幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

65 あ……/秋風《前編》

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 怪我はしていなかったのか、水無瀬は早退することなく、次の授業が始まる前の休み時間には教室に戻ってきた。
 保健室で着替えたのだろう、体操服から私服に戻っている。

「……」

 水無瀬が入ってきた瞬間、談笑していた教室がシーンとなった。
 嫌な沈黙の中、水無瀬はとぼとぼ歩き、俺の隣に座った。

「み──」
「……」

 俺が声をかける前に、水無瀬は机の上に腕を乗せて顔を伏せてしまった。眠るような体勢だ。
 まるで全てのものを拒絶しているみたいな。全身から話しかけるなオーラを感じる。

 その姿を見て、あちこちで吹き出す声が聞こえた。

「なにあれ」
「拗ねてるんじゃない?」
「避けられないほうが悪いのに」
「ドッジボールで不機嫌になるって、幼稚園児みたい」
「言えてる……!」
「しーっ、聞こえたらかわいそうじゃん!」
「聞こえないって~あはは」

 遠くの方の、囁き声でヒソヒソ話しているグループを俺はじっと見た。

「……」
「……──!」

 俺の視線に気づいた女子達は笑顔の形のまま固まって、ばっと前を向いた。そのまま、ばつが悪そうに沈黙している。
 さっきまでこっちを振り返って楽しそうにしていたのに。
 人に見られたくらいで反省するなら、最初から言わなければ良いのにと思う。

「……」

 (でも……俺も人のことを言えないな)

 責めるようなことを言って、水無瀬を泣かせてしまった。
 俺だって、あの女子達と同類だ。

 (謝らなきゃ。ちゃんと……)

 そう決心していた時、ちょうど休み時間が終わってしまい、担任の先生が入ってきた。

「ういーーー」

 体育も他の教科もずっとこの人だ。

 先生は水無瀬の姿を見るなり、腕を組んで顔をしかめた。

「おっ! 水無瀬~。体育は結局戻ってこなかったな。ずっと保健室で寝てたのか?」
「あ……、……すみません」
「どうせお前、運動したくないからサボってたんだろ。そんなんだから体育の成績どん底なんだぞ」
「……!」

 先生の言葉にクラス中に笑いが起こった。

 珍しくウケて気をよくしたのか、先生はひくりとニヤけて、気持ちよさそうに説教を続けた。

「……全く、最近の子供は本当に弱々しい! 甘やかされてる世代だから、苦手なものからどんどん逃げて、できないことばかり増えて。先生は一人一人のそういうダメな部分としっかり向き合って、直してやらないといけないと思っているぞ。これは、お前達が中学校に上がってから恥をかかないように言ってるんだ。そういえば先生が子供の時も──」
「……」

 横を見てみれば、水無瀬は悲しそうに俯き、自分の太ももを見つめていた。
 俺はたまらず手を挙げていた。

「先生」
「……ん? なんだ? 蓮見」
「いつも僕たちのことを考えてくださりありがとうございます。毎日金子先生の熱いお気持ちが伝わってきて、こんな熱心で親身な先生、他にはいないと感動してしまいます」
「お。おぉ……そ、そうか」
「授業もとても丁寧でわかりやすくて、本当にありがたいなと思います。満点を取れるのは先生の教え方のおかげです! いつもお家で家族に先生の授業の素晴らしさを語って、良い先生なんだねと言われてて」
「ははははっ……いやぁ、家でもか……」

 大嘘だ。俺は家族と話なんてしない。
 しかし、事実か嘘かなんてどうだって良い。相手がどう思うかのほうが大事なのだから。

「──まぁまぁまぁ。そうでもないけどな? 優等生のお前が言うならそうなんだろうっ。だははは!!」
「今日は百二十ページからでしょうか?」
「! おお! そうだ。よく覚えているな。感心感心。それじゃあみんな、教科書を開いて。前回の続きから──」

 簡単に誘導に乗ってくれた。
 やっと授業を始める気になったようだ。

「……ナイス! さすが!」

 前の席の男の子が俺を振り返り、小声で親指を立ててきた。

「王子、すごい! 毎回金子の長話遮ってくれるよね」
「ほんとほんと。誰かが止めなきゃ武勇伝語りすぎて授業時間の半分は話続けてるよ」
「誰も聞いてないっつーの……!」

 右隣の列の子たちも喜んでいる。

 いつもはそれを見て、良かった、正解だった……と俺は自分の行動に安心する。

 (でも……)

