幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

文字の大きさ
188 / 264
第3章

122 あいつは誰《前編》

しおりを挟む

 悪夢を見ているんだろう。

「はぁっ……はぁ……!」

 俺は、もつれる足を無理やり動かし、がむしゃらに走った。

 走って、走って、走る。

 肩が風を切り、景色がどんどんと流れていく。

 昔から足遅いのに、こんな時だけ早く走れるなんて。人間の体は本当へんてこだ。

「あっ……!!」

 でも、筋力がないからさすがに無茶だったのか。

 無理やり走り続けた反動が来て、がくんと膝が曲がった。

「っ……」

 無様に正面から倒れていく。
 アスファルトに手をつけたおかげで、なんとか顔面強打はまぬがれた。

「……はぁ……はぁ…………」

 俺は知らない土地の歩道でうずくまったまま、息を整えた。

 恐る恐る後ろを振り返ってみても、秋風はいない。俺を、追いかけてきていない。

 その事実に、ひどく安心してしまう。

 いつもだったら、こけた時秋風が手を伸ばしてくれたら安心するのに……。
 今の俺は、『秋風がいないこと』に安心してしまった。

「……っ」

 居心地の悪い罪悪感が湧いてくる。

 俺は、とりあえず落ち着かなきゃと、胸に手を当て深呼吸を繰り返した。

 しかし、心臓は狂ったように跳ね回って全然落ち着いてくれやしない。

 (っ……早く、覚めろ……)

 夢だと思うのに、全然起きられもしない。

 顎から垂れてアスファルトを濡らしていく汗の感触が、嫌にリアルなだけだ。

「……っ……」

 さっき見た光景、耳に聞こえた音、全部現実とは思えないし、思いたくもないのに……。なんで。

 俺は唇を噛み、震える手でスマホを取り出した。

 急いでメッセージアプリを開き、夕陽さんに電話をかける。

 すると、すぐに繋がった。

『あっもしもし~! なおちゃん! 無事、しゅーちゃんのお家には着けたかな? 大丈夫? こっちはね、さっきせいちゃんが戻ってきて──』
「あの」

 たまらず俺は、遮ってしまった。今は普通に話している余裕がない。

『!? うん?? どうかした?』
「これ、夢っすよね?」
『へ?』
「よく、わかんないんですけど……」
『? なおちゃん?』
「……」
『ど、どうしたの? 夢ってなに……?』

 夕陽さんの声色は俺を本気で心配している感じ。

「…………」

 残念ながら、夢じゃなさそうだ。

「……、……じゃあ、ドッキリっすか?」
『え?』
「それなら、早くネタバラシして欲しいです。もう、散々良い画撮れましたよね。もういいんじゃないですか……?」
『……ん?』
「てか、いくら再生の為とはいえ、さすがにこれは悪趣味だと思う。みんなして俺をビビらせて、酷い。こんな企画、ぜんっぜん笑えないし……。リスナーも見ててびっくりすると思う、から……」
『……? ごめん、申し訳ないんだけど、ちょっとお兄さん、なおちゃんが何を言ってるのか分かりかねてる……。ドッキリっていうのはなんのこと? なおちゃんにそういったことをしかける企画なんてないよ』
「は? またまた……。もういいですって! 夕陽さんまで、素知らぬふりして、大掛かりすぎる……っ!」
『!? いやいやいや! フリじゃなくて! 本当にみんなドッキリなんてしてないけど……どうかしたの?』

「…………」

 (ドッキリ……じゃない……?)

 悪夢でも、ドッキリでもない。

 じゃあなんだ……?

『大丈夫……? なおちゃん、しゅーちゃんと何かあったの?』
「……っ……すみません……」

 俺は呆然としながら一言だけ呟き、夕陽さんとの電話を切った。

『えっ……なおちゃん!? ちょっ……待っ──』と慌てている夕陽さんの声が右耳に聞こえたのが最後だった。


 *


 それから何度も夕陽さんから電話がかかってきたけど、今は人と話す気にはなれなくて。

 俺はスマホの電源を切り、とぼとぼ歩いた。

 悪夢じゃない。ドッキリでもない。……らしい。

 それなら──。

 (…………分かった。あいつ、怒ってたんだ……)

 考えた結果、しっくりくる正解に辿り着いた。

 きっとあれは……報復だ。

 秋風は、俺がこっそりBL営業をしてて、自分が使われてたことにすごく腹を立てたんだろう。

 だからそれのお返しに、『BLっぽいことをして波青を驚かせてやろう』と思ったに違いない。

 ──『波青のことを、女の子にするみたいに組み敷いて、妄想の中でセックスをしてるってこと』

 だって、あんな気持ちの悪いこと、秋風が言うわけない。

 (……でも、やりすぎだろ。やり返すにしたって、ひどすぎる……)

 ──『波青は弱いし、力で俺に勝てない。こんなところで二人きりになったら、どうなるか分かんないよね』

 あんな……俺をみくびって、踏み潰すようなこと……。

「……っ」

 覆い被された時、確かに『勝てない』って思ってしまった。

 勝てないって思ってしまったのが、惨めだった。

 同じ男同士なのに、体格差があって、別の生き物のようで。

 顎を掴まれて、無理やりされそうになって、すごくすごく怖かった。

 怖いと思ってしまう自分が、惨めだった。

 さんざん友達だ対等だと思ってたけど、いざあんな大きい野郎に密室でマウントを取られたら、俺はなんにもできない。

 それを、身をもって思い知らされてしまったのだ。

 (秋風のこと、信じてたのに……)

 人の自尊心をわざと傷つけるようなこと、仕返しにビビらせて嫌がらせするようなこと、する奴じゃないと思っていた。
 人畜無害な奴だって、安心していた。

 なのに、さっき信頼をポッキリと裏切られた。

 それだけあいつは、俺の言った言葉が許せなかったということだろうか……。

 (…………秋風、泣いてたもんな……)

「……」

 そうだ。思えば、最初に調子に乗った言葉であいつを傷つけたのは俺だ。

 だから、報復されても笑って飲み込むべきなんだ。

 ……けど……次に秋風と会う時どんな顔をしたら良いか分からないのも、事実で。

 秋風を目にしたら、反射的に怖いって思ってしまいそうな自分がいる。

 少なくとも、前みたいに秋風が安心できる存在には思えない。

 たった一日で、秋風に感じること、全てが変わってしまった。

「…………」

 絶望しながらふらふらと電車に乗ったら、気がつけば最寄り駅に着いていた。

 俺はまたふらふらと電車を降りて、ゆっくり歩いて、ようやく実家にたどり着いた。

 
「おにい、お帰り~!!」
「にいちゃん、お帰りなさい!! 早かったねぇ! 打ち上げはどうだった!?」

 今日は祝日だから、学校のない双子が家で俺の帰りを待ってくれていた。
 俺が鍵で玄関ドアを開けた瞬間、すぐさま廊下を走って駆け寄ってきた。

「…………」

 でも俺は、俯いたまま、何も言えなかった。

「? どうしたの……!?」
「に、にいちゃん……??」

 男に仕返しで性的なマウントを取られて、大真面目にショックを受けてるだなんて言えない。

「……ごめん……。ちょっと……今、喋れない。もう寝る…………」
「え!?」
「作り置きがあるから、夕飯はそれ食べて。用意できなくてごめんな……じゃあ、」
「えっ!? えっ!? そんなの良いんだよ……! それより、おにいは!?」
「にいちゃんはご飯食べないの!?」
「お風呂は……!?」
「ぜんぶ明日にする。ごめん」
「え……!?」
「ど、どうしたの!!?」

 俺は後をパタパタついてくる双子を振り切って、一人自分の部屋にこもった。

 扉の向こうから、双子の「眠いのかな……?」「ただ眠いだけなら良いんだけど……大丈夫かな?」「心配だね」「顔色が悪かった気がする」「海乃莉もそう思った……」という声が聞こえてきて申し訳なくなった。
 だけど、応じる元気はやっぱりない。

「……」

 俺は重たい足を引きずって、ぼふっと、ベッドにダイブした。

「……つかれた…………」

 体がどんどん沈んでいくようだ。

 このまま眠ったら、今日のことが全て無かったことになってくれていればいいのに。

 ──『今まで波青に言ったこと、波青の目の前にいる俺──全部、嘘だよ』

 (……全部嘘って……なんなんだ……?)

 どこから、どこまで?

