟いた。
「優しいんだなぁ。蓮見って……」
「……」
(はぁっ……?)
優しいなんて。毎日のように言われている。埋もれるくらいに、たくさん。
笑顔で『やさしーありがとー!』ってクラスメイトに喜ばれたり、『えらいね、蓮見くんは。優しいね』って大人に褒められたり。
だけどこんなふうに……真顔で独り言みたいに呟かれたことは、一度もない。
だから、水無瀬のあまりのストレートさに俺は思わずぎょっとしてしまった。
耳に熱が集まったのも、きっとそのせいだ。
「……っ」
「俺は人に宿題見せたいとか、自然に思うことないからさ。蓮見はすごく親切な奴なんだなーって。そう思うわ」
「……!!」
俺は首を横に振り、俯いた。
「ち、ちがう。俺、そうじゃなくて……ただ、水無瀬と仲良くなりたくて。だから、なんでも良いから、会話のきっかけを探してたの。優しいとかじゃ……」
恥ずかしい。水無瀬と話すと、恥ずかしい思いをしてばかりだ。
「仲良く……? 俺?」
水無瀬は驚いた声をあげた。
上目遣いで様子を伺っていると、彼は自分を指差し、解さないと言わんばかりに眉を寄せている。
「み、水無瀬……?」
「……あー」
水無瀬は何事かを一人で納得したのか。ややあって、遠い目で頷いた。
「やっぱり優しいんだなぁ、お前!」
「ええ!!?」
意味がわからなかった。
175
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる
ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。
そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。
「一緒にコラボ配信、しない?」
顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。
これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。
※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。
正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜
ゆず
BL
俺は、敵組織ディヴァイアンに所属する、ただの雑魚モブ。
毎回出撃しては正義の戦隊ゼットレンジャーに吹き飛ばされる、ただのバイト戦闘員。
……の、はずだった。
「こんにちは。今日もお元気そうで安心しました」
「そのマスク、新しくされましたね。とてもお似合いです」
……なぜか、ヒーロー側の“グリーン”だけが、俺のことを毎回即座に識別してくる。
どんなマスクをかぶっても。
どんな戦場でも。
俺がいると、あいつは絶対に見つけ出して、にこやかに近づいてくる。
――なんでわかんの?
バイト辞めたい。え、なんで辞めさせてもらえないの?
――――――――――――――――――
執着溺愛系ヒーロー × モブ
ただのバイトでゆるーく働くつもりだったモブがヒーローに執着され敵幹部にも何故か愛されてるお話。
執着騎士団長と、筋肉中毒の治癒師
マンスーン
BL
現代日本から異世界へ転生した治癒師のレオには、誰にも言えない秘密がある。
それは「定期的に極上の筋肉に触れて生命力を摂取しないと、魔力欠乏で死んでしまう」という特異体質であること!
命をつなぐため、そして何より己のフェティシズムを満たすため、レオがターゲットに選んだのは「氷の騎士団長」と恐れられる英雄ガドリエル。
「あぁっ、すごい……硬いですガドリエル様ッ!(大胸筋が)」
「……っ、治療中にそんな熱っぽい声を出すなッ」
生きるために必死で揉みしだくレオを、ガドリエルは「これほど俺の身を案じてくれるとは」と都合よく勘違い
触られたいムッツリ攻め×触りたい変態受け
仲良くなったと思った相手は、どうやら友達なんて作りたくないらしい
たけむら
BL
仲良くなった相手は、どうやら友達なんて要らないっぽい
石見陽葵には、大学に入ってから知り合った友人・壬生奏明がいる。少し冷たそうな第一印象から周りの学生に遠巻きにされている奏明に、とある提案をしてみると、衝撃的な一言が返ってきて…?
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
【完結】後悔は再会の果てへ
関鷹親
BL
日々仕事で疲労困憊の松沢月人は、通勤中に倒れてしまう。
その時に助けてくれたのは、自らが縁を切ったはずの青柳晃成だった。
数年ぶりの再会に戸惑いながらも、変わらず接してくれる晃成に強く惹かれてしまう。
小さい頃から育ててきた独占欲は、縁を切ったくらいではなくなりはしない。
そうして再び始まった交流の中で、二人は一つの答えに辿り着く。
末っ子気質の甘ん坊大型犬×しっかり者の男前
天使から美形へと成長した幼馴染から、放課後の美術室に呼ばれたら
たけむら
BL
美形で天才肌の幼馴染✕ちょっと鈍感な高校生
海野想は、保育園の頃からの幼馴染である、朝川唯斗と同じ高校に進学した。かつて天使のような可愛さを持っていた唯斗は、立派な美形へと変貌し、今は絵の勉強を進めている。
そんなある日、数学の補習を終えた想が唯斗を美術室へと迎えに行くと、唯斗はひどく驚いた顔をしていて…?
※1話から4話までは別タイトルでpixivに掲載しております。続きも書きたくなったので、ゆっくりではありますが更新していきますね。
※第4話の冒頭が消えておりましたので直しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる