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第2章
111 しゅごフェス②《後編》
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照りつけていた太陽も沈み、辺りはすっかり暗くなってきた。
ステージも、フォトスポットもウッドデッキも、いたるところがポツポツとライトアップされ始めていて、とても幻想的だ。
「……」
大きく息を吸い込めば、澄んだ空気に混ざって草や土の自然の匂いがする。
(この空気……好きだなあ~……)
夏の夜は快適だ。
肌を撫でる風が、夜なのに全然冷たくなくて、ちょうどいい涼やかさがあって。
なんというか、このまま芝生の上を犬のように駆け回りたくなる。
それで、いっぱい走って体が疲れてきたら、背中からごろんと地面に寝ころんでしまいたい。
汗をかいて高揚したポカポカの体を自然のベッドに預けて、脱力して、何もかもを忘れて。
そうして夜空を見上げたら、きっとすっごく気持ちいい……。
「──なおちゃん、なおちゃん……!?」
そんなふうに目をつむって現実逃避していたら、ガクガクガクと肩を揺さぶられてしまった。
その衝撃と夕陽さんの声で、俺は一瞬にして正気に戻された。
「はぁ、はぁっ、やばい。現実が……!」
そうだ──今は、ラストステージのスタンバイ中だった。
十九時台、スターチャートステージで、やっと俺たちだけの出番。ついに来てしまった、この時間が。
俺の足はもう舞台上にある。よって、全てを放棄して犬のように芝生を駆け回ることはできない。そんなバカな……。
「なおちゃん、落ち着いてっ……! 深呼吸、深呼吸~~っ!!」
「すー……はー……!」
ステージの前はいつもこうだ。
心臓がバクバク高鳴って、手足が震える。現実から逃げ出してしまいたくなる。
俺は人前に立つのは得意ではない。
もう四年目だし、これまでオフイベントをたくさんこなしてきて、最初の頃よりはだいぶ慣れた。慣れた……、が……、残念なことに、慣れでは解決できない問題はこの世の中にはめちゃくちゃある。
正直言って、たくさんの人の生の視線を浴びる環境下に立たされるといまだに頭がおかしくなりそうになる。やばい、吐きそう。無理……。
オープニングやコラボステージは出演者の人数が多いから他の人の体にコソコソ隠れられてまだマシだったけど。今から上がるステージは、たった五人だ。ということは、五分の一でこっちに大衆の視線が来るということではないか。
「ああああ! ダメだっ! つらい……!!」
「大丈夫、大丈夫だよなおちゃん!! 肩の力を抜いて、普段通りに──……!」
「で、でも……!! フェスだから、ファンの人以外も見てるって事で! 初見さんに、一人だけなんだあのちんちくりんって注目されたら俺……!!!」
発狂していたら、桃星がぬっと俺の目の前に手を伸ばしてきた。
「うっさい!!」
「っ痛……!」
バチン、とおでこに衝撃が走る。
「あてー……っ」
全力デコピンだ。ひどい。
「ん? 前髪短いからデコピンしやすくなってるじゃん~」じゃないぞ。ふざけるな。
おでこが腫れて俺の微妙フェイスがより微妙になったらどうしてくれるんだ。
「睨んでも無駄!!」
「すみません……」
怒りをあらわすように半眼を向けてみたものの、逆に睨み返されてしまい、俺はすごすごと縮こまった。美形の怒った顔、怖い。目が大きいから、迫力すごい……。
「あのねぇ! 集まってくれてる人たち、誰もアオなんて見てないよ。アオは自意識過剰すぎじゃない!?」
「……ハイ…………」
「初見さんは、──なんだあの美少年!? 千年に一人の逸材か!!? って僕に夢中になるだろうし、アオとかまるで眼中にないから。ね。で、初見じゃない人は、八割方が、しゅーか♡と僕のファンなわけでしょ。だから安心しな」
「……ま、まあ。それはそうだな……」
桃星の言葉に納得して、ちょっとホッとした。
(ん……? いや、あれ……?)