 いったい、何が『嘘』なんだ。

 秋風の言ってること、意味がわからない。

 ──『本当は、友達だなんて思ってないよ。親友なんて、もってのほか。子供の頃から俺は、波青のことが好きなんだから』

 俺のことが好きだとか。

 あり得ない。そんなの。

 全部全部、おかしい。

 誰だよ、あいつ。

 秋風じゃない。

 わけわかんない。

 ああもう、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 誰かに脳みそをぶんぶん揺さぶられてシャッフルされてるみたいで、気持ち悪い。
 胃がむかむかして、吐きそうだ。

「……っ……」

 俺は掛け布団にくるまり、体をできるだけ丸めて小さくなった。

 秋風に無理やりされそうになったことを思い出すだけで、手が震えてしまって、みっともない。

 (落ち着け……。俺は男。俺は男だ)

 俺は、女の子みたいに、襲われるような立場じゃない。
 れっきとした男だから。

 大丈夫大丈夫って自分に言い聞かせながら、俺は現実から逃れるべく、目をぎゅっと閉じた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

【完結】ネクラ実況者、人気配信者に狙われる

ちょんす
BL
自分の居場所がほしくて始めたゲーム実況。けれど、現実は甘くない。再生数は伸びず、コメントもほとんどつかない。いつしか実況は、夢を叶える手段ではなく、自分の無価値さを突きつける“鏡”のようになっていた。 そんなある日、届いた一通のDM。送信者の名前は、俺が心から尊敬している大人気実況者「桐山キリト」。まさかと思いながらも、なりすましだと決めつけて無視しようとした。……でも、その相手は、本物だった。 「一緒にコラボ配信、しない?」 顔も知らない。会ったこともない。でも、画面の向こうから届いた言葉が、少しずつ、俺の心を変えていく。 これは、ネクラ実況者と人気配信者の、すれ違いとまっすぐな好意が交差する、ネット発ラブストーリー。 ※プロットや構成をAIに相談しながら制作しています。執筆・仕上げはすべて自分で行っています。

正義の味方にストーカーされてます。〜俺はただの雑魚モブです〜

ゆず
BL
俺は、敵組織ディヴァイアンに所属する、ただの雑魚モブ。 毎回出撃しては正義の戦隊ゼットレンジャーに吹き飛ばされる、ただのバイト戦闘員。 ……の、はずだった。 「こんにちは。今日もお元気そうで安心しました」 「そのマスク、新しくされましたね。とてもお似合いです」 ……なぜか、ヒーロー側の“グリーン”だけが、俺のことを毎回即座に識別してくる。 どんなマスクをかぶっても。 どんな戦場でも。 俺がいると、あいつは絶対に見つけ出して、にこやかに近づいてくる。 ――なんでわかんの? バイト辞めたい。え、なんで辞めさせてもらえないの? ―――――――――――――――――― 執着溺愛系ヒーロー × モブ ただのバイトでゆるーく働くつもりだったモブがヒーローに執着され敵幹部にも何故か愛されてるお話。

百合豚、男子校に入る。

BL
百合をこよなく愛する男子高校生・眞辺恵。 母の歪んだ価値観により共学への進学を断たれ、彼が入学させられたのは―― 男同士の恋愛が“文化”として成立している、全寮制男子校《私立瑞嶺学園》だった。 この学園では、生徒会長は「抱かれたいランキング」で選ばれ、美貌こそが正義とされる世界。 それでも眞辺は決意する。 生徒会長になり、この学校を“共学”に変え、間近で百合を拝むことを。 立ちはだかるのは、顔面至上主義の学園制度、性に奔放すぎるイケメンな幼馴染、そして彼らに憧れ恋をする生徒たち。 さらに何故か、学園の人気者たちに次々と目をつけられてしまい――。 百合を拝むため男子校を変えようとする異端者が、歪んだ王道学園を改革する物語。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

記憶を無くしたら家族に愛されました

レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない… 家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

ブラコンネガティブ弟とポジティブ(?)兄

むすめっすめ
BL
「だーかーらっ!皆お前に魅力があるから周りにいるんだろーがっ!」 兄、四宮陽太はブサイク 「でも!それって本当の僕じゃないし!やっぱみんなこんな僕みたら引いちゃうよねぇ〜 !?」 で弟、四宮日向はイケメン 「やっぱり受け入れてくれるのは兄さんしかいないよぉー!!」 弟は涙目になりながら俺に抱きついてくる。 「いや、泣きたいの俺だから!!」 弟はドのつくブラコンネガティブ野郎だ。 ーーーーーーーーーー 兄弟のコンプレックスの話。 今後どうなるか分からないので一応Rつけてます。 1話そんな生々しく無いですが流血表現ありです(※)

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

処理中です...