幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

文字の大きさ
156 / 264
第2章

105 なんで?《後編》

しおりを挟む
 
 俺が首をかきながら視線を戻していたら、隣の秋風がボソッと呟いた。
 膝の上で組んだ自分の手を見つめて、悲しそうだ。
 どうしたんだろう。明日、嫌なことでもあるのだろうか。

「なに、お前明日仕事か?」
「? あ……、うん。一日スケジュールは入ってるけど……」
「うわーっ。土曜なのに、大変だな~。でも珍し。秋風でも仕事行きたくない日とかあるんだな」

 めんどいとかしんどいとか辛いだとか、秋風の口からそう言った言葉はあんまり聞いたことがない。いつもニコニコ飄々としていて、どれだけ休みがなくても全く気にしないふうな特殊な人間だから。

 でも、さすがに今日は普通の男子みたいに遊んじゃったし、珍しく明日が辛くなったのかも。久々のオフが終わるのが嫌すぎて、このまま時間止まって欲しいなーと思ったんだろう。
 芸能人といえど社畜と似た感情になるのだなと思うと、ちょっと親近感だ。

「……?」
「分かるわ~。俺も、ブラックにいた頃はマジしんどかったもん。毎日毎日終電まで残業して、帰ったら気絶するみたいに寝てさー。なのに残業代は全く出ないから、俺何してんだろってなって。……最終的には、通勤の電車の中で急によくわかんない涙出てきたりして、世界の終わりっていうかさ。あん時は色々やばかったな~……」

 語りながら、俺はハッとして、また会話泥棒をしてしまったことに気がついた。
 人が話しているところをすぐ自分の話題にすり替えるのは、マジで良くない。今は俺じゃなくて、秋風の仕事の愚痴を聞くターンだったはずだ。

 (桃星にも何度も注意してもらってるのに、どうして直らないんだ。俺のバカ……)

 我ながら、ちょっとは大人しく聞き役をやって欲しい。

 多分、話すの大好きなくせに友達いないから、たまに自分の話を聞いてくれる人がいるとすぐ調子に乗っちゃうんだと思う。

「あ、ごめ──」
「そうだよね……すごく大変だったよね。本当に、すごく……」

 だけど秋風は、俺の自分語りに気分を害した様子もなく、辛そうな声で寄り添ってくれた。

 そして、とても真剣な表情で、聞いてきた。

「今はどう? 辛いことはない……?」
「え? ……今は……。……」

 俺は瞬きし、少し考えた。

 (そりゃ……たくさんの匿名の人に自分をボロクソに言われるのは、もちろん辛い……)

 ……けど……。

 だけど、その分以上の有り余るリターンをもらってることも、確かだ。

 俺みたいな、特技も魅力もないただの一般人が人気グループであるごちゃまぜに置いてもらっていること自体、そもそもが可笑しい。異常事態だ。俺をクビにして他の有名な人を入れた方がもっともっと人気が出るだろうに、なぜだかそれもない……。

 だから、今の環境には、感謝してもしきれない。

 メンタルは置いておいて、身体的にはかなり楽になったわけだし。

「ええっと……今は、すごく助かってるぞ」
「本当?」
「おう。だって、朝普通に起きてな、双子を見送って、のんびりごちゃハウス向かって……。それから、夕方まで編集して、ちゃんと夕飯までには家に帰れる! 前みたいに、深夜まで残業することはないし、休日出勤もないし、休みだって自分で選べるし。かなり規則正しい生活ができてるよな。……顔出し配信とかは、もちろん最初は抵抗感あったけど。今はもうさすがに慣れてきたし……」

 会社員をしていた頃は、始業時間の一時間前には会社に到着するようにしていた。新人が始業前にオフィスの掃除と雑務を毎朝しなきゃいけないルールがあったのと、少しでも夜の残業を減らすためだ。

 それに加え勤務先も遠かったから、俺が家を出るのは大体早朝だった。

 毎日睡眠時間は極小で。自律神経もガタガタで……。あの頃の俺は完全に、『ワークライフバランス? なにそれ?』状態だった。

 (もし家族がいなかったら、一旦退職してしばらくは貯金を崩す生活をするって選択肢も全然アリだったんだけどな……)

 だけど、俺が我が家の大黒柱な時点で、その道はなかった。

 辞めようとか休もうとか思うたび、家族のことが頭にチラついて、投げ出せないと思い直して。止まろうとする足を無理やり動かすような感覚。

 学生時代にしていたアルバイトがいかに楽だったかを毎日痛感しては、学生に戻りたい……目が起きたら時間が巻き戻っててくれないだろうか……とどうにもならないことを願った。叶いもしない現実逃避をするくらい、追い詰められていたのかもしれない。

 でも、二十歳の時に秋風にグループに誘ってもらえて、そんな生活が一変した。

 まさしくあれは、俺の人生の転機だった。

「本当、ごちゃまぜに入ってからは俺、急に人間らしい生活を取り戻せたんだ! なによりも、双子や父さんと過ごせる時間が増えたのが、一番嬉しくって……!」
「……うん。本当に良かった」

 秋風は俺の話を自分のことのように嬉しそうに微笑んで聞いてくれている。

「…………」

 (……よく考えたら、全部全部、こいつのおかげなんだよな……)

 なのに再会したばかりの頃の俺は、拗ねていた。

 何年も音信不通だったくせに、お前は俺を避けたくせに、今更なんなんだと。
 ずっと俺の誘いを断ったお前が、どういうつもりで同じグループなんかに誘って来たんだと。

 秋風のことがちっとも解らなかったし、不貞腐れた感情や、疑いの気持ちがたくさんあって、ちゃんとお礼すら言えてなかったかもしれない。今思えば、俺はとんでもなく不義理なやつだ。

「……あのさ……」
「? どうしたの?」

 俺が真顔で姿勢を正して秋風に向き直ると、不思議そうな顔をされた。
 いきなりどうしたのかと思ったのかも。

 (うーん。一日中ふざけきってて、急にガチトーンになるのは恥ずかしいな……)

 いやでもやっぱり、改めて感謝を伝えておこう。いや、伝えなければ。

 このタイミングしかない。

「もしかしたら俺、今までちゃんと言えてなかったかも……。だから、今言いたい。こんなに遅くなっちゃって申し訳ないんだけど……」
「? うん……?」
「……あの……。秋風。俺のこと、グループに誘ってくれてありがとう。お前のおかげで、俺の今がある」
「……!」

 秋風は、大きく目を見開いた。

「……」

 それから、瞳を揺らして下を向いた。

「……波青は……、……高校生の時に、配信をやっていたと思うけど…………」
「……? あぁ。そうだな。やってた」
「でも、顔出しなしでのんびり、安らげる趣味としてやっていたんだよね……? 波青は目立つことが好きじゃないから」
「うん。まあ。お前の言う通りだな。視聴者もほとんどいなかったし。あんなの、遊び遊び。独り言みたいなもんよ」

 俺の言葉を受けて、秋風はぎゅっと眉を寄せた。

「そうだよね……。なのに……今のように、何十万人に見られている中で配信をしたり、イベントで実際に大勢の人の前に立って喋ったり、コラボで色んな人と関わったり、売り物にする用の写真を撮ったり……そういうことをいきなり波青にやらせてしまうのは、どうなのかなって」

 膝の上で握られている秋風の手が、少しだけ震えているのが見えた。

「何度も申し訳なく思ったし、不安だった。もしかしたら、俺のエゴで、波青のことを特殊な世界に巻き込んでしまったんじゃないのかなって。波青は……普通に生きていたら、顔も知らないような人達に心無い言葉を浴びせられるようなことなんて、一生なかったと思う」
「……」
「……それなのに、俺を恨むどころか、ありがとうと言ってくれるなんて、思わなくて……。だから……こちらこそありがとう。波青に許してもらえて、心が軽くなった気がするよ」
「……おまえ……。そ、そんなこと考えてたのか……?」

 俺は衝撃を受けながら、秋風の背中をバシッと叩いた。

「本当真面目だな!? 秋風は! あのな、俺、嫌なら自分で辞めるって言えるぞ? 辞めたいって言ってないのは、ちゃんと旨みがあるからだろ。だって、アンチは多いけど、ファンだってたまーーーにはいるし……!」

 (床さんたちとかな! あ、ただのファンじゃなくて……腐女子だけど…………はい……)

「……ま、まあとにかく。自分にファンができるって、この仕事してなきゃ滅多に経験できないことだからさ。今日行ったコラボカフェも、ゲーセンだってそうだ。俺の考えたメニューが実際に制作されたり、俺のキャラクターのふーもちアオくんがクレーンゲームになってたり、冷静になって考えたらそれってかなりすごいことだろ!? めっちゃやりがいあるぞ。ごちゃまぜのおかげで、普通じゃ見られない景色、いっぱい見させてもらってるよ。……な? そんな感じで、俺はお前に感謝してるけど、巻き込まれたとは全然思ってない。分かったか?」
「……うん……分かった。ありがとう、波青」
「……」

 なんでこれで俺がお礼を言われるのか……。
 逆だろうと思うけど、秋風が眉を下げて笑っていて、手の震えもおさまっているみたいだから、良しとする。

 (はぁ……。でも、こうして真面目に、秋風と落ち着いた話ができて良かったな。スッキリした……)

 今日はとても良い日だ。

 静かな空間で二人きりなんて、いつもならそうそうないことだし。配信で集まった時に言うのも気まずいし。
 今日、このタイミングでお礼がやっと言えて、俺の心も同時に軽くなった気がする。

 (……これ。もっと、いろんな話しても平気だったりするかな……?)