けど、よくよく考えると違うような気もして、俺は首を傾げた。
それぞれの内訳は置いておくとして、夕陽さん+珀斗のファンで三~四割はいるだろうから。
秋風と桃星のファンで八割は多分違う。さすがに盛っているだろ。
(まあ、一割もファンのいない俺には全部関係のない話だけどな。ははは……)
「チッ……自信過剰チビと自意識過剰チビ。両方うるせー」
「はぁ!? なんだって!!?」
ボソッと呟いた珀斗の言葉に桃星がブチギレた。
しかし、その怒声をも塗りつぶすように、かっこいいBGMが爆音で流れ出す。
(! こ、これは……)
ごくりと唾を飲み込むと、走ってきたスタッフさんが、舞台袖上手にいる俺たちに声をかけてきた。
「大変お待たせいたしました! 間もなくご登場のお時間です。それでは、ごちゃまぜさん、よろしくお願いいたします!」
「……は、はーい……」
「了解です!!」
液晶パネルに、【ネクストステージ、ごちゃっとまぜる】と表示されている。
もう、逃げられない。始まってしまう……。
(はーー嫌だーー!! 本当俺、この仕事向いてなさすぎだろ……。今すぐ家に帰りたい……っ!!)
「よーし、行こう!」
夕陽さんがリーダーらしく号令をかけて、立ちすくむ俺の背中をそっと押してくれた。
「……っはい……」
俺は自分の胸元をぎゅっと掴みながら、恐る恐る前に踏み出した。
(昼間は、ごちゃまぜの出番だけ人いなくてシーンとしていたらどうしよう……とか心配してたけど……)
今思えば、そっちの方がいいかもしれない。
今になって『お客さん全員他のステージに行っててくれ! お願いします!!』と思い始めてきた。それなら緊張しなくて済むから。
(頼む…………!! せめてガラガラであってくれーー!!)
祈りつつみんなの背中を追いかけ、舞台袖から出る。
しかし、俺の願いと裏腹に。
俺たちがステージに飛び出して行った瞬間、耳をつんざくような悲鳴がどかんと空気を揺らした。
ステージも、フォトスポットもウッドデッキも、いたるところがポツポツとライトアップされ始めていて、とても幻想的だ。
「……」
大きく息を吸い込めば、澄んだ空気に混ざって草や土の自然の匂いがする。
(この空気……好きだなあ~……)
夏の夜は快適だ。
肌を撫でる風が、夜なのに全然冷たくなくて、ちょうどいい涼やかさがあって。
なんというか、このまま芝生の上を犬のように駆け回りたくなる。
それで、いっぱい走って体が疲れてきたら、背中からごろんと地面に寝ころんでしまいたい。
汗をかいて高揚したポカポカの体を自然のベッドに預けて、脱力して、何もかもを忘れて。
そうして夜空を見上げたら、きっとすっごく気持ちいい……。
「──なおちゃん、なおちゃん……!?」
そんなふうに目をつむって現実逃避していたら、ガクガクガクと肩を揺さぶられてしまった。
その衝撃と夕陽さんの声で、俺は一瞬にして正気に戻された。
「はぁ、はぁっ、やばい。現実が……!」
そうだ──今は、ラストステージのスタンバイ中だった。
十九時台、スターチャートステージで、やっと俺たちだけの出番。ついに来てしまった、この時間が。
俺の足はもう舞台上にある。よって、全てを放棄して犬のように芝生を駆け回ることはできない。そんなバカな……。
「なおちゃん、落ち着いてっ……! 深呼吸、深呼吸~~っ!!」
「すー……はー……!」
ステージの前はいつもこうだ。
心臓がバクバク高鳴って、手足が震える。現実から逃げ出してしまいたくなる。
俺は人前に立つのは得意ではない。
もう四年目だし、これまでオフイベントをたくさんこなしてきて、最初の頃よりはだいぶ慣れた。慣れた……、が……、残念なことに、慣れでは解決できない問題はこの世の中にはめちゃくちゃある。
正直言って、たくさんの人の生の視線を浴びる環境下に立たされるといまだに頭がおかしくなりそうになる。やばい、吐きそう。無理……。
オープニングやコラボステージは出演者の人数が多いから他の人の体にコソコソ隠れられてまだマシだったけど。今から上がるステージは、たった五人だ。ということは、五分の一でこっちに大衆の視線が来るということではないか。
「ああああ! ダメだっ! つらい……!!」
「大丈夫、大丈夫だよなおちゃん!! 肩の力を抜いて、普段通りに──……!」
「で、でも……!! フェスだから、ファンの人以外も見てるって事で! 初見さんに、一人だけなんだあのちんちくりんって注目されたら俺……!!!」
発狂していたら、桃星がぬっと俺の目の前に手を伸ばしてきた。
「うっさい!!」
「っ痛……!」
バチン、とおでこに衝撃が走る。
「あてー……っ」
全力デコピンだ。ひどい。
「ん? 前髪短いからデコピンしやすくなってるじゃん~」じゃないぞ。ふざけるな。
おでこが腫れて俺の微妙フェイスがより微妙になったらどうしてくれるんだ。
「睨んでも無駄!!」
「すみません……」
怒りをあらわすように半眼を向けてみたものの、逆に睨み返されてしまい、俺はすごすごと縮こまった。美形の怒った顔、怖い。目が大きいから、迫力すごい……。
「あのねぇ! 集まってくれてる人たち、誰もアオなんて見てないよ。アオは自意識過剰すぎじゃない!?」
「……ハイ…………」
「初見さんは、──なんだあの美少年!? 千年に一人の逸材か!!? って僕に夢中になるだろうし、アオとかまるで眼中にないから。ね。で、初見じゃない人は、八割方が、しゅーか♡と僕のファンなわけでしょ。だから安心しな」
「……ま、まあ。それはそうだな……」
桃星の言葉に納得して、ちょっとホッとした。
(ん……? いや、あれ……?)
けど、よくよく考えると違うような気もして、俺は首を傾げた。
それぞれの内訳は置いておくとして、夕陽さん+珀斗のファンで三~四割はいるだろうから。
秋風と桃星のファンで八割は多分違う。さすがに盛っているだろ。
(まあ、一割もファンのいない俺には全部関係のない話だけどな。ははは……)
「チッ……自信過剰チビと自意識過剰チビ。両方うるせー」
「はぁ!? なんだって!!?」
ボソッと呟いた珀斗の言葉に桃星がブチギレた。
しかし、その怒声をも塗りつぶすように、かっこいいBGMが爆音で流れ出す。
(! こ、これは……)
ごくりと唾を飲み込むと、走ってきたスタッフさんが、舞台袖上手にいる俺たちに声をかけてきた。
「大変お待たせいたしました! 間もなくご登場のお時間です。それでは、ごちゃまぜさん、よろしくお願いいたします!」
「……は、はーい……」
「了解です!!」
液晶パネルに、【ネクストステージ、ごちゃっとまぜる】と表示されている。
もう、逃げられない。始まってしまう……。
(はーー嫌だーー!! 本当俺、この仕事向いてなさすぎだろ……。今すぐ家に帰りたい……っ!!)
「よーし、行こう!」
夕陽さんがリーダーらしく号令をかけて、立ちすくむ俺の背中をそっと押してくれた。
「……っはい……」
俺は自分の胸元をぎゅっと掴みながら、恐る恐る前に踏み出した。
(昼間は、ごちゃまぜの出番だけ人いなくてシーンとしていたらどうしよう……とか心配してたけど……)
今思えば、そっちの方がいいかもしれない。
今になって『お客さん全員他のステージに行っててくれ! お願いします!!』と思い始めてきた。それなら緊張しなくて済むから。
(頼む…………!! せめてガラガラであってくれーー!!)
祈りつつみんなの背中を追いかけ、舞台袖から出る。
しかし、俺の願いと裏腹に。
俺たちがステージに飛び出して行った瞬間、耳をつんざくような悲鳴がどかんと空気を揺らした。
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