幼馴染のリスナーに媚びて人気者になりたい

久羽しん

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第3章

125 好きとは《後編》

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「……」

 俺はそんな珀斗を見返し、震える口を開いた。

「……ハク。……折り入って、お願いがある……」
「……なんすか」
「──俺のことをハグしてみてくれないか?」
「はっ???」
「……」

 珀斗のこんな顔……初めて見た。今までで一番、ドン引きされてるのがわかる……。

「アンタ、今人の話聞いてた? せっかく教えてやったのに……マジ、なんなん? 宇宙人かっ??」
「き、聞いてたッ!! 『触れたら心拍数が上がる』って言葉で、前に秋風とハグした時のことを思い出したんだ。あの時俺、たしかにドキドキしたんだよ。で、でも……あれは秋風の顔が綺麗だからかもしんない。俺、好きとかよくわかんない……。綺麗な人にハグされたら、ドキドキするもんなのかも、って」
「…………」

 秋風は街行く人が三度見四度見するレベルの美形だ。正直あんな美形にハグをされたら、全人類がドキドキするだろう。好きでも、好きじゃなくても。女の子でも、男でも……。
 あのレベルの美形なら、好意の有無はあんまり関係ないのかもしれない。

「……こんな、自分でも分かってない状態で答えを出したら……秋風に失礼だと……思う。だから、知りたいんだ! ハクも、顔が綺麗だし……その……、一回ちょっと試したくて」
「……いや……、試したいって……。正直に言うねぇ。ほんと、バカすぎ……」

 呆れた珀斗が自分の頭をがりがりと掻いた。

「素直っつーかなんつーか……、……」

 それから、諦めたように息をついた。

「……はぁ。来いよ」

 逡巡した後、珀斗が顎で俺を呼びつけた。

「……!!!」

 (やった……!)

 俺は珀斗の気が変わらないうちに、急いで目の前に寄っていった。

 目の前まで来たら、ぐいっと腕を引かれた。

「……!」

 俺は、座っている珀斗の足に乗り上げ、正面からハグされる形になった。

「うわっ……!!」
「……で?」

 耳元に、低音ボイスが響いた。

「アンタは、こういう顔が目の前にあったら誰にでも尻尾振るんだ?」

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。

「…………っ」

 珀斗も、秋風同様恐ろしく整った顔をしている。垂れた瞳や薄い唇がどことなく退廃的で、色気を感じてたまらないと、リスナーがよく悶えている。

 こんな美形……間近で見ていると、息が止まってしまう。

 ──ど、どうしよう。


 どうしよう……



 (……なんも思わねぇ~…………)


「……。……あれ?」
「……あれ? じゃねーし」
「き、綺麗だな…………ハク」
「はあ。知ってますけど」
「だけど……全然ドキドキしないぞ」

 俺の心臓は、しーーーんと恐ろしいほどに静まりかえっていた。

「そら……そーだろうな」
「な、なんでだ……?」
「アンタが俺に好意を持ってないからだろ」
「なるほど」
「なるほどじゃねーよ……」

 納得した俺はポンと手を打って、珀斗の足から飛び降りた。

 すると、珀斗が思い切り舌打ちして言った。

「チッ……くだらない茶番に付き合わせやがって……。あの人に後で迷惑料請求するわ」
「ごめん……」

 (でも、良かった……。これで、ちゃんと分かった。どんだけ綺麗でも俺は男にドキドキしない)

 フェスの時夕陽さんに後ろからハグされる形でツーショを撮ったけど、その時も特になにも思わなかったし……。

 (ハグしてドキドキするのは……、秋風だけなんだ)

「……んじゃ、帰れ」

 しっしっと手を振られてしまう。さっきのが相当嫌だったようだ。当たり前だけど。

「あ、あの……待って!」
「チッ……。まだなにか?」
「ありがとう。今のも付き合ってくれて、あと……本気で俺と話してくれて」
「……」
「スルーすることもできるのに、嫌いな俺に色々アドバイスくれて、本当にありがとう。すごい優しいんだな、ハクは」
「…………はー」

 正面から目を見てお礼を言ったら、珀斗は鬱陶しそうに首を横に振った。

「俺は、ごちゃまぜを守りたいだけ。あと、アキくんが心配なだけ。アンタのことはマジで心の底からどうでも良い」
「う、うん……」
「……でも。アンタほっとくとまたやべーことしそうだから。今後、アキくんのことで判断に迷ったら俺を使えよ」
「……!!!」

 目を逸らしたままそう言ってくれた珀斗に、俺は大感激し、思わず体に飛びついてしまった。

「ありがとう~~っっ!!!!」
「っ、ひっつくなウザい。分かったらさっさと出てけって」
「え、だけど、俺も編集しようと思って……」
「俺一人で足りる。アンタが今やるべきことは、こんなことじゃないだろ」
「……!」
「……ちゃんと、考えてやれよ」

 珀斗はゲーミングチェアに座ったまま、俺を真剣な目で見つめた。

「ちなみに、好きとか好きじゃないとかわかってない、生半可な気持ちで近づくのは残酷だからな」
「……!」
「アンタが思ってるより、アキくんはやべー奴なの。だから、あの人の全部を受け入れられる自信がないのなら、強めに突き放してやるのが優しさってもん。……アンタみたいな能天気には難しいだろうけど」
「……わ、分かった。よく、考えて決める……。生半可な気持ちで近づいたりしない。本当にありがとう、ハク」
「……はいはい。ガンバッテ」

 珀斗が俺に背を向けてヘッドフォンをつけ始める。

「ありがとな……!!」

 俺は珀斗に頭を下げ、今度こそごちゃハウスを後にした。




「──ふう……」

 (本当に助かった……。珀斗のおかげで、頭の中がちょっと整理できたかも……)

 俺は珀斗に感謝しながら帰りの電車に揺られていた。

 (あっ、そうだ! 忘れないうちに、お礼のメッセージを送っておかなきゃ……)

 一応グループのトークがあるから珀斗の連絡先は知っている。個別トークは四年間一度も使ったことないけど、一言くらいなら怒られないだろう。た、たぶん……。

 そう思いながらメッセージアプリを開いたら、別の人から連絡が来ていた。

 これは……めったにトークしない──桃星だ。

 【アオ。明日、僕の家に来て。住所は↓ のやつね。返事はイエスのみ( `°罒°)】

「……へ……?」
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