 今でしか言えないこと。

 今日を逃したらもうこんな機会、ないだろう。どうせだから、気になることは全部言っておきたい。

「……」

 (…………そうだ……)

 考えている中で、俺は秋風に一番聞きたかったことを思い出した。

 ビビリ王決定戦の配信があった日の帰り道も、秋風とは色々な話をしたけれど。

 これだけは唯一、聞けていなかったのだ。

 秋風が──高校生の時、俺のことを避けた理由。

 なぜか、秋風との会話は、選択肢を一度でも間違えたら速攻ゲームオーバーになる気がして。謎に怖かった。
 怖かったから、今度聞けそうなタイミングがあった時にでもって、ずっと保留にして逃げていた。

 だけど……。

 もしかしたら、今なら大丈夫なんじゃないだろうか。

 今日は一日、秋風はずっと声を上げて笑っていたし、機嫌もすこぶる良さそうだった。俺がいくらやらかしても優しく受け止めてくれた。

 それに、昔に戻ったようにラフに会話をして、俺の自惚れじゃなければ、今日一日ですっごく距離も縮まったような気がする……。

 再会してからの数年間で、今日は間違いなく、一番俺たちの雰囲気が良かった日だ。

 (だから、今なら……)

 今なら、この質問をしたとしても、足元の薄氷は割れない。
 きっと、大丈夫なはず……。

 俺は妙な自信を持って、口を開いた。

「あのさ……もう一個いいか? 俺、ずっとお前に聞きたかったことがあるんだけど」
「……え……?」

 俺は意を決して、秋風を真正面から見つめた。

「お前、なんで俺のことを避けたんだよ?」
「……!!」
「高校生の時。急に……」
「……」
「中学の卒業式までは、普通だった。高校に入ったばかりの時も、連絡はたくさん取ってた。だけど、一年の夏休みくらい? から、そっけなくなっ……、た、ような、気が……する…………じゃん……」

 今更怖くなってきて、どんどん語尾が細くなってしまう。

 (だめだ。怖気づくな……!)

 俺は目に力を入れ、頑張って秋風を見つめ続けた。

 そして、力強く問うた。

「なぁ、なんで?」
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず
BL
俺は、敵組織ディヴァイアンに所属する、ただの雑魚モブ。 毎回出撃しては正義の戦隊ゼットレンジャーに吹き飛ばされる、ただのバイト戦闘員。 ……の、はずだった。 「こんにちは。今日もお元気そうで安心しました」 「そのマスク、新しくされましたね。とてもお似合いです」 ……なぜか、ヒーロー側の“グリーン”だけが、俺のことを毎回即座に識別してくる。 どんなマスクをかぶっても。 どんな戦場でも。 俺がいると、あいつは絶対に見つけ出して、にこやかに近づいてくる。 ――なんでわかんの? バイト辞めたい。え、なんで辞めさせてもらえないの? ―――――――――――――――――― 執着溺愛系ヒーロー × モブ ただのバイトでゆるーく働くつもりだったモブがヒーローに執着され敵幹部にも何故か愛されてるお話。

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

ブラコンネガティブ弟とポジティブ(?)兄

むすめっすめ
BL
「だーかーらっ!皆お前に魅力があるから周りにいるんだろーがっ!」 兄、四宮陽太はブサイク 「でも!それって本当の僕じゃないし!やっぱみんなこんな僕みたら引いちゃうよねぇ〜 !?」 で弟、四宮日向はイケメン 「やっぱり受け入れてくれるのは兄さんしかいないよぉー!!」 弟は涙目になりながら俺に抱きついてくる。 「いや、泣きたいの俺だから!!」 弟はドのつくブラコンネガティブ野郎だ。 ーーーーーーーーーー 兄弟のコンプレックスの話。 今後どうなるか分からないので一応Rつけてます。 1話そんな生々しく無いですが流血表現ありです(※)

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...