幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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秋風視点 過去編

68 妹/秋風

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 家政婦さんに妹の華の部屋に通され、中に入る。

 華はベッドに座り携帯型ゲームで遊んでいるところだった。

「お兄ちゃん、ここまで来るのに誰とも会わなかった?」

 開口一番にそう聞かれたので、俺はドア付近に立ったまま頷いた。

「家政婦さんたちだけかな」
「そう。お姉ちゃんには気をつけたほうがいいよ~。お姉ちゃん、お兄ちゃんのこと大嫌いだから!!」
「……うん」
「あとパパ! パパと目が合っただけでお兄ちゃん、どうなるか。普通にお話ししてあげるだけ華は優しいよね」
「そうだね」

 離れに隔離されているから遭遇することはほぼないけど、華の言う通り目が合っただけでどうなるか。出くわさないよう気をつけなくてはいけない。

「それで、なんで俺を呼び出したの?」

 用件を尋ねると、華はゲーム機を置き足を組んで俺を見上げた。

「次の授業参観、お兄ちゃんに来てもらおうと思って。パパはお仕事で来られないって言うから。ママと一緒に来てね?」
「授業参観……」

 華の授業参観は土曜日だったはずだから俺は学校もないし別に大丈夫だけど……。よりにもよってなんで俺なんだろう。
 ほとんど会話を交わさない、同じ屋根の下にも住んでいない他人のような俺よりも、姉に来てもらった方が華も安心だろうに。

「みんなのパパとママの間で噂が広まってるみたいでね、華のお兄ちゃんがすっごいイケメンだって有名なのっ! 今度見せてあげるってミサキちゃんたちと約束しちゃったんだ~~」

 (あぁ、そういうことか……)

「あっ学校の制服じゃだめだよ! 一番素敵なお洋服で着て! 自慢するんだから!!」
「……うん。分かった」

 こういうことは度々ある。自分じゃないものを人に自慢して何になるんだろう……と、最初は不思議に思っていた。
 しかし、今ではもう理解している。
 妹にとって俺は、アクセサリーと同じ。所有物を見せびらかして、人を羨ましがらせて、悦に浸る。それだけの、単純な欲求だ。

「お兄ちゃんは華より下なんだから、言うことをきかなきゃいけないの。──ね? 分かってるよね?」

 いまいち覇気のない返事の俺が気にさわったのか、華は目をすがめて念を押してきた。

「もちろん分かってるよ」

 俺は急いで笑顔を作り、華の足元に膝をついた。
 お姫様を扱うようにその手を握ると、華は満更でもない表情で首をかしげた。

「もう……しっかりしてよね」
「……」

 華がこんなふうな態度をとってくるのは、仕方がない。この家で俺の立場が最底辺だと知っているからだ。

 この家のピラミッドの頂点には、義父が君臨している。
 その一つ下に、華の姉で、時期跡取りということが決まっている蓮見怜。
 その下に、義父に愛されている華と、俺の母。

 そして、途方もない間隔を空けて、一番下に俺がいる。

 俺が一番下なのは、純粋に、最上位の義父が俺の事を大層嫌っているからだ。

 食事の席に一緒になる事を嫌がるので、他の四人の家族が囲む食卓に俺が加われたことは今まで一度たりともない。俺はいつも離れで一人食事をとっている。

 買い物も旅行もドライブも、すべて連れていかれることはない。
 華も幼い頃は、『どうして?』『お兄ちゃんも一緒に食べようよ』『なんでお兄ちゃんだけお留守番なの?』と不思議そうにしていたけれど、義父の俺への態度を近くで見てだんだん理解したのだろう。
 次第に、『お兄ちゃんは息子じゃないってパパが言ってた! この家の家族じゃないって!』と意気揚々と教えてくれるようにまでなっていた。

 こないだは、『家族じゃないのに家に置いてあげるなんて、パパって優しいよね。お兄ちゃん、華たちに感謝しないと』『ご飯もらって、寝床用意してもらって……あっ! 分かった! お兄ちゃんは、ペットなんだ』などと嬉しそうに頷いていた。

 でも、反論の余地はなかった。

 俺はまだ自力でお金が稼げる年齢ではないし、義父に養ってもらっていることは確かだ。
 義父からしたら俺は血も繋がってない、ただの連れ子で、他人なのに。ペットというのは言い得て妙である。

 (早く自立して、この家を出よう)

 蓮見の名前に恥じぬよう、義父の出身校である難関大学に進む事は今から義務付けられている。ご子息が会長と同じ大学を……という、周囲からの賛辞を得る為だと思う。

 しかし、逆に言えば、大学さえ決められたところに行き家名の体裁を守れさえすれば、その後は好きに生きていいということだ。俺は家族じゃないから、細かい生き方なんてどうでも良いらしい。

