幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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第3章

120 嘘と本当《後編》

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「──ここが、秋風の家か……」

 ちょっとお金はもったいないけど、急いでいるしタクシーを使って到着した。

 見上げれば、何階あるのか……高い。
 ごちゃハウスに負けず劣らずの高級マンションだ。

 約束なんてしてないから、フロントでコンシェルジュの人に名前と部屋番号を言って、取りついでもらう。

 (……すご。あっちにもこっちにも防犯カメラが……)

 厳重なセキュリティという感じ。

 こんなに急に『よし行くぞー!』というノリで突撃して良いような場所じゃなさすぎて気まずい。
 
 ひたすら体を縮めて小さくなっていると、秋風から許可が出たのか、自動ドアが開いた。

「蓮見様にご確認が取れ、お迎えに来られるとのことでございます。恐れ入りますが、ご案内までの間どうぞあちらにお掛けいただき、お待ちくださいませ」
「あ、あっ、ハイ…………」

 やっと中に入れた。どもりながら自動ドアをくぐってみれば、黒い大判タイルがはられた重厚感のあるエントランスホールが広がっていた。

 深みのあるダークブラウンの革張りソファに座って待つこと数分。

 エレベーターホールの方から秋風がやってきた。

「あっ……!!」
「……なんで波青がここに?」

 慌てて立ち上がるが、開口一番聞かれてしまい、俺は首をすくめた。
 
「っ……! あの……俺、お前に謝りに来て……。ゆ、夕陽さんに秋風の家の住所を教えてもらったから……」
「……、申し訳ないけど、帰ってくれる?」
「……!!!」
「まだ俺、体調が悪いんだ」
「っ……で、でも……少し前まで、普通に飲み食いしてたじゃん! 俺が営業の話した瞬間、急に体調悪くなるなんて、いくらなんでも……無い。……と思う……」
「……」
「お前、いつもそうやって誤魔化してばかりで、よくわかんねぇ……」
「…………」
「あっっ、せ、責めてるわけじゃないけど……!! ごめん……」
「……」

 秋風は逡巡するように黙っていたけど、しばらくして諦めたのか、俺に背を向けて言った。
 
「……分かった。じゃあ、とりあえず来て」
「あ、うん……」

 秋風の後に着いて行ったら、オートロックが解除され、エレベーターホールに入れた。

 そして、カードキーをかざして、エレベーターを呼んでいる。その人が住んでいる階にしか止まらないようになっているようだ。

 (セキュリティが、しっかりしてんなぁ……。さすが芸能人が住むマンション……)

 一緒にエレベーターに乗りながら感心していると、すぐに秋風の家の階に着いた。

「……あの……入って良いの?」
「良いよ。どうせ、言っても波青は帰らないだろうから」
「……」

 バレている。
 あんなところで話はできないし、どうにかごねて家の中に入れてもらおうと思っていた。入れるまでここから離れないと言ったら、さすがに秋風も折れるだろうから……。
 まあとにかく、ごねる前に俺の面倒臭さを察してくれる奴で良かった。

「お、お邪魔します……」

 開けてもらった玄関から家に入った俺は、びっくりして思わず足を止めてしまった。

「……」

 モデルルームみたいに綺麗で、生活感の全くない家だ。

「……お前、ここって越してきたばっか?」
「……? いや……ごちゃまぜが結成された一年目の時から、住んでるかな。大学生の頃は別のところに住んでいたけど」
「あ……そ、そう……?」

 (まじで……? じゃあ……もう何年も住んでるってこと??)

 それにしては、雑貨もなに一つなく、人間が住んでいる家という感じがしないけど……。なんか、整いすぎていて異常というか。

 ちょっとゾクっとしたけど、まあ、秋風は綺麗好きなのか……と思い、俺は自分を無理やり納得させた。

「……リビングはこっちだよ」
「あ、うん……」

 促されるままリビングに入り、俺は勧められたL字ソファに座った。

「……」
 
 秋風はなぜか俺の一番遠くに座る。Lの隅っこと隅っこに座っていて、変な感じだ。そんな不自然な距離を取るほど怒っているのだろうか……。

「……えっと、急なのに、家にいれてくれてありがとう。その……俺、ごちゃハウスでのこと謝りたくて。さっきは、嫌なことを言って本当にごめん!!」

 俺は秋風に向かって思い切り頭を下げた。

「BL営業とか言われて、嫌だったよな……」
「別に。俺はなんとも思ってないよ」

 カーペットを見つめながら謝っていたら、バッサリした声が聞こえて、俺は慌てて顔を上げた。
 
「……! で、でも、お前、泣いて……」
「それはごめんね。ちょっと、疲れてたのかな。自分でも自分がよく分からないや……」
「…………」

 秋風の言葉はどこか他人事で、取り付く島もない。

 でも、いつもの笑顔がないから、様子がおかしいのは分かる……。

「……」
「……」

 俺はぎゅっと拳を握り、冷たい沈黙を破った。

「……さっき、営業って言ったんだけど……」
「……うん?」
「たっ確かに、遊びに誘ったのは、ファンのみんなを喜ばせられるプライベート写真を撮れたらっていう、目論見があったんだ! でも……っ、それとは別に、お前と遊べてすごい楽しかったのは、事実で。また遊びたいって思ったから、次空いてる日を聞いたりしたんだ」
「……」

 秋風は無表情で、俺の話を聞いている。
 口を挟む気はないようだ。
 
 俺は慌てて、続けた。

「……その……夕陽さんと俺、色々話してて。もしかしたら俺が、お前を怒らせるようなことしちゃったんじゃないか? って。だから、遊びに誘っても断られるんじゃないか、説が…………」
「……」
「覚えてはないんだけどっ俺、覚えてないだけで何かしてそうって思って……! いつも、無意識で人の気に障ることを言っちゃうから。秋風のことも、今日よりもっと前に、傷つけてたのかもしんない。それだったら、それも謝りたいから……教えてほしい、んだけど…………」
「……」

 すると、秋風は口の端を上げ、いつものように俺を安心させる声のトーンで返してきた。
 
「特に……」
「え?」
「特に、そういったことはないよ。大丈夫。波青は何もしてないし、言ってないから」
「……」

 …………嘘だ……。

 嘘だって、気づいた。

 だって、さっき泣かせてしまったときの笑顔に、そっくりだから。

「……っ……」

 (なんでだよ……)

 俺は俯き、唇を噛んだ。

 この後に及んで、俺はまだ秋風に本音を話してもらえないのか。
 謝らせて欲しいのに、それすら拒まれるのか。

 何かあるのに平気なフリをされるって、この上ない拒絶に見えてしまう。

「……秋風は……いつも……っいっつもそうだよな……!」
「……なにが……?」
「俺には、本音を言う価値もないのか? 適当に流して、大丈夫って言って、いっつも本当のことを教えてくれなくて」
「……」
「お前は……俺のことが、『誰よりも、なによりも特別だ』って前に言ってくれた。『卒業しても、仲良くして』って言ってくれた」
「……」
「っけど実際は、女遊びとか、高校からできた新しい人間関係とか、そういうのを優先して俺のことを避けてたわけだろ!?」

 やばい。謝りに来たはずが、なんで俺は秋風を責めているんだ。
 ダメだって分かってるけど、悔しくって悲しくって、口が全然止まってくれなかった。

「優先されなかったことは、別に良いけどさっ……だったら期待を持たせるようなこと言うなよ……。結局秋風は、その場その場で耳に優しい言葉をくれるだけで、心なんて全然こもってないんじゃん。お前の言うこと、全部矛盾してるし、ペラッペラだし、お前の言葉、正直なんにも信用できないよ」
「……」
「俺、嘘つく人、きらい。だいっきらい……っ」
「…………」

 視界がぼやけて、秋風の家のソファに涙が落ちてしまった。
 高そうなのに汚して申し訳ないって、関係ないことを、俺はぼんやりと思った。世界がこの空間だけ、ゆっくりになってしまったみたいだった。

「……」

 沈黙で満ちている。

「……、……そうだね……」

 黙っていた秋風が口を開いて、掠れた声で肯定した。
 
「波青の言う通りだよ……。全部嘘」
「……!!」

 秋風は目を細め、淡々と返してきた。
 
「今まで波青に言ったこと、波青の目の前にいる俺──……」

 俺は、ただ目を見開いて秋風を見返していた。


「全部、嘘だよ」



「……え……?」

 (全部…………?)

 俺が言われたことを飲み込む前に、新しいことを秋風が言ってくる。

「波青はさ、小中学生の頃の俺のことを友達だと思ってくれてるんだろうけど、残念だね。そいつもう、いないんだよ」

 秋風は俺から視線を離し、苦しそうな表情で横を向いた。

「波青が好きだった蓮見秋風を残してあげたくて、偽ろうと思ったんだけど、どうにも上手くいかないや」
「……え?」
「今日のように、とっさに取り繕うこともできなくって、波青を困らせてしまう自分に……ただただガッカリしてる。呆れてる……」
「な、……お前、何言ってんの……?」