 今日は違う。

 今日は、クラスのみんなが嫌そうにしているから空気を読んだというわけじゃない。

 クラスのみんなじゃなく、先生に詰められて縮こまっていた水無瀬のことが気になって手を挙げたのだ。

 だから、他の誰が喜んだって、肝心の水無瀬が困ったままだったら意味がない。

 俺は挙げていた手を降ろし、緊張しながら隣をうかがった。

「……」

 すると、水無瀬も俺を見ていて、目が合った。

 (……どんな表情? それ……)

 水無瀬はなんとも言えない表情でじーっとこっちを見ている。

 上目遣いで見られていると、俺の胸はソワソワ落ち着きがなくなってしまった。

「……助かった」
「! う、うん……全然!」

 水無瀬がボソッと呟き、俺に会釈してくる。迷惑じゃなかったみたいでホッとした。

 けれど、いつもなら、このまま椅子ごと体を寄せて俺のノートを覗き込んでくるのに……。

 今日の水無瀬は、静かに自分の教科書を広げ始めた。

 どことなく他人行儀な気がする。

 やっぱり、保健室に行く時俺が強い言葉を発してしまったからだろう。

 何週間も毎日話しかけて少しずつ心を開いてくれたと思っていたけど、俺の失敗で一瞬で遠いところに行ってしまった。

「……」

 最近もはや習慣になっていた、水無瀬の『蓮見、教えて。ここってどういう意味?』という言葉がない授業は、いやに寂しく思える。

 つまらない授業が終わるまで、結局一度も水無瀬が俺に質問してくれることはなかった。


 *


 帰りの会が終わった瞬間、俺は急いで立ち上がった。

 一番に教室を出て行く水無瀬に着いて行って、一緒に帰ろうという算段だ。
 お迎えの為に水無瀬が家に早く帰らなきゃいけないのは知っているけど、だったら俺も一緒に帰れば、水無瀬の家に着くまでの道で話す時間が取れるはず。

 (今日中に謝ったほうがいいよな。時間が経てば経つほど気まずくなっちゃうだろうし……)

 今日解決できなければ、これからもずっとぎこちない空気かもしれない。
 後一ヶ月か二ヶ月か経ったら、きっと最初の席替えが来てしまうのに。今は水無瀬と隣の席でいられる貴重な期間だ。このまま、話せないままで終わりたくなんてない。

「水無瀬、今日──」
「蓮見! お前、この教材職員室に運ぶの手伝ってくれないか?」
「……え」

 最悪のタイミングで先生に声をかけられ、俺の声は遮られてしまった。

「えー、秋風が行くなら俺も行く!!」
「私も行く~!」
「ウチもっ!」
「……」

 (……ああ、だしに使われたのか……)

 教卓に乗っている教材は、どう見ても子供一人で運べる量じゃない。俺が来れば、どうせみんなも着いてくるから俺に声をかけたのだろう。

 (なんてやつだ……)

「──なあ」

 先生を心の中で恨んでいたら、隣から声がした。俺は急いで振り向いた。

「……それが終わったら、ちょっと時間あるか?」  

 水無瀬が自分の席に座ったまま、遠慮がちに俺のことを見上げてきている。

「じ、時間……?」
「……話がしたいんだけど……」
「!! い、いいよ! もちろん。俺も水無瀬と話したいって思ってたし、声かけようって思ってた!」

 俺は慌ててぶんぶんと首を縦に振った。

「そ、そっか……」

 水無瀬は安心した顔をし、ランドセルを背負った。

「じゃあ、今日はお迎え一緒に行けないって、俺、一旦家帰って父さんに伝えてくるわ」
「あ……」
「それで、走ってもう一回学校に来る。そしたら……会える?」
「……うん、分かった。待ってる! 昇降口で待ち合わせでいい?」
「おう。じゃあ、行ってくる。後でな……!」

 水無瀬はぴゅーっと教室を出て走って行った。

「……」

 (水無瀬も俺と話したいって思ってくれてたんだ……)

 俺と同じように、このまま気まずいままは嫌だと。なんとかしなければと。そう考えて、声をかけてくれたのだろうか。
 いつものお迎えを無しにしてまで俺と話すことを優先してくれたんだと思うと──申し訳ない気持ちと、嬉しさが同時に湧いてきて……なんだかすごく変な感じがした。
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