 そう思えば、次期跡取りとして英才教育を叩き込まれている義理の姉よりは、俺の方がよほど将来の選択肢が広くて恵まれていると言えるだろう。

 (高校でたくさんアルバイトして、大学からは一人暮らしだ)

 未来のことを考えると、心が躍る。

 今はお金も自由になる時間も何もかもが足りないから。歯痒いことばかりだ。

 土日に一時間だけ波青と遊ぶことはあるけれど、二人とも使えるお金が限られているので、いつも公園で喋ったり買いもしないのに駅前の商業施設をうろついたりするだけになってしまっている。

 この間、商業施設の中のゲームセンターを通りがかった時、波青が立ち止まったから『やる?』って聞いたことがあった。
 でも波青は、『海乃莉と海依斗を連れてきたら喜びそうだなって思っただけ』と苦笑し、首を横に振った。

 本当にそう思ったのかもしれないし、そうじゃなかったのかもしれない。

 その時は判断がつかなかったけど……ただ、クレーンゲームのガラスに両手をついて中を覗き込んでいる波青の横顔が、無性に目に焼きついて離れなかった。

 クラスメイトが教室で新作ゲームの感想を語るのを聞いている時も、波青はおんなじ顔をする。
 目を輝かせて、知らない世界を眺めているような、興奮と羨望を混ぜ合わせたような表情を。

 (波青はきっと、ゲームをやってみたいんだろうな)

 観察しているうちに、そう結論が出た。

 だから、高校生になったら絶対、アルバイト代で波青にゲームをプレゼントしたいと思っている。
 波青も高校生になったらお金を手にするだろうけど、いつだって双子を優先するところがあるし、自分には絶対買わないはず。波青が自分の欲求を蔑ろにする分、俺が大切にしなければ。

 そして、大学生になって自分の家もできたら、そこに波青を招待して、二人きりで過ごしてみたい。二人でやったことのないゲームをして、波青の楽しそうに笑う姿を見て。

 そんなことを妄想しては、なんて素敵な日々なんだろうと浮ついてしまう。

 生まれてからずっと、やりたいことなんてないし、未来に希望もないし、このまま最後まで屍のように生きていくのだと思っていた。

 なのに、最近の俺は、夢を見ている。

 波青と一緒にやりたいこと、波青と共有したい景色、波青にプレゼントしたいもの、どれも山ほどある。

 自由な時間やお金をたくさん手に入れられるような、立派な大人になることができれば、きっと全部叶えられるはずだ。

 それまではこの家で、息を潜めて生きていけば良いだけ。
 一番下の立場だからって構わない。
 家族にどう思われようが、蔑まれようが、俺には大事な友達との明るい未来が待っている。

 それに、義父も義姉も遭遇することは滅多にない。
 俺に接触を図ってくるのは家族の中で妹だけで、その妹も歳が離れていてまだ子供だ。
 子供だから、どんなことをしてきても大きな問題は起こらないだろうし……。

 そう、思っていた。


 この日までは。


 *


「──どうして学校に来たのよ!!」

 バコッ。
 華の、教科書が詰まったランドセルが俺の頭に思い切りぶつかった。

 土曜日、頼まれた通り授業参観に行って、何事もなく無事にミッションを終えたと思っていた。

 しかし、学校から帰ってくるなり華の部屋に呼び出され、正座を強制されたかと思えば、今なぜか──ランドセルを叩きつけられている。

「……っ……!? え……、?」

 妹に暴力をふるわれたのは初めてだったので、びっくりして反応が遅れてしまった。小学一年生の力とはいえ、物を使われたら想像以上の衝撃があった。

「……学校に行っちゃいけなかった? でも、授業参観に来てって──」
「男子が……!」
「……?」

 華は取り乱した様子で俺の言葉を遮った。

「男子が、お兄ちゃんの方が綺麗だって……女のくせに華、男に負けてる、ダサいって言うの! 言われたの!!」
「……! そんなこと、」
「負けてない!! お兄ちゃんは、華の下なんだよ! あいつら全然分かってない! お兄ちゃんは、ただのペットなのに! 綺麗綺麗って、うるさいっっ」

 地団駄を踏み、髪を振り乱している。

「ミサキちゃんも、マイちゃんもリンちゃんも、お兄ちゃんのことばっかり!! すごいのは華なのに。お兄ちゃんを持ってる華がすごいのっ……! あんたはすごくない!!」
「お、落ち着いて……分かってる。俺は綺麗じゃない。華の方が綺麗だよ」
「うるさい! 動くなっ! ペットのくせに、喋るなっ!」

 華が両手で肩を押してきて、俺はどんっと床に仰向けに倒れ込んだ。
 見上げた先、ランドセルがまた振りかぶられる光景を見て、慌てて目をつむった。

 人間の自己防衛本能なのか、勝手に手が前に出て頭を守る。手に痺れるような痛みが走ったけど、頭は無事だった。

「手、やめて! 邪魔!!」

 防御したことが気に入らなかったのか、手をバシッと払われ、叱責されてしまった。

「……っ」

 俺は震える手を床に下ろし、拳を握りしめた。

 それからは、何度頭にランドセルを叩きつけられても、勝手に自分の手が動かないように気をつけた。

 守らず、無抵抗で、ひたすら衝撃を受け続ける。

 (……大丈夫)

 ただの子供の癇癪だ。

 大丈夫。

 すぐにおさまる……。

 俺は殴られながら、意識を切り離すことに専念した。

 蓮見秋風がめちゃくちゃにされている。

 (……だからどうした?)

 俺には関係ない。

 俺は部屋の右上に浮かんで、サンドバッグになっている蓮見秋風を俯瞰で見下ろす感覚になった。

 そうすると、完全に他人事だった。

 大丈夫だ。

 関係ない。

「……」

 心臓が落ち着いていく。

 何をされても、『俺』は傷つかない。

「はあっ……はあ……ッ」

 子供の体力は少ないので、泣き叫ぶのとランドセルを振り回すのに疲れたのだろう。
 やっと華が落ち着いてくれて、衝撃が止んだ。

「……」

 俺はぼうっと華を見上げた。

 ──この豪華な屋敷の、お姫様。

 俺の妹は、自分が一番でないと嫌なのだ。

 山ほどおもちゃを与えられ、可愛い服をクローゼットいっぱいに敷き詰められ、大人顔負けのアクセサリーを持っている。
 毎日大切にくしを通されていることがわかる艶々の髪に、母譲りの大きな瞳。全身きらびやかで、お嬢様然とした華の姿は、きっとクラスでもチヤホヤされていたはず。
 自分が誰かと比べられ、下の評価をくだされたのが今日初めてだったのだろう。
 それなら、プライドが傷つくのも仕方のないことだろうな……と、俺は華の気持ちをぼんやり想像する。妹の荒々しい息遣いだけが響いている地獄のような室内で、半ば現実逃避をしたかったのかもしれない。

「……はぁ、ハア…………そうだ……」

 ふと、倒れている俺に華が馬乗りになってきた。

「華、良いこと思いついちゃった」

 華は俺の髪を掴んだまま、泣きながら笑う。どこか狂気的な笑顔だった。

「お兄ちゃんは華のことが世界で一番好きでしょ?」
「……」
「みんなが綺麗って言うお兄ちゃんに、一番愛されたら、華が一番綺麗ってことだよね?」

 (……どんな理論だ)

 意味がわからない。でも、子供をまともに相手したって無駄だと知っている。
 ここはとりあえず合わせて機嫌を取るのが良い。

「そうだね。俺は、華のことが大好きだよ」
「一番」
「え?」
「一番好きって言え」

 突然の命令口調にビクッとなってしまった。
 なんの影響だろうか。アニメ……? ワイチューブ?

 義父が見たら腰を抜かすだろう。あの人は、華のことを純粋で無垢な娘と思っているから。

「……一番……」

 まあいいや。なんでも。

 いつものように合わせれば。


「……いちばん、………………」






 (…………あれ?)


 言葉が出てこない。


 ──嫌だ。


 そう思ってしまった。


 ……なぜ?


『一番好きだよ』

 こんな言葉、適当に言ったら良いじゃないか。

 嘘をつくのは得意だ。

 今更心も痛まない。俺はほとんど嘘だけで生きてきたようなものだから。


 ……だけど、


 でも──……。


 ── 『今日から俺、お前のこと秋風って呼んでいい?』

 ──『俺ね、何考えてるかわからないって、昔からよく言われんだ』

 ──『なんか苦手の『なんか』って、むずくねっ!!?』

 ──『……ありがとう、秋風』


「……」


 (波青……)


 言いたくない。一番は、違う。

 心が拒絶している。

 俺は、嫌だと感じている。

 だって、

 (俺が一番好きな人は、波青だ)

 華じゃない。

 水無瀬波青以外、他の誰でもない。

「…………っ」

 こんなわがまま……俺らしくない。

 戸惑って沈黙していたら、華の大きな瞳がグラグラ揺れた。不安定だった。

「どーして黙るの? お兄ちゃん? お兄ちゃん? お兄ちゃん……?」
「あ……」
「華が一番じゃないの? お兄ちゃんのくせに?? どういうこと?」
「……っ」
「…………躾けなきゃ」

 ゆらりと俯いた華は、小さくつぶやいた。

「悪いペットには、お仕置きだね。うん。ミサキちゃんもお家のワンちゃんが言うこと聞かなかったら、メッするんだって、言ってたよ」
「……え……?」

 何をするのかと思ったら、華は急に「キャーーー!!」と大きな悲鳴をあげた。

 バタバタと大人が駆け寄ってくる。

 駆けつけた大人たちに向かって、華が涙目で訴えかけた。

「お兄ちゃんが、華のことぶった!!」
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