 秋風は宙を見つめたまま、唇を震わせた。

「本当の俺を知りたい?」

 俺は息を呑んだ。

 再びこちらを向いた秋風の瞳は、怯えと諦めの二色の色が混ざったみたいに、薄暗かった。
 
「本当の俺は──」

 苦笑して、秋風が言う。

「っ……波青の恋の応援なんてちっともしてないし、むしろ早くこっぴどくフられてしまえばいいと思ってるし、波青がこの世の誰にも好かれないで欲しいし、表に出る活動だってさせたくないし、波青は知らないと思うけど、俺はすごくすごく自分勝手な人間だよ」
「……え…………」
「幻滅した? でも、もっとあるよ」

 秋風の口は、全然止まらなかった。
 
「本当は、友達だなんて思ってないよ。親友なんて、もってのほか。子供の頃から俺は、波青のことが好きなんだから」
「…………は……?」
「好きって何かわかる? 恋愛感情だよ。同性だけど、波青のことが好きだよ。波青の言う、気持ち悪いというやつ」
「…………は。な……、……え……?」

 秋風を見つめたまま、アホみたいな声しか出てこない。

 現実が受け止められず、俺は周りを見渡した。

「え……な、な、に? ……ドッキリ……? ──あっ、そうか、ドッキリか……!!」

 キョロキョロリビングを見ている最中も、秋風の視線が突き刺さってきて怖い。心臓がバクバクする。

「え、これ、どこにカメラあんの……? もういいから。早く、ネタバラシしろよ。これごちゃまぜの企画だよな??」
「申し訳ないけど、ドッキリでも、企画でもないよ」
「っっ……じゃ、じゃあ、冗談……? そういう、笑えない冗談、まじでキツイって……」
「……冗談に見える?」
「…………」

 ……見えない。

 とても真剣な顔だ。

 でも……秋風はこんなこと言わない。

 だって、俺の知る秋風は、俺の、秋風は──……。

「信じたくないのも、仕方がないと思う。波青の好きな蓮見秋風を、壊してごめんね。でもそれ……──全部嘘だったんだよね」
「…………」

 言葉を失う俺を前に、秋風はゆらりと立ち上がった。
 
「本当の俺を教えてあげる。俺は、頭の中で何度も何度も波青のことを犯している、危険人物なんだよ。だからこうして同じ部屋にいることすら、危ないの」
「……お、か……? ……え……っ…………??」
「あぁ、俺の言ってる意味わかんない?」

 秋風はくすりと笑い、俺に近づいてきた。

「波青のことを、女の子にするみたいに組み敷いて、妄想の中でセックスをしてるってこと」
「…………は……??」

 (セッ……え…………???)

 まさか、お上品な秋風から、そんな言葉が出てくるなんて。
 なんだこれ。俺は、悪夢を見ているのだろうか。
 
 秋風は……学生の頃から、俺が興奮気味にAVの内容を語っても、全然乗ってこない。むしろ、気まずそうな顔をする。そんな、下ネタが苦手な奴なのに──。

「……!!? ちょ、はっ???」

 突然、秋風が俺の座っているソファの背もたれに片手をつき、上から覆い被さってきた。

「波青は弱いし、力で俺に勝てない。こんなところで二人きりになったら、どうなるか分かんないよね」
「……!!」

 しばらく近距離で見つめ合った後、秋風に顎を掴まれた。そして、秋風は傾けた顔を俺の顔に近づけてくる。

 何、してるんだ、こいつ。近い。なんで。おかしい。なに。意味わからない。

 俺……秋風に、キス、される……?

 (……怖い……)

 直感的に感じたのは、恐怖だった。

「や、やめろ……ッッ!!!!」

 俺はどんっと秋風の肩を突き飛ばした。

 力で勝てないって言ったのに、秋風の体には全然力が入ってなかった。

 (なっ……なんで……??)

 簡単に俺に弾け飛ばされ、秋風が尻餅をついている。

 項垂れていて表情が見えない。

 本当はする気なんてなくて、ただの脅しだったのだろうか。でも、なんで? なんのために、こんなこと……。

 パニックでいたら、秋風が言い聞かせるようにゆっくり呟いた。

「……こういう目に遭いたくなかったら、もう俺には近づかない方が良いよ。家にも、二度と来ないで」
「…………っ」

 俺はがたがた震える手を必死にたぐり寄せ、自分の心臓を服の上から押さえた。

 怖かった。

 友達だと思ってたのに。こんなこと……。

 セックスとか、意味わからない。おかしい。

「お、おま……おまえ……おかしいよ……っ」
「…………──」

 俺は叫ぶように言って、ソファから立ち上がり、転げるように走った。

 足がもたつく。

 なんとか玄関を飛び出して、秋風を残したまま家から出て行った